1st Ball~始まりは118km/s~
※この作品での野球のルールに関して詳しく記載しておきます。見なくても感覚で読める感じにはなっていますが、気になる方向けに記載しておきます。
本ルールは『高校野球特別規則』に則ってしたがってます。しかし一部ルールに特別な変更を設けて成り立つスポーツとして扱っています。ですので変更点のみこちらにまとめさせていただきます。
・道具の変更
手打ち野球になりますので道具はほとんどありません。本来の野球であれば遣うはずのバットやグラブはもちろんのこと、キャッチャーが使うプロテクターなんかも使っていません。
また、ボールに関してなのですが作中では体に当たっても痛くないゴムボールとして使っております。ですので手に当たっても全然痛くないですし、なんならゴムなので飛びます。(変化するのは仕様だと思ってください。じゃないと話し進まないので許してください)
・デッドボールの有無。
作中触れることがまったくないですが記載だけ。(もしかしたら今後触れることがあるかもなので)
まずデッドボールはないです。危険球自体は故意に投げられたと判断されたらなにかしらのペナルティになりますが、デッドボールの概念自体は存在しません。なのでもし何らかのアクシデントで暴投が起きて、それが打者の腕以外にも当たった場合、本来のボールが前に転がった場合とまったく同じ扱いになります。物議をかもしそうですが多めに見てください。
・ベースの数。
本来の手打ちのルールには一部ローカルで三角ベースあんかがあったりしますが、作中のベースは三塁+本塁と本来の野球とまったく同じものとなります。
まだまだ未熟な上に野球知識も観戦するだけの野次馬レベルですが、みなさんに楽しんでもらえるような作品になっていれば幸いです。ぜひとも頭を空っぽにして寛大な心で見てください。
「レンちゃん、花の水変えるで」
「・・・・・ごめんな、翔ちゃん。いつもお見舞いに来てもらって」
「気にせんでええよ、ウチも好きでやってるし。そじゃ、暑ぅない?隣のばあちゃんにサイダーもらったんよ。よかったらどう?」
「・・・・・ごめん、お医者さんにそういうの飲んじゃダメって言われとんよ」
「そっか、そっか・・・・・。ゴメンななんか」
「ええよ別に。翔ちゃんもウチのためにと思って持ってきとんじゃろ?その気持ちだけで嬉しいけぇ。・・・・・なぁ翔ちゃん」
「なに?」
「ウチ、もう長くないんじゃろうか・・・・・」
「いや、何言っとんで。レンちゃんなら絶対病気治せるけぇ」
「んーん、ウチほんまになごうないんで。お医者さんに言われたんじゃ」
「そんなん言わんでや。せっかく毎日お見舞い来てんのに死ぬなんて言わんでや。はよー治して一緒にまたキャッチボールしよーで。前みたいにウチがピッチャーで、レンちゃんがキャッチャーで」
「翔ちゃん・・・・・」
「そや、ウチら来年の四月には高校生じゃ!勉強ついていけるかもわからんけど、これでウチらも正式に手打ちできるで!」
「そっか。高校にはあるもんな。手打ち野球部」
「そじゃ。ウチら二人、近くで一番強いとこでやるんじゃ。甲子園の土踏んで優勝旗持って帰るんじゃ」
「・・・・・なぁ翔ちゃん」
「なんじゃ?お水か?」
「ううん。そうじゃない。・・・・・お願いがあるんじゃ」
「なんでぇ?何でも言ってみ?」
「あんな・・・・・強うなって」
「へ?」
「ウチはもうなごうないから、翔ちゃんに全部託すわ」
「いやいや、だから何言うとんで。なごうないなんてそんな縁起でもないこと」
「ええから聞いてや。お願い」
「・・・・・・・・・・」
「ウチとの約束じゃ。全国で一番の高校生投手になって、甲子園の土を持って帰ってや・・・・・」
「・・・・・やじゃ・・・・・」
「そんでその土をな、ウチの墓に置いてや・・・・・」
「・・・・・いや。じゃ・・・・・」
「墓の場所は・・・・・きっと母さんが知っとるけぇ、家で聞いてくれれば」
「・・・・・なんで、そんなこと・・・・・」
「そんで翔ちゃんは・・・・・日本一の高校生からプロになるんじゃ!毎年一回は地元に帰ってな。じゃねぇと、ウチも寂しいから・・・・・」
「・・・・・そんな、遺言みたいなこと・・・・・」
「でもずっと見とるけぇ・・・・・」
「・・・・・?レンちゃん?レンちゃん!?」
「・・・・・ずっと・・・・・翔、ちゃんの・・・・・こと・・・・・」
「レンちゃん!?黙ってや!すぐナースさん呼んでくるから!」
「・・・・・見守っとるけぇ・・・・・」
「だ、だれかぁ!!!だれかぁ!!!レンちゃんがぁ!!!レンちゃんがぁ!!!!!」
※
目が覚めた。周りはあまり見慣れない新幹線の中で、自由席の一席にウチは座っていた。窓の外はなんでか暗い。人生で二度目の新幹線は嬉しいし乗り心地も最高じゃけど、嫌な夢をみた。でもそれも大事な思い出。ウチがこれからがんばるための大事な思い出じゃ。
『次は~品川~』
耳にあまり残らない心地よいアナウンスの声が次の到着地を知らせる。ウチの目的の場所でもある品川じゃ。正確にはここから何駅か移動はあるけど、やっと東京に着くらしい。
「・・・・・レンちゃん、見とってな・・・・・」
新幹線の窓の向こうが暗がりから都会独特のビルが立ち並ぶ景色に変わった。ウチはひざの上に置いてたカバンから一枚の写真を取り出す。写真には二人の女の子が泥だらけでピースしとる。一人はウチ、有馬翔子の子供のころの姿。昔は伸ばしとった長い髪の毛。今でも伸ばしてはいるが、動くのに邪魔なことが多いので後ろで結んでいる。
そして写真に写っとるもう一人の女の子はレンちゃんじゃ。ウチの大事な親友で、去年の夏に息を引き取った。昔は二人でよくキャッチボールを暗うなるまでやってたな。たくさんの人に怒られはしたけどめっちゃ楽しかった。でも小学五年生くらいになるころレンちゃんは重い病気にかかった。このころからウチはキャッチボールをしなくなった。キャッチボールの時間は全部レンちゃんのお見舞いに使っとった。早う元気になってもらいたかった。練習と言えるかはわからんけど壁にむかって一人でボールを投げることはようやっとった。けど正直楽しくはなかった。レンちゃんと一緒にやっとるキャッチボールのほうがずっと楽しかった。じゃけぇ早う元気になってほしかった。けどそんなウチの想いは病気には伝わらなかった。レンちゃんの容態は悪うなる一方で、ついに去年の夏に亡くなってしまった。
ウチはその時レンちゃんが残してくれた約束のためにがんばる。そう決めて手打ち野球が一番強い地区だと噂の東京にある手打ち野球部を色々調べた。その中で全寮制で、ウチの学力でも行けそうなところ。それがこれから向かう星戸高校じゃ。星戸高校は昔から激戦区東京で名を轟かせてる名門校らしい。一昨年の甲子園出場校でもある。そんなすごいところに受かるかわからん中ガムシャラに受験勉強をして奇跡的に受かったのが二ヶ月前のこと。そして今日は入学式前の入寮日。明日から入学式が始まり、そして正式に星戸高校手打ち野球部の部員となる。楽しみすぎて昨日の夜は寝れんかったな。そのせいで今寝不足なわけじゃが。
ウチは写真をカバンにしまって、新幹線を降りる準備をする。これから何が起きるかはわからんけど、ウチは楽しみで仕方ない。絶対に、一番の高校生になるんじゃ!
※
西暦20XX年。世界中でとてつもない野球ブームが起きていた。しかしその一方で野球というスポーツの安全性と女性非難に問われていた。バットや硬式ボールなどによる事故が多発する危険性、なぜか女子はプロになれない古臭い考え、野球連盟はこれらの問題に頭を悩ませていた。そんな時、世界を救ったのがハンドヒットボール。日本で言う手打ち野球である。このスポーツをなんとか正式にできないかと苦労に苦労を重ね、そして正式な球技として認定されたのだった。世界から野球というスポーツはなくなり、そして手打ち野球が変わって新時代を作ったのだった!そしてこの物語は、一人の少女が手打ち野球を通じて、日本一の高校生選手となる物語である。
※
「おぉー!これが星戸高校の寮か!」
ウチは長い駅の乗り継ぎを終えて、そして都内とは思えない山を金もないから徒歩で登ること数時間。あたりはもう日も落ちかけて、通行人も誰もいない。そんな苦労の末ついに目的の寮にたどり着いた。パンフレットで見たときからきれいじゃと思ったけど、本物はもっとすごかった。まるでどっかの政治家が泊まるホテルみたいじゃった。
「こ、こんなとこで毎日過ごすんか・・・・・」
あまりの大きさにウチ自身が困惑する。というか地元の田舎町からは考えられん大きさでほんまにこれであってるんか怪しい。でも門にはちゃんと『私立星戸高校』とちゃんと書いてある。ってことは間違いないんじゃろう。
「とりあえず行ってみるかの」
門をくぐり真っ直ぐ歩く。入り口と思われるところの近くに張り出し表みたいなのがあった。なんじゃろあれ?と思って近くまで行って見上げる。そこには『星戸高校手打ち野球部部屋割り表と書かれておった。ということはこれ
「部屋割りか!ウチの名前探さんと!」
必死になってウチの有馬翔子の名前を探す。301、違う。302、も違う。303にもない。304もなくて、305には
「・・・・・あった」
そこにはこう書かれておった。
305
三年 源縁
二年 明間芽衣
一年 有馬翔子
「う、ウチの名前!」
やった!ちゃんとあった!ちょっと内心もしなかったらどうしようとか焦っとったけどちゃんとあった!ウチはガッツポーズをこらえれずやっていた。
にしても翌々見ると部員が多い。部屋には大体三人以上はいて、十五部屋はあるみたい。ざっと五十人以上もいる。そうか、これだけの人間が一緒に戦ってくれる仲間なんじゃ。
「・・・・・まずはこん中で一番にならんと」
ウチは更に決意を固めて入り口へと向かう。入り口のガラスはウチが近づくとウィーンと開く。自動ドアというやつじゃ。東京に来たばかりのころはなれないものが多い。そしてエントランスに出たわけじゃが広い!なんじゃあの吊るされとるの、子供のころに見た絵本とかにあったの。しゃんでりあ?じゃったかの。よくわからん動物の銅像もちらほらあって、まるで別世界のもんじゃった。
「そこの方」
あまりのすごさに驚いとると、不意に声をかけられた。声の方向を向くとそこにはお姫様がおった。ジャージの。ウチより少し身長が高めで、人生ではじめて見る金髪を背中を覆うほど伸ばしてグルグルとまるでドリルのように巻いておった。白くも健康的な肌色に髪の毛に負けじと輝く金色の目。ジャージには『SEIDO』と書かれている。少なくともここの生徒じゃろうけど日本人なのかの・・・・・?
「あなた、新入生かしら?」
「あ、はい。有馬翔子といいます」
「私は三年生の高馬瑠色。以後お見知りおきを」
「えっと、はい。高馬先輩」
高馬先輩と名乗る方は日本人じゃった。都会はすごいのう。
「それで有馬さん。まず監督に挨拶はなさったかしら?」
「まだです。ウチまだここに着いたばかりで」
「あら、今着いたの?なら早く教員室へ向かうべきですわ。監督、あと二人来てないってカンカンでしたから」
「はい、わかりました」
ですわなんて使う人初めて見たのう・・・・・。
「教員室はこの先の廊下を右に曲がったらありますから」
「ありがとうございます、高馬先輩」
「ではまた後で。楽しみにしてますわよ」
高馬先輩はウインクをして外へと出る。ジャージ姿じゃったし練習なんじゃろうかの?ウチは高馬先輩に言われたとおりに廊下を真っ直ぐ進み、右に曲がる。するとそこには見慣れた・・・・・いや、忘れるはずのない。懐かしく、とても大切な人の顔があった。
「失礼しました」
「・・・・・レンちゃん?」
部屋から出てきたその子はレンちゃんじゃった。血色がすごく良いところ以外、去年まで生きてたはずのレンちゃんそのものじゃった。忘れるわけがない。あの短くも艶やかな薄い髪色。華奢で細い体。強気ながらも芯のある瞳。間違いない。レンちゃんじゃ。
「レンちゃん!」
ウチは思い切りレンちゃんを抱きしめた。ずっと会いたかったレンちゃん。でももう会えないと思ってたレンちゃん。それが今目の前にいたのじゃったから。
「ちょっと、アンタ!急に何を」
「ウチじゃよウチ!有馬翔子!翔ちゃんじゃ!」
色々な疑問がよぎる。死んだはずのレンちゃんが生きてる?そもそもどうしてここに?でもそれ以上に嬉しさでいっぱいだった。あの日死ぬほど流した涙は、また私の頬を流れる。でもあの時と違って温かい。
「知らないわよアンタなんて!こら!離れなさい!」
「嫌じゃー!アハハハハ!」
「笑い事じゃないわよ!喧嘩売ってんの!?」
「コラー!!!」
ウチは唐突に響いた声でビックリして離れた。そして声の先にある扉から恐ろしい形相の女の方がいた。おばあちゃんが持ってる般若のおめんそっくり。ウチよりもずっと背の高い鬼がそこにはおった。
「お、鬼ぃ・・・・・」
「誰が鬼だってぇ・・・・・?」
「も、申し訳ありません原動監督」
「か、監督ぅ!?」
レンちゃんがすかさずお辞儀をする。
そういえばどこかで見たことある顔じゃと思ったらパンフレットに載ってた監督の顔じゃった。決してウチにある般若のおめんではなかった。
「す、すいませんでしたぁ!!!」
ウチもレンちゃんに見習って精一杯頭を下げた。
「今年の一年は教員室の前で堂々と騒ぐなんていい度胸じゃないか・・・・・」
監督は腕を組んで仁王立ちをしてた。完全に怒っとる・・・・・。
「とりあえず、飯島じゃないほうの一年。名前は?」
監督は睨みを利かせながらウチに近寄る。
「い、一年の有馬翔子です!好きな食べ物は卵焼きといのしし鍋!嫌いな食べ物は納豆です!」
「いや、好みまでは聞いてなかったが・・・・・。なるほど、有馬か」
先生は一旦教員室に戻り、ボードみたいなものを持って戻ってきた。
「さて有馬と飯島、今は夕方6時。夕飯の時間までまだ二時間あるわけだ」
「「はい」」
「本来なら今日の一年の予定はここに来て入寮の報告、その後夕飯まで自由。」
「「はい」」
「だがお前たちは二人そろってこんな遅い時間にやってきた。ほかの一年は午後一時には全員そろっていたというのにだ」
「「はい」」
「そしてこの騒ぎ。覚悟はできてるなぁ?」
「「は、はいぃ・・・・・」」
※
あれから実に二時間。ウチらは監督に説教を受けていた。正座で。やれ高校生としての自覚だやれ五分前行動だ。話が長くて開放されたときには立てなかった。ウチだけはそのあと入寮報告だので監督に連れられて教員室の奥へと向かった。レンちゃんは開放されて安心しきった顔でどこかへ向かった。後で時間があったら話をしないと。
「有馬、とりあえず座れ」
「おぉ・・・・・」
監督に連れられてきた場所はこれまたきれいな部屋だった。さっきのエントランスはすごい豪華じゃったが、この応接室とやらはシンプルながらも高級感漂うソファやテーブルがあった。
「し、失礼します」
ウチは監督の指示通り席に座る。ソファ柔らかい、初めてじゃこんなの・・・・・!監督はウチの向かいになるように座る。
「さて、説教から入ったとはいえ今日からお前はこの星戸高校の手打ち野球部一年生部員となるわけだ。だから今のうちに色々と話しておかなくてはな」
「えっと、何の話ですか?」
「なに、入学するもの全員に言ってることだ。そう長い話ではない」
「はぁ・・・・・」
監督は一呼吸置いてゆっくりと話し始める。
「ウチは見てのとおり、設備が充実してる強豪校だ。それゆえに部員も多くてな。全員が全員レギュラーになんてなれない」
「はい」
「もちろん私は誰にでもチャンスをやる。常に最強であるということは常に挑戦を続けるということだと思っている。だからこそ一年だろうと三年だろうと関係なく、誰にでも可能性を見出した人間に託す。しかしそれは全員ではない。もちろんどの選手もがんばってくれてる。誰一人欠けることなく努力をしてくれるというのはありがたい話だ。それでも全員が甲子園へと行けるわけではない」
「・・・・・」
「だから、入学した時点で私は全員とこの話をする。もし努力が実らなくても、私たちについてきてくれるか?と・・・・・」
「・・・・・フフッ」
「・・・・・何がおかしいだ。私は真面目に話を」
「いや、すいません本当に。ただいいですか?」
「・・・・・なんだ」
「ウチは目指してるんです。日本一の選手を。だからレギュラーとれるとれないなんてウチには関係ない。だって日本一になるには全員の中で一番にならんとまず無理ですから!」
「・・・・・大きく出たな」
「えぇ!目指すは日本一ですから!」
「・・・・・期待してるよ。有馬」
監督は少しあきれた風にそういった。だけどウチは本気じゃ。本気で日本一の高校生を目指しとる。こんなところであきらめるわけにはいかんのじゃ。
「じゃあ先生、ウチ部屋戻らんといかんので!」
ウチはそう言って部屋を後しようと立ち上がり部屋を出る。ドアの前にはちっこい女の子がおったから「すいません」と言って教員室を後にした。女の子はウチに目もくれず監督のおる方へと向かった。そんなことより部屋に向かってご飯!何時間も歩いておなかすいた!
