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ルトのお仕事



 「まずはポーションから作っちゃおう」

 

 レシピはどこにおいたかなと、書棚の端から目線を滑らせ目当てのものを探す。

 真ん中あたりにあった、丸められた羊皮紙を手に取り、それをよいしょと広げた。

 

 「あったあった。必要素材はブルーハーブと月の露か」

 

 素材置き場から束ねられた青い葉の植物を無造作に掴み、机の上に並べる。

 薬品庫からも液体が入った瓶を何本か取り出し、同じように並べていった。

 

 「よっこい、せ!」

 

 素材を揃えたあとは、合成につかう大きな鍋に水を入れ、作業台の上に乗せる。

 幾何学的な模様が刻まれた台座の上にレシピを置き、水の中に左腕を突っ込んだ。

 

 「水よ、万素の基となれ」

 

 そう呟くのと同時に、左腕に光の線が走り、合成術師の証である合成陣を描いていく。

 赤いその光が溶け込んでいくように、手を突っ込んでいた水もその色を赤く変えていった。

 鍋の底が見えなくなるくらい水が赤くなったのを確認してから、ゆっくり手を水からだす。 


 「準備よしっと」

  

 机の上に並べた素材を手に取り、ブルーハーブと空のガラス瓶十本を赤く染まった水の中へと投入した。

 中に入れられたものはすぐに溶けるように姿を消し、しばらくすると水の色が紫に変わっていく。

 紫色が均一になるように棒でゆっくりと中をかき回し、中に入れたものが完全に水に溶けるまでそれを続けた。

 合成術師だけが生み出すことが出来るこの赤い水は、合成鍋の中でならどんなものでも溶かすことができる。

 そして、溶かされた素材を基に新たな物質を生み出すのが、合成術師の仕事だ。

 満遍なく紫が広がったところで、仕上げに上から月の露をたらす。

 一滴、二滴と雫が鍋に落ちるたびに、色は鮮やかな青へと移り変わっていった。

 

 「さて、いくぞ。合成開始!」

 

 台座の上に広げたレシピの上に手を乗せ、そう言葉を紡ぐと、レシピに書き込まれた文字が赤い光を放ち始める。

 数秒の後、光が収まったので鍋の中を見ると、瓶詰めにされた青い薬が十本転がっていた。

 

 「よし、今日もちゃんとできたな」

 

 合成師の腕の見せどころは、この合成時にある。

 熟練度、つまり術師の合成回数によってアイテムの合成時の成功率が変わり、失敗するとどんなものも焦げの塊みたいになってしまう。

 僕も見習いの頃はこの焦げを大量生産していたけれど、最近はかなりの確率で成功できるまでになった。

 三年間泣きながら貯金を切り崩し、すこしずつ鍛えた甲斐があったというもの。


 鍋の中の小瓶を拾い、それを机の上に並べる。

 これで依頼の半分は達成、残るはハリスさんの言っていた、いつのもやつだ。


 このいつものやつこそが、この店の本当の売りであり、火蜥蜴の尾棘に対抗できる理由。

 そして同時に、僕が火蜥蜴の尾棘で働けない理由でもある。 


 空になった鍋にもう一度水を入れて、さっきと同じように水の中に手を突っ込んだ。

 違うのは水の中に入れた手が左手ではなく、右手であるという点。


 合成術師の証である合成陣は、例外なく左腕に現れる。

 だから合成術師は左手での合成しかできない。

 ただ一人、僕という例外を除いては。


 「水よ、万素の基となれ」

  

 さきほどと同じ言葉を呟くと、今度は僕の腕に銀色の光が走った。

 光は合成陣によく似た陣を描き、腕の表面に刻んでいく。

 そして手を突っ込んでいた水もその色を変え、鈍く光る銀色へと姿を変えていた。

 

 「ええと、ハリスさんが持ってきたのは……。おぉ、結構色々ある」

 

 烈火石に、翼竜の鱗、活力草や光苔などダンジョンの深層でとれる素材が目白押しだ。

 これらの素材は深層では珍しくないけど、そもそも深層に到達できる冒険者が数少ないので市場に出回ることは珍しい。

 僕の店でもなかなか取り扱うことがない貴重品だ。

 

 「これは失敗できないな……」

 

