第7話
私は今アレクシス様と『アデレイドの店』へ来ている。私の姿を見てマダム・アデレイドが唸った。
「なんていう逸材なの!?こんな飾り甲斐のあるお嬢さん中々いないわ。」
マダム・アデレイドは40代半ばであるが十二分に美しい女性だった。胡桃色の綺麗な髪が夜会巻きにされてサーモンピンクの洒落たドレスを身に纏っている。
「とりあえず彼女に月光祭までに素敵な衣装を作ってほしいんだ。誰もが見惚れずにはいられないようなね。」
「アレクシス様もご一緒に新調されますか?」
「そうだね。頼むよ。」
私はマダムに言われるまま体のあちこちを採寸されて、試し用のドレスをどっちゃり試着させられた。その時マダムは私の下着に注目した。私の下着は既製品の下着に自分でレースや刺繍を足している物である。この世界では下着は地球とほぼ同じ形だが、下着を飾る文化がないようなのだ。見えないから良いと思っているのかかなり簡素な感じだ。私は可愛い下着を身につけたかったので自分で編んだレースを張り付け、刺繍で違和感を無くしたセクシー&キュートな下着を着ていたのだ。それを見たマダムの食いつきは凄かった。どうやってレースを縫いつけているのか、刺繍はどんな技法を使っているのか、他にどんな下着を持っているのか…等々。私の下着がいかに画期的か、いかに扇情的か、女性だけでなく男性も喜ぶ素晴らしい下着だと声を大にして語られ、感動した!と握手された。
試着室から出てくるとアレクシス様が若干顔を赤くしていた。下着云々の話が聞こえていたのだろう。マダムと今着ている下着から持っている下着の話までしちゃったよ。しかもマダムったら「白くむっちりとした胸を覆う扇情的な黒いレース!華美でありながら魅惑の谷間は惜しげもなく見せているデザイン!まあ!秘所を覆う布地にも刺繍が!これは脱がそうと手を掛けた時はっとさせられるわね!」とか細かに感想を述べてくれるものだから否が応でも想像させられるというもの。全部聞かれていたとは…すごく恥ずかしい。
「ごめんね。想像しちゃった…」
私の下着姿を、ということだろう。そんなこと申告しなくて良いのに!
「すごく…見てみたい。」
「いーやーでーすー。」
何を言いやがるか。私そんなに貞操観念ゆるくないんだからね!
「ちぇっ。残念。マダム・アデレイド。どんなドレスを作る予定ですか?合わせてアクセサリーも用意したいのですが。」
「デザインが決まったら、デザイン画を送るわ。初めての月光祭だというから、ちょっと初々しい感じのドレスにしようと思っているの。」
「それは楽しみです。」
マダム・アデレイドにくれぐれも頼む旨伝えて外に出た。
「さあ、次だよ。」
「次?」
まだどこか行く予定があるのだろうか?
「当座しのぎに既製品でフェリシア嬢の外出着を何着か買わないと。服はあまり持っていないのでしょう?」
持ってないけど…今着てるオレンジのワンピースだってリリアンが飽きるまで着たおさがりだし。でも服買ってもみんな取り上げられるし。
「もうクラッツ公爵家にはフェリシア嬢の衣装部屋を作ってあるよ。サイズがわからなかったから衣装はまだ入れてないけれど。」
え?あれ、本気だったの…?