※
「失礼します。監督」
「おぉ、来たか。すまないな食事の前に」
「いえ、おかまいなく」
「・・・・・で、どうだ?春甲子園のデータ分析は?」
「大方終わりました。少なくとも鷲田高校の現段階での実力は把握できたかと」
「そうか、ではお前の意見を聞こうか」
「現状のウチだと打撃力は十分あると思います。向こうのエースを掴めさえすれば得点は問題ないと思います。同じく守備も今年は優秀な先輩や同期が多いので安定すると思います」
「うむ」
「しかし問題は投手です。異常なほど今年は投手層が薄いですからね。エースの高馬先輩も怪我から復帰したばかりで今年の夏の登板はできても完投できるかまでは正直怪しいです」
「高馬以外の投手を育ててないわけではないんだがな・・・・・まさかここまで良い投手が出ないとは思ってもなかったからな」
「ないものねだりしても仕方ないとはいえ、鷲田高校の打線を抑えるには物足りないのも事実です」
「こりゃまたどうしたものか・・・・・」
「そういえば今年の一年生はどうなんですか?まだ見てないんですけど」
「そうだな。二人ほどすごいのが来たな。その内の一人は投手だ」
「ほう、もう一人は?」
「元投手だな」
「元・・・ですか?」
「あぁ、前者の一人は去年のシニアリーグでも大活躍した鬼才、神谷だ」
「ほう、あの《鬼のクロスファイヤー》神谷沙伊さんがウチに来たのですか・・・・・。これはまた投手陣が薄いウチとしては嬉しいことですね」
「そしてもう一人だが、一昨年のシニアリーグで全国準優勝投手だ」
「一昨年のシニア準優勝?確かあの決勝戦は・・・・・」
「あぁ、アイツがまた復帰するんだと」
「それはまた面白いことになりますねぇ・・・・・。ほかに良い一年生はいましたか?」
「ほかはそこそこ都内で有名だったりじゃなかったり。まぁあの二人ほどの逸材は少なくともいないみたいだが」
「そうですか、となると神谷さん以外に投手としてレギュラーというのは難しいですね。二人だけでどうやって勝ち抜くか・・・・」
「あ、そういえば」
「なんですか?」
「一人だけ、経験はまったくないがとんでもないのが来たな」
「とんでもないの、ですか?」」
「あぁ、ちょっと待ってろ。ソイツの中学の時の身体テストを持ってくるから」
「身体テスト?未経験なのにそんなにすごいんですか?」
「・・・・・あった。これだ。見てみろ」
「どれどれ・・・・・。おやおやこれは・・・・・」
「な?とんでもないだろ?」
「えぇ、上里先輩タイプですね」
「コイツの育て方によっては化けるだろうな」
「監督、責任重大ですね」
「ただ、ちょっと礼儀がなってなくてな。ついさっきも問題を起こして」
「まぁ私たちや先輩たちに比べたら可愛いものじゃないですか?」
「・・・・・そうだといいがな」
「では私はご飯食べてもうちょっと分析してみます」
「あぁ、頼んだぞ。天才キャッチャー」
「・・・・・その呼び方、まあり好きじゃないです」
※
監督のお説教も終わり、ウチは一旦荷物を置きに部屋を探すことにした。にしてもこのホテルほんまに豪華じゃのう。どこもかしこもきれいな明かりが点いとってエレベーターのボタンにも20階まであった。20階とかなにがあるんじゃろうか?
「えっと、305じゃから3階かの・・・・・?」
とりあえず3階を押すとボタンが光り動き出す。といっても3階なんてすぐじゃからあまり待つことなくドアが開く。ウチは降りてホール周りの様子を見る。エレベーターホールの付近は人が溜まる分には問題ない広さじゃった。そしてその先には廊下がある。廊下は少し進むと左右の二手に分かれていた。
「これはどっちじゃ・・・・・?」
右左とどっちか分からずも廊下の先を見てみる。どちらも無機質に部屋がいくつかあるだけだ。すると右側の廊下からドアが開き誰か出てくる。ラッキーじゃ、305号室の場所を聞いてこよう!ウチは急いでそっちのほうへ向かう。
「すみません」
「あい?どちら?」
声をかけたその人は当然じゃが女性だった。恐らく先輩とかじゃと思うんじゃがやたらと華奢な体をしておった。髪は明るいのも特徴じゃったが、すごく上に伸びてて、雑誌かなんかでこういうことを盛ると言うんじゃったかの?とにかく盛っておった。
「今日から入寮する有馬翔子といいます!」
「あぁ、えぇっと、待ってね、どこかで聞いたことあると思うんだ」
「え、はぁ・・・・・」
元気が一番じゃと思って挨拶したら向こうの方が急に考え出した。ウチは早く荷物を置いてご飯に行きたいんじゃが・・・・・。
「あれ、一年生なんだよね?」
「え、えぇ・・・・・」
「あ、思い出せない!」
「えぇ・・・・・」
なんなんじゃこの先輩は。
「ちょっとー、メイちゃんどうしたのー?」
「あぁ縁先輩!ちょうどいいところに来ました!」
メイと呼ばれてる先輩の後ろ、つまりは部屋のほうからもう一人の女性がこられる。先輩なんじゃろうが、メッチャ美人。ユカリ先輩と呼ばれたその人はとてもスポーツをやってるなんて思えない決め細やかな肌と誰でも包み込んでくれそうなふわふわの髪がとても印象的じゃった。
「有馬翔子って知ってますか?」
「たしか今日から入寮して部屋が一緒になる子でしょ?それがどうしたの?」
「あぁー、そうだっけ?」
「相変わらず鳥頭なのね」
「あはははは・・・・・」
部屋から出てきたその人がメイさん?に説明をする。って部屋が一緒ということは
「って、ここが305号室なんですか!?」
「えぇ、そうよ。ってもしかして」
「紹介しますよ先輩、彼女は・・・・・誰だっけ?」
「有馬翔子です!今日からお世話になる!」
「そうだそうだ、覚えた」
「やっと来れたのね。もうバックれたのかと冷や冷やしたわよ」
「すいません、ちょっと色々あって」
「まぁ積もる話もなんだし、とりあえず入って」
ユカリ先輩に連れられて部屋に入る。部屋は結構広めで、二段ベッド二つに軽いリビングルーム。シャワー室も簡易的じゃがついておる。やっぱりすごいのう・・・・・。
「荷物置いたらご飯にしましょ。自己紹介とかは後でやるし」
「おぉー!ご飯!メイもうおなかペコペコー!」
「後でって何があるんですか?」
「それは着いてからのお楽しみ」
ユカリ先輩はウインクをしてウチとメイさんを連れて行く。いったい何があるんじゃろうか・・・・・?
※
「いやー、翔子ちゃんすごい食べっぷりだねぇ!」
「与えられたものは残さず食べるのが家の教えだったので。おかわり行って来ます」
ウチはあのあとユカリ先輩とメイ先輩と共に2階に降りて食堂に向かった。その道中で食堂の場所と食べる際のルールを聞いた。ルールと言っても対したものではなく、朝昼夕それぞれの時間とぶっふぇすたいる?というやつらしい。そのぶっふぇとやらはよう分からんかったが食堂についてなんとなく自分で取るということは理解できた。食堂は広くとても清潔感がある。テーブルがいくつかあり、奥のほうには食事を作ってくださってると思われるおばちゃんが忙しくもがんばってくれてた。おばちゃん達のためにもどんどん食べねば。
「本当に食べるわねぇ・・・・・。育ち盛りなのかしら?」
「見てて気持ちいいですよねー!」
ご飯をよそって戻るとユカリ先輩とメイ先輩が感心しておられた。
ピンポンパンポーン。
「あら、そろそろかしら?」
館内放送と共にユカリ先輩がつぶやく。そろそろ?
『星戸高校手打ち野球部の皆さん、至急Bホールに集まってください。繰り返します。星戸高校手打ち野球部の皆さん、至急Bホールに集まってください』
アナウンスがおそらく館内のあちこちで鳴り響く。するとほかの生徒たちの大半以上が立ち上がり向かう。その内の何人かはおどおどしたり先輩に話しを聞いたりしている。
「さぁ翔子ちゃん。行くわよ」
「れっつ、ごー!」
「ちょ、まだご飯が・・・・・あぁ!」
許してくださいお米の神様よ。ウチはユカリ先輩に連れられてホールへと向かう。その間に先輩方が何が起こるか説明してくれる。
「これから向かうホールは主にイベントとかあったときに使うのよ」
「イベント・・・・・ですか?」
「そう、ドラフト会議指名祝賀会とかまぁ色々と」
「それで、これからやるのは自己表明の集いだよ」
「自己表明の集い?」
「そう。要は自己紹介よ。全学年集まって一人ずつやっていくの。三年生、二年生、一年生の順番で。このときに名前も教えてあげるね」
なるほど、道理でいつまで経っても名乗ってくださらなかったわけじゃ。とか話してるうちにびーほーるとやらに着いた。部屋は先ほどの食堂とあまり変わらない広さだが、違うのはステージがあるところだった。ステージと言ってもほかの床と違って段差があるだけの簡易的なもんではある。みんな立ちながら何かを待つ。ウチ達も一緒になって並ぶ。
「じゃあ後でね」
しかしユカリ先輩だけ先にステージのほうへと向かった。三年生じゃからじゃろうか?しかしステージにはユカリ先輩ともう一人の先輩と思わしき人しかいなかった。その方はとても凛々しかった。きれいな顔立ちながらも真っ黒で水晶のように澄んだ瞳で全体を見ていた。髪も黒髪で腰まで伸ばしていた。しかし三年生がこれだけとは考えにくいんじゃが・・・・・?たしか高馬先輩も三年生じゃったはずじゃ。なのにステージにいないということは三年生の中でも特別な方なのじゃろうか?
「チームのみんな、そろったかしら?」
ユカリ先輩が全体を見渡しす。一通り見渡すと頷き、一度咳払いをする。
「それじゃあ始めようかしらね。今年度の自己表明の集い」
「よーし、全員姿勢を正せ!」
もう一人の先輩と思わしき女性の一言で全員がピシッと姿勢を正す。ウチもそれに合わせて背筋を伸ばした。
「これより自己表明の集いを行う!礼!」
先輩の号令でみんなお辞儀をする。頭を上げるとユカリ先輩がもう一人の先輩にマイクを渡す姿が見える。
「それではまず全選手を代表して自分から一言言わせてもらう」
と言って先輩は一度沈黙を取る。周囲もその方の発言を待つように黙り込む。
「・・・・・」
「「「・・・・・」」」
「・・・・・」
「・・・・・ちょっと飛鳥、何か言うんじゃないの?」
ついに我慢ならなかったのかユカリ先輩が口を開く。
「・・・・・がんばれ」
「え、たったそれだけ!?キャプテンともあろう人がその一言だけなの!?」
「続いて副キャプテンの縁から挨拶だ。私の分までしゃべってくれるそうだ」
「出たよその意味不明な無茶振り!マジで言ってるの!?」
そんなやりとりをしながらキャプテン?と呼ばれたその人からユカリ先輩にマイクのバトンタッチを行う。周りの人たちは思いっきり笑っておられる。漫才だったらぴったりな息じゃ。
「まったく・・・・・。えー、ご挨拶預かりました源縁です。漢字は源頼朝とかの源にご縁とか縁談の縁と書いてゆかりと読みます。今日から可愛い一年生もいるので改めてフルネームでご挨拶させていただきました」
縁先輩がなれたように話し出す。なるほど、そんな名前じゃったのか・・・・・。というか手馴れたものじゃのう。
「一年生を見てると私たちが一年生のころもこんな感じだったのかなと思っちゃうくらいかわいらしいと感じる今日この頃です」
前に立っていない人たちから「お前は昔から可愛くなかったぞー!」とか「お前を一年生と一緒にするなー」と野次が飛ぶ。自由じゃの・・・・・。
「・・・・・そんな一年生とこれからみんなでがんばるにあたって、毎年恒例のやつやらせていただきます。一年生は初めてなので簡単に説明すると、全員前に立って学年と名前、あと希望ポジション。そして一言。簡単に挨拶してもらうだけだから。緊張とかしなくて大丈夫よ」
縁先輩が野次の方向に一瞥してから話に戻る。挨拶か。確かに大事じゃ。おばあちゃんも言っとった。挨拶ができん子はなにやってもできんって。これは力入れてしっかりやらんといかんのう。
「んじゃまずは三年生から。壇上に上がってきてー」
縁先輩の掛け声で何人かの先輩が文句を言いながら壇上に上がられる。ざっと見て十四人の先輩方が壇上で横一列に並ばれる。その中の一人にはさっき会った高馬先輩もおられた。
「じゃあトップバッターは私からやるとして、最後は飛鳥ね」
「なに、聞いてないぞ」
「がんばってねオチ担当」
縁先輩はうまくしゃべりながら飛鳥と呼ばれている先輩とは反対側に並ぶ。策士じゃ。
「では改めまして。三年生の源縁です。現状のポジションはファースト。一応クリーンナップの一人やってます。副キャプテンとしてしっかりみんなを見ながらがんばってます。よろしくね」
縁先輩は華麗に、それでいて聞き取りやすいきれいなしゃべりで終える。一流の選手になるにはこんな力もいるんかのう・・・・、ウチできる気がせんぞ。
「じゃあ続いてマイク回していくから」
そう言って縁先輩からマイクがわたり、挨拶は進んでいく。
「西村加奈子、三年生。レギュラーではありません!でもとります!そこのファースト!」
「あら、喧嘩ならいつでも買うわよ?」
「間違えました!サードでした!」
「いい心遣いね。次」
「三田優子、同じく三年生。希望ポジションは外野です。チームのためにどこまでも尽くしてみせます!」
「無難な挨拶どうもありがとー、では次」
縁先輩の進行の元、次々と先輩たちが挨拶をする。正直早すぎて覚えきれん。えっと、縁先輩の次が西村先輩で、その次は・・・・・あれ?うそ?もう思い出せないの?
「いよいよ残る先輩たちも四人になりましたねー、では次ー」
先輩の名前を思い出そうとしておったらもうすでにそこまで人が減っておった。次の人はすごいつり目で仁王立ちをしておる先輩の番じゃった。身長も高く、ジャージからでも分かるくらい足なんかスラッと伸びていた。というか長い。カモシカとかの類なんじゃないかと疑うレベルで足が長い。しかし怖い雰囲気こそあるがどこか優しい雰囲気もある。とにもかくにもここからちゃんと覚えるぞ。
「・・・・・上里悠真。三年。ポジションはファースト・・・・・」
「あら、もう終わり?」
「・・・・・」
「だんまりはよくないわよ~?ちゃんと一言くらい挨拶を」
「・・・・・」
「・・・・・って言って聞くような人じゃないもんね」
上里先輩になった瞬間周りが一気に黙り込む。怖い先輩なんじゃろうか・・・・・?