 素材だけでもなかなか高価だし、これを黒焦げに変えてしまうわけにはいかない。

 ふうと深呼吸しつつ、素材の中からいくつか選んで銀の水へと投入する。

 左手の合成と違って、右手の合成はレシピを用いない。

 だから合成で何ができるかは、やってみてからのお楽しみだ。

 とんでもないガラクタができることもあるし、レシピ合成では手に入らないような珍しい物が合成できる事もある。

 それがランダム合成と名付けた、このファルリーレで僕だけができる特別な合成術の強みだ。

 僕に合成術を教えてくれた人曰く、この合成術を使える事はあまり人に知られたらまずいらしい。

 特に同業者には絶対にばれないようにしろと言いつけられていて、そのせいで火蜥蜴の尾棘に加わる事ができない。

 まぁその代わり、ランダム合成のおかげで珍しい道具を取りそろえる事もできるから、尾棘に加わらなくてもなんとかお店を続けられるという利点はあるのだけど。

 そしてハリスさんは数少ない僕の秘密を知る人で、色々と便宜を図ってもらう代わりにこうしてランダム合成をよくお願いされている。

 

 「失敗しませんように!合成開始!」

 

 本来レシピを置く台座の上に右手を置き、合成を始めた。

 鍋の中からは銀色の光があふれだし、入れた素材が組み替えられて新しい道具へと生まれ変わっていく。

 やがて光がおさまってから恐る恐る鍋の中を覗き込むと、拳ほどの大きさの赤い石が出来上がっていた。

 石は水晶のように透き通っていて、石全体に浮かび上がった赤い筋が脈打つように明滅している。

 

 「よし!大当たりだ!」

  

 出来上がったのは紅宝玉という珍しい素材で、百層付近の鉱脈から極稀に採取できるらしい。

 僕も実物をみたのは片手でかぞえるほどしかなく、これ一個で一ヶ月分の収入に匹敵するほどの価値が有る。

 なんでも魔法使いの杖に使う触媒としてかなり適した素材らしく、特に火魔法との相性がいいため、杖の制作店なんかがかなり高値で買ってくれるそうだ。

 もっとも剣士であるハリスさんには宝のもちぐされだろうけど、売ればかなりの利益になるのは間違いない。

 早速この成果を伝えようと、急いでハリスさんの元に駆け寄る。

 

 「見てくださいハリスさん! いいものができましたよ」

 

 僕の手に握られた紅宝玉を見て、ハリスさんもおぉ! と驚きの声を上げた。

 

 「やるじゃねえかルト。お前のその合成術は本当すごいよな」

 

 手渡された紅宝玉を掲げ、ハリスさんはよくできてんなぁと呟く。

 この街トップクラスに自分の腕を認めてもらって、僕も少し鼻が高い。

 

 「最近はランダム合成の方も成功率が上がってきたんですよ。いつも素材を回してくれてるハリスさんのおかげです」

 

 「なに、俺は適正な価格で売ってるだけだ。こうしてちゃんと見返りももらってるしな」

 

 そう言って僕が作り出した紅宝玉を自分の懐にしまい、代わりに小さな麻袋を取り出した。

 何だろうと思ってそれを見つめていると、ハリスさんはその袋をほらよ、と僕に投げ渡す。

  

 「いいもん作ってくれたからな。追加料金だ」

 

 「え、もらえないですよ! ランダム合成はやってみないとなにができるかわからないから、料金は一律前払いで貰ってるんですし」

 

 「子供のくせにへんなところで頑固だよなお前は。じゃあ俺からの成人祝いだと思って受け取ってくれ。長い付き合いなのになにも渡さなかったなんて知られたら、俺もパーティの連中になにを言われるかわからんからな」

  

 そう言われては返す言葉もなく、何度も頭を下げてからずっしりとした重みを持つ袋を丁寧にしまいこむ。

 これだけで、今日の売り上げがなくとも目標額には達しただろう。

 ハリスさんのおかげで、ギリギリ今夜には間に合いそうだ。

 

 「それじゃあ今度こそ俺はお暇させてもらうとするか」

 

 「はい! ダンジョン探索、気をつけてくださいね」

 

 「おいおい、俺を誰だと思ってるんだよ。んじゃルト、お前も頑張れよ」

 

 そう言って無造作に僕の頭を撫でてから、ハリスさんはじゃあな、と手を振って店から出て行く。

 一歩店から外に出て彼の姿を見送り、ふと顔を上げると少し傾いた太陽が目に入った。

 日はまだ高く、夕暮れまでの時間は長い。

 もう後二、三人お客さんが来てくれないかなぁと考えながら、作業台の片づけをするために僕は一人店の中に戻った。

 



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