「家から公爵家まで着てくる外出着ではない普段着も何着か買おうか。部屋着は足りてる?」
「…部屋着は大丈夫です。」
公爵家の馬車に揺られて女性物の高級な既製品の服を扱う『アリア服飾店』にやってきた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。」
背の高い黒髪をショートにした女性が笑顔でやってきた。
「お久しぶりですね。アレクシス様。去年の冬、お母様のクラリッサ様のお洋服をご購入いただいて以来ではないですか?」
「僕はあまり用事のないお店ですからね。」
「まあ、つれない…」
女性は口元に手を当ててふふふと笑った。
「アリアさん、今日はこちらのフェリシア嬢の外出着を何着かと、普段着を何着かほしいんだ。」
「はいはい。まあ、なんて美しいお嬢様でしょう!そんな野暮ったいワンピースを纏っているなんでもったいないわ!一緒に服を選びましょう?」
採寸してサイズの規格を調べてから選ぶ。
硬質なデザイン、淡いグレーに細い銀糸が織り込まれたワンピースを一着。白の総レースのワンピースが一着。淡い桃色のふんわりしたドレスが一着。この前アレクシス様が私に送ってくださったのとちょっと似ているがクリーム色の襟が立襟になっていてスカートの色が萌葱色になっているワンピースが一着。全体がクリーム色のクラシカルな感じのドレスが一着。それぞれ飾りボタンとレースに違いのある、白いレースのブラウスが3着。群青色のスカートが一着。黒の膝丈のプリーツスカートが一着(こちらの世界ではかなり大胆なデザインだ)。焦げ茶の巻きスカートが一着。濃いグレーのワイドパンツが一着。下着が色々。下着を選ぶのはアレクシス様に見学するのは遠慮していただいた。下着はこの後魔改造するんだけどね。靴下も色々。
……ちょっと色々選び過ぎただろうか(汗)服が盛りっと山になっている。他人の財布で買うには多過ぎなような…ちょっと戻して来よう…
「なんで戻すの?」
「ちょっと多すぎたなー…って。」
アレクシス様が私が戻した服を買う方の束に戻した。
「多くないよ。外出着はともかく普段着が少ないんじゃない?」
「いえ。十分です。」
「そう?足りなくなったら言うんだよ?」
「ハイ…」
アレクシス様は全てお買い上げして、私の家に置くものと公爵家の衣装部屋に置くもので袋を分けた。
「遅くなっちゃったね。昼食を取ろうか?」
近くのカフェで海老のトマトクリームスープと、玄米を食べる。そう。玄米である。こんなところでお米が食べられるなんて!知らなかったあああああああああ!!
「玄米、そんなに気に入った?」
「はい。とっても。」
「近くの穀物屋さんで卸してるんだって。少しだけど白米も置いてるらしいよ。パトリック様はとてもお米が好きで、お城ではよくリゾットを食べていらっしゃるよ。」
「へえ。お米、美味しいですよね。」
「そうだね。大のお米好きってほどでもないけど僕も結構好きだな。」
2人でパクパク食べる。やっぱりお米美味しいなあ…決してお金のかかった豪勢な食事ではないけど、私にとっては何よりのご馳走だった。お米大好き~!!リリアンが転生者っぽいから家ではお米料理は頼めないけど。ばれたら困るし。「ヒロイン乗っ取り!?」とか痛くもない腹を探られるのはごめんだ。全部平らげてほうじ茶で一息つく。ほうじ茶とかっ!紅茶じゃないとこがわかってる!
「美味しかった~…」
「良かったね。」
……その愛しいものを見るかのような目つき、やめてください。勘違いしたらどう責任を取ってくれるんですか!
忘れられない恋人がいるくせに!
……でもアレクシス様の初恋っていつなんだろう?忘れられないような初恋って?そんなに素敵な恋だったのかなあ。由利亜じゃなくてユリアの初恋はアレクなんだよね。由利亜の初恋は完璧な二次元だった。オタク乙。
「少し露店でも見て回ろうか。」
アレクシス様に提案されて露店を見て周る。雑貨やアクセサリー、いろんな商品が立ち並ぶ。綺麗な絵柄のティーセットなんかを見ていく。すごく素敵だけど値段も素敵だ。お茶飲むのに手が震えそうだ。一応男爵家なんだけど、貴族の自覚がなくてすいません。パンがなければお菓子を食べれば良いじゃない!の境地に達するのはいつごろでしょう。
あ、二つ並べると男の子と女の子がキスしてる絵柄になるペアマグカップとか可愛い。値段も手ごろ。
「面白い絵柄だね。貰って行こうか。」