「・・・・・じゃあここでクイズタ~イム!」
なんじゃ?急に縁先輩が笑顔で突拍子もないことを言い出した。周りの先輩方も不安がっておられる。毎年やってるものとは違うのかの・・・・・?
「おい源、そんな話聞いてない・・・・・」
「問題です。三日前、上里の悠真ちゃんは晩御飯のあと30分ほど学内にいませんでした。それはなぜでしょうか?」
「三日前の晩御飯の後・・・・・ってお前!?」
急に上里先輩があたふたし始めた。そして縁先輩からマイクを奪い取ろうとするもそれをヒラリとかわされる。
「ヒントです!その時悠真ちゃんはなぜかご飯の残り物を手に持っていました。と言っても牛乳だけどねー」
「お前!怒るぞ!コラッ!」
壇上で先輩たちの一進一退の攻防が繰り広げられる。にしても上里先輩はなぜ牛乳なんかを持って外に出たんじゃ?コーヒーと割って飲みたかったんじゃろうか?
「では答えあわせで~す!正解は」
「や、やめろ~!!!わかった、ちゃんと挨拶するから~!」
その一言で縁先輩が一瞬止まる。そしてチラッと上里先輩を見てから全体に向き直る。
「・・・・・とここでお時間になりました~。これにて今日のクイズタイムを終了させていただきますね~!じゃあ改めて上里の悠真ちゃんからご挨拶を」
縁先輩がそっとマイクを渡す。もしかしたらこのチームで一番怒らせてはならないのは縁先輩なのかもしれん。
「・・・・・上里悠真。三年。ポジションはファースト。昔はヤンチャしてたがここに来て自分は変われたと思う。だからこのチームに恩返しするために、全力で甲子園めがけて走りぬきます・・・・・」
「はい、よく言えました~。みなさん拍手~」
縁先輩の一言で周りの人たちがいっせいに拍手を行う。ウチもつられて拍手をする。それを受けている上里先輩は顔が真っ赤っかじゃ。可愛い。
「では次~・・・・・。って、アンタいつまで笑ってるのよ?」
「いやだって・・・・・ゆまっちがからかわれるのはいつものことだけど一年生の前でなんて笑っちゃうっす・・・・・ップ」
上里先輩の次にあたる先輩は体を震わせながら手を口元に押さえておった。先ほどの上里先輩とは対照的で垂れ目が印象的。その垂れ目の上からかけている眼鏡は昔の人がかけてそうな大きな黒縁。髪はボサボサで、服装がほかの先輩たちがキチンとしたチームジャージなのに一人だけ家にいるような格好じゃった。具体的には短パンにTシャツじゃ。
「・・・はい、もう大丈夫っす。えーマイクお預かりします。三年の本田御夏っす。一応センターやりながら先頭バッターはらせてもらってるっす。足が速いやつはいつでも挑戦受けるっす。あとみんなのお宝ショットがほしい方はこちらまでっす」
「こら、一年生の前でそんなこと言うんじゃないの」
「いいじゃないっすか。どうせみんなから許可もらってるっすから」
「まったく・・・・・相変わらずフリーダムというかなんというか」
「いや、それそのままお返しするっす」
すごい先輩なのは分かったがお宝しょっととはなんじゃろうか?あとふりーだむもようわからんぞ。
「じゃあ次。次は・・・・・」
「待ちくたびれましてよ」
高馬先輩はそう言って本田先輩からマイクを奪い取る。先ほどお会いしたときと変わらぬ姿じゃが、その品の良さだけはさっきよりも増して見える。
「いやーお待たせして悪いっすね」
「コントが長すぎましてよ。コホン」
高馬先輩はマイクを持って一つ咳払いをしてお辞儀。礼儀正しい先輩じゃ。
「高馬瑠色と申します。学年は三年生。ポジションは」
高馬先輩が一度息を吸う。
「エースですわ」
高馬先輩の一言で少しだけ空気が変わった。正確には数人の目の色が変わった。そしてそれはウチにとっても同じじゃった。まず超えるべき最初の目標が目の前におる。この先輩からエースナンバーを奪う。最初から大きくも大事な一歩じゃ。そして高馬先輩のこの一言はきっと、全ての挑戦を受けるという覚悟の言葉じゃ。じゃからこそこれだけ肝が据わっとるのじゃろう。
「多くは語りませんが一つだけ。私が必ず敵を抑えます。ですのでみなさんは点を取ってくださいな。一点で十分ですわ。そしてこのチームならそれをやってくださると信じております。以上」
絶対的な自信があるからこその発言である。しかしそれを言い切り、後を絶つ姿はカッコイイとさえ思わせるものじゃった。
「・・・・・まったく、どうしてウチのチームはこうも我が強いのかしらねぇ。では三年生最後、よろしくねキャプテン」
「あぁ、任せろ」
縁先輩の一言で高馬先輩が奥の先輩にマイクを渡す。すると周りのみんなが今までとは違う引き締まった顔をする。
「キャプテンの神藤飛鳥だ。三年生で、ポジションはレフト。打順は四。このチームの長としてお前たちを甲子園優勝に導くのが指名だ」
神藤先輩はゆっくりではあるが、ハッキリと、話を進める。
「私は打つことしか脳がない。だから私は打つ。お前たちの分もまとめて。だからお前たちも自分のできることを精一杯やってくれ。それがチームの勝利につながると私は信じてる。そして皆で行こう。甲子園に」
一瞬の沈黙。そしてその言葉が心に響くような想い感覚が胸を貫く。この人の言葉に迷いはない。だからこそこの人がキャプテンをやっている。今日初めて見たウチでもそれがわかるほど強い言葉だった。
「・・・・・あれ、スベったか?」
「いや、最高の言葉だったわよ。その一言がなければ」
「うむ、そうか」
神藤先輩が縁先輩と話した後、マイクを渡す。
「え、どういうこと?」
「進行うまいからこのまま二年生と一年生も頼む」
「えぇ・・・・・」
「三年生、降りるぞ」
神藤先輩の一言で次々と先輩方が降りられる。縁先輩以外。降りる間際にいろんな先輩が縁先輩に声をかける。
上里先輩は「罰が当たったんだ」と。
本田先輩は「ドンマイっす、名MC」と。
高馬先輩は「適材適所ですわ」と。
そして気づいたらステージには縁先輩しかいなくなっていた。
「嘘でしょもう・・・・・。わかりましたやります。次、二年生になるから二年生のみんな上がってきて」
縁先輩は一言愚痴をこぼしこそしたが、そのあとキッチリと笑顔で進行を再開する。切り替わりの速さがすごいのう・・・・・。
「じゃあ順番に一人ずつ・・・・・」
「ゆっかり先輩!アタシが変わりますよぉ!」
二年生の先輩方が壇上に上がり終え、いざ始めようというタイミングでメイ先輩が縁先輩の下へ駆け寄る。
「あら、本当?」
「はい!こういうのやりたかったんですよ!」
「じゃあお願いしようかしら」
そう言って縁先輩はメイ先輩にマイクを渡して壇上から降りていく。縁先輩が壇上を降りるとメイ先輩は一呼吸してニカッと笑顔になる。
「じゃあ一年生のために今度は二年生の私たちががんばっちゃうよ!イエイ!」
メイ先輩はピースサインをして開始宣言。
「えっと、二年生は今15人くらいいるんだけど、まあ順番にさっきみたいに回せばいいのかな?んじゃ私からだね。二年の明日間芽衣といいまーす!ポジションはショート。打順は色々!遠くまで打つのは苦手でーす!じゃあ次は隣のみっちゃんー!」
二年生のトップバッターである芽衣先輩が元気に挨拶をしてマイクを回す。そして芽衣先輩を皮切りにほかの先輩たちも次々と挨拶をしていく。そんな先輩たちの挨拶を聞きながら顔ぶれを見ていると一人だけ見覚えのある人がおった。確か職員室前にいた小さい人。あの人もここの先輩じゃったか。翌々見るとかわいらしいお方じゃ。とてもじゃないが野球なんぞをやっているようには見えないほど白く細い体をしておられる。眼は眠いのかあまり開いてないが、それでもうっすら見える藍色の瞳は照明の光も相まってか、まるで深い海のようにきれいで奥深かった。
「二年の姫定乃夢です。ポジションは色々できます。バッティングの打ちわけが得意です。一年生の方々はわからないことがあればいつでも聞いてください。先輩方は今年も姉妹ともどもよろしくお願いします。以上です」
あ、この声アナウンスのときの声じゃ。というか気づいたらもう残りも少なくなっていた。具体的には残り二人ほど。そして先ほどの先輩の次はあの小っこい先輩じゃった。
「えーと、ども。二年の姫定亜夢です。ポジションは正捕手です。あー・・・・・」
亜夢先輩が口を止める。あの先輩キャッチャーじゃったのか。というか姫定ってさっきの方と同じ苗字?姉妹なのかの?
「・・・・・まぁ、あれです。一年生の中にもキャッチャー志望の方いると思います。なのでその子達にも先輩方にも取られないようにがんばれたらいいですね」
「亜夢、かなり雑というか他人目線だよ」
「大丈夫ですお姉ちゃん。言いたいことは言えたです。多分」
「多分なのね」
隣の乃夢先輩がすかさずツッコミを入れる。やっぱり姉妹らしい。
「では最後に〆ていただきましょうか。どぞ」
亜夢先輩はあまり興味がなさげに最後の先輩にマイクを回す。それを受け取った先輩はどこか神藤先輩に似ていた。違うところといえば髪の毛が長くなく、かなり短いこと。そして神藤先輩はどちらかというと垂れている眼をしていたが、この先輩はかなりつりあがっている。
「二年の二階堂文だ。ポジションはライト。打順は三。座右の銘は一生懸命。私はほかの先輩方や同期ほど優しくはないぞ。超えたければ自力で超えろ」
マイクを受け取った二階堂先輩はとてもキツいことを言う。ウチにとってはこの方が渇を入れてもらってるようで嬉しい。
「あといくつか個人的に言いたいことを。まずは本田先輩!この公正な場でそんなだらしない格好とは何事ですか!ちゃんとチームジャージを着てください!」
どこかから本田先輩の「洗ってるから許してふみち~ん」と情けない声が聞こえる。ふみちんとはあだ名なのじゃろうか?
「ふみちんと呼ばないでください!あと明日間!なんだその適当なしゃべりは!楽しくするのと適当にやるのは違うぞ!」
「いやだってわかんないもーん!」
列の反対におられる芽衣先輩がぶつくさ文句を言う。
「そして一番物申したいこと、それは一年生!」
二階堂先輩が大きく声を荒げる。先ほどよりも響く声がみんなの耳を思い切り刺激する。鼓膜が痛い・・・・・。
「ほとんどの生徒は昼過ぎには来ていた。それはまだいい。そのあと練習に早速参加するものがほんの一部しかいなかったことも気にはなるが初日だし大目に見てやろう。だがしかし夕方に来た二人!飯島に有馬!」
「「は、はい!」」
二階堂先輩に名指しで呼ばれて一瞬ビックリする。そしてそれは多分手前のほうにいたレンちゃんも一緒じゃったのじゃろう。同じタイミングで返事をしている。
「お前たち、日暮れ近くに来るなどという非常識な行動を取った挙句教員室前で騒いだらしいな」
ウチとレンちゃんは黙り込む。反論の余地がございません。本当に。
「黙認ということは肯定らしいな!そんな二人が後輩とは情けないぞ私は!今から先輩としてお前たちに星戸高校手打ち野球部員とは何たるかおい姫定妹よ。なにを急に壇上から降りている。話はまだ終わってないぞ」
「いや、長そうなので部屋に帰ろうかと」
「お前がそんな態度じゃ示しがつかないだろ!いいから戻れ!」
「とりあえず後輩さんたち、あまり気にしなくていいですよ。この人こういう病気なので」
「病気とは何だ病気とは!お前はいつもだらしなくしおって!今日という今日こそは徹底的に風紀を直させてやる!」
「はい、ということで二年生でしたー!」
「待て明日間!私の話はまだ終わってないぞ、こら本田先輩!なに羽交い絞めに!待て、まだ終わってな」
バタン。
唐突に始まろうとした説教は亜夢先輩の独断と芽衣先輩と本田先輩による手際良い拉致によって終わりを迎えた。というか二階堂先輩が部屋の外のどこかに連れ去られた。なんじゃったのじゃろうか・・・・・。
「ということで改めて場を仕切らせていただきます源縁です。一年生のみんなはとりあえず壇上に上がってねー」
いつの間にかステージで仕切り始める。先ほど二階堂先輩がマイクを持っていた関係でマイクなしで声を出している。ようし、ウチも上がってしっかり挨拶をせんと。気持ちを引き締めて壇上に上がる。ほかの人たちも何人か登り、ざっと一列に並ぶ。もちろんその列の中にウチやレンちゃんもおる。
「ざっと二十人・・・・・もうちょっといるかな?とりあえず私の隣のこの子からやっていこうかな!ではまずお名前を」
「先輩、もう下がられて良い。自分たちのことは自分たちでやります」
「あら、本当?じゃお願いね」
縁先輩がいきなりステージから降りる。そして隣にいた小さい子が話し始める。その出で立ちは身長の低さなど微塵も感じさせないほど堂々としていた。まさに威風堂々。凛として真っ直ぐな瞳は緑にきらめき、その場の誰もが息を呑むきれいさを持っていた。まるでお人形さんのような人じゃ。
「名は神谷沙伊。一年。ポジションは去年のシニアまで投手をしておった。そしてここでも希望するのはもちろん投手。その背は低くとも志は高い。だからこそ宣言しよう」
小さいながらもしっかりと話す神谷さん。一息ついて大きく声を上げる。
「私はこのチームでエースを取る。そして甲子園優勝まで導いてみせよう!」
たった一言で会場の空気がどよめく。いや、ざわつくのほうが正しいのじゃろうか。下にいる先輩たちの顔は皆、「やれるものならやってみせろ」とでも言いたげな目をしている。そしてウチも多分同じような顔をしている。そんな視線の嵐にあっている中、ひるむことなく神谷さんは話し続ける。
「私にはそれだけの強さがあると自負している。だからこそ結果を残してみせる。手始めに今週末の紅白戦でノーヒットノーランを達成して見せよう」
その大それた発言と思われる言葉に、誰一人声を出さない。それはきっと本当にそうしてしまうかもしれないほどの実力があるということなのじゃろう。じゃがそれはウチにはよくわからんかった。じゃから笑ってしまった。まずのーひっとのーらんってなんじゃ?
「・・・・・ほう、私もなめられたものだな。この宣言をして笑われるとは」
「いや、ごめんって。でもな、ウチも言いたいことあるんよ」
ウチは笑いながらも前に出る。そして神谷さんと並び立つ。
「ふん、無礼なやつだな。そこまで言うならお前も高らかに宣言してみろ」
「ええぞ。んじゃウチが次にするで」
ウチは神谷さんにそう言って大きく息を吸った。
「新見中学校出身!一年!有馬翔子!野球の経験はキャッチボールだけです!でも友達と約束しました!このチームで日本一になるって!そして日本一の選手になるって!だからここで一番になって、日本一まで引っ張って見せます!よろしくお願いします!」
精一杯の声を出して頭を下げる。すると隣の神谷さんが笑い出す。それに釣られてか周りの人たちも笑い出す。なんや、変なこと言ったかな?
「おい貴様、今経験は・・・・・なんと言った?」
神谷さんが声をかけてくる。それにあわせてウチも頭を上げて答える。
「えっと、キャッチボールだけ」
「ふ・・・・・フハハハハハ!なんという女だ!キャッチボールしかやったことがないくせに日本一だと!笑わせてくれる!私はそんな奴に喧嘩を売られたのか!」
「なんじゃて!そんなおかしいこと言っとらんぞウチ」
「いいか、私は去年のシニアリーグ、つまりは私たちと同世代以下の人間の大会で全国ベスト4だったチームでエースだったのだぞ」
「そんなん言われてもわからんがな」
「そうだな。わからないからこそそんなことを言うのだろうな。では教えてやる。私はその試合以外全て無失点で上り詰めたのだ。なんなら全国大会の一回戦でノーヒットノーランも達成した」
「おぉ、なんかすごそうじゃな」
「すごそうではない。その前年の天才投手飯島カレンと同じことをやってのけたのだ。ただ奴のほうは準優勝まで登っていたがな」
飯島?どこかで聞き覚えのある名前じゃな・・・・・?
