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催涙雨 一年に一度降る雨

作者: 沖田 了

織姫と彦星が一年に一度会うことを許された7月7日。

その日に降る雨のことを催涙雨と言うそうだ。

その雨のせいで二人はもう一年会うことが許されない。

そんな悲しみを背負った雨なのだそうだ。

そのことを私に教えてくれた部活の後輩は、毎年七夕になると「催涙雨になりませんように」と短冊に祈るのだという。


しかし、その話を聞いた私は首をかしがずにはいられなかった。


「地球に雨が降ったところで、文字通り天に架かる天の川にはなんの影響もないんじゃない?

織姫と彦星は、問題なく逢引を済ませて損をするのは分厚い雲で願いが届かなかった地上の人間たちだけなんじゃないかな?」


私がそう言うと、後輩は可笑しそうにふふっと笑った。


「やっぱり先輩はひねくれ者ですね」


それは、後輩にとって最大級の褒め言葉であった。


「じゃあ先輩は七夕の短冊になんと書くんですか?」


「今願っている事が叶いますように」


私が胸を張って答えると、後輩は目を丸くして溜息をついた。


「それはまた随分と図々しいお願い事ですね」


「神様でもないただのカップルに日本中の人間が一斉にお願いする時点でもう十分に図々しいんだから、これぐらいの図々しさが加わったところで大して違いはないさ」


私の詭弁に後輩は納得したものか反論したものか計りかねるように首を傾げた。

こうやって後輩を煙に巻くのは私の十八番である。


「では、その今願っている事とは何ですか?」


「素敵な後輩が私の彼女になってはくれますように、と言ったところかな」


真剣な雰囲気にならないようおどけてそう答えると、後輩はまた溜息を吐いた。


「またそれですか、その件についてはもう決着がついたはずですが」


そう、私は半年前後輩に告白し完膚なきまでにこっぴどくフラれているのだ。

しかし、その後も後輩は私のことを良き先輩の一人として慕ってくれていた。

そのことに甘えた私は、このようにおどけた告白もどきを繰り返しては、玉砕を重ねていた。


「私は彼氏を作らないんです。高校生の頃そう決めました」


半年前、私を振るときに後輩はそう言った。

今日に至るまで、どんな出来事が後輩にそんな決意をさせたのか聞けずにいた。

ただ一度だけ、後輩がうっかり口を滑らせ「裏切られた」とつぶやいた事があった。

どう言う意味なのか詳しく聞こうとすると後輩は困ったように口を尖らせ、


「この人になら裏切られても憎めないな、って人に巡り合うまでは私は誰とも付き合いません」


それだけ言って会話を終らせた。



私が知っている限りでも、後輩はこの半年間に私を除いて三人の男から告白を受けている。

背丈は平均よりも小柄で、痩せすぎでない女の子らしい肉付きをしたカラダ。襟足が肩にかかるかかからないかぐらいのショートカットは後輩を実年齢よりも幼く見せている。

一人でいるときは不機嫌そうな仏頂面である事が多いが、たまに見せる笑顔の輝きに目を奪われた男子は、恐らく告白した者の数倍はいるのでは無いだろうか。


学年も学部も違う私と後輩は、部活終わりの自転車置き場で週に数回一時間ほど話をする。

部活の話、勉強の話、昔の話。

部活が終わると、部室から少し離れた自転車置き場まで二人で歩き立ったまま一時間。

大学の外で会うことはない。

ましてや、二人で遊びに出かけるなど考えたこともない。



「催涙雨、降らなければいいですね」


いつもの自転車置き場、曇天を見上げて後輩は言う。


「降ったほうがいいんじゃないのかな。二人もみんなにジロジロ見られながら会うよりも誰にも見られず二人っきりで会える方がいいんじゃないの?」


今日の天気は夕方から雨の予報。

今日は二人ともカッパを忘れてきている。

今にも降り出しそうな空を見て、私は少しだけ催涙雨が降ればいいのにと考えた。

そうすれば、もう少し後輩と一緒に居られる。


「ひねくれ者の先輩のお願いは、多分一生叶いませんよ」


後輩はそう言って可笑しそうにコロコロと笑った。



***



お互いに深く愛し合い、しかし一年に一度しか会う事が許されない織姫と彦星。

たとえ、一方通行であっても毎日他愛もない時間を共有する後輩と私。

いつか、後輩に本当に心を許せる人ができた時、私との時間は思い出に変わってしまうのだろう。

しかし、それでもいいと私は思う。

例え恋心ではないにしても、後輩の中で私と言う存在が他の有象無象よりもほんの少しでも重要なのであるなら私はその小さな特権にしがみつく。

彦星と私。

どちらが幸せなのか。

私はその答えを知っているが、敢えて考えないようにした。


いつもの自転車置き場に霧吹きで吹いたような、柔らかな催涙雨が降っている。

織姫と彦星が、地上の目を気にせずに一年に一度の逢瀬を楽しんでいる事だろう。

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