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第5話

アレクシス様とデートだ。何を着て行こうか実は悩んだ。ゲームでのアレクシス様は妖精のようなロマンチックな格好を好んだけど、そんな服は持っていない。それどころかリリアンたちに取り上げられてまともな外出着を持っていないのだ。

…と思ったら3日前になってワンピースが届いた。濃紺の少し光沢のある素材で作られていて、襟から胸元にかけて丸くクリーム色の生地になっている。袖口も同じクリーム色だ。胸元と袖口についているボタンは真珠で地味に高価である。スカートの内側に内スカートがあってその裾にふんだんな白いレースが取り付けられ、紺地のスカートからちらちら見えている。派手ではないが手の込んだ、綺麗なワンピースである。

当日はそれを着ていくことにした。胸回りが若干キツイが着られない、と言うほどの事でもない。

当日、例のワンピースを着て参上した。


「フェリシア嬢…思っていた以上に綺麗だ。すごく良く似合っている。」

「ありがとうございます。アレクシス様も素敵です。」


アレクシス様のジャケットは明らかに私のワンピースと共布で作られていた。つまりはペアルック。私は密かに頬を赤らめた。アレクシス様は私のワンピースと共布の光沢のある濃紺地のジャケットにクリーム色のシャツを着ていた。グレーのズボンと飴色の皮靴を履いている。すごく似合っていて可愛格好良い。


「ありがとう。馬車に乗ってくれる?」


流石公爵家、馬車もゴージャスだ。シートがふかふか。アレクシス様は私の姿を至近距離でまじまじと見た。


「ワンピース、よく似合っているけど、今度、『アデレイドのお店』で採寸させてほしいな。」


『アデレイドのお店』というのは超高級服飾店である。男爵家なんて見向きもされない超高級服飾店。勿論オーダーメイド。


「なぜですか?」


私が採寸してもらったところで男爵家の、しかも冷遇されている娘がドレスを作ってもらえるとは思えない。


「勿論僕がフェリシア嬢にドレスを贈りたいからだけど?」

「……。」

「きっと、君に似合うドレスを贈るから…」


琥珀色の瞳が愛おしげに細められる。アレクに似たその目で見られると私はどうしてもドキドキしてしまう。声も髪色も全然違うのに。アレクシス様は私の髪をそっと撫でてこめかみに口づけた。


「作ってもらっても着ていく機会がありません。」

「月光祭はどう?パートナーはもう決まっている?」

「いえ…」


月光祭は王宮で開かれる若い層向けのパーティーだ。ダンスあり軽食ありの比較的自由なパーティー。爵位持ちの子弟なら大抵よほどの問題児でなければ出席できる。多くの子弟はそこで将来の伴侶を探す。所謂婚活パーティーである。学校でも婚活は出来るが、学年で一応の区切りがついてしまっているので、学校だと中々縦の付き合いが出来ないのだ。


「良かった。君は凄く美しいし、最近はルークも君にご執心だから先を越されたかと冷や冷やしていたんだ。改めて申し込むよ。フェリシア嬢、月光祭、僕をパートナーに選んでもらえませんか?」


足元がぐらぐらした。確かにアレクシス様の申し出は渡りに船である。今までずっと出席を辞退していたが、ずっと月光祭に参加しないでいると偏屈な問題児であると認識されるのは目に見えている。仮にでもパートナーが出来るならありがたい。でもアレクシス様はリリアンの攻略対象だ。今は私に好意を寄せていてもいずれはリリアンに振り向くことがあるかもしれない。自分が好意を持ってしまってから裏切られるのは怖い。それにアレクシス様はアレクによく似た男の子で、アレクシス様に対する私の好意がアレクシス様に対しての物なのかアレクに対しての物なのかわからない。でも、でも…思考が空回りする。

アレクシス様が私の手を握り、熱っぽい琥珀の瞳を向けてくる。


「フェリシア嬢の月光祭の夜を僕にください。どうか僕の…僕だけの妖精になってください。」


月光祭の正式なパートナーの申し込み方は『一晩僕の妖精になってくれませんか?』である。私は逡巡して頷いた。


「…月光祭の夜はアレクシス様の妖精になりましょう。」


アレクシス様は嬉しそうに笑って私の指先に口づけた。


「今度採寸に行こうね。とびきり素敵なドレスを贈るから。」


ドレスを贈ってもらうのは金銭的に心苦しいが、かといって私が一人でドレスを工面するのは難しい。何しろ高価なのだ。


「ありがとうございます…」


アレクシス様は嬉しそうに私の手に頬ずりした。この人って接触過多だよね。そんなとこもアレクを思い出させて胸がずきずきする。アレクシス様がアレクだったらよかったのに。そんな詮無いことを考えさせられる。