「そんな私にむかって大きく出たのがお前なんだよ。キャッチボールしか経験のない有馬さん」
「なんじゃ!そんなんやってみにゃわからんじゃろ!」
「そこまで言うなら今この場で見せてやってもいいんだぞこの」
「お前らいい加減にしろ!!!」
ステージ下のほうから一喝。声が轟く。そこを見るとキャプテンの神藤先輩がウチらをにらんでいた。
「楽しくやる分には私は一向に構わない。だがしょうもない喧嘩をするというならこの場でお前たちを絞めなければならん。好きなほうを選べ」
神藤先輩の言葉で少しだけ落ち着いた。それは多分神谷さんも一緒何やろな。二人して黙りこむ。
「・・・・・いい判断だ。二人は下がれ。次の生徒に変わる」
ウチらは神藤先輩の指示通りにステージ後部に下がった。
「では次、そこの一年」
「はい!」
神藤先輩に指名されたのはレンちゃんだった。レンちゃんは大きく返事をして前に出る。
「一年、飯島カレンです。ポジションは元投手、現在は捕手を希望します」
レンちゃんの一言であたりがざわつく。というか飯島カレンって確かさっきもその名前が・・・・・?でもレンちゃんってそもそも飯島なんて名前じゃったろうか?確か苗字は大島じゃったはず・・・・・。
「飯島カレンだと!?」
その名前を聞いて大きく反応したのは隣におる神谷さんじゃった。そして神谷さんは前のほうにどんどん歩み寄り、レンちゃんの隣に並ぶ。
「驚いたな・・・・・。肩を壊してもう戻ってこないとばかり思っていたぞ」
「それはどうも。生憎だけど天才なんて肩書きは捨ててキャッチャーとしてもどってきたわ」
「ふふふ・・・・・どうやらこのチームは楽しめそうだな」
「もっとも私はアンタみたいなうぬぼれ女と組むのは心底いやだけどね」
「肩を壊した人間に正捕手がつかめると思うな。お前は万年補欠キャッチャーだ」
「誰が決めたのよ、肩が弱いってだけでキャッチャーができないなんて」
二人の間に殺気が漂う。明らかにヤバイ感じがする。なんとかせねばと前に出る。
「とりあえず二人とも落ち着いて・・・・・」
「「うるさいポンコツ素人!!!」」
「誰がポンコツじゃー!!!」
「お前ら静かにしろー!!!」
こうしてウチらのファーストコンタクトは最悪な始まり方をした。
※
ピピピピピピピピッ!
「・・・・・なんじゃ、もう朝かの?」
自前の目覚ましの音で目が覚める。時刻は朝の六時を指している。昨日はさんざんじゃった。入寮早々に監督に怒られ、神谷さんやレンちゃんと先輩方の前で大喧嘩をして。その後は神藤先輩をはじめとする先輩方にみっちり叱られ、そしてまた監督の説教を受ける。消灯時間まで説教は続き、結局自由時間なんて一つもなかった。
「あら、おはよう翔子ちゃん」
上のほうから縁先輩の声がする。どうやら先輩も起きているようだ。
「今日から同じ部員としてよろしくね。早速だけど、三十分後に練習開始なのは覚えているかな?」
「えーと、そういえば」
「じゃあ早くグラウンドに来てね。せめて五分前に来ないとふみちゃんがうるさいからね」
縁先輩はウチにそう告げると部屋を後にする。部屋にはどうやらウチ一人みたいで、芽衣先輩はすでにいない。ウチも先輩たちに見習って身支度を整える。
「今日から同じ部員か・・・・・」
昨日部屋への帰り際に渡されたチームジャージ。本当なら集いの後で渡されるものじゃが、ウチと神谷さんとレンちゃんの三人は説教の後で渡された。ウチは袖を通して、鏡で自分の姿を見る。そこにはウチがいた。しかしイメージしてる以上にジャージはブカブカで、まだまだ幼く見える。
「・・・・・高馬先輩や縁先輩はもっとちゃんとしたサイズじゃったの」
もしかしたらサイズ間違えて申請したかもとか思いながら部屋を後にする。すると隣からレンちゃんも一緒に出てきた。
「おぉ、レンちゃん!おはよう!」
「・・・・・」
レンちゃんはウチを見てまるで苦虫をつぶすような顔をする。その後無視して進もうとする。って無視!?
「え、レンちゃん無視なん?なんで?」
「・・・・・」
「昨日のことはウチが悪かったけど、だからって挨拶もせず無視はどうなん?」
「・・・・・」
「ほんまに!流石に寂し」
「あーもう!うるさいわよ朝っぱらから!」
レンちゃんがついに怒り出す。なんじゃ話聞いてくれてたのか。
「私はね、神谷やアンタみたいなうぬぼれ女が嫌いなのよ!自分の力でなんでも成し遂げれるとか考えてる奴らが!そしてそんな奴に負けたくないの!」
「お・・・・・おう・・・・」
「もっと言うなら仲良くもしたくないの!なんでピッチャーってこんなのばっかなのよ!私もこんなだったのかしら、あーもう!」
レンちゃんは頭を必死に掻きながら声を上げる。
「とりあえず!そのレンちゃん呼ばわりは禁止!私のことは普通に飯島さんって呼びなさい!」
「は、はい。レンちゃ」
「い・い・じ・ま・さ・ん」
「い、飯島さん・・・・・」
飯島さんはそれを聞いてすたこらエレベーターへ向かった。な、なんじゃった今の・・・・・。あまりの勢いで思わずしりもちをつく。
「あら、騒々しいと思ったら昨日の素人ちゃんじゃん」
ウチはエレベーターとは反対の方向から声がしてそっちを見る。するとそこには別の女の方がおった。明るい髪色に青く透き通った目が印象的。身長はウチとあまり変わらんくらいじゃろうか。そんな女の子が笑顔で立っていた。
「とりあえず、立ち上がろっか。はい」
その子はそう言ってウチに手を差し伸べてくれる。ウチもその手をとって立つ。
「ありがとう、えっと」
「唯。能美唯。唯ちゃんでいいよ」
「ありがとう唯ちゃん。ウチは」
「知ってるよ、有馬翔子ちゃんでしょ?翔ちゃんでいい?」
「おう、全然いいぞ。というか唯ちゃんは一年生なのか?」
「そだよー。三人が連行した後に挨拶したから分からないのも当然だよね」
唯ちゃんは足を進めてエレベーターに乗る。ウチもそれに合わせて乗る。それを見計らって唯ちゃんはエレベーターのボタンを押す。
「とりあえず一緒にグラウンドへ向かうとして、飯島さんってキツイ性格だよねー。友達とかあんまりいなさそうな感じ」
「かものう。でもみんな大事な仲間じゃから一緒に頑張らんと」
「仲間・・・・・か。そういうのいいよね」
エレベーターのドアが開く。どうやらエントランスに着いたようじゃ。
「じゃあ仲間になったついでに競争しよっか。先にグラウンド着くのはどっちか」
「ええのう。ウチ足には自身があるぞ!」
二人でエントランスを歩いていく。
「スタートはあのドアの向こうね。開いたらスタート」
「外に出たらか。ええぞ」
そして二人で自動ドアの前に立つ。と同時にドアが開きだす。
「ドン!」
唯ちゃんの声に合わせて一斉にスタートを切る。出だしは言いだしっぺなこともあり唯ちゃんに傾くもすぐにウチが抜かす。
「うっそ、はや!」
「で、唯ちゃん。グラウンドはどこじゃ?」
「そこ左!」
「おっけ!」
ウチは唯ちゃんの指示通り左に曲がりながらも足を緩めない。
「で、次は?」
そのあとのことが分からんからまた唯ちゃんに指示を仰ぐ。しかし唯ちゃんから返事はない。
「唯ちゃん?」
おかしいと思い後ろを向く。すると唯ちゃんは先ほどの道を右に曲がっていた。
「だ、騙したなー!」
「ゴメンね~」
唯ちゃんに騙されたウチはすぐさま方向転換をして唯ちゃんのあとを追う。広がったリードは少しずつ縮んでいくも、なかなか差が埋まることがない。そして
「ゴ~ル!」
唯ちゃんの声が聞こえる。ほんの数メートルの差は埋まることなく終わった。遅れてウチも唯ちゃんのところに着く。
「くっそー、騙さんでもいいじゃんか」
「ゴメンね、まさか翔ちゃんこんなに早いと思ってなかったから焦ってつい」
「よーし、また明日もう一回じゃ」
「いや、多分勝てないからいいよ」
「えー、やろうやー」
息を整えながら唯ちゃんとおしゃべりをする。すると昨日の集いで見覚えのある先輩が一人こっちへやってきた。
「一年か、集合時間十分前集合だな。有馬、能美」
二階堂先輩だった。なにかボードを持っており、そこにペンで書き込みをしている。
「おはよーざいまーず」
「おはようございます!」
「うむ、元気もあるな。とりあえずほかの奴らや先輩たちに混じれ。あとで集合をかける。そのときに朝練のメニューも伝えるだろうからそれまでストレッチだ」
先輩の指す先にはすでに集まっている部員たちの姿があった。その中にはもちろんさっき会った飯島さんや縁先輩、芽衣先輩の姿もいた。ウチと唯ちゃんは二階堂先輩にお辞儀をして集団の中に入ってストレッチをする。唯ちゃんは慣れた手つきでやるもウチはよくわからんから見よう見まねでやっていく。
「集合ー!」
幾分か時間が経ち、神藤先輩の声がグラウンド中に響く。それと同時に先輩たちを中心にグラウンドの一点に集まる。その中心には監督の姿があった。
「監督の源籐だ。今日の朝練メニューだが、三年と二年はレギュラー組と二軍共に行う。全員でランニング十週。後に投手とキャッチャー、そしてそれ以外に別れる。ピッチャーとキャッチャーは投球練習を投球練習場で。それ以外のメンバーはポジションごとに別れてここでシードノックを行う。続いて一年だが」
早速練習内容の話に入る。先輩たちの話の後ウチら一年生の練習の話に入る。
「運動の基本である体力強化を行う。具体的には一時時間の持久走を行う。コースは校内全体だ。最低でも六週はするように。できなければ完走するまでやってもらうからな。十分後にエントランス前に集合」
周りがざわつく。いきなり走りこみ。などの声が上がる。そんなに走るのって必要なんじゃろうか?
「では各自、分かれてはじめ」
監督がそういうと先輩方はグラウンドを走りはじめる。ウチら一年生も指示通りエントランス前に向かう。
「なぁ唯ちゃん。走るのってそんなに大事なん?」
「まぁ野球なんて体力勝負だからね。一回一回だけでも長い時間立ち続けたり暑かったりなのに、長いときにはそれが十五回だもんね」
「十五回・・・・・何時間ぐらいじゃ?」
「長いのだと四時間は越えるよ」
「それはしんどいの」
「ってかその中でも投手が一番しんどいよね。もちろん中継ぎの継投とかもあるから一概にずっととは言えないけど、それでも一回一回の投球に力使うからね」
「ほへー、そうなんじゃ」
「よくここ来ようと思ったよね翔ちゃん・・・・・」
エントランスに向かうがてら唯ちゃんから野球の話を聞く。投手ってレンちゃんとの約束じゃったからってだけでなにげなく宣言しておったがこんなに大変なのか。そんなこんなで話している間にウチらも集合場所に到着する。そして後から監督もやってくる。
「よーし、全員いるな。では全員準備しろ。私の合図で始める」
監督の言葉に従い一列に並ぶ。
「改めて説明するが、コースは校内一周。ここに来た時点で一周とカウントするからな。ちなみに校内の敷地にはいたるところに監視カメラがある。ズルができると思うなよ」
監督が念押しで話をする。毛頭ズルなんてする気はない。
「時間は六十分間。最低でも一人当たり六週はするように。できるまで今日の練習を切り上げられると思うなよ。それじゃあ行くぞ、よーい・・・・・ドン!」
監督の一言で全員が進む。しかし先頭はなぜか私だった。なんで?
「翔ちゃんそのペースじゃ死んじゃうよ~」
後ろのほうから唯ちゃんの声が聞こえる。そんな早いつもりもないんやけどどうやらみんなにとってはかなり早いようだ。でもそれってウチにとって好都合なのでは?昨日は怒られてばっかりだったのに今日はこうしてぶっちぎり一番。うまく行けば監督の評価上がるかも?よーし、走るぞ!しかしウチの考えとは裏腹に、後ろから一人の影がウチの真後ろまで喰らいついてきた。
「か、神谷さん!?」
「すまんな、私は自分が一番じゃないと気に食わない質でな」
コースに従いながらウチと神谷さんの二人だけになる。
「ほんまに負けず嫌いやね神谷さん」
「それはお互い様だろ。そんなペースで一時間も走れるわけない」
「なら試してみる?」
「やってみろ」
ウチは神谷さんの一言でもうちょっとだけ速度を上げる。
「!?」
「あれ、ちょっとずつやけど離れてるで?」
「調子に乗るなよ小娘」
すると神谷さんもウチのペースに合わせて速度を上げる。そう来ないと楽しくないのう!
※
「やはり化け物だなあの身体能力・・・・・。スポーツテストの成績はソフトボール投げ意外中学校内トップクラス。家が田舎の山奥にあった関係で体力とバランス能力、そして握力は全国的にも群を抜くレベル。まぁ肝心のソフトボール投げが平均以下だから投手にするにはもったいないんだが・・・・・。にしてもそれを追いかける神谷も流石としか言いようがないな。さて、これが終わったら今週末の紅白戦の話をしないとな。今年はキャッチャー希望は二人、投手希望は五人か。まぁ有馬は初心者だし、バランスも考えるとこの組み合わせがいいか。さてはてどうなることやら」
※
「ゼー・・・ゼー・・・やるのう・・・・・神谷さん・・・・・」
「素人こそ・・・・・走りだけは・・・・・褒めてやろう・・・・・」
ウチと神谷さんは持久走を終えて大の字で倒れていた。圧倒的に早くて大体のメンバーを二週遅れ、ひどい人はもっと抜かしたと思う。そして九周目に突入するタイミングで先生にストップをかけられた。時間になったらしい。ウチ達のあとの人たちも息を切らしながら次々にゴールしてくる。
「お前たちはもっとペース配分をしろ。投手志望ならなおのことだ」
「「は・・・・・・はい・・・・・」」
監督の言葉に返事するのが限界の体力だった。気づくとほとんどの人がすでに集まっていた。監督もそれを見計らって話し出す。
「ほとんどが集まっているからこの後のことについて話をする。といっても朝練はこれで終わりだ。このあとは各自部屋に戻って準備の後食事を取り、一年生は入学式。その後のレクリエーションなどはクラス毎で行動。終えたら食事を取りグラウンドに集合。十三時から練習を始める。わかったな?」
「「「はい」」」
全員が息を合わせて返事をする。
「よし、それと今週末に一年生同士で紅白戦を行う。今年の一年生は合わせて二十三人いる。よって十一人と十二人に別れてそれぞれの能力を見ていくことになる。皆力を入れて励むように」
「「「はい」」」
「以上、解散」
監督は高らかに宣言してその場を離れる。
「やったー試合じゃ!」
「フン、体力バカな初心者など蹴散らしてくれるわ」
神谷さんは一言そういって寮に戻っていった。もうちょっと愛想とかあってもバチは当たらんのんじゃがのう。
「・・・・・」
「あ、飯島さん!」
飯島さんが隣を通っていくので声をかける。すると飯島さんはすごくいやそうな顔でこちらを見る。
「飯島さんキャッチャーなんじゃろ?紅白戦もしかしたらボール取ってもらうかもやからね。よろしく!」
「・・・・・」
飯島さんは心底断りたい目でウチをひとにらみする。そんなにウチのこと嫌いなんやろうか・・・・・?
