第6話
リリアンがルーク様との薔薇の博覧会デートを終えてきた模様。機嫌は上々だ。上手くいったのかな?ルーク様がリリアンに骨抜きにされたらどうしようかなあ…ルーク様は次期騎士団長と目されているし、少しばかり生きにくい社会になりそう。
次にリリアンの元にアレクシス様からワンピースが届いた。私の物とは色違いの臙脂色のワンピースだ。あのワンピースを貰えたのが私だけではないことに少し落胆したけれど、私だけワンピースを貰っていたり、同じワンピースでもリリアンの物が私の物より低品質だとリリアンにいびられかねないので助かったと言えば、助かった。
リリアンは意気揚々とそれを着てデートに出かけて行った。
そして帰ってくるなり私に自慢し始めた。
「私、アレクシス様にこれ、いただいたのよ?」
リリアンが見せてくれたのは黄色い薔薇の造花のブローチだった。
「アクセサリーを貰えるのはあんただけじゃないってことよ。勘違いして舞いあがってたら可哀想だから教えに来てあげたの。」
リリアンは高笑いして去って行った。リリアンが何も言わなかったってことは、リリアンはローズ・オットーを貰ってないってことかな?もし貰ってたとしたら鬼の首を取ったように自慢してきたと思うし。
でもアレクシス様とリリアンがデートしたんだ…そう思うと吃驚するくらい凹んでいる自分がいる。……私、別にアレクシス様と何の関係もないのに…
次に、パトリック様、ヴィクター様、セオドア様と博覧会デートに行ってきたようだけど、結果はおもわしくなかった模様。少し不機嫌な様子だ。
私はローズ・オットーとホホバオイルと蜜蝋で練り香水を作って小壺に詰めた。とてもいい香りで癒される。
***
いつも通り昼休みに攻略対象ズが揃う四阿へ行った。私の指先の荒れはほぼ完治したと言っていい。ふっくら滑らかな指先である。そろそろアレクシス様に軟膏を塗られるのを辞退しても良い頃だろうか。
いつも通りアレクシス様に手招きされる。リリアンの相手はパトリック様とヴィクター様とセオドア様が受け持ったらしい。
アレクシス様は私の指先を丹念に見つめる。
「もう随分手荒れが良くなったね。貴婦人の手と言っても違和感がないよ。」
「そうなんです。」
これでアレクシス様も私なんかの手を揉まずに済みますね!そう言いたいが、うまく言葉が出てこなかった。
「もう、フェリシア嬢の手を手入れするという口実は無くなってしまったけれど、僕はまだフェリシア嬢に触れていたい。これはハンドマッサージ用のクリームなんだけど、これからはこれを塗っても良い?もう少し温かいフェリシア嬢の手に触れさせて?」
うぬぬぬぬ。リリアンの手前状況としては困るけど、気持ちとしては嬉しい…アレクシス様に触れられるのは凄く気持ちが良いから。どうしよう…でも私がここに来なければリリアンが彼らと会って話す時間が大幅に削られるんだよね?受けて良いはず。良いと決めた。
「では、お願いします…」
「任せて?」
クリームはラベンダーのいい香りがして、揉まれてる手もぽかぽかと気持ちいい。たっぷりクリームを塗りこまれてマッサージされる。
「リリアンとデートに行ったんですね。」
口に出してから嫌な感じだと思った。まるで嫉妬しているみたいじゃないか。
「仕方なくね。」
アレクシス様はよく手を揉みほぐしてくれる。時々つぼのようなところを押してくれるが、それがまた気持ちいい。
「みんな不審がってたよ。話してもいないのに自分の悩みを言い当てられて、甘い言葉を掛けられる。詐欺の手口なんじゃないかとか、どこかの間諜ではとか。気持ち悪がってるみたい。」
ううむ…冷静に考えたらそれは普通の感覚だよね。自分の悩みを話してもいない相手から聞かされる。それが自分だけなら偶然かとも思うけども、自分の仲間たちも同じ体験をしてると知ったら、疑うよね。普通。攻略対象ズはいい意味で情報共有が出来ている。
***
放課後、珍しくルーク様と会った。鍛錬していたところらしい。
「フェリシア嬢か。今帰りか?」
「ええ。鍛錬でしたら少し見ていってもかまいませんか?」
「ああ。」
素早い剣筋。淀みなく移動する重心。素人目に見てもルーク様の剣筋は素晴らしかった。
格好いいな…素直にそう思った。
ルーク様は多彩な剣技を披露してからクールダウンした。
「フェリシア嬢には退屈ではなかったか?」
ルーク様は井戸の水をざぶっとかぶってから私の元へやってきた。
「いえ、とても見応えがありました。素人目にも素晴らしい剣技だということがわかりました。」
私はお世辞ではなく本心から称賛したが、ルーク様は皮肉げに笑った。
「一つ下の弟は俺よりできるぜ?生まれが逆だったら大称賛を浴びて騎士団長になったのは弟の方さ。」
これがルーク様のコンプレックスである。
「リリアンは、俺は人柄が良いんだから胸を張ればいいと言った。部下は必ず俺についてくると言った。それを聞いたとき安心した。剣技では弟に一歩及ばないが、人を率いる才の方は俺の方が上だと思ったから。だけれどオレの胸のもやもやはまだ晴れない。時間がたつと燻ってくる。理由がわからない。もどかしい。」
私はヒロインじゃないから、ヒロインの言葉で慰めることなんてできない。私は私の言葉で語りかけるだけ。
「ルーク様は弟さんの事が大好きなんですね?」
「は?」
ルーク様がすごく驚いた顔をしている。
「弟さんが好きだから、コンプレックスを抱いて疎ましく思うことに罪悪感がある。弟さんが好きだから自分の方が優秀だと優越感に浸ることもできない。……そう言うことじゃないんですか?」
「そう…なの…か?」
ルーク様はじっと自分の過去を振り返り、気持ちの整理をしているようだ。
「……そうかもしれない。俺は、弟が、好きだったのか…」
しっくり嵌まったらしい。晴れやかな顔をしている。
「それに一度弟さんときちんと話された方がいいんじゃないですか?騎士団長なんていう重責のある立場になりたがる人って一般的に見れば少数ですよ?」
ルークエンドのゲームでのエピローグで、素晴らしい剣の腕前を持ちながらルークの弟は騎士と言う職業が大嫌いだったと明かされる話がある。スポーツとしての剣技は愛せても、人を殺すことが何より怖かったらしい。盗賊相手でも斬れば気持ち悪くてリバースするような繊細な心の持ち主なのだ。
「おう!きちんと話し合ってみる。アリガトな。フェリシア嬢。」
ルーク様は晴れ晴れとした表情で去って行った。