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精霊剣

 

 精霊剣とは、精霊の意思が宿った武器を総称する呼び名の事で、武具としては最上級のものに分類される。

 僕も噂程度でしか聞いた事がないけれど、ハリスさんと並んでトップクラスと称される冒険者の中には、この精霊武器を使いこなす人もいるらしい。

 僕は成人の儀で用意する剣を合成で作り出そうと考えたときに、まっ先にこの精霊武器を作る事を思いついた。

 精霊武器はどれも強力な能力を秘めていて、しかも持ち主にしか扱う事ができないという特殊性に、正直を言えば憧れていたというのもある。

 正直、精霊武器なんてものを生み出せるなんて、ほんのすこーし期待していただけで、まぁ無理だろうと思っていたのだ。


 けれど、少なくとも剣の類が出来上がるだろうとは思っていた。

 それが蓋を開けてみれば、目の前に現れたのは自身を精霊剣と言い張る美少女。

 アルテシアと名乗ったその少女は、今も思考回路が暴走寸前の僕の前で楽しそうに微笑んでいる。


 「随分と間抜け面晒してますけど大丈夫ですかマスター?」

 

 「まぬっ……。いや、ちょっと目の前の光景が理解できなくて……」

 

 予想外な物言いにすこし面食らいつつも、今の心情を正直にアルテシアに告げた。

 僕の言葉を聞いた彼女は、ふむ、とつぶやいて軽く小首を傾げる。

 その美貌のせいか一つ一つの動作がとてつもなく可愛らしく、かなり心臓に悪い。

 

 「なんにも難しい事はないよ? 私は君に生み出された剣で、君を主人と認めて挨拶をしている。ただそれだけだし」

 

 「それだけって、少なくとも僕の知っている精霊武器は人の形はしてないはずなんだけど」

 

 それを聞いたアルテシアはそういえば確かに!、と手のひらの上にポンと拳を乗せる。

 その様子を見て、実はこの子ちょっと頭がゆるい子なんじゃないだろうかという失礼な考えが一瞬脳裏をよぎった。

 

 「普通の精霊武器は意思を発現するのが限界だもんね。私はたまたま素体にされた剣がよかったのと、あなたのその特殊な合成の効果でこうやって人の形を取れるみたい」

 

 おかげでこうして体を手に入れられるなんて、あなたに生み出してもらって本当によかったよ、とアルテシアは太陽のような笑顔を僕に向ける。

 その笑顔の眩しさにやられてすこしくらっときながらも、なんとかこの雰囲気に流されないようにぐっとこらえてアルテシアに向き直った。

 

 「えぇと、整理するけど君は精霊武器で、僕の剣ということでいいの?」

 

 「君じゃなくてアルテシアかアルテって呼んでほしいなマスター。ま、そんな感じであってるよ」

 

 あっけからんと言い放たれた言葉を聞いて、だんだんと現状を理解し始めた僕の脳内には、自分がとんでもないものを合成してしまったんじゃないかという考えが溢れかえっていく。

 あるいみ彼女の存在は、僕の右腕よりもばれたらマズイものなんじゃないだろうか。

 望み通り精霊武器ができたにもかかわらず、歓喜の叫びより先に冷や汗が湧いて出てきたのはなんて皮肉なんだろう。

 

 「もしもーし、聞いてるマスター? さっきから固まっちゃってぴくりともうごかないんだけど。やっぱりまだ私の言うことが信じられないのかな?」

 

 思考の袋小路にはまり、突っ立ったままだらだらと冷や汗を流し始める僕を眺めながら、彼女はなにを思ったのかしょうがないなぁと二、三歩僕から距離をとった。

 

 「よく見ててね。私の本体を見せてあげる」

 

 そう口にするのと同時に、合成した時と同じような銀の光がアルテシアの体を包み込む。

 彼女の全身を覆っていた光がおさまると、そこには宙に浮く銀の剣が浮いていた。

 それは彼女が持っていた剣と同じ物のようで、まるで僕に受け取れと言わんばかりに柄の部分が向けられている。

 恐る恐る手を伸ばし、そっと剣の柄をにぎると、聞き覚えのある声が頭の中に鳴り響いた。

 

 『どう? マスター。これで私が精霊武器だって信用してもらえたかな?』

 

 「これがアルテシアの本体。本当に、夢にまで見た精霊武器だ……!!」

 

 少女の姿としてはいくら言葉で言われても全然実感がわかなかったけれど、こうして武器として僕の手に渡ると、自分が精霊剣の合成に成功したんだという嬉しさがようやくこみ上げてきた。

 

 『喜んでもらえたようで何よりだけど、この姿あんまり好きじゃないから元に戻るね』

 

 「えっ、ちょっと待っ……」

 