「なーにしてるの翔ちゃん、飯島さん!」
唯ちゃんが後ろから抱き着いてくる。
「おぉ唯ちゃん!いやな、ピッチャーとキャッチャーの関係になるかもやから一応挨拶しようと」
「おーなるほど。もしかしたら夫婦になるかもだもんね」
「ふ、夫婦!?」
「野球用語で相性も仲も良いバッテリーをそういう風に言うんだって」
「そんな夫婦やなんて照れるのう・・・・・」
「いや、たとえだからね・・・・・」
ウチが唯ちゃんと話してると視界に一人の生徒が走ってるのが見える。あれ?でもなんか見覚えあるな・・・・・?というか同じジャージ?
「なぁなぁ、あの人って手打ち野球部?」
「あー、ノルマ超えれなかったからまだ走ってるっぽいね」
「え、でも持久走終わったじゃろ?」
「監督言ってたじゃん。ノルマの六週を終えてないと帰さないって」
「そうじゃっけ?」
「人の話聞こうよ翔ちゃん」
それにしてもあの人あとどのくらい走るんじゃろうか?一人で大丈夫なんじゃろうか?そもそもさっきの監督の話聞けてないんじゃなかろうか?
「ウチ一緒に走ってくる」
「へ?」
「いやだって、かわいそうじゃ。それに監督の話も聞いてないじゃろうし、急がんともう入学式始まるけぇ」
「・・・・・ちょっとアンタ」
ウチに答えたのは飯島さんだった。もしかしたら飯島さんから話しかけられるのこれが初めてじゃなかろうか?ちょっと嬉しい。
「どしたの?」
「・・・・・アンタ、さっきそこでへばってたわよね?全力で走って」
「まぁ、お恥ずかしいながら」
「だったらあんな奴ほっといて帰ればいいじゃない。投手の体力は大事なのよ。ましてや課せられてない練習を無駄にやって疲労を増やすなんてそれこそチームの迷惑じゃない」
「えーと・・・・・」
「投手なら自分のこと考えて、全力を尽くしなさいよ。それがチームのためになるんだから」
ウチはそれを聞いて少し黙る。正しくは飯島さんの言葉をまとめている。でも結局何が言いたいかは分からんかった。
「とりあえず、よーわからんし一緒に走ってくるね!」
ウチはそういってまだ走ってる子の元へ向かう。飯島さんがまだ何か言いたげではあったがそんなこと気にせず走る。その子のペースが遅かったからすぐ追いつく。
「初めまして!」
「!?」
「そんなビビらんでもええよ!まだ走り終えてないの見えたから一緒に走ろうと思っただけじゃから」
「は・・・・・はい・・・・・」
「それで、あと何週なの?」
「い、一周・・・・・です・・・・・」
「よーし、そんなんすぐじゃから一緒にがんばるで!」
ウチはその子と一緒に足並みをそろえて走り始める。後で聞いたがその子の名前は美佐崎光ちゃんって言うらしい。キャッチャー志望で、神谷さんとずっと野球やってきたらしい。神谷さんとペア組んでるとは思えないほどいい子じゃった。
※
「あーあ、行っちゃったね翔ちゃん」
「・・・・・バカみたい」
「だよねー、さっきまであんなに疲れてたのに」
「・・・・・そうじゃないわよ」
「?」
「アイツ、自分のことより他人のこと考えてたわよ」
「そうだね」
「ピッチャーなんてみんな自分のことしか考えてないんだと思ってた」
「あれ、それ飯島さんもってこと?」
「・・・・・昔はそうだったんじゃない?だからこそ私は失敗したんだろうけど」
「そっかー。でも翔ちゃんって野球のこと何も知らないからね」
「・・・・・結局バカなのね」
「かもね」
「あんなバカ、面倒見切れないわ」
※
「いよっしゃああああああああ!午後練頑張るぞー!」
グラウンドに出て高らかに叫ぶ。朝から地獄のようなランニングをして、時間もあんまなかったからご飯抜いてギリギリ登校。そのあとも入学式とかオリエンテーションとか色々とあってやっとこさ放課後。ご飯も朝抜いた分もしっかり食べて時刻は十二時五十分。やっと練習じゃ!
「やる気満々だねー、翔ちゃん」
後ろから唯ちゃんに声をかけられる。
「お、唯ちゃんも今来たとこか?」
「そんなとこだよ」
「ちょうど良かった、もっとお話聞いたりしたかったんよ」
「んじゃストレッチしながらやろうか」
二人で和気藹々とグラウンドのほうへ向かうと見覚えのある影が全力疾走でやってきた。二階堂先輩じゃ。
「二人とも、ちゃんと時間前集合をするとはいい心がけだ」
「「ありがとうございます」」
「だが有馬、大声でグラウンドで叫ぶのは風紀としてはアウトだな」
「え、すいません・・・・・つい気合が入って」
「そうか、そこまで風紀が分からないならその身に叩き込んでおい姫定妹。お前神聖なグラウンドになにを咥えている。こら待て!」
二階堂先輩が今度は亜夢先輩にターゲットを絞り込んで全力疾走をする。にしてもあの二人はいつもあんな感じでおられるんじゃろうか?すると飯島さんがウチの隣を歩いていく。
「飯島さん!こんにちは」
「・・・・・」
飯島さんは何も聞かなかったかのようにスタスタと無視を決め込む。ウチ嫌われてるらしい。
「まぁ飯島さんはほっといて、アタシたちはアタシたちでストレッチしよっか」
「お、おう・・・・・」
飯島さん、あんなんで大丈夫なんじゃろうか?少し心配になるも、ウチは唯ちゃんと一緒にストレッチをする。からだが軽くではあるがある程度温まったところで神藤先輩に全員呼び出される。監督が来られたようじゃ。全員監督を中心に集まってくる。
「みんな、今日のスケジュールのほうを伝える」
真ん中にいる監督が次々と今日の予定を言っていく。
「今日は一年生込みでポジションごとの適正を見ていく。なので最初は全員でベースランニング十週。後にポジション毎に別れて行動。ピッチャーとキャッチャーは投球場、内野手はそのままグラウンド待機、外野手はグラウンド三塁側スタンドに集合」
「「「はい」」」
「後はそれぞれに集合した際に伝える。一時解散」
「「「はい」」」
監督はそう言って亜夢先輩を呼び出す。ほかのメンバーは神藤先輩の掛け声に従いベースランニングを行った。先輩方は疲れる様子もなくウチらよりずっと早く走っていく。そしてウチらも負けじと喰らいついていく。人生初のベースランは思ったよりずっと楽しかった。ただ塁を回っているだけなのに、ウチにはそれがとても新鮮に感じられた。あぁ、やっと手打ち野球が出来るんじゃ。そんな気持ちでいっぱいだった。
そしてベースランも終わり、それぞれ指示されたところへ向かう。ウチも投手希望なので投球場にほかの先輩や同期と向かう。すると今日の朝共に走った美佐崎ちゃんの姿を見た。
「お、美佐崎ちゃんも一緒よね?」
「え、あの、えっと・・・・・」
「光、そんな素人と話すことはないぞ」
美佐崎ちゃんのすぐ隣にいた神谷さんが横槍をさしてくる。
「なんなん、美佐崎ちゃんがどう思うかまでアンタが決めるんけ?」
「あぁそうだ。私の相棒を他人に取られるわけにはいかないからな」
「神谷さんそんな偉そうにしとると友達なくすぞ」
「フン、友などなくても私がいれば勝てる。今までもこれからもそうだ」
「ほんまに偉そうじゃのう・・・・・」
「一年生、あまりうるさくしないでくださいまし?」
するとウチら二人の会話に、先頭を歩いている高馬先輩が割ってはいる。
「まだ練習はありますから、私語は厳禁ですわよ」
先輩の一言で一斉に黙るウチと神谷さん。すると先輩が足を止める。どうやらついたらしい。さっきの広大なグラウンドとは打って変わり、そこそこの広さを持った室内施設があった。
「ここが室内投球場ですわ。これからはここで肩を作りますので一年生は場所を覚えることでして」
「「「はい」」」
一年生がそろって先輩の声に返事をする。さっきまでのグラウンドはいかにも野球という感じがして好きじゃったが、この施設もなんかかっこよくて好きじゃ。
「あー、やっと来ましたか」
投球場のドアから亜夢先輩が出てくる。さっき監督に呼び出された後からここにおったんじゃろうか?
「とりあえず今日のメニューに関して監督から任されています。ので皆さんはそれぞれ私がボールを受けます。一年生から順にセットアップに入って十球ほどお願いします。と言っても分かりづらいかもしれないので最初だけお手本として高馬先輩に投げてもらいます」
そう言って亜夢先輩が投球場へと入っていく。周りの一年生が何人かざわつく。なんかあったんじゃろうか?
「なぁ美佐崎ちゃん?」
「うるさいぞ素人」
「神谷さんには聞いてない。なんでみんなこんなにざわつくん?なんか変なことでもあった?」
「えっと・・・・・、その・・・・・」
「光、こんなバカの相手などしなくていいぞ」
「で、でも。朝、私のために一緒に走ってくれたし・・・・・。何かお礼しないと・・・・・」
「・・・・・好きにしろ」
神谷さんが美佐崎ちゃんに一言言うと先に中に入っていった。
「感じ悪いな、神谷さん」
「あまり怒らないでください、沙伊はあまり他の人と話すの得意じゃないから。私もなんだけど・・・・・。それよりも、みんながざわついているのは、多分姫定先輩がボールを取ってくれるからじゃないかな?」
「あの小さい先輩が?なんで?」
「有馬さんは素人なので知らなくても仕方ないと思うんですけど、姫定先輩は全国から見ても有名な選手なんですよ。何度も雑誌に取り上げられたりするくらい」
「え、あんなに眠そうな顔してるのに!?」
「それは関係ないと思いますけど、その実力はすごいです。キャッチング、リード力、肩の強さ。どれをとってもトップレベル。特に相手チームへの分析力は随一で、戦う前から相手を手玉に採るリードや配球で投手を勝利に近づけることを得意としています。そこからついた名は《東最強の策士》」
「東最強・・・・・ってことは西にもそんなんがおるん?」
「西日本一番のキャッチャーはやっぱり京都御坂高校の谷口さんですかね。《西のシンデレラ城の長》といわれるほどの頭脳と肩を持ってますからね。この二人が日本最強キャッチャーといわれてます」
「ほへー、そんなすごい人がおる高校じゃったんじゃね」
「本当に何も知らないんですね・・・・・」
ウチらも先輩たちに続いて入っていくと、そこにはマウンドがあった。中には三つのマウンドとキャッチャーポジションが、それぞれ仕切られながらも存在していた。そして奥のほうにはボンネット越しに状況が分かるようなフリースペースがあった。
「んじゃまずは手本として高馬先輩で」
「よろしくてよ」
亜夢先輩はそういって真ん中のキャッチャーポジションにつく。そしてその先にあるマウンドに高馬先輩が立つ。ウチらはそれを見学するためにフリースペースに向かった。すると二人の間に緊張感が走るのがわかる。ただ互いにいるべき場所にいる。それだけなのに今まで感じたことのないピリついた空気が漂う。
「準備万端ですわよ」
「では手始めに、外角低めのストレートで」
亜夢先輩はそう言いながら後ろのほうにあったゴムボールを軽く投げる。高馬先輩はそれを片手でキャッチして頷く。そして両腕を大きく上げて、左足を高く上げて踏み込む。その勢いで手元にあったボールが力強く放り投げられる。そしてボールは気づいたら亜夢先輩の左手に吸い込まれていた。
バァンッ!!!
「ふむ、ケガ明けにしては上出来ですね。流石高馬先輩」
すごい・・・・・先輩方はあんなすごいボールを意図も簡単に投げたり捕れるのか。しかしそんなウチのことを気にすることもなく亜夢先輩はボールを確認するように眺めて、高馬先輩に投げる。
「当然ですわ」
高馬先輩もまんざらではない感じでボールを受ける。
「次は内角低めにシンカーボール」
「徹底して低めだなんていやらしいキャッチャーですわね」
高馬先輩はそう言いながら再びセットアップをする。そして先ほどと寸分違わぬフォームでボールが投げられる。しかし先ほどの球と違い少し遅い。課と思ったらボールが唐突に曲がりだす。亜夢先輩は動じることなくそれをキャッチする。
バァンッ!!!
「キレも問題なしですね」
「当然ですわ」
「じゃあペースを早めましょうか。内角高めのストレート」
バァンッ!!!
「外角低めのストレート」
バァンッ!!!
「外角高めのシンカーボール。一個はずします」
バァンッ!!!
ポンポンと二人の間でボールが行き来する。亜夢先輩が指定したところに次々とボールが吸い込まれていく。見ていて鳥肌が立つすごい投球じゃった。
「じゃあラスト、あれ行きますか」
「コースの指定は?」
「とりあえずギリギリはずしてください」
「外角ですわね・・・・・ハァ・・・・・」
いつのまにか二人が最後と宣言する。そして高馬先輩が振りかぶり投げる。しかしその球は先ほどのような速い球ではなく、ワンテンポ以上遅れた遅い球だった。その球はゆっくり進みながらも、先ほどのボールと同じように唐突に曲がりだした。そしてそのボールもまた先ほどのように亜夢先輩の手に収まる。
「な、なんじゃ今の球・・・・・」
「・・・・・サークルチェンジ」
「さーくる?なんていった飯島さん」
「サークルチェンジ。チェンジアップボールの一種で、投手の利き腕の方向に曲がりながらも落ちるボールのことよ」
「つまり、曲がるってことか。でもなんであんな遅いん?」
「アンタ本当になにも知らないのね・・・・・」
「アハハ・・・・・恐れ多いながら」
「いいこと、たとえばずっとストレートを投げるとするでしょ?」
「うむ」
「すると打者はこう考えるわけよ。『またストレートだな』と」
「そうじゃな、ずっと投げれば分かるもんじゃ」
「でもここでさっきのボールを投げるの。すると相手はストレートだと思って振ったのにボールが遅くいの。それが空振りにつながるってことよ」
「あー、なるほど。セコいのう」
「セコくありませんわよ!!!」
飯島さんに説明してもらっとると高馬先輩のほうから怒号が聞こえた。今の声聞こえたのじゃろうか?
「とりあえず高馬先輩は交代です」
「なんか釈然としませんわね・・・・・」
高馬先輩が亜夢先輩の指示でこちらにやってくる。
「次ですが、誰から行きましょうか」
「無論、私だ」
名乗りを上げたのは神谷さんじゃった。周りの人間がスッと神谷さんに道を作る。そしてマウンドのほうへ向かう神谷さんに声をかける亜夢先輩。
「神谷さん、投げれるボールは?」
「シニアのときから変わっておらん。といえば分かるだろ?」
「あー、はい。わかりました」
二人のやり取りが終わり、それぞれのポジションにつく。
「ではまず外角のストレート」
「うむ」
神谷さんか両腕を上げて上体を反らす。そして腕は先ほどの高馬先輩とは違い横にしなるように振りぬかれる。そして放たれたボールはとてつもない速度で亜夢先輩の手に向かっていった。
バスンッ!!!
「あー、思ってた以上に速いですね」
「当然だ」
二人が遠くで話をしている。
「は・・・・・速いのう・・・・・」
「それもそのはずですわ。なんたって球速はシニアリーグ最速の148km/s。サイドスローで放たれるそのボールは触れることすら叶わないのですから」
「そ、そうなんですか・・・・・」
「ついたあだ名は《鬼のクロスファイヤー》。そのえげつないほど真横から放たれる圧倒的なボールに打つ術もなく負けるチームがあとを絶たなかったほどですわ」
高馬先輩と話している間にも投球は行われる。神谷さんの自信は口先のものではないことが分かった。その自信はちゃんと自分の持ている根拠に根付いたものだったというわけじゃ。
「まぁあれだけで済むような娘じゃないですがね、彼女は」
「?」
高馬先輩が何かをボソッと言う。
「では次行きますか。神谷さん、ツーシームど真ん中です」
「待ちわびたぞ」
聞き覚えのない単語を亜夢先輩が口に出す。そして神谷さんはそれを聞いてさっき以上に嬉々としてボールを放つ。放たれたボールは先ほどと変わらぬ速度のまま真っ直ぐ進む。もうキャッチに入るだろうという矢先、ほんの少し変化を起こして亜夢先輩の手元へ入っていった。
バスンッ!!!