「どうしてそんな悲しそうな顔をするの?」


アレクシス様がまっすぐ私を見つめてくる。


「…少し、過去の傷が膿んでしまって…」

「過去の傷?」

「大切な…男の子がいたんです。その子が少しアレクシス様に似ていて…」

「もしも、もしも…僕がその男の子だったとしたら?」


それは夢のような話だけど、そうだったらそれはそれで…


「…悲しいです。」

「なぜ?」

「私じゃ、アレクシス様に釣り合わないですから。」

「そんなこと言われたら、僕が悲しいよ。」


アレクシス様は少し傷ついた顔をしていた。


「あ…」

「身分とか爵位だとか、そんなどうしようもないことで避けられたら僕が悲しいよ。少なくとも平民でいるよりかは君に近いと思ったのに。僕だって生まれも立場も選べない。……未来全てを捧げて選んだ選択肢が間違いだったなんて思いたくない。」


後半の言葉はよく聞こえなかった。ただアレクシス様を傷つけてしまったことだけが悲しい。


「すみません…あの、私はアレクシス様には釣り合わないと思ってますけど…アレクシス様のこと嫌いじゃないです…もしアレクシス様が私の大切な男の子だったら悲しいけど…今、言葉を交わせていたら、嬉しいです……なんてアレクシス様に言ったってどうにもならないんですけど。」

「そっか…」


アレクシス様がポンポンと私の頭を撫でた。そんな仕草が愛おしくて、もしこの人がアレクだったらよかったのに…と思ってしまった。


「きっとその子もフェリシア嬢にそう言ってもらえて嬉しいと思ってるよ。」

「そうかな?時々想像するんですけど…その子の隣にはもう既に新しいガールフレンドがいて、その子に優しくしたり、尽くしたりしてるのかなあって。もう私の事なんて忘れちゃったのかもなあって…」


アレクシス様は脱力した。


「も…もう少しその子の事信じてあげても良いんじゃない…?」

「だって8歳の時点ですごい女慣れしてたんですよ!絶対あの子はタラシです!」

「……君、僕がその子に似てるって言わなかった?僕の事女タラシだと思ってるのかなあ…?」

「あ、えっと…」


アレクシス様って女タラシかな…?割とそう言う気も…キス魔だし…

アレクシス様は私の顎をくいっと持ち上げて親指で唇をなぞった。


「じゃあ、きちんとタラシテあげないと…ね?」


セクシーな声、細められた情熱的な琥珀の瞳、近付いてくる唇…キスされる!どうしよう!私はぎゅっと目を閉じた。


「……そこで目を閉じたらキスされちゃうよ?」


ばっと目を開けた。


「もう…危ういなあ。僕以外にもこうなの?君の貞操が心配なんだけど。」

「アレクシス様以外にこんなことする人いません!」

「これから沢山出てくるよ。だからきちんと自衛して?」


うぐぬぬぬ…余裕な顔でナデナデするなあああ!!年下なのに!日本で言ったら中坊なのにぃいいいい!!


