合成術師ルト
「よいしょっと。ふぅ、これでよしっ!」
店先に展示用の商品棚を並べ終えて、汗の浮かんだ額をぐいっと拭う。
まだ朝早く人通りの少ない商店街には、僕のように店を構える人達が開店の準備をしているだけで、昼間のような賑やかさは身を潜めていた。
この大通りで店を営んでいる者だけが見る事ができる朝の一面が、僕は密かにお気に入りだ。
「あら、ルト君おはよう。今日もちゃんとお仕事してて偉いわね」
「おはようございますミレアさん。もうお店はじめて三年も経ったんですから、いつまでも子供扱いはやめてくださいよ」
商品棚のチェックを終えたて店の中に戻ろうとすると、隣でパン屋を開いているミレアさんがちょうど外にでてきた。
隣同士という事もあり、まだ年端もいかない僕をミレアさんは自分の子供のように可愛がってくれている。
子供扱いされるのはちょっと不満だけど、彼女にはここで店を始めてからずっと親切にしてもらっていて、感謝してもしきれない。
「そんな事言ったってルト君まだ成人してないでしょ」
「そうですけど、それも今日までです! 明日で僕も晴れて成人ですから」
胸を張って口にした僕の言葉に、ミレアはそうだったと手を叩く。
「そういえばルト君明日で15歳か! ここに来た時はあんなに小さかったのに、いつのまに大きくなったね」
「ミレアさんたちのおかげです。通りの皆が親切にしてくれたから、ここまでやってこれたんですから」
その言葉を聞いたミレアさんは、相変わらずいい子だねといって僕の頭を撫でた。
くすぐったくて少し目を細めながらも、されるがままにミレアさんに頭を差し出す。
「今日の分のパンは後で持っていくから待っててね。あと明日は豪華にお祝いしてあげるから、楽しみにしてて」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
日々貧乏生活をしている僕は毎日ミレアさんかから余ったパンを差し入れてもらっていて、ほぼ食費をそれで浮かせている。
彼女の作るパンはとてもおいしくて、僕の大好物ということもあり、そんなミレアさんが豪華に祝ってくれると聞いて思わず涎が湧き出てきた。
「それじゃあまたあとで。仕事、頑張ってね」
「はい! いつかちゃんとお礼ができるように、今日も頑張ります!」
元気よく挨拶をする僕に笑顔を向けながら、開店を知らせる看板を外に置いて、ミレアさんは店の中へと入っていく。
彼女の姿が消えるのを見届けてから、僕も開店の準備をするためにまだ暗い店内へと戻った。
店内は両側の壁沿いに商品棚が並べられていて、そこには様々な道具が置かれている。
奥には料金を精算するためのカウンターがあり、僕の仕事場はその奥だ。
店員を雇うお金がないから、日中は合成した道具の販売に専念し、夜に昼間冒険者から買った素材を使って合成を行うという日々を送っている。
僕の職業でもある合成術師は、ファルリーレではありふれた職業の一つだ。
迷宮樹の根に沿うようにして広がるダンジョンから冒険者が勝ち取ってきた素材を買い取り、その素材同士を合成することで全く別のアイテムへと変化させることができる。
そうやってできた物を商品として売ったり、冒険者から技術料をもらって素材の合成を請け負ったりして日銭を稼いでいた。
「体力ポーションの数が少ないな。補充しとこうっと」
商品棚の確認をして数が減っている商品を調べ、奥の仕事場から昨日合成したばかりの商品を引っ張り出して足りない棚に並べていく。
半刻ほどかけて商品の補充を終えた後、開店前の準備を済ました事を確認して勘定台の内側へと足を運んだ。
机の中にしまってある帳簿を取り出し昨日までの売り上げを確認して、ついつい小さく笑みをこぼしてしまう。
「この調子なら今日中には目標額を達成できそうだな」
今持っている帳簿の表紙には、とある金額と明日の日付が記されている。
明日は記念すべき15の誕生日、それは僕にとっても特別な日だった。
『齢15を迎えた子には剣を与えよ』
ファルリーレでは、古くからそんな風習が続いている。
常に戦いととなりあわせで、冒険者を中心として発展してきたこの都市ならではの風習だ。
将来どのような進路を進むかは関係なく、ファルリーレに住む子供は15歳になったら成人として認められ、親から一つ武器を与えられる。
その成人の儀をすませることで、冒険者となる資格をもらえるのだ。
僕も合成術師の身だけど、冒険者には憧れを持っていて、剣を持てることを楽しみにしている。
けれど幼いころに両親を亡くした僕には、剣を授けてくれる人がいないという問題があった。
そこで1年前から計画的にお金を貯めて、成人の儀に相応しい剣を自分で用意できるだけの資金を集めている。
日々のやりくりに苦心し、せっせと稼いだ甲斐もあって、昨日の時点で目標達成寸前というところまできていた。
今日の売り上げを加えれば、十分目標額を越えられるだろう。
「っと、そろそろお店開けないと」
今晩は楽しみだけど、その前にまずはちゃんとお金を稼がないといけない。
すでに日は登り、他のお店次々営業を始めている。
遅れないようにしなければと急いで店の外に出て、「ルトの合成店」と書かれた看板に、開店を知らせる札を取り付けた。