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第2話

新しい生活でまず私がしたことは改名だった。私はフェリシア・カロンになった。フェリシアはご夫人、エレクトラ様が自分の娘につけようと思っていた名前だ。

エレクトラ様…お母様はご機嫌で私の事を「可愛いシア」と呼ぶ。茶褐色の髪に暗緑色の瞳の地味なご夫人だが、私の事はすごく可愛がってくれる。子供が出来なかったことからもわかるようにお母様はあまり体が丈夫ではない。恐らく長生きはしないだろうと思われる。となると私の保護者になるのはジョナサン様、つまりお父様だが、私はこの男があまり好きではない。何か小狡い目をしている。スラムにいた小悪党と同じ目だ。小心者で、大きな犯罪は犯さないが、小さな犯罪は平気で犯す。自分の利益が最優先の男である。お母様を娶ったのだってお母様が元伯爵令嬢で豊富な資金援助を受けられたからだと思う。

私はカロン男爵令嬢として厳しく躾けられた。勉学の方は問題なかったがマナーとダンスは、それはもう辛かった。マナーはまだいい。運動神経のよろしくない私はダンスがものすごい苦手で、ダンスの教師には怒られっぱなしだった。人よりほんの少し劣るくらいかな?と言うダンスの腕前にはなったがそれ以上は望めなかった。ただ姿形がいいのでなんだか上手に見えるという有難い効果はあった。

お母様に連れられてドレスを買いに、宝飾品を買いに、お茶会に、と連れまわされた。お茶会は辛かった。お茶会に連れてこられる子供はどいつもこいつも小生意気なくそガキなのだ。


「お母様が仰ってたわ。あなたは『下賎の血』なんですってね。」

「僕もお母様に仲良くしちゃだめって言われたよ!」


と言われる。好きで貴族になったわけでもないのにどうしてここまで言われなくてはならないのか。

12歳からは貴族の入る学校、エレミヤ学園へも行った。私は成績は人並み。家は零細男爵家。しかも養子。優しくされるはずもない。中には美貌につられて声を掛けてくる貴族もいたが色めいた視線が苦手で避けている。私は12歳になったあたりから胸が膨らみ始め、ぐっと女性らしい体つきになったのだ。色事に気軽に誘えそうな相手として一部の男性に人気が出た。勿論お断りしているが、淫らな女性として根も葉もない噂が流れている。

それでもお母様は優しくしてくれた。


「可愛いシア。大丈夫よ。私はあなたの味方よ。」


そんなお母様も私を引き取ってから6年で亡くなった。

お母様が亡くなって喪もあけぬうちからお父様は家に新しい女をひっぱりこんだ。お父様の愛人だった女性のようだ。アナベラと言う名で、見事な金髪に豊満な体つきをしている。後から知ったことだがお父様は大変な金髪フェチらしい。アナベラの連れ子は私と同い年の16歳。お父様の正真正銘の娘だそうだ。リリアンと言う名で、金髪で大変可愛らしい顔をしているが、サファイアブルーの目を小狡く歪めるところなどお父様そっくりだ。お父様の娘なわけだから正真正銘男爵家の血を引いている。つまり男爵家の跡取りはリリアンと言うことになる。私はアナベラとリリアンに迫害された。持っていたものはほとんど取り上げられた。アレクに貰ったシェルのペンダントだけは死守したけど。あれは元々値打ちものではないし、凝った装飾を施されているわけでもないからリリアンたちも欲しがらなかったようだ。

ところで前世オタクだった私にはリリアン・カロンと言う名の少女を見た記憶がある。『君は僕の薔薇』という乙女ゲームの主人公がリリアン・カロンだった気がする。男爵家の庶子で庶民育ちのリリアンは16歳の頃、母に連れられ実父のもとで暮らすことになる。しかしそこには我儘なフェリシアと言う姉がいた。フェリシアは意地悪で高飛車で、美人なことを鼻にかけている高慢ちきで、それはもう酷くリリアンを苛めるのだ。しかしリリアンがエレミヤ学園へ入学すると全てが変わる。この国の第3王子をはじめとするエレミヤの貴公子たちがリリアンに夢中になるのだ。そしてリリアンは最も好感度の高かった貴公子の所へ嫁入りする。フェリシアはリリアンを苛めていたことが露見して修道院に入れられる。カロン家に跡取りがいなくなってしまうが、リリアンを娶った家の次男、もしくは縁者が代わりに養子に入るという筋書きだ。

しかもリリアンを娶る貴公子は高位貴族なので次男や縁者は当然高位貴族の子弟。とんでもない持参金が転がってくる。その上第3王子を伴侶にした場合第3王子が婿入りしてくるが、男爵家と言うのは家格が低すぎるとされ、伯爵家に陞爵されるのだ。もうお父様は笑いが止まらないだろう。実際はリリアンじゃなくてフェリシアが苛められてるわけだが、そのへんどうするんだろう?