アレクシス様に転がされてると薔薇博覧会の会場についた。アレクシス様が丁寧にエスコートして馬車から降ろしてくれる。ルーク様とはこういうところが違うなあ…

薔薇の博覧会は今日も混んでいる。

アレクシス様がぎゅっと手を握った。


「はぐれないように。」


にこっと笑う。笑顔が可愛い。私はちょっと頬を赤らめつつ手を握り返した。


「すごいね。この薔薇とこっちの薔薇は見た目はそっくりなのに香りが違う。」

「え?あ、本当だ。」


ルーク様が「どこが違うかわからん」って言っていた品種だ。


「これだけの品種があれば、香りだけでもかなり楽しめるだろうね。」

「ええ。」

「薔薇の香りは好き?」

「とても。」


素敵な香り。見た目も綺麗だけど香りも。2人で香り主体の薔薇を色々嗅ぎ比べした。流石に何十種類もあるとよくわからなくなってしまった。

花の形がとみに美しいものを並べられたコーナーに行く。


「フェリシア嬢はどんな薔薇が好き?」

「ううん……あんな感じの薔薇かな?」


少し悩んで一本の薔薇を指差した。白い薔薇だが、蕾の内側になるにつれほんのりとクリーム色とピンクが混じる美しい薔薇だ。


「フェリシア嬢によく似合うと思うよ。」


アレクシス様が微笑んだ。


「僕にはどんな薔薇が似合うかな?」


少し考えた。アレクシス様のイメージ。くらくらするほど甘くてほんのり毒を含ませたような華麗な薔薇。私は紅色の大輪の薔薇を指差した。


「それはイメージ?それとも花言葉も含めて?」


紅色の薔薇の花言葉は「死ぬほど恋い焦がれています。」だ。私は恥ずかしくなって逃げようとした。けど、繋がれた手をぐいっと引っ張られてアレクシス様の胸の中に囲われてしまう。


「何も言わないなら勝手に期待するけど?」

「……。」


アレクシス様が低く笑った。耳に吐息があたってぞくぞくする。


「フェリシア嬢は可愛いな。」


本当にくらくらしそう…

なんでだろう…ルーク様とのデートと全然違う…。ルーク様とのデートはこんなに死ぬほどドキドキしなかったし、淫靡な雰囲気も漂わなかった。

アレクシス様はリリアンともデートするんだよなあ…リリアンもこんな気持ちを味わうのだろうか。胸に棘を刺された気がした。


「薔薇には綺麗に見えても、棘があるんですよね…」


じっと薔薇を見つめる。白の薔薇も、紅の薔薇も、薔薇は薔薇。薔薇は傷つけあう植物。


「薔薇は繊細なんだよ。他者に傷つけられたくなくて、自身を守るために棘を持つ。僕らが薔薇のように傷つけあったとしても、その本質だけは見失わないで。」


またひとつ胸が高鳴る。こんなの嫌なのに。惹かれるつもりなんてないのに。私はアレクの思い出だけで生きていけるのに。ひっそりと胸の中にアレクシス様が忍び込んでくる。足音も立てずに片足を踏み入れるアレクシス様がいつか大きな存在になっていそうで怖い。

……シリアスなんて私に似合わない。年下だって、ショタだって、中坊だって罵ればいい。そうすれば胸が軽くなるはずだから。

露店で軽く昼食を取った。ホットドックだった。貴族が食べるようなものではないと思うのだけどアレクシス様は戸惑いなく口にしていた。私も久しぶりにホットドックを食べたらあんまりにも懐かしくて、美味しくて、涙が出そうになった。アレクシス様がその様子をあんまりニコニコ眺めるので恥ずかしくなってしまった。

午後からまた薔薇を見る。


「あちらはピンクの薔薇だね。フェリシア嬢の髪に飾るなら白を置いて他にはないけど、コンクシェルで薔薇を彫ったものを連ねたブレスレットなんて素敵じゃない?きっとフェリシア嬢によく似合うよ。今度作らせてみようか?」

「有難いですけれど…」


私に作ってもらったとしても家族に取り上げられてしまうから。


「もしかして君に貢いでも全て取り上げられる?」

「……。」

「今度公爵家にフェリシア嬢のクローゼットを作るよ。必要な時に取りにくればいい。」

「そこまでしてもらうわけには…」

「フェリシア嬢のためにするというよりは僕のためにすることだから…フェリシア嬢が着飾った姿が見たい。出来ることなら僕のために着飾ってほしい。」


どうしてそうやって甘やかすのかなあ…泥沼から抜け出せなくて困るよ。こんなに甘やかされるような立場でも貢がれるような立場でもないのに。それはすべてリリアンの物なのに。

薔薇の博覧会はリリアンにとって大きな意味を持つ。攻略対象の悩みに触れ、癒し、「君こそ僕の薔薇だ」と思わせる機会なのだから。リリアンは多分パトリック様とヴィクター様とセオドア様にも「薔薇の博覧会に一緒に行きましょう!」と誘ってるはずだ。