「え。」
「片方はフェリシア嬢が家で使って?」
男の子の絵柄の方のマグを渡された。アレクシス様はお金を払って、女の子の方のマグにちゅっとキスをした。
うわあ…これってアレクシス様の代わりにってこと?唇を突き出してる可愛い男の子の絵柄を見て何とも言えない気持ちになる。…アレクシス様って、気障。
アクセサリーも色々見て周った。
「これなんてどう?」
アレクシス様が紫水晶の葡萄の実に金の葉と蔦が絡まる綺麗なブローチを見せた。
「素敵ですけど…私にばかりお金を使い過ぎるのはやめてください。」
「僕は他のお金の使い道を良く知らなくて。」
「ご自分のために使われたらいいと思いますが。」
「僕は、フェリシア嬢が、僕の隣で笑っていてくれたらそれで良いんだ…」
だからどうしてそう誤解させるようなこと言うの~!!まるで私のこと好きみたいじゃない!初恋の人が忘れられないんでしょう!?私だって初恋の人が忘れられないし!そんなのお互いに傷の舐めあいみたいじゃない。やだよ!そのくせ「そのご要望にはお応えできません。」ってスマートに言えない自分が嫌になる。もし私がアレクシス様の隣に立てるような立場だったら…ってちらっと考えちゃう自分が嫌だ。
返答がない私にアレクシス様は少し悲しそうな顔をした。
「……クラッツ家の衣装部屋へ行こうか。」
私が徒歩で迷わないようにあえて馬車は使わず徒歩でクラッツ家へ行った。男爵家なんて犬小屋も同然な広大な屋敷だった。門番に私を紹介して私が来たら入れてくれるよう指示を出していた。
広大な庭を横切って、巨大な玄関に入る。姿見大きい…姿見の奥も収納になってるっぽいな。優美なミニテーブルに小さなベルが乗っている。なんだろうあれ…
「アレクシス様、お帰りなさいませ。そちらがフェリシア様ですか?」
玄関から入ってすぐの所で年嵩のメイドさんに挨拶された。
「そうだよ。フェリシア嬢、こちらはマーサ・クルト夫人。侍女長をしているんだ。」
「マーサ・クルトです。お見知りおきを。」
「フェリシア・カロンです。よろしくお願いいたします。」
「美しい方ですね。」
「あ、ありがとうございます。」
ちょっと照れる。
「衣装部屋に案内してくるから、桃の間にお茶淹れてきて貰えるかな?」
「畏まりました。」
アレクシス様がミニテーブルに置かれた小さなベルを手にとって、私に向き直った。
「この屋敷に来たらこのベルを鳴らせば誰か来るから、衣装部屋に案内してもらうといい。今日は僕が案内するけど。」
ドアチャイムみたいなものかな?
アレクシス様について屋敷の中に入ってく。長い廊下を渡って階段を上り、2階の奥の部屋が衣装部屋になっているらしい。
「ここがフェリシア嬢の衣装部屋だよ。」
中に入ると片方の壁一面が鏡張りになっている。天井を何本も通っている銀製の竿に無数のハンガーが掛っている。箪笥も沢山ある。
「フェリシア嬢の使いやすいようにレイアウトしたいんだけど要望はある?」
「特にないです。今のままでも十分使いやすそう。」
「じゃあ、買ってきた服を仕舞おうか。」
私はドレスとワンピースは皺にならないようにハンガーに掛けて、靴下は箪笥に仕舞った。
「こっちの箱は?」
「ジュエリーケースだよ。まだいくらも入ってないけど。」
中を見ると真珠のイヤリングと真珠のネックレスのセット、瑪瑙のカメオブローチなどが入っている。飴色の琥珀のペンダントや、いくつものカラフルな小粒の宝石をつないだロマンチックなネックレスもある。
私は正直に困った顔をした。
「気に入らない?」
「素敵だけど…私ばっかり貢がれてて、何も返せてないから。」
一方的に貢がれるのってなんかやだ。アレクシス様は少し考えるような顔つきになった。
「じゃあ、技術で返してくれる?」
「技術?」
「うちのお母様にレースのストールを編んだりとか、たとえばたまに美味しいものを作りに来てくれるとか。」
「流石に本職のコックさんたちにはかなわないですけど?」
「それでも構わないよ。『フェリシア嬢の手料理』って響きがもう良い。最高。」
「そうですか?なら、そうします。」
とりあえずレースのストールを編もう。
料理は何作ろうかなあ……トンカツとか久しぶりにいいかも。でもそれにはソースを作らなくてはならないよね。作ろうと思ったら厨房貸してもらえるんだろうか。……アレクシス様、喜んでくれるかな?ちらっと見ると目が合った。
「どうかした?」