「な、なんじゃ今のは・・・・・?」
「ツーシームボール。あれこそが彼女の持つ最大の武器ですわ」
「つ、つーしーむ?」
「えぇ、ボールの縫い目に当たる模様の内側に沿うように中指と人差し指を当ててストレートの要領で投げるボールですわ。本来の変化球と違い、ストレートと同じ球速で利き腕側に沈むのが特徴です」
「つまり、めっちゃ早い変化球・・・・・。そんなの投げれるんじゃ・・・・・」
「ただこの距離で目認できると言うことは相当曲がっている証拠です。普通のツーシームじゃあそこまで曲がりはしませんわ」
つまり、普通じゃありえない曲がり方をしたということじゃろうか?ウチにはよく分からんかったがなんとなく言いたいことは伝わったと思う。
「よし、それじゃあ終了です神谷さん」
亜夢先輩の一言で神谷さんが戻ってくる。となると次は
「では次ですが」
「ウチが行きます!」
全員の視線がウチのもとに来る。恐らく自信満々のド素人が投げるボール。どんなものか気になるといったところじゃろう。だからこそ今ウチはここで、みんなに証明するんじゃ。
「じゃあやりますか。有馬さん」
亜夢先輩は大して驚くこともなくウチの名前を呼ぶ。ウチは亜夢先輩のところに言ってボールを受け取る。
「それで、何が投げれますか?」
「よくわからんですけど、すとれーとっていうのはできると思います。要はまっすぐですよね?」
「おぉ、野球初心者の噂は本当だったんですね。わかりました」
亜夢先輩はウチの話を聞いてすぐにポジションに着いた。そしてウチはマウンドに立つ。そして景色が変わった。
初めて立ったマウンドは他の人たちが低く見えて、ウチがまるで上に立っているようにさえ錯覚する。そしてここから亜夢先輩の手元までは思った以上に距離がある。たいした距離じゃないはずなのにまるで何キロも先のような感覚にさえ落ちる。今まで家で握っていた遊びのボールと違う、初めて触る公式のゴムボール。あまり変わりはないはずなのにまるで別の何かとさえ思えてくる。体中から汗が吹き出る。この汗は緊張の汗じゃろうか?いや、ウチの期待そのものだと思う。ならば自分自身の期待を乗り越えてみせる。
「では行きます。まずはど真ん中ストレートです」
亜夢先輩の声が遠くから聞こえるように感じる。しかしそれでもなぜかくっきりと何を言ったか分かる。ウチは頷いて今まで投げてきたように左腕を上げて、後ろにもって行きながら右足を上げる。そして上げた足を思いっきり前に出しながら地面を蹴飛ばす。それにつられて左上が頭上を通過していく。手元のボールは真っ直ぐにウチの手元を離れようとする。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ウチは大声と共に全力でボールを亜夢先輩の下へ投げる。そしてボールは一直線に亜夢先輩の元へ行き、手に収まる。
ポンッ・・・・・。
一瞬で周りの人間が黙る。そして全員が声を上げる。
「「「ええええええええーーー!!!」」」
ウチの人生初の投球は、球速120km/sもないほどのストレートじゃった。
※
「失礼します」
「おう、亜夢か。入れ」
「お邪魔します」
「で、どうだった。投手陣と捕手陣は?」
「とりあえず言うならば、まぁボチボチです」
「ほう、というと?」
「まず投手陣から。高馬先輩思った以上に調子いいですね。とてもケガ明けとは思えないです。この調子でスタミナをつけてくれれば夏の公式戦までに先発するだけの体力はつくかもしれません」
「ふむ、なるほど。それは朗報だな」
「そうですね。続いて神谷さんなんですが、やはりすごいですね。サイドスローの148km/s。まず打たれることのない優秀な投手ですよ」
「流石鬼才神谷だな。これはもしかしたら紅白戦にやってくれるかもな」
「えぇ、期待できますね。夏の公式戦でも即戦力です。他の投手陣の先輩方もそこそこ力をつけてはいます。一年生もまだまだ甘いところはありますが伸ばせばいい線行くかもですね。では続いてキャッチャーですが・・・・・」
「待て、有馬はどうだったんだ?」
「あー、それがですね・・・・・」
「?」
「あの子、コントロールは抜群に良かったです。ボール半個分の違いもなく投げれていました」
「そうか、伊達に高らかに宣言したわけではなさそうだな」
「それがですね、とても言いにくいのですが・・・・・」
「?」
「・・・・・最高速度、スピードガンで計ったら118km/sでした」
「・・・・・すまん、もう一度言ってもらえるか?」
「しかも試しにバッターボックスに人を立たせて打ってもらったらすごい飛びました。とてつもない軽い球のようです」
「・・・・・いや、まぁ・・・・・えぇっと・・・・・」
「当然初心者なので変化球もないです。とどのつまり・・・・・体力とコントロールだけのド素人です。はい」
「・・・・・そうか、そうだったか」
「いやまぁ、あの体力テストの結果見ると期待してた分ショックですよね。現に私もショックです。でも足の速さとか体力、コントロールの良さなども見ると投手起用ではなく外野手なんかもありかもですね。多分バッティング下手だと思いますけど、それならそれで代走要因としても使えそうです」
「・・・・・そうか」
「なので、今年の投手枠は基本的に二人、もしくは公式戦までに同期か先輩の誰かが育てばそこを使うのがベストだと思います」
「とはいえ紅白戦までは投手として使わないとな。選手たちには希望ポジションでやらせると言ってるわけだし」
「そうですか・・・・・。話は変わりますけど、一年生キャッチャーはやっぱりずば抜けて飯島さんがすごいですね」
「・・・・・良い話なら聞くかな」
「肩は左に変わったこともあって強くはないですが、補球力やリードはたいしたものです。とてもキャッチャー初めて一年ちょっととは思えませんね。紅白戦でもっと良いところが見れるかもです」
「それは良かった。悪い話ばかり続くのだけは避けてほしかったからな」
「ただもう一人の美佐崎さんはお世辞にも良いとはいえませんね。ストレートは神谷さんと組んでたこともありちゃんと取れていますが、変化球になったとたん取りこぼしが見えます。リードも単調で、後半で打たれる未来しか見えないです」
「まぁ一年生キャッチャーは飯島がいるしな。これから育てていけば問題ないだろう」
「そうですね、私が引退した後にサブとしてできるようになればいいわけですしね。ところで内野手や外野手はどうでしたか?」
「みんな似たりよったりといったところだね。少なくとも飛びぬけて秀でてる奴もいなければ落ちぶれてる奴もいないといったところか。あ、一人だけ変な奴がいたな・・・・・」
「変な奴ですか?」
「あぁ。他の一年がガチガチに緊張しているのにヘラヘラして、でも最低限のことはしっかりこなしていたな。他のメンバーと馴染むのもやたらと早かったな」
「あー、そういうコミュニケーション能力が高い人は今後に期待ですね。内野陣においておくと安心しますし」
「それもそうだな。とりあえず情報が見えたならまた明日からのメニューを考えるとするか」
「そうですね」
※
「ハッ・・・・・ハッ・・・・・ハツ・・・・・」
誰もいないグラウンドの端っこ。さっきまでみんなで汗を流しながら練習していたとは思えないほど夜は静まり返る。そんな中ウチは走りながら今日のことを思い出しておった。先輩たち曰く、メッチャ遅いボール。少なくともこの先どころかここでは通じないボール。そんなことを言われたら不安になる。それでもウチはここで一番にならんといかん。不安と緊張からかいてもたっていられず、足を動かす速度を上げる。するとグラウンドに誰かが来るのが見えた。街頭の光が逆光になってよく見えない。
「お、お疲れ様です」
誰かはわからんかったがとりあえず挨拶をした。するとその人は一度大きなため息をしてウチの元へやってきた。近づいてくるその姿はみるみる見覚えのあるものになった。
「あ、飯島さん」
そう、それは飯島さんだった。
「・・・・・アンタ、飯は?」
「食べたぞ」
「・・・・・なんでランニングしてたの?」
「いや、なんか落ち着かんで」
「・・・・・ちょっと付き合いなさいよ」
「へ?」
「ジュース飲むだけよ」
飯島さんはそう言って寮の近くのベンチに向かう。ウチはその後ろをついていく。そして目的のベンチにつくと飯島さんは自販機にお金を入れてジュースを買う。『スーパーメガシャキお汁粉』と書いてある。
「飲む?」
飯島さんが一口飲んでから飲み口を向けてくれる。ありがたい話じゃが
「遠慮しとく」
「そう」
正直好みじゃない。というか恐ろしい名前の味じゃ。飯島さんはウチの返事を聞いてもう一度口につけて会話を切り出す。
「・・・・・アンタさ、投手あきらめたら?」
「なんで?」
「なんでって・・・・・あの球速で投手とか聞いたことないわよ」
「アハハハハハ・・・・・面目ない」
「まだ外野手とかのほうができるんじゃない?バカみたいに体力あって足速いんだし、コントロールもある。素人ならこれからでしょ。そこまで投手にこだわる必要もないんじゃない?」
「・・・・・・そうはいかんのじゃよ」
「なんで?」
ウチはレンちゃんのことを思い出しながら口を開く。
「約束したんじゃ。友達と。日本一の投手になるって」
「あっそ、じゃああきらめることね。ごめんなさいできませんでしたって言ってさ」
「それがな、その子もう死んでおってな。もう話すこともできんのじゃ」
「え・・・・・それは、その、なんかゴメン」
「ううん、飯島さんには関係ない話じゃし、気にしとらんよ。でもウチはその子との約束があるからの。じゃからあきらめるわけにはいかんのじゃ」
「・・・・・その約束って、もしかして日本一のピッチャーとか?」
「なんでわかったん?」
「いやだって、アンタ何かと日本一日本一ってうるさいんだもん。それに投手限定ってなるとそのくらいしかないでしょ」
「アハハ・・・・・。ウチも分かりやすいのう」
「そうね・・・・・。ねぇ、その子の名前何て言うの?」
「大島ミレン。レンちゃんって昔から呼んでおった」
「まさか、私をその子と見間違えてたの?」
「いやだって、ビックリするぐらい似とるんじゃもん。今度写真見せてあげる」
「世の中には自分と似た人がいるって本当だったのかもね・・・・・。楽しみにしとく」
ウチはゆっくりじゃが、飯島さんに昔のことを話す。レンちゃんとの思い出を。キャッチボールしたことか、本当は一緒に近くの高校で野球やるはずだったこととか。あと、死んだ日のこと。飯島さんは今までに見たことない、でもどこか見覚えのある優しい顔でウチの話を聞いてくれる。
「おぉ、ここにいたか」
「「お疲れ様です、監督」」
するとエントランスから見知った声が聞こえた。ウチと飯島さんは二人そろってベンチから立ち上がり、挨拶をした。
「そう堅くならなくていいぞ。ところで有馬、お前に用があってきたんだ」
「ウチにですか?」
監督は険しい顔をしてウチに告げる。
「お前を、明日から外野手として育成することが、決まった」
「へ?」
「正直亜夢の話を聞いて、投手として可能性があると思えなくて」
・・・・・なんで?
「しかしお前の身体能力がずば抜けて高いのも事実」
なんでじゃろう。
「なので夏の公式戦まで時間もないことだし、お前をこれから投手として育成することをあきらめて野手として育てることになった」
監督の声が遠い。
「お前の希望には添えないが、チームのためだと思って頑張ってくれ」
チームのために・・・・・。じゃあ、ウチとレンちゃんとの約束は、どうすればええんじゃろうか・・・・・?
「では、私はこれで」
監督がどこかへ行く。
「あ、アンタ・・・・・」
飯島さんが、ウチの顔を覗く。でもなんでじゃろう、前見えん。飯島さんの顔が、グシャグシャじゃ。
「ちょっと、大丈夫・・・・・?」
大丈夫・・・・・?それはウチに向かって言っとるんじゃろうか?なら答えんとな。ウチは
「だい・・・・じょーぶ・・・・・じゃよ!」
レンちゃんが強く生きていたように、ウチも強くならんと。じゃないと天国で笑われてしまうけぇ。ウチは精一杯の笑顔を飯島さんに向ける。
「だって、監督は・・・・・ウチに、期待してるんじゃろ?じゃからこそ、今のうちに将来一番に慣れる可能性を見出してくれとるんじゃ」
でもダメじゃ。
「確かに、ひっく・・・・・。レンちゃんとの約束は、守れんけど・・・・・」
涙がポロポロと落ちる。
「でも、レンちゃんならきっと・・・・・。うぐ。笑って許して、くれるけぇ・・・・・」
涙が止まらん。
「・・・・・ちょっと来なさい」
「うぇ?」
飯島さんがウチの手を引っ張っていく。ウチは泣きながらも飯島さんについていく。エントランスから寮に入り、そして飯島さんは監督の目の前までやってきた。
「監督、お時間よろしいでしょうか?」
「なんだ飯島・・・・・それに有馬か?」
ウチは監督の前なのに涙を止めれずにいた。
「先ほどの言葉、取り消していただけないでしょうか?」
「さっきとなると、有馬の件か。それは無理だな。私も悩んだんだが今の有馬に可能性を感じることなど一つも」
「チームのために!」
飯島さんが声を荒げる。すると監督が黙りだす。それを見計らってか飯島さんが次々に言葉をつむぎ出す。
「その判断とはチームのためにですか!チームのために個々の思いをつぶすということですか!」
監督は黙る。黙り続ける。
「私はそれがチームのためとは思えません。チームにいれば取捨選択というのは必ずついてきます。しかしだからといって個人の可能性を否定することは誰にもできないはずです」
「・・・・・それで?」
「だから私は、有馬さんのポジション交代に反対します!」
「・・・・・つまりお前は、有馬なら結果を出す人間になれるということか?」
監督の一言が胸を指す。ウチにそんなことができるんじゃろうか?つい昨日まで自信に満ちていたはずなのに、今は不安でいっぱいになる。胸がなにかわからんもので詰められたように苦しくなる。
「・・・・・みせます」
しかしウチのそんな不安とは裏腹に飯島さんが高らかに宣言する。
「私が、このチームの正捕手として、彼女を、日本一の投手にしてみせます!!!」
「・・・・・飯島さん」
「・・・・・カレン」
「え?」
「これからは、バッテリーなんだから。カレンって呼びなさい」
「カレンちゃん・・・・・!」
今までずっとつんけんしていて、昔から知っている親友にそっくりで、昨日会ったばかりで、でもウチの話をしっかり聞いてくれる飯島さん。そんな飯島さんがウチのためにウチをピッチャーにしてくれると言ってくれた。それがウチには嬉しくて仕方なかった。
「なのでまずは紅白戦で、結果出します」
「・・・・・できなかったら有馬はどこへ行っても文句は言わせない。それでもいいか、飯島?」
「ご心配はいりません。彼女はこのチームを日本一に導くピッチャーですから」
「が、がんばります!」
「・・・・・好きにしろ。ただし紅白戦までだからな」
監督はそう言って教員室へと戻っていった。これでウチはもうちょっとだけ投手ができるようになった。やった!