かくしてリリアンはエレミヤ学園へ乗り込んできた。



***

リリアンは学校では粗末なドレスを着ている。


「私の物はすべてフェリシアお姉様に取り上げられてしまって…」


と言うようなことを中庭で話している。声を潜めるつもりがあるのかないのか知らないが、すごく大きな声でしゃべる。


「お姉様が服を洗えというから夜中に洗濯しなくちゃならなくて…」


それは私がリリアンに強要されていることだ。


「可哀想に、リリアン。酷い生活を送っているのね。」


カンカネル男爵令嬢が同情したように言う。

「は。」と鼻で笑う声がした。


「リリアン嬢の物を全て取り上げているにしてはフェリシア嬢はまったく着飾っていないようだけど、カロン男爵家ってそんなに貧しいの?それにしょっちゅう洗濯している女の子がそんなにきれいな手をしてる?みんなリリアン嬢とフェリシア嬢の手を見比べてみたらどう?」


私の手は荒れてしまってガサガサである。

発言したのはクラッツ公爵家のアレクシス・クラッツ様。私はこの方を見るといつもアレクの事を思い出してしまって辛い。琥珀色の目がアレクそっくりなのだ。名前もアレクと入っているし、年も2歳年下で、面立ちもちょっと似ている。でもアレクと違って金髪ではなく暗褐色の髪をしていて、アレクよりずっと低い色っぽい声をしている。なんでもコンラッド・クラッツ様の実姉のレオノーラ様の御子息らしい。コンラッド様は実子がいないので養子に取ったのだとか。アレクシス様はリリアンの攻略対象だ。素直な弟系のタイプのキャラなのにスチルは色っぽいのが多くて「弟みたいに思っていた彼がこんなに色っぽくてドキドキ!」みたいなギャップを楽しむキャラである。

話を聞いていた人々は私の手とリリアンの手を見比べて気まずそうに言葉を濁した。明らかに私の手は洗濯をさせられている手だ。


「フェリシア嬢、これ、受け取ってもらえませんか?」


アレクシス様が私に小さな壺を渡してきた。


「これは…?」

「手荒れに効く軟膏です。ずっと渡したいと思っていたのですが機会がなくて…」


少し照れたように言う。


「ありがとうございます。気にかけていただけて、すごく嬉しいです。」


「ずっと渡したいと思っていた」ということはずっと私の事を気にかけて見ていてくれたということだろう。あんまり嬉しくてにこっと微笑むと周りが息を飲んだ。



***

軟膏は家に帰って早速リリアンに取り上げられた。


「あんたごときがアレクシス様から物を貰うなんて生意気なのよ!彼は私の物なんだから!アレクシス様もパトリック様もルーク様もセオドア様もヴィクター様もみぃんな私の物よ!」


私はリリアンも転生者なんだな、と納得した。リリアンがあげた名前はいずれも攻略対象だからだ。弟系の公爵子息アレクシス様。正統派王子様の第3王子パトリック様。逞しい騎士団長子息のルーク様。インテリ系の宰相子息のセオドア様。オレ様系の隣国王子のヴィクター様。

アレクシス様に貰った軟膏を取り上げられてしまったのは悲しかったけれど、まだ仕方のないことなのだと自分を納得させられた。私には…アレクがくれたシェルのペンダントがあればそれでいい。宝物は一つで十分。大切にしているところを見られたら絶対に取り上げられるから幸福そうに見つめることすら許されないけど、確かに存在する。それだけで十分幸せなのだ。

別に悲劇のヒロイン気取っているわけではない。前世でだって彼氏なんていなかったし、今更伴侶が出来ないことぐらいでぐだぐだ言うつもりもない。乙女ゲームのストーリー通り進んで修道院に入れられたってカロン家から離れられるなら最高だ。

辛いのはこのままカロン家に飼いならされて政略結婚の駒にさせられることかなあ。金持ちのスケベなおっさんとかに嫁がされそうじゃない?アナベラとリリアンなら絶対やると思う。まああの転生神の応接間で来世は奴隷になることすら覚悟したんだからそれに比べればましなんじゃないかなあ。

なんだか無性に小説書きたくなってきた。…久しぶりに書いてみようかな…



***

翌日エレミヤ学園へ行くとアレクシス様に声を掛けられた。


「やあ、フェリシア嬢。昨日あげた軟膏はリリアン嬢に取り上げられた?」


私は思わず狼狽してしまった。折角アレクシス様が下さったものを妹に奪われたなんて知られたくなかった。アレクシス様は最初からそんなこと予想済みとばかりに笑った。


「ふふっ。だと思ったよ。もう一つあげる。それも取り上げられるかもしれないから僕が毎日塗ってあげるよ。さあ、手を出して。」


そんなこと言われたって…私よりうんと爵位が上のアレクシス様に手に軟膏を塗らせるなんてちょっと不敬がすぎない?周りもザワザワざわめいている。

私が戸惑っているとアレクシス様が悲しそうな顔をした。


「僕に手を触れられるのは嫌?」

「い、いえ!」


慌てて両手を出した。アレクシス様は窓際のちょっと出っ張ってる所に壺を置いて中の軟膏を手に取ると丹念に私の指に塗り始めた。ちょっとこそばい。


「綺麗な爪だね。桜貝みたい。」


私は手荒れこそしているけど指や爪の形はとても優美で美しい。ほっそりしてるし。


「あ、ありがとうございます…」


恥ずかしい。こういう風に丁寧に扱われるのはやっぱり嬉しいんだけど…アレクシス様の目はやっぱりアレクに良く似ている。綺麗な琥珀色。顔立