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ルトの剣

 最初に見たときそれは、巨大な岩の塊のように見えた。

 物陰に隠れてそれを確認した僕は、同時に岩の前で座り込む女の子もみつけ、すぐに駆け寄ろうと足に力を入れる。

 だけど、その岩に刻み込まれた顔を目にして、完全に足が止まってしまった。

  

 「巡回主……!」

 

 岩のように見えた灰色の巨人は、手に巨大な石剣をもって鎮座している。

 女の子はあの巨人に狙われて、悲鳴をあげたのだろう。

 一から十層までの巡回主は、スプリガンと呼ばれる灰色の硬い皮膚とかなりの破壊力を秘めた石剣を持っているのが特徴のモンスターだ。

 スプリガンは生半可な攻撃では傷をつけることすらできず、もたつけばあの巨大な石剣で薙ぎ払われて始末されてしまう。


 近くには巡回の冒険者もおらず、誰かに助けを求めることもできない。

 いまここで僕が動かなければ、間違いなくあの女の子は死ぬ。


 頭でわかっていても、体は動かず恐怖で膝がガクガクと震えていた。

 

 ここで僕が出て行って何になるのか、死ぬのがあの女の子だけではなくもう一人増えるだけではないのか。

 そんな考えが頭をぐるぐると回る。

 

 けれど同時に、アルテならどうにか出来るんじゃないかという思いもあった。

 僕が頼めばおそらく彼女は言うことを聞いてくれるだろう。

 でも、相手は巡回主だ。

 アルテでも無事に済まない可能性は高い。

 まだ短い付き合いとはいえ、彼女に愛着が湧き始めている僕に、あれにつっこめとはとても言えなかった。

 

 「マスター」

 

 そんな僕の心の中を読んだかのように、後ろにいたアルテは静かに僕の事を呼ぶ。

 そして震える僕を安心させるように、そっと手を握ってくれた。

 

 「大丈夫だよ。あなたの剣は、あんなでかいだけしか能がないモンスターに負けるほど、なまくらじゃない」

 

 「アルテ……」

 

 「さぁ命令してマスター。私はあなたの剣、あなたの願いを叶えるためにここにいるんだから」

 

 笑顔でそう言い切るアルテの言葉に勇気をもらい、ぼくはわかったと力強く頷く。

 

 「お願いアルテ、あの子を助けてあげて」

 

 「了解っ!」

 

 そう言ってアルテは、灰色の巨人に向かって走りだす。

 同時に、スプリガンはその巨大な剣を持ち上げて、女の子にトドメを刺そうと振りかぶった。

 女の子は足を怪我しているのか動けずに、呆然とした表情で自分を両断するであろう剣を見つめている。

 

 と、走っていたアルテの姿が一瞬ぶれた。

 そして次の瞬間、女の子の前に回り込んだアルテが真っ向からスプリガンの攻撃を受け止める。

 

 スプリガンの石剣とアルテの銀剣がぶつかりあい、ガキィン!という耳障りな金属音が洞窟に響き渡った。

 あれだけ巨大な剣を受けたというのにアルテは微動だにせず、構えた銀剣には傷一つできていない。

 

 「……僕も根性見せないとな!」


 アルテとスプリガンが鍔迫り合いをしているうちに、僕も岩陰からとびだして座り込んだままの女の子の方へと駆け寄る。

 

 「こっちに!!」

 

 近くに来ると余計浮き彫りになるスプリガンの巨大さに肝を冷やしながら、女の子の手を取って担ぎ上げる。

 背負っている暇はないので、肩と膝に手を回し、お姫様抱っこのような格好になりながら抱きかかえた。

 

 「ありがとう、ございますっ……」

 

 「お礼は後で! いまはあいつから離れないと……!」 

  

 獲物を掻っ攫われたと思ったのか、アルテと打ち合っていたスプリガンは狙いを変えて、僕めがけて石剣を振り被る。

 けれどそれが振り下ろされる前に、アルテによって強引に軌道を変えられた。

 

 「マスターには傷一つ付けさせない!」

 

 女の子をかばう必要がなくなったことで、アルテの行動に制限がなくなる。

 ナイスマスター! と微笑む彼女に、僕も拳を突き出して笑顔で答えた。

 

 「さぁいくよでかぶつ。私の剣技、その体で味わいなさい」

 

 獰猛な笑みを浮かべたアルテは、再びその体をブレさせる。

 目で追えないほどの速さの剣戟が、巨人の灰色の体に叩き込まれた。

 

 岩を切りつけたような音が、幾重にも重なって洞窟内に響く。

 その一瞬でスプリガンの凶悪な外皮はなんども砕かれ、切り裂かれた。

 

 「す、すごい……」

 

 さきほど身を隠していた物陰まで戻ってきた僕は、そっと女の子を横に寝かせる。

 アルテとスプリガンとの戦いを見ながら、信じられないといったように女の子は呟きを漏らした。

 

 アルテは一度連撃をやめ、一歩はなれて剣を構え直す。

 その隙を好機と見たのか、一方的に攻撃に晒されていたスプリガンは怒気をこめて石剣を振り下ろした。

 ずしん、という地響きとともにダンジョンの地面に巨大な亀裂が生まれる。

 当たったらどんな生物だろうと絶命するであろう破壊力を秘めた攻撃に、遠くから見ている僕ですら背筋が寒くなった。

 けれどその攻撃も、当たらなければ意味がない。

 スプリガンの遅い挙動では、アルテの動きが捉えられるはずもなかった。

 

 振り下ろされた剣の下には何もおらず、ただ土煙が舞っているだけ。

 アルテはその隙にスプリガンの胸部に接近しており、大ぶりの一撃を真正面から叩き込んだ。

 

 ギィン! という甲高い音を鳴らしながら打ち込まれた一撃は、スプリガンの外皮を叩き切り、その衝撃で後方へと巨人を吹き飛ばす。

 地響きを立てながら倒れこんだスプリガンの前に、アルテは静かに近づいていった。


 戦況は圧倒的にアルテの優勢。

 スプリガンはアルテにかすり傷ひとつ負わせることなく、瀕死の状態へと陥っている。

 

 「そろそろ終わりにしよっか」

 

 そう言ってアルテが剣を構えると、刀身がうっすらと銀色に輝き始めた。

 それを見てまずいと思ったのか、スプリガンは巨体を起こし、攻撃を防ごうと石剣を前に構える。

 けれどその行動を全く意に介さず、アルテは目に見えないほどの速さで剣を振るった。

 音もなく振るわれた剣をそのまま鞘へとしまいながら、アルテはくるりと踵を返す。

 数瞬おくれて剣が通った場所に銀の光が軌跡を描き、アルテが鍔と鞘がぶつかる音を立てた瞬間、スプリガンの体は石剣ごと真っ二つに両断された。

 

 アルテの背後で崩れ落ちるスプリガンには目もくれず、彼女は僕に向かってニコリと微笑む。

 

 「勝ったよ、マスター」

  

 「お疲れさまアルテ」

 

 その言葉に応えるように、僕も満面の笑みで彼女の勝利を労った。


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