「ありがとう!カレンちゃん!」
「まだ安心するのは早いわよ」
カレンちゃんはそう言ってどこかへ向かおうとする。
「どこ行くん?」
「決まってるでしょ。投球場よ」
※
カレンちゃんと共にやってきた投球場。中には誰がいるということもなく、ただ明かりが灯っているだけだった。
「とりあえず色々試すわよ」
「色々?」
カレンちゃんがキャッチャーポジションに向かい、ボールを手に持つ。そしてウチはそのカレンちゃんの後ろについていく。
「バカなアンタに分かりやすく話してあげる。だからアンタは耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい」
「は、はい」
そう言ってカレンちゃん見やすいようにボールを出してくれた。
「アンタの肩を今からすごくするのは無理。どうあがいても球速をまともにするのに半年はかかるわ。となると今からアンタを紅白戦までに使い物にするようにする可能性。それがもしあるとしたらただ一つ。変化球よ」
「へ、変化球って」
「今日で言うと高馬先輩のシンカーやサークルチェンジ、神谷さんのツーシームなんかのことよ。要はフォーシームストレート以外」
「ふむ」
「変化球には大きく分けて三つの種類があるの。一つ目はファストボールの類。神谷さんのツーシームなんかがそれね」
「あーと、速いボールでなおかつ曲がるっちゅうこと?」
「そう、あんな感じで変化量は大きいわけではないけど手元で急激に曲がりつつ速度が落ちない分ストレートと見分けがつかないボール」
「おぉ、なんかすごそうじゃね」
「次に説明するのがオフスピードピッチ。これは球速が多少落ちる分変化量がファストボールより激しいのが特徴ね。高馬先輩のシンカーなんかがこれにあたるわ」
「あー、先輩のボールすごい曲っとったもんの」
「えぇ、あんな感じですごく曲がる分打ちづらいのが特徴よ。そして三つ目がチェンジアップ。別の言い方だとチェンジ・オブ・ペースなんて言われてるわ」
「チェンジ・・・・・はい?」
「要は高馬先輩のサークルチェンジと同じようなボールよ」
「あ!カレンちゃんが説明してくれた奴か!」
「えぇそうよ。本来のボールよりもずっとゆっくりな分打者のタイミングをずらすのが目的のボール。そしてアンタはこれから変化球を習得していくわよ」
「え!そんなすぐできるもんなん?」
「こればかりは人によるわね。でも何もしないよりマシよ。とりあえず教えていくからドンドン投げてきなさいよ」
「おう、がんばるで!」
カレンちゃんは先ほどのボールを慣れた手つきで動かしていく。
「まずはカーブ。縫い目の模様に対して・・・・・」
「おっつ~!聞いたよ翔ちゃん!ピッチャー返上だって?」
唐突にガラガラと唯ちゃんが顔を出してきた。お風呂上りなのか頭から少し湯気が出てきているが服装はジャージじゃった。
「アンタ、確か能美唯さんだっけ・・・・・?」
「いえ~す、あいあむ!」
「ちょうどいいわ、バッターボックス立って」
「なんで?」
「コイツのボールが通じるかどうかの目線がほしいの。私はコイツのボールとらないといけないから」
「・・・・・ということなんじゃけど、ええじゃろうか唯ちゃん?」
「よくわかんないけどおっけーよ」
唯ちゃんはそういってバッターボックスに立って姿勢を整える。そしてカレンちゃんはそれを見てすぐにウチに向きなおしてボールを見せる。
「いい?カーブはこんなかんじでストレートの握りをずらす。そしてストレートより浅く握ること」
「浅く握る?」
「手に少し隙間作るって事。イメージは模様に沿って投げること」
「沿って投げる・・・・・やってみるぞ」
カレンちゃんがすぐにポジションに戻る。
「よーし、いつでもいいわよ!」
「アタシもばっちこーいだよ」
ウチは右足を上げて踏み出す。そしていつもと違い縫い目に沿って投げることを意識してボールを放つ。しかしボールは曲がることなくいつもと変わらずカレンちゃんの元へ向かった。
ポスンッ。
「ダメね、次」
カレンちゃんがすぐにボールを持って駆け寄る。そしてさっきとは別のボールの握りを見せていく。ウチはそれを真似する。カレンちゃんはそれを確認して戻る。そして投げる。
ポスンッ。
「次」
カレンちゃんが来る。教わる。カレンちゃんが戻る。投げる。
ポスンッ。
「次」
来る。教わる。戻る。投げる。
ポスンッ。
「次」
「っていつまでやるのよー!」
痺れを切らしたのは唯ちゃんじゃった。ずっとバッターボックスに立ってて疲れたのかもしれん。するとそれを聞いたカレンちゃんが唯ちゃんの元へ歩み寄る。そして小さくもハッキリとした声で言う。
「アイツが変化球投げるまでよ」
「無理だぁ・・・・・」
唯ちゃん、それはウチも思う。そしてカレンちゃんがまたこっちにやってくる。
「とりあえず私が知ってるのはこれが最後だから。これ以上はさすがに時間もったいないし、明日の朝に持ち越すわよ」
「お、おう」
カレンちゃんはそう言って次の握り方を教える。なんじゃこれ、なんか掴みづらいのう。
「さぁ、いつでも来な」
カレンちゃんはいつの間にか戻って構えていた。ウチもそれを確認して思いっきり足を上げて腕を振りぬく。そして手から放たれたボールは真っ直ぐ進んでいく。あ、これもダメかと思ったその瞬間、ボールが消えていた。正確にはウチの視界から消えるように曲がってカレンちゃんの手元にやってきたのだ。
「・・・・・へ?」
投げた本人であるウチが一番驚いている。正直何が起きたかよく分かっていない。
「うわー、これはすごいね」
「・・・・・キタキタキタキタ、これだわ!」
カレンちゃんと唯ちゃんは驚きながらも何かを確信していた。何が起きたんじゃ?よく分かっていないウチをよそにカレンちゃん達が駆け寄ってくる。
「これよこれ!やればできるじゃないアンタ!」
「え、なにが?」
「翔ちゃんやるねー。これなら投手続けられるよ!」
「え、そうなん?」
「ここからアンタの快進撃、見せていくわよ!」
「オー!」
「お、おー?」
よく分からんがカレンちゃんと唯ちゃんがすごいうやる気になっていた。
※
「それではこれより紅白戦をはじめる、礼!」
監督を中心にグラウンドに真っ直ぐ列が作られる。そして列は監督の声と共に一斉にお辞儀をして挨拶をする。そしてウチもその列の一人じゃ。
ウチとカレンちゃんが一緒に練習を始めて五日後。今日は待ちに待った紅白戦の日にちだ。あれからウチとカレンちゃんは朝と放課後で、暇さえあればずっとボールを投げていた。例の変化球の練習である。とりあえずまだまだ甘いところはあるが思ったところに投げれるようにはなってきた。そして今日初めての試合でぶっつけ本番となる。緊張こそするものの楽しみである。はずなのに
「なんでウチは先発じゃないんー!?」
「仕方ないでしょ、監督がメンバー決めるんだから。試合に出してもらえるだけありがたいと思いなさいよ」
「う~・・・・・」
ウチは一塁側ベンチに向かいながらカレンちゃんをにらむ。そしてベンチに戻り改めてメンバー表を見る。
紅 白
一番 能美 二塁手 三沢 三塁手
二番 高野 遊撃手 有吉 外野中
三番 三田 一塁手 美濃 二塁手
四番 飯島 捕手 美佐崎 捕手
五番 河馬 外野左 内海 外野左
六番 上北 外野中 看様 外野右
七番 野田 三塁手 卓巳 遊撃手
八番 大田 外野右 外城田 一塁手
九番 久留間 投手 天野 投手
控え 大場 投手 神谷 投手
有馬 投手
「やっぱり納得いかんわ」
「アンタね、いつまでもブーたれてるならちょっとはチームの応援しなさいよ」
「お、やっぱカレンちゃん勝つ気なん?」
「当たり前でしょ。あの生意気小娘に一泡吹かせてやるんだから」
「といっても最初のピッチャー別の人じゃけどな。天野さんじゃ」
「天野さんはあまりいい投手とはいえないけど、チェンジアップでタイミングずらすのが厄介よね」
「ウチにはよーわからんけど、紅チームがんばれー!」
ウチは精一杯の声でベンチから打席に応援する。先頭バッターは唯ちゃんじゃからきっと打ってくれる!多分!
「なぁ、カレンちゃん。唯ちゃんなら打ってくれるよな?」
「まぁ真面目にやれば打ってくれるんじゃない?」
「真面目にってどういうこと?」
「まぁ、見てればいいわよ」
「?」
ウチはカレンちゃんの言ってることがよく分からずも試合を見てみることにした。カウントはいつのまにか1ストライク2ボール。天野さんはチェンジアップを投げるもおしくも唯ちゃんの手に当たってファールボールになる。次のボールはストレート。しかしこれもファール。その次のストレートもファール。ストレートがくるもファール。ここでチェンジアップを投げるもファール。あれ?さっきからファールばっかり?
「なぁ、なんでファールばっかなん?」
「多分相手の投手の体力削ってんじゃない?」
「なんでまた?」
「向こうのピッチャーは二人しかいないからね。対してこっちは三人。かんたんな体力勝負で見ると有利だからね。相手のピッチャーもすぐには変えてこないでしょうし今のうちに体力減らそうとしてるんでしょ」
「ほへー、そんなんも野球の戦法なんじゃな」
「当然でしょ、野球は奥が深いんだから」
なるほど、勉強になった。とか言ってる間に唯ちゃんが塁へと歩き出す。えっと、これは確か・・・・・。
「ファアボール、じゃったっけ?」
「ええ。まぁ下手に体力削られるくらいなら歩かせる。基本中の基本だけどここまで打たれたあとじゃダメね」
「うーん、よくわからんのう」
「まぁ、見てなさいよ」
ウチ言われて次の打席の高野さんを見る。天野さんが高野さんに投げた一球目、いきなり一塁にいたはずの唯ちゃんが二塁めがけて走り出す。そしてそれにあわてたのか美佐崎さんがボールをこぼす。そしてその隙を見計らって唯ちゃんはさらに三塁を目指す。美佐崎さんは慌ててボールを拾い、それを三塁に投げる。
「セーフ!」
三塁の審判をされている二階堂先輩が高らかに宣言をする。時はすでに遅かったようじゃ。
「えっと、これが盗塁かの?」
「ええそうよ。もっとも今のはラッキーが転じて三塁まで行けたね。これは勝利の女神様がこっちに微笑んでる証拠よ!」
「よーし、このまま打っていこう高野さん!」
グラウンドにいる天野さんが第二球を投げる。と同時に唯ちゃんがホームめがけて走っていく。すると高野さんはボールを打つというより手に当てるようにしてファーストに向けて転がす。そのボールを追う天野さん。ボールを手に持つもすでに唯ちゃんはホームにいて、一点を取っていた。天野さんはすかさずファーストにボールを投げてアウトをもぎ取る。
「おぉ、なんかすごいけど一点取れた!」
「いまのはスクイズって戦法よ。アウト一つあげる代わりに三塁の選手をホームに帰す技。もっとも向こうのキャッチャーがザルだからできた技だけどね」
そう言ってカレンちゃんは打席のほうへと向かう。
「カレンちゃんまだじゃで?」
「ネクストバッターサークル、忘れたの?」
おおそうじゃ。次の打席の人はそこで待つんじゃった。そしてカレンちゃんと入れ替わりに唯ちゃんと高野さんが戻ってくる。
「ナイスラン&ナイスアシスト!二人とも!」
「翔ちゃんもナイス応援ありがと!しっかり声聞こえたよー」
「いや、それほどでも」
なんか照れてしまう。しかし野球とは一点取る手段がいくつもあって本当に奥が深いのう。今までなんとなくキャッチボールしとっただけじゃわからんかったのう。とか言ってる間に三番バッターの三田さんが打って一塁に進んだらしい。
「これはウチらのチームが圧勝なんじゃなかろうか?」
「まだそれは早いと思うなー。ほら、監督がマスク脱いだよ」
唯ちゃんの指差すほうを見ると審判をしていたはずの監督がマスクを脱いで立ち上がっていた。
「白組ピッチャー交代。天野に代わって神谷」
「はい!」
天野さんが握りこぶしを作ってベンチに戻っていく。そしてそれと入れ替わりに神谷さんがマウンドに立つ。そしてそれに向かい合うようにバッターボックスに立つカレンちゃん。
「神谷さん・・・・・。カレンちゃん・・・・・」
「ここからどうやって一点取るか。課題だね~」
神谷さんがマウンドに立った第一球。サイドスローで投げられたボールは、真っ直ぐに美佐崎さんの手元に納まる。と同時に監督のストライクコールが野太く響く。
「頑張れカレンちゃーん!!!」
「打っちゃえカレーン!」
ウチと唯ちゃんを中心にチームでエールを送る。そして神谷さんが投げる第二球。カレンちゃんも腕を振り迎え撃つが空しくも空振り。そしてまた監督のストライクコールが鳴り響く。
「あぁ、カレンちゃんかっとばせー!」
しかしウチの応援も意味を成さず、神谷さんの三球目のストレートも空振りに終わるカレンちゃん。カレンちゃんは悔しそうにベンチに戻ってくる。
「どんまいじゃ、カレンちゃん」
「絶対に・・・・・ってやる・・・・・」
「へ?」
あまりよく聞こえなかったからカレンちゃんの言葉に耳を傾ける。
「絶対にあの小娘泣き喚かせてやる・・・・・」
カレンちゃん、すごく口悪いらしい。ウチがそう思った瞬間監督の野太いアウトコールが轟く。そしてカレンちゃんが再び立ち上がりチームに言う。
「向こうのチーム血祭りに上げるぞおおおおおおおおお!!!」
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
「お、おー!」
野球する人ってみんなこんなに野蛮なんじゃろうか?ちょっと不安になってきたが、それは黙ってウチも掛け声を合わせた。
※
試合は進む。先に一点とったのはウチ達紅組じゃったが、その一点は二回裏にすぐ返された。具体的には久留間さんが放ったボールが美佐崎さんによってホームランボールにされた。そしてそのあともうまく抑えれたが、次の回の白組の攻撃。バッターは神谷さん。見事なアーチを作り二点目をゲットする。紅組はこのタイミングでピッチャーを大場さんに変える。しかし美佐崎さんと神谷さんを中心とした勢いを止めれず三沢さんと有吉さんにヒットを。美濃さんに犠牲フライを打たれて塁を進められ、美佐崎さんのタイムリーヒットによりさらに二失点。ゲームは1-4で完全に不利な状況となっておった。今回は紅白戦ということで七回までしか試合をしない中、神谷さんを相手に紅組は点を取れずにいた。そもそも神谷さんが出てきてから塁にも出ていなかった。
「三振!バッターアウト!スリーアウト!チェンジ!」
残念ながら八番の大田さんが三振をして一旦ベンチに戻ってくる。残念じゃ。そしてみんなが守備に出る。ここはなんとか声だして元気出さんと!
「みんな大丈夫!まだ二回ある!神谷さんから打てばえんじゃ!」
するとチームのみんなから非難の視線が来る。言ってることは間違ってないんじゃろうが、素人で試合にも出てない奴に言われたくないって視線じゃろうこれは。うん、誠にショックじゃがこれで怖気づいたらいかん!
「神谷さんは本当にすごい人じゃが同じ一年生じゃ!日本一目指すんじゃったらこれよりもすごい投手をたくさん相手にせんといかんじゃろ!?じゃったら今監督にアピールして、もっと強い奴と戦おうや!」
ウチはひるむことなく声を出す。みんなにもっと楽しそうに野球してもらいたい。ただその一心で声を出す。
「そうだよね、もっとがんばらないとだめだよね」
「なんか神谷だけならなんとかなるかも」
「やってやりましょう!」
するとみんなの顔に少し笑顔が戻った。ウチはその顔が嬉しかった。カレンちゃんが遠めでニッコリとこっちを微笑んでくれた。そしてカレンちゃんはクルリと背を向けて走り出す。その先には監督の姿がある。カレンちゃんが監督と何か話し合う。そして監督はマスクを脱いで声を上げる。
「ピッチャー交代!大場に変わって有馬!」
その名前は、ウチの名前だった。ついに、ついに、ついにウチが登板する。ウチはキャップを深くかぶりながら小刻みに、でもしっかりとマウンドに向けて足を進める。途中大場さんとすれ違い肩を叩かれる。
「後は頼んだよ。素人」
大場さんは悔しくも、ウチに全てを託すように肩をたたいてくれた。あぁ、投手を引き継ぐってこんなに重いんじゃな。そして進む足はついにマウンドへとたどり着く。マウンドにはカレンちゃんがおった。ボールを持って、ウチに片手で何話してるか伝わらないように隠しながら話す。
「アンタ、ちゃんとサイン覚えてる?」
「もちろん!ずっとやってきたもん!」
「よーし、んじゃ初っ端から神谷さん相手だけど飛ばしていくわよ!翔子!」
「おう!」
カレンちゃんはウチにボールを渡して戻っていく。そういやカレンちゃんがウチの名前呼ぶの初めてじゃなかろうか?なんかずっとウチだけが名前で呼んでいたから嬉しいのう。そしてカレンちゃんはポジションに着く。チラリと神谷さんを見て、ボールを要求する。
(高めのストレート。内角。ボール一個分外す)
ウチは指示を理解して頷く。そして右足を思い切り上げてカレンちゃんに指示された場所に思い切りストレートを投げる。
ボスンッ。
「ボール」
ウチの初投球はボールだった。でもカレンちゃんの指示通りに投げれたことに少し満足している。カレンちゃんがボールをウチに投げてくる。投げたボールが柔らかかった。こういう時のカレンちゃんは大体ナイスボールって言いたいときのボールじゃ。そしてウチは再びセットポジションに着く。
(低めのストレート。外角。ボール半分外す)
ウチはまた頷いて、精一杯のボールを投げる。コースはカレンちゃんの指示通り寸分狂うことなく進むも、ドンピシャで神谷さんが振ってくる。
ボウンッ!!!
