彼女との出会い
少し鮮やかな紫色に染まった町並みを横目に、僕は商店街を息をあげながら走り抜ける。
すでに日は大きく傾き、夜の帳はすぐそこまで迫ってきていた。
「お客さんが来てくれればって確かに入ったけど、なにも閉店間際にこなくても……!」
あの後、ハリスさんが出てからしばらくは暇していたものの、閉店ギリギリのところで駆け込みのお客さんが二人ほど訪ねてきてくれた。
おかげでハリスさんからもらった祝い金に手をつけなくても目標額を達成する事には成功したのだけれど、予定していた店じまいの時間を大きく過ぎてしまった。
せっかく貯めたお金も商品に交換できなければ意味がなく、目当ての品が売っている店が閉まる前になんとか辿り着かなければと、貯めたお金を握りしめて見慣れた道路を駆けて行く。
「はぁ、はぁ……。なんとか間に合った」
膝に手をついて荒い息を整えつつ、少し豪華な装飾がされている店へと足を踏み入れた。
天井には光を放つ球体が吊るされていて、店内の商品はその光を反射して様々な色を放っている。
普段見る事のない、高級な宝石が並べられた店内を少し緊張しながら歩いていく。
この宝石店には、もちろん剣は売っていない。
ダンジョンで取れるさまざまな希少な鉱石だけを取り扱っているこの店で、僕は前から目をつけていた商品があった。
「よかった、売り切れてなかったみたい」
安堵の息を吐きながら手を伸ばしたそれは、透き通った空のように青く染まった石で、まるで鼓動しているかのようにうっすらと発光を繰り返している。
この石の名前は精霊石。
精霊が結晶化した物と言われていて、伝説の精霊武器を作るのに必要と伝えられている物だ。
もっとも、精霊武器の製法なんてとうに失われているので、宝石としての価値くらいしかない。
とはいえ希少な物には変わりないので、その値段は目が飛び出るほどに高く、これを買うために僕は一年もの間お金を貯め必要があった。
「あの、これいただけますか」
手にした精霊石を店員に渡し、握りしめた麻袋から貨幣を取り出して精算を行う。
晴れて僕の物となった精霊石を頬を緩ませながらそっと受け取り、宝石店を後にする。
これで材料は全て揃った、後は店に戻って、全てを僕の合成術に賭けるだけ。
一番大事な材料を抱えて店へと戻ってきた僕は、作業場の明かりをつけて大きく深呼吸をした。
緊張で少し指先が震えているのを自覚しながら、この時のために集めた材料を一つずつ並べていく。
迷宮樹の朝露、精霊の涙、裂孔鉱石、女王蜘蛛の金糸、そしてハリスさんが迷宮から拾ってきてくれた剣と、今手に入れたばかりの精霊石。
どれも一級の素材であり、僕のお店では取りそろえることもなかなか難しい品物だ。
「目指すは精霊剣……、とまではいかなくても一級品の武具ができたらいいなぁ」
僕のランダム合成は、合成時に使用した素材によって完成品をある程度想定できる。
今までの経験から言って、この素材を使えば、失敗しない限り何かしら武器ができるのは間違いないはずだ。
「まずは合成鍋に迷宮樹の朝露を入れて……」
作業台の上に置いた合成鍋に、瓶に入っている少し青みがかった水を注ぎ込んでいく。
普段は合成鍋にはただの水を入れるのだけれど、今回はその代わりに、迷宮樹の葉から滴り落ちる朝露をせっせと通いつめて集めたこの水を使う。
朝露を最後の一滴まで注ぎ込んでから、小瓶に詰まった精霊の涙と呼ばれる透明な液体を数滴たらした。
垂れた滴が、鍋に張られた水面に波紋を生むのと同時に、その色をより深い青色に染めていく。
空の青さのように青く染まった鍋の中身を見て、用意ができたことを確認してから、右手を合成鍋の中へそっと入れた。
「水よ、万素の基となれ」
喉からでた声の震え具合に、自分でも少し驚きながらも、鍋に張られた水が見慣れた銀色に変化していくのを見届けて、ふぅとため息をつく。
胸の中では、どく、どく、と心臓が高鳴り、少し息苦しい。
失敗はできないという緊張感を飲み込みつつ、合成の準備が整った鍋の中に鉱石、金糸、精霊石を順番に入れていった。
そして最後に、全体が錆び、使い古された剣を鍋の中にそっと差し込む。
銀色の液体に触れるのと同時に、剣は分解されて他の素材と混じり、溶け込んでいく。
「素材は全部入れ終わった。……後は合成を成功させるだけ!」
これだけの手間をかけて集めた素材が、合成に失敗して黒焦げになったら本当に笑えない。
そうならないためにランダム合成の練習もして、成功率は上げてきた。
僕ならきっと大丈夫と自分自身に言い聞かせ、レシピを置く台座に右手をのせる。
今まで以上に強く鼓動を打つ胸の高鳴りが最高潮に達したのと同時に、僕は口を開いて合成の開始を告げた。
「うわっ!!」
合成鍋からは眩い銀色の光が溢れ出し、僕の視界を銀色に染め上げる。
今まで一度も見たことがないような反応に思わず叫び声を上げてしまった。
強い光を直視してしまったため、一時的に視界が塞がれ合成の結果をすぐに確認することができない。
普段とは違う異常な合成反応に心配を募らせつつも、ごしごしと目をこすってなんとか目を慣れさせる。
「……えっ」
そしてようやく戻ってきた僕の視界に映ったのは、想像の範疇を遥かに超えたものだった。
僕の目の前に在ったのは、いや立っていたのは、今しがた合成鍋から溢れ出た光で染め上げられたかのように美しい銀の髪を揺らし、この世のものとは思えない美貌をもった少女。
その少女は異様な雰囲気を放つ長身の剣を地面に立て、まっすぐと僕の瞳を見つめている。
理解ができず呆然としている僕の前で、その少女はゆっくりと口を開いた。
「初めまして、私は精霊剣アルテシア。この世に産み落として頂いた恩を返すため、この身を捧げるべくあなたの元へ参りました」
アルテシアと名乗った少女はそう言うとぼくを見てニコリと少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「なんてお堅い文句はここまでにして、っと。これからよろしくね、マスター」