アルテシアの剣技
「すごい、ここがダンジョン……!」
目の前に広がる光景に、僕は思わず感嘆のため息を漏らしてしまう。
僕の予想に反し、第一階層は明るく、まるで晴れた日の草原のような風景が広がっていた。
地下なのにこの明るさはどこから来ているんだろうと上を見上げてみると、天井にはびっしりと迷宮樹の根が張り巡らされており、その付近に無数の光球が浮かんでいるのが見える。
どうやらあの光の球がこの空間を照らし出しているようだ。
「全然地下には見えないな……。とりあえず、降りてみよう」
階段を降り、少し緊張しながら第一階層に降り立つ。
ここには大したモンスターはいないと頭の中ではわかっていても、アルテを握る手に少し力がこもってしまった。
『マスター。もうそろそろ人の姿になってもいいかな?』
頭の中にアルテの声が響き、そうだなぁと辺りを見回す。
人気のない第一階層という事に加え、まだ朝も早い事もあって人影は見えない。
いまなら誰かに姿をみられることもないだろうと判断する。
「大丈夫だと思う。いいよアルテ」
僕がそう言うと、やった! と嬉しそうな声を上げながらアルテは剣から人の姿へと形を変えていく。
うーんとコリをほぐすように背筋を伸ばしながら、アルテが僕の隣に現れた。
「いい景色だねマスター。早速奥の方に行ってみようよ!」
「ちょっと待ってアルテ! 一応モンスターもいるから気をつけて!」
「大丈夫大丈夫、私は強いから!」
そう言って先に行ってしまったアルテを、僕も急いで追いかける。
ずいぶん奔放な性格の精霊武器を作ってしまったな、と先を走るアルテの背中を見ながら思った。
「見てみて、マスター! モンスターがいたよ!」
アルテが指差すさきでは、膝くらいまでの大きさがあるぷよぷよとした塊が地面を這っている。
こちらには気がついていないようで、その塊はあてもなくさまよっていた。
「お、ゼリースライムだ。ちょうどいいかも」
ゼリースライムは第一階層に生息している、ダンジョンの中でもっとも弱いモンスターだ。
その柔らかい体で体当たりしてくるくらいしか攻撃がないので、駆け出し冒険者の訓練相手として重宝されている。
「まずはスライム相手に試してみよっか。アルテいける?」
「任せてマスター! こいつを倒せばいいのね」
そう言ってアルテは腰の剣に手をかけた。
どうやらスライムも狙われている事に気がついたようで、方向をかえアルテの方へと襲い掛かる。
その柔らかい体をバネのように使って跳び上がったスライムは、一直線にアルテの顔めがけて落ちてきた。
次の瞬間、ひときわ強く風が吹いた気がして、思わず眼を細める。
そんな僕の目の前で、信じられない光景が繰り広げられた。
微動だにしていないアルテにぶつかる直前で、スライムが何の前触れもなく八分割される。
引き裂かれた身体はアルテに届くことはなく、彼女の左右にどさどさと落っこちていく。
「……アルテ、いまなにしたの?」
「え? ただ剣を抜いて切ってから鞘に戻しただけだよ」
あっけからんと言い放つ彼女の眼は、これくらいふつうでしょ? とでも言いたげに僕を見ている。
僕には剣を抜くところも切るところも鞘に戻すところも一切見えていなかったし、普通なわけがない。
「アルテってもしかしてとんでもなく強いんじゃ……」
いくらスライム相手とはいえ、なんの前触れもなく何回も切り裂くなんて聞いたこともなかった。
アルテの剣技は、元となった剣の使い手から引き継がれていると言ってたし、あの錆だらけの剣の持ち主は相当の使い手だったんだろう。
「一体切っただけだと物足りないな」
「あ、じゃあその辺りにいるスライムも狩ってよ。僕はスライムの核を集めとくからさ」
スライムは倒されると、ガラス玉のような小さい球を残す。
スライムの核と呼ばれるその球は、下級ポーションの合成に使うので集めておけばお店で使える。
「そういうことなら一気にやっちゃうね!」
アルテはそう言うと剣を地面に突き刺し、ドンと片足で大きく地面を打ち鳴らした。
彼女がまるで太鼓のような音を響かせると、にわかに僕たちがいる周りの草原がガサガサと騒がしくなる。
「これぞ挑発スキル! 雑魚モンスターを狩るのにはとっても便利なんだよ!」
そうアルテが言い終わるのと同時に、草むらから一斉にスライムが跳び上がった。
その数およそ30。
ぷるぷるとした塊がアルテへと殺到する。
「アルテ!」
僕が声をかけたのと同時に、一瞬で飛びかかったスライム全てが両断された。
今回もアルテの剣をみることはできず、一匹も彼女に届かないままスライムは核だけ残して死んでいく。
残った核をせっせせっせと拾いながら、目の前の少女の圧倒的な強さに僕は少し冷や汗をかいていた。
「どう、マスター。すごいでしょ?」
「すごいっていうレベルじゃないと思う」
もはや呆れることしかできないが、無邪気な顔で笑いかけてくるアルテに、本当にすごかったと声をかけておく。
その言葉に調子に乗ったアルテは、次々にスライムを集め、試し切りという名の一方的な虐殺を繰り広げていった。
数えるのも面倒なほどスライムを狩りつくした後、いい加減スライム狩りに飽きた僕たちは第三階層まで足を進めていた。
一応、今の僕が入れる階層では一番下なので、スライムに比べれば危険なモンスターも多い。
「さすがにここまくると、ダンジョン内も暗いね」
アルテの言う通り、光に満ち溢れていた一層とは違い、三層はまさしく洞窟といった様相だった。
ここにも迷宮樹の根は通っていて、壁につたうように根が這っている。
「そうだね。その分視界も狭くなるから、注意しない……と……」
言ってるそばから暗がりからモンスターが飛び出してきた。
僕の喉元に噛み付こうとする、鋭い牙をもった四足の獣が、一瞬にして三つに分割される。
「うんうん。私はともかくマスターは気をつけないとあぶないかも」
いつの間にやら抜き放たれた銀の剣を携えながら、怪我はなかった? とアルテが僕に訪ねてきた。
完全にアルテに保護されている構図となっていて、男としては大変恥ずかしい。
「大丈夫だよ、ありがとうアルテ」
「それはよかった。マスターは弱っちいんだから、あまり私のそばを離れないでね」
弱っちい、という言葉にしょぼんと肩を落としていると、遠くから叫び声のようなものが聞こえてきた。
はっとして僕とアルテは目を合わせ、音のした方角へと顔を向ける。
「今の、間違いなく悲鳴だったよね?」
「だと思う。ちょっと見に行ってみようアルテ」
その提案にわかったと頷き、アルテと僕は二人揃って、声が聞こえた方向へと走り始めた。