ボールはカレンちゃんの手に納まらず打たれた。しかし半分ずらしたことが幸いか、ボールはだんだんと右にずれていく。そしてスタンドにこそ入ったもののボールは右にそれすぎた。
「ファール!」
監督がファールコールをしてボールをウチに投げる。それを受け取って再びセットポジションに着く。カレンちゃんはそれを見て、またサインを出す。
(低めのストレート。内角。ボール一個外す)
なんというか、さっきから外してばかりじゃのう。と思いつつもそれに頷き、ボールを指定のコースに投げる。今度のボールもジャストの位置に向かうも神谷さんに打たれてしまう。
ボオウン!!!!!
今度のボールは左にそれていく。そしてまたもファールボールとなり、監督から新しいボールを投げられる。カレンちゃんのおかげで何とか2ストライクまで追い込めたけど、ファールボールだけじゃ三振は取れない。ということは恐らくと期待をこめてカレンちゃんを見つめる。
(内角。低め。インローギリギリのストライクゾーン。)
カレンちゃんはそうサインを出して両手をたたく。よっしゃ、練習の成果を出すときじゃ!ウチはさっきと寸分狂わぬフォームで右足を蹴り上げ、ボールを持った手を少し後ろに反らしながら右足を踏み出す。そして左腕を全力でカレンちゃんの指示したところに振りぬく。ボールは先ほどとあまり変わらぬ速度で進んでいく。そしてそれを完全に捕らえたと神谷さんが振りぬく。しかしボールは神谷さんに当たることなく、真下に落ちてカレンちゃんの手元に存在した。
「す、ストライクスリー!バッターアウト!」
監督の言葉から三振の宣言が出る。ウチは思わずガッツポーズをして叫ぶ。そして内野にいる紅組のみんなもマウンドに集まってくる。
「やったじゃん翔ちゃん!練習した甲斐があったね!」
「唯ちゃんも手伝ってくれたおかげじゃ!」
「見直したよ有馬さん!」
「やればできるじゃんか!」
「あの神谷さんを討ち取るなんて!」
「へへへ、じゃろじゃろ?」
ウチが浮かれてみんなと話しているとカレンちゃんがやってきた。
「完璧なフォークだったよ。だけど試合はまだまだこれからだからね!」
「おう、わかっとるで!ここから巻き返すぞ!」
ウチはカレンちゃんからボールを受け取って返事をする。ここから紅組を勝たせるぞ!
※
「・・・・・すごいわね、翔子ちゃん。マウンドに立った瞬間チームの雰囲気が変わったね」
「あぁ、そうだな」
「しかもあのフォークボール。かなりレベル高いわよ」
「初見で打つのはまず無理だろうな」
「あら、飛鳥がそれ言うなんて珍しいわね。まぁかく言う私も初見であれ打つのは多分無理だわ」
「たしかに有馬のフォークもすごいが、それでもフォークを決めるためにストレートで引っ張ってきた飯島のリードもたいしたものだな」
「そうね。とても一年生とは思えない強気なリードね」
「多分、二人とも野球がすきなんだろうな」
「そりゃ好きじゃなきゃここまで来たりはしないわよ」
「だが有馬は初心者なんだろ?元々野球が好きだったなら初心者とはいえないだろう?」
「言われれば確かに・・・・・」
「きっと、心の底から今野球を楽しんでいるんだろうな。あの二人は」
「・・・・・フフフ」
「何かおかしいか?」
「いや、昔をちょっと思い出しただけよ」
「?」
「気にしなくていいわよ。それよりもアタシ達もこの試合を楽しみましょう」
「あぁ、そうだな」
※
「よーし、ここから逆転じゃー!」
「いいからとっとと打席行って三振してきなさい」
「うわー、ひどいねカレちゃん」
「誰がカレちゃんよ。カレーみたいなあだ名つけないでよ」
ウチ達はあれから次々と三振を取り、すぐにチェンジをした。そして次のバッターとしてウチがこれから打席に向かうわけじゃが正直やったことないから打てる気がせん。でも塁に出るんじゃ!
「・・・・・」
打席に立つと神谷さんが思い切りにらんでくる。恐らくさっきのいまじゃ、ストレートでねじ伏せてくるんじゃろう。球は分かってても今のウチじゃ打てる気しないしのう・・・・・。あ、そうか、塁に出れないならこうすればいいのか。神谷さんが腕を振り上げてボールを放ってくる。そしてウチはそれに合わせて腕を出す。振ることなく出す。確かこれをなんていうんじゃったっけ?
「バント~!?」
カレンちゃんの声がベンチから聞こえる。そうじゃバントじゃ。ウチはボールに腕を当てて全力で走り出す。とにかく全力で走る。そして塁に着いた瞬間一塁の審判をしている亜夢先輩が宣言する。
「セーフ!」
「いよっしゃああああああああああああ!!!」
ウチは一塁の上で高らかにガッツポーズを取る。それと同時にグラウンドのいたるところからどよめきの声が上がる。どうやらウチのバントが想定外すぎて神谷さんと美佐崎さんの踏み込みが一歩遅れたらしい。
「・・・・・っく」
神谷さんが悔しそうにこっちを見る。そして次の打席は唯ちゃん。これまで神谷さんの打席打ててないけどなんとかしてくれると信じてるよ!
「あらら~、このチャンスは物にしないとだよね~」
唯ちゃんはそう言ってだらけだす。上半身から完全に力が抜けた、まるで打つ気がないかのようダランと腕を前に出す。って
「唯ちゃん打つ気ないんかー!?」
「大丈夫大丈夫~」
唯ちゃんはああ言っているがどう見ても打つ気がない。神谷さんもそう思ったのかイラつきがすごく顔に出ている。そして怒りのままにボールを投げる神谷さん。唯ちゃんも合わせて腕を振るがダメじゃ、振りが速すぎる。ボールを捕らえることなく空振りかと思われたその瞬間じゃった。
ボコンッ!!!
手にボールが当たったような鈍い音がした。それと同時にボールが外野のほうへ飛んでいく。って、打てたなら走らんと!ウチはなりふり構わず全力で二塁めがけて走る。そして二人とも無事にセーフになる。
「今のどういうこと!?」
ウチが二塁から唯ちゃんに聞く。
「今のは後から振った手が当たってヒットになったの!」
「そんなんアリ!?」
「アリなんだなこれが!手打ちだから!」
「うるさいぞ一年!塁上での私語はやめんか!」
唯ちゃんと大声で話をする。どうやら唯ちゃんはさっきの打席で腕を両方とも振ったらしい。そのうちで後から振ったほうの腕が当たってヒットになったみたいじゃがウチには理解が及ばん。
二人でそんな話をすると、すぐさま二階堂先輩に注意を受けて話は終わる。にしても手打ちってそんなのもありなんじゃな。ウチにはできそうもないが覚えておこう。そして次の高野さん・・・・・は波に乗れずアウト。三番の三田さんも同じくアウト。折角塁に出てもすぐ2アウトとなった。しかし次のバッターは期待できる。なぜなら
「カレンちゃーん!打ってー!」
そう、カレンちゃんじゃからじゃ。ウチとずっとにやってきたカレンちゃんならきっと打ってくれる。ウチはそう信じて精一杯の声で応援をする。そして再び神谷さんとカレンちゃんの間に火花が散る。神谷さんの第一球にカレンちゃんは振り遅れる。しかしタイミングはバッチリじゃった。こんどは捕らえれる。そして神谷さんの第二球、これは捉えたと思ったがうまくかすっただけでファールボールとなった。そして二人の死闘は三球、四球、五球と続い。神谷さんもここは討ち取りたいのか時折ツーシームを混ぜるもカレンちゃんにうまくかすられる。そして神谷さんの八球目。その瞬間だった。
バオウンッ!!!!!
ボールは高く上がり、真っ直ぐに進んでいく。カレンちゃんの手元から始まって、神谷さんの頭上、セカンド、有吉さんと内海さんの間を高く真っ直ぐ進む。そしてボールが入った。
「さっすがカレンちゃんじゃー!!!」
ボールはきれいにスタンドインした。これで試合は振り出しに戻った。チームのみんなで紡いだ力がこのホームランに変わった。ウチは喜びながら三塁を踏んでホームインをする。次に唯ちゃんがやってくる。そして・・・・・。
「・・・・・ざっとこんなもんよ」
「カレンちゃーん!!!!!」
カレンちゃんが戻ってくる。それと同時にみんなでもみくちゃにしていく。
「ちょ、痛い!痛いから!誰よ今おっぱい触った奴!後で絶対見つけてやるからな!覚悟しとけ!」
「よーし、これで振り出しじゃ!ここから逆転じゃ!」
「「「おおー!!!」」」
※
しかしその後は攻撃が続かず、同点のまま回は進む。神谷さんはあれ以降一本もヒットを打たれることはなかった。かく言うウチは六回は三者三振に抑えたものの、七回裏で2アウトとった後に外城田さんにすっぽ抜けボールを打たれて二塁打を許す。そして次のバッターは
「待ちわびたぞ、有馬翔子・・・・・」
さっきのリベンジといわんばかりの気迫を持って神谷さんがバッターボックスに立つ。それを見てすかさずカレンちゃんがタイムをとりウチのところへ来る。
「・・・・・ビビってる?」
「・・・・・正直、ね」
「ピッチャーなんだから、ドシっと構えなさいよ」
「いやでも、正直怖いで」
「最悪歩かせて次で討ち取るって手もあるけど・・・・・どうする?」
カレンちゃんが一つ提案をする。正直この恐怖に飲まれているのならその提案はとても魅力的じゃ。じゃけど・・・・・。
「・・・・・大丈夫、ここで決めよう」
「よく言った」
カレンちゃんはそれを聞いてウチに軽いグーパンチを送る。そしてタイムを終えると同時に監督から「プレイ」と試合再開の宣言を受ける。
(内角ストレート。高め。インハイギリギリ)
カレンちゃんから指示が来る。相変わらず際どい投球指示が出てくる。そしてウチはその指示通り思いっきりボールをあげる。しかし神谷さんはそれを振ることなく見逃す。監督からストライクコールが流れる。すると神谷さんがウチに大きな声で伝えてきた。
「さっきのフォークボールを投げて来い!私はそれ以外で決着をつけるつもりはない!さぁこい!」
神谷さんはそう言って体制を元に戻す。どうやら本気らしい。カレンちゃんはそれを見て一旦間を取る。そしてウチに指示を出す。
(インハイ。フォークボール)
おぉ、どうやらそれに乗るらしい。といっても今のウチじゃそれしか通じないしこの方が好都合なんかもしれん。ウチは言われたとおりのコースにフォークボールを思いっきり投げる。すると神谷さんは思いっきりスイングをする。しかし腕は空を切り、ボールはカレンちゃんの手元に吸い込まれる。
「ストライクツー!」
監督のストライクコールと同時にボールが戻ってくる。あと一球。あと一球で抑えれる。あとはチームのみんなでもう一点を手に入れればいい。
ウチは焦ることはなく、しっかり神谷さんを見る。そして今日まで一緒にやってきたカレンちゃんの指示を待つ。カレンちゃんは神谷さんを一瞥してウチに指示を出す。
(インハイ。フォークボール)
さっきとまったく同じコース。同じボールで決めるという強い気持ちの表れだろう。ウチも同じことを考えてた。神谷さんに勝つベストボールはこれだと思っていた。それがカレンちゃんにも伝わって正直嬉しかった。
ウチは頷いて全力で腕を振り上げる。その勢いで右足が上がるそして今迄で一番の踏み込みに任せて左腕を振りぬく。届け、ウチらの想い!!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
思わず声を叫び上げる。そしてボールは今まで以上の速さで進んでいく。しかし神谷さんはそれに驚くことなく全力のスイングをする。そしていつもより少し遅いタイミングでボールは落ちていく。それでも急な変化で真っ直ぐと落ちていく。そしてボールは・・・・・。
※
「あーあ、負けてもうたー」
ウチは投球場でグッタリ寝転んでいた。紅白戦は渾身のフォークボールを神谷さんに外野まで運ばれた。そのヒットが結果的にタイムリーツーベースとなって紅組の負けとなってしまった。それでもこの結果を踏まえて監督はウチを投手起用してくれることにはなった。
そして敗戦投手のウチと相棒のカレンちゃんの二人は、いつもの投球場で反省会をしていた。
「まったく、アンタが最後の最後で浅く握ったせいで変化が変わったじゃない」
「いやだって、あんなに手に汗握るの初めてじゃったもん。それで自分でも浅く握っていることに気づかなかったんじゃもん」
「言い訳よ、言い訳。まぁアンタがスプリットも投げれると分かったことを喜ぶべきなのかもしれないけども・・・・・。それにしても勝ちたかったわ」
「じゃなー」
二人で投球場のフリースペースに寝そべる。
「ところでさ、カレンちゃん」
「なによ」
「もう一回さ・・・・・翔子って呼んでくれん?」
「・・・・・いやだ」
「ええじゃんかさっき試合中に呼んでくれたろ!?」
「あれはたまたまよ!また呼ばれたかったらもっと優秀な投手になることね」
「言ったなー!」
ウチは立ち上がり、マウンドへ向かう。それを見てカレンちゃんも立っていつものセットポジションへ向かう。
「必ずウチは日本一のピッチャーになる!」
「えぇ、アタシがそうさせてみせる!」
カレンちゃんが手を構える。ウチはそれを見てセットポジションに入る。今日何度上げたか分からない右足を上げて、何度振ったかわからない左腕をカレンちゃんめがけて思いっきり振る。
「今度こそ、誰にも負けんで!!!」
そしてウチは思いの限りをカレンちゃんにぶつけるべく、ボールを投げる。それはきっと、これからも先ずっとそうなんじゃと思う。もう負けんで!誰にも!
この度はこちらの作品を手に取っていただきありがとうございます。トウヤと申しますので以後お見知りおきを。
まず最初にお礼させてください。こんなどこの誰とも分からん奴の、しかも全力でJKが手打ち野球するだけの作品を最後まで読んでいただけた。これはもう読者の忍耐力が素晴らしいの一言に尽きます。その忍耐力の素晴らしさに私は土下座してもし足りないくらいです。本当にありがとうございます!
元々この作品はとあるライトノベルの賞に応募したのですが、応募規定違反で帰ってきたものを修正して上げなおしております。まぁぶっちゃけ通るとも思ってなかったのですが、規定違反ってのがなんかこう、なんともいえないやるせなさを感じてしまうんですね。わかっております、自業自得です。ですがこれでこの作品を〆るのはあまりにも個人的にもったいなかったのでこのような形で再び作らせていただきました。可能な限り連載はしていきます。が、個人的な都合もあるのでいつまでに次出します!というのは中々言い切れないですね。十月末までには次を出すよう努力します。はい。
アトガキだからこそいえることなのですが、実は自分ライトノベルなんか書くのは初めてです。いつもはどちらかと言うと脚本ばかり書いていたので少々不手際や形式の違いなどが有るかもしれません。というか物語の作り方なんか教わったりしてない、ただの妄想駄々漏れ作品となっております。なので様々な方のコメントには誠心誠意、自分の胸に刻めたらと思います。
最後に改めて読んでくださった方々、ありがとうございます。気に入っていただけて次巻も見てくださったりしたら嬉しい限りです。翔子たちの物語はまだまだ熱さを増していきます。いや、そうしてみせます。熱さだけで最後まで突っ走って見せますので、なにとぞ温かい目で見守ってください。それでは次巻までしばしのサヨナラです。