アレクシス様の悩みは「初恋が忘れられない」だ。今、こうやって私を口説いているアレクシス様だけど、その心には私じゃない誰かが住んでいる。そしてその住処はいずれリリアンの住処になるかもしれない場所。

私用のクローゼットを作るなんて無駄なこと。


「……ご家族によく思われないのでは?」

「それは大丈夫。僕が公爵家に入るときの条件に入ってるから。」

「??」


アレクシス様はご機嫌に私の手を揺すった。ピンクの薔薇も綺麗だった。私もアレクシス様も濃いピンクではなくって淡いピンクの薔薇が好きだった。


「この薔薇は品種改良した人物が愛しい女性の名前をつけた薔薇なんだよ。」

「ロマンチックですね。」

「憧れる?」

「いえ。自分の名前が花につけられて大々的に呼ばれるなんてちょっと怖いです。」


アレクシス様がおかしそうに笑った。


「こっちには白い薔薇に色のついた水を吸わせて花弁に色をつけた薔薇があるよ。」

「わあ、本当。」

「この青なんて見事ではない?」

「ええ、鮮やかな青。でもどうして葉が無いのでしょう?」

「染料を吸わせているから葉も青く染まってしまうんだよ。」

「お詳しいですね…薔薇、お好きなんですか?」

「好きと言えば好きだけど…」


アレクシス様が悪戯っぽく微笑んだ。


「僕が今日の為に必死に予習していたと言ったら君は笑うかな?」

「え…」


デートの予習?このやたらスマートなアレクシス様が??わ、私とのデートを成功させたくて?そうだったらやっぱりちょっと嬉しいけど…本当かな?笑うアレクシス様からは本当なのか冗談なのかさえ読みとれなかった。


「ほら、あっちにも綺麗な薔薇があるよ。」


笑うアレクシス様に手を引かれた。

私たちは日が暮れるまで薔薇の博覧会を楽しんだ。何しろ3千種だ。見ても見ても終わらない。たっぷり薔薇を堪能した。帰りに博覧会の奥まった場所にある薔薇にちなんだグッズが売っている場所に来た。アレクシス様はざっと店内を見て、白い薔薇、大きく広がる花弁は白、蕾に近付くにつれて淡いクリーム色とピンクが混じった薔薇の精巧な造花の髪飾りを購入した。そして私の髪にそっと差す。


「綺麗だよ。」

「あ、ありがとうございます。」


あんまりストレートに褒められて照れてしまう。上等な布で出来た造花らしく、へたらないし手触りも良い。


「支配人。」

「はっ。」


アレクシス様が店の支配人を呼んでいた。支配人が恭しく箱を差し出す。

アレクシス様は箱を私に渡した。


「これ、僕からのプレゼント。」


箱の中には瓶が入っていた。説明を聞くとローズ・オットーのようだ。この瓶一つ満たすのにどれくらいの薔薇を使ったのかちょっと想像も出来ない。恐ろしい…!


「女性の生理不順の改善や月経痛の緩和、ネガティブな感情を解したり、体や精神にとてもいい効果を発揮するようだよ。ほんの少しばかり催淫特性があるようだけど…」


琥珀色の目が悪戯に微笑んだ。催淫特性ですか…でもほんの少しと言っていたし強力な物ではないだろう。

瓶を開けてほんの少しだけ香りをかいでみる。流石エッセンシャルオイルの女王。甘くて優美な香りがする。


「美肌効果も高いらしいよ。」


こんな高級なもの毎日肌につけるなんて出来ない。とっておきの時だけ使おう…


「気に入った?」

「すごく素敵ですけど…本当に私が貰ってしまっても良いのですか?」

「勿論。フェリシア嬢に使ってほしくてわざわざ用意させたんだよ?」

「ありがとうございます…」


私…大事にされてるなあ…

私も代わりに店内でこれ!と思った銀の薔薇のラペルピンをプレゼントした。薔薇の花が精巧なのはもちろん蔦が絡んでいるような緻密な細工で気に入ったのだ。お値段もぎりぎり買えたし。


「これ、私からです。」

「ありがとう。大切にするよ。」


帰りはまた馬車に乗って帰った。


「今度『アデレイドの店』へ行こう?リリアン嬢とルークには内緒でね。いつが空いてる?」

「えっと…」


私はアレクシス様に空いている日を告げ、二人で出掛ける約束をした。


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