「えっと…料理したいって言ったら、厨房貸してもらえるんですか?」
「勿論。言ってくれれば、材料も用意するよ。」
「じゃあ、トマトと、玉ねぎと、にんじんと、にんにくと、生姜と、昆布と、干しシイタケと、煮干しと…」
「わあ!待って待って。メモするから。とりあえず桃の間に行こう。お茶飲みながらメモするから。」
桃の間へ行った。なんというか…可愛らしい部屋だった。壁紙は白地に縦に蔓草と桃色の花が絡まり合っている構図。華奢なテーブルに刺繍の施された布張りの椅子。花と兎が透かし彫りにされている木のパーテーション。絨毯もペールブルーに花と蝶が描かれた可愛らしいものだった。カーテンも同じくペールブルーの生地と白のレースの二重カーテン。部屋の角には観葉植物が置かれている。
「可愛い部屋ですね。」
「お母様が嫁入りしてきたときに使っていた部屋らしいよ。年を経て『今の私には少女趣味すぎるから』って部屋を移ったみたい。掃除はされてたけど、ずっと空き部屋で。ほら、お母様が自室にしていた名残でパーテーションの向こうにはベッドとかが置かれてるんだ。」
言われてパーテーションの向こうを覗き見ると豪華且つ乙女チックな天蓋付きのベッドと華奢で優美なチェストと姿見が置かれていた。
「えっと…私の衣装部屋の隣がクラッツ公爵夫人の昔の自室だったって言うことは…」
「フェリシア嬢の衣装部屋は昔のお母様の衣装部屋だったところだよ。狭い?」
私はぶんぶん左右に首を振った。とんでもない。
「なんか恐れ多いです…」
「今はただの空き部屋だから気にしないで。」
私がアレクシス様に促されて椅子に座ると、タイミングを見計らっていたかのようにメイドさんたちがお茶を運んできた。
白地に金の緻密な模様の描かれた、少しアジアンテイストな茶器に紅茶が入れられている。お茶受けはビスケットなようだ。
アレクシス様がメイドさんにメモ帳とペンを取ってこさせている。この世界ではなぜか製紙工業が盛んだ。ご都合主義乙。
紅茶の香りをかぐ。とてもいい香りだ。一口口に含むと豊かな香りが広がる。実に良い茶葉を使っている。私がいつも飲んでる出がらしとは大違いだ。紅茶を美味しく味わっているとメイドさんがメモ帳とペンを持ってきた。
「じゃあ、必要な材料を言って?」
「ええっと…」
必要な材料と分量を説明していく。
「魚醤って何?」
「魚類または他の魚介類を主な原料にした液体状の調味料…かな。市場で探せば売ってます。」
本当は醤油を使いたいけど、今のところ醤油を売ってるの見たことないし、醤油種麹から作るとか普通に無理だから。せめて種麹が既にある状態じゃないと醤油は作れない。
「豚肉はどの部位をどのくらい?」
「それはカツにしようと思ってるのでアレクシス様が食べたい部位を程々の厚みで…いえ、厚みは適当に切るんで、食べたい部位の肉を食べる量だけご用意ください。ロースやヒレが一般的ですね。」
程々の厚みで売ってるわけないよね…日本じゃあるまいし。
「かつ?」
「肉にパン粉で衣をつけて揚げた料理です。」
「ふうん。それにしてもすごく沢山の香辛料を使うんだね。これもカツを作るのに使うの?」
「いえ、それはカツに掛けるウスターソースと言う調味料を作ります。」
「え!?調味料を作るの?」
「はい。手間はかかりますが美味しいことだけは保証します。アレクシス様にああまでお世話になったからには私も本気を出します。」
「…ありがとう。」
「ただ、ウスターソース作りはかなり匂いがきついかも…大丈夫ですか?」
「嫌な匂いなの?」
「そう言うわけではないですが…」
「なら大丈夫だよ。」
にこっと微笑まれた。ううむ。本当に大丈夫だろうか…
「それで…厚かましいお願いしても良いですか?」
「どんな?」
「ウスターソースを作る日はお風呂を貸していただけるとありがたいのですが。家に残り香を持って帰りたくないので。」
「お安い御用だけど…なぜ?」
「ちょっとリリアンと色々あって…私が作った食事の内容も秘密にしていただきたいのですが。」
「良いけど…」
ウスターソースの残り香なんて持って帰ったらリリアンが絶対不審がると思う。そして「あんたもやっぱり転生者じゃない!ヒロインの座は譲らないわよ!キー!」となるのが目に見えている。そんな愚行は犯したくない。
不審に思っているアレクシス様にはそれ以上の事は言わずに、話を終えた。
因みにビスケットも美味しかったです。はい。