 僕の制止の言葉を待たず、手に持った武器からまばゆい光が迸る。

 慌てて剣から手を離すと、光は人型に変わっていき、今まで剣があった場所に再びアルテシアが姿を現した。

 当然現れた場所は、剣を手で持っていた僕のすぐそば。

 吐息が顔にかかるほどの近さに居るアルテシアと目があった僕は、その綺麗な目に見つめられて一瞬呼吸が止まる。

  

「おっと、出現場所を考えないとだったね。ごめんごめん」

 

 そう言いながらも距離をとるそぶりを見せず、悪戯げな笑みを浮かべるアルテシアを見ながら、僕は鼻から赤い液体が流れ落ちるのを感じていた。





 

 「大丈夫、マスター?」

 

 アルテシアの色気にあてられ見事に鼻血を出した僕は、情けなさに身悶えながら鼻の中に血止めの紙をつめこんでいる。

 そんな様子を心配そうに見つめてくるアルテシアに、そもそも原因は君なんだけどなという気持ちが湧き上がった。

 もちろん口に出しては言わないけれど。

 

 「お願いアルテシア、急に近づくのはやめて」

 

 「ちょっとした冗談のつもりだったんだけど……。あと、アルテでいいよマスター。呼びにくいだろうし」 

 

 しゅんと肩を落とすアルテをみて申し訳ない気持ちになるけど、隣のミレアさん以外ろくに異性と触れ合ってこなかった思春期真っ盛りの僕に、彼女の可愛らしさは猛毒に近い。

 慣れるまではなんとしてもこの距離感を保ってもらわないと、失血死してしまいそうだ。

 

 「わかった、じゃあアルテって呼ぶね。そういえば僕の自己紹介をしてなかったけ。僕はルト、ここで合成術のお店をやってるんだ」

 

 「それで私を合成したのね。まぁ確かにマスター冒険者って感じじゃないもんね、ひょろいし」

 

 ひょろいと言われ、容赦ない言葉の棘が僕の心をえぐる。

 うぐぅと呻き声を漏らしながら、胸の奥の痛みに涙が出そうになるのをこらえた。

 

 「ひょろい、ひょろいか……。やっぱりひょろいよね……」

 

 「そんなにショックを受けないで! 例えマスターが剣を扱えなくても、私がマスター守ってみせるから!」

 

 慰めているようでザクザクと追撃をかけてくるアルテに、もうやめてと泣きつく。

 自分の武器とはいえ女の子に守ってもらいながらダンジョンを突き進む姿を想像し、さすがにそれは情けないだろうと首を振った。

 

 「というかアルテは武器なんでしょ? 自分自身でも戦えるの?」

 

 「私の素体になった剣を使っていた人がかなりの剣豪だったみたいだからね。その経験が染み付いているから、相当動けると思うよ。ただ、人の姿を取っているときは剣としての性能は一割くらいしかでないから気をつけけてね」


 精霊武器としての性能に加え、自分一人だけで戦えるなんてどれだけ高性能なのか。

 彼女の話を聞く限り、元となったあの剣を拾ってきてくれたハリスさんの功労のおかげだろう。

 今度多めにポーションをサービスしておかなくちゃ。

 

 私の技については試し切りに行く機会があったら見せてあげるよ、と胸をはるアルテをみて、僕は試し切りかと少し考え込む。

 元々明日は素材集め兼ダンジョンデビューをするためにお店はお休みするつもりだった。

 うまく合成ができたら試し切りもするつもりだったし、予定とは少し違うけれどアルテと二人でダンジョンに潜ってみるのもいいかもしれない。

 

 「じゃあ早速、明日試し切りに行ってみようか」


 「え、本当!?」

 

 僕の提案に、アルテは目を輝かせて表情をほころばせる。

 よっぽど自分の戦技を見せられることが嬉しいのか、やったと拳をにぎりしめて喜んでいた。

 

 「僕も欲しい素材があるし、なにより明日からは僕もダンジョンに入ることが許されるんだ」

 

 ダンジョンに入るための条件は成人の儀を迎え、自分の剣を持つこと。

 こうして僕だけの剣……、と言い切れないのが悲しいけれど、とにかく自分の武器を手に入れたのだから、ようやく僕にも資格が与えられる。

 自分でダンジョンから素材を持ってこれるようになれば、今よりたくさんの商品を扱えるし、ランダム合成の修練に使うこともできるはずだ。

 明日から始まるであろう、今までとは一変した生活に想いを馳せて、僕も期待に胸を高鳴らせる。

 

 「これからよろしくねアルテ。頼りにしてるよ」

 

 「任せてマスター! あなたが産み出した(わたし)の素晴らしさ、しっかり見せてあげる」

 

 そう言って朗らかに笑う彼女につられて、僕の顔にも自然と笑みが浮かんだ。

 じゃあ改めて、とアルテに向かって差し伸べた僕の手を、彼女はためらいを見せずにしっかりと握りしめる。

 その華奢な手の温もりを感じながら、僕はこれからはじまるアルテとの生活がきっと楽しいものになるだろうという確信を、胸の中に抱いていた。

 


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