合成術師の悩み
お昼すぎ。
朝の静かな時間とは打って変わり、大通りは大勢の人で溢れかえっている。
剣や杖を担ぎ、腰にはナイフや小道具をぶらさげ、自慢話に華を咲かせながら商店を見て回っている彼らは、この街の中心的な存在である冒険者だ。
冒険者は大体、ダンジョンに潜っているか、夕方から夜遅くにかけて飲み明かしているので、商店街が盛り上がるのはいつもこの時間になる。
朝に人気が少ないのも、酔いが抜けきらずに昼まで寝ている人が多いかららしい。
そんな楽しそうな冒険者たちを、僕はぼーっと店の中から眺めていた。
ところで最近、僕には困った悩みがある。
その悩みについて考えると夜も眠れないし、不安で胸がいっぱいになるほどだ。
そして今、僕はまさにその悩み事の原因に直面している。
「今日もお客さん、あんまりこないなぁ……」
店の前を素通りしていく冒険者たちを見つめながら、はぁと小さくため息をついた。
ここ最近、うちの店への客足はゆるやかに減っていっている。
そのことに頭を悩ませつつも、いい解決策はみつからず、悶々と悩むだけの日々を送っていた。
原因は考えるまでもなくわかりきっている。
売り上げが落ち始めたのは、ファルリーレで「火蜥蜴の尾棘」という合成店が商売を始めてからだ。
尾棘は、莫大な資金力を持ってファルリーレ各地に支店を作り、一気にその名前を広めていった。
支店内で合成に用いる素材を共有することで素材を余らせる心配がない尾棘は、安く大量に素材を調達し、その分合成したアイテムの値段を抑えて売るという手法を取っている。
同じものが安く売っているなら冒険者がどちらを選ぶかは考えるまでもない、あっというまに既存の合成店は尾棘に客を取られてしまった。
そして尾棘は客足が少なくなった合成店を買い取り、支店とすることでさらに勢力を強め、いまでは完全にファルリーレの合成市場を牛耳っている。
「いっそ僕もあそこに取り込んでもらえたら楽できるのになぁ……」
誰にともなくそう呟いて、客のいない店内で一人ため息をつく。
昔からこの地で店を構えている人ならともかく、まだまだ新参の僕が一人でお店を続けていくのは、得策とは言えなかった。
尾棘の支店として組み込まれ、彼らの元で仕事をしたほうが安定した生活を送れるのは間違いない。
実際、そういった申し出も尾棘から何度がもらっている。
けれど彼らの元に行けない理由が、僕の体にはあった。
ぼーっと自分の右腕を眺め、そんな事を考えていると、カランカランと来客を告げる鐘の音がなる。
はっとして顔を上げると、見知った顔の訪ね人が呆れた顔で僕のほうを見ていた。
「いくら客がいないとは言え、店主がぼーっとしてんじゃねえぞ」
「ハリスさん!」
黒い上着を羽織り、背に大剣を背負うといういつもどおりの装いで現れたハリスさんは、よっ、と手をあげて僕に挨拶をする。
「ひさしぶりだなルト。元気にしてたか?」
「ぼちぼち、ですかね。それより心配してたんですよハリスさん。最近街でも顔を見かけませんでしたし」
ハリスさんはこの合成店のお得意様で、店の立ち上げの時も居てくれた大事なお客だ。
ここ数週間ほど姿を見てなかったので気にかけていたのだけど、筋肉の盛り上がったたくましい体の健在っぷりを見るに、心配には及ばなかったらしい。
「俺がそうそうくたばるわけねえだろ。ちょっと深層攻略のために遠征に行っててな」
「ってことはまさか新素材も!?」
ハリスさんはファルリーレでもトップクラスの冒険者だ。
彼の名前を知らない者はここにはほとんどいないし、間違いなく五本の指に入るほどの実力を持っていると言われている。
そんなハリスが迷宮樹の地下ダンジョンに潜る時は、基本的に強力なモンスターや凶悪なトラップが蔓延る深層で活動しているはずだ。
そしてそう言った危険度の高い場所で得られる物は貴重な物やまだ発見されていない物も多く、深層からの遠征帰りには珍しい物を持ってきてくれていた。
「や、新素材はない。というかあったがお前んとこより割よく買ってくれる場所があるからそっちに売った」
「ですよねー」
聞くまでもなく、売った先とは火蜥蜴の尾棘だろう。
資金に余裕のある尾棘は素材の買取も高値で行っていて、街の小さな合成店ではなかなか太刀打ちできない。
「まぁそう落ち込むな。頼まれていた物はちゃんと見繕ってきたから」
「本当ですか!?」
しょんぼりと肩を落としていると、ハリスさんはそう言って背負っていた麻袋から何かを取り出し、僕の目の前に置いた。
「けど本当に良かったのか、こんなんで。お前の成人の儀だし、もう少し奮発してやっても良かったんだぞ」
ハリスさんが取り出したのは、全体が錆びつきもはや使い物にならないことが明らかな古い剣。
これだけ風化してしまっては、腕のいい鍛冶屋でも復元は難しいだろう。
「いえ、これでいいんです。本当無理言ってすいません。どうぞ、代金です」
貯金していた一部のお金を、ハリスに渡す。
彼はこれくらいタダでやると言っていたが、せっかく貯めたお金だ、しっかりと受け取ってもらわなきゃ意味がない。
「ま、お前の合成術ならこのボロ剣もお宝になりかねないからな。大当たりを引くことを願ってるぜ」
「はい。完成したら真っ先にハリスさんに見せますね。ところで、この剣はどこで手に入れたんですか?」
「それか? 百層で隠し部屋っぽいところを見つけてな。そこで拾ったやつだ」
今確認されているのが百二十三層だから、百層はかなりの深さだ。
それに区切りのいい階はダンジョンの中でも特別な層と聞くし、これは期待できるかもしれない。
錆びて原型すらわからなくなった剣を、期待に満ちた目で見つめる。
「さてと、用も済んだし俺はこれでおいとまするぜ」
「えー。せっかく来たんですから何か買っていってくださいよ」
もらった剣をいそいそと店内にしまいこみながら、首だけだしてハリスさんに文句を言う。
約束通りダンジョンから剣を拾ってきてくれただけでも十分なのだけど、どうせならお金を落としていってほしい。
特に今日あんまりお客さん来てないし。
あまり期待はしていなかったけど、僕がそう言うとハリスさんは顎に手を添えて、そうだなぁ、と考えるそぶりを見せる。
「新素材は売っちまったが、深層でよく取れる素材はまだ幾つか残ってるし、いつものやつやってもらうか」
「あれですか。今はちょうど他にお客さんもいないしいいですよ」
じゃあ頼む、とハリスさんから手渡された素材と代金を手にして、その中身を確認した。
「はい、確かに承りました。それじゃあすぐにすませてきますので、ちょっと待っててください」
「あ、ついでに魔力ポーションも頼む。作り置きでもかまわんから中級を十本くらいお願いしたい」
「わかりました。たしか素材が余ってたんで、作りたてを用意しますね」
ポーション類は鮮度が高い方が効果もいい。
作りたてはすこし割り増しにするのが慣例だけど、そこはいつもお世話になっているハリスさん相手だ。
これくらいのサービスはしてあげなくては。
ハリスさんには、店内にある椅子で座って待っていてもらい、しっかり仕事をこなそうと意気込みながら、僕は一人仕事場へと足を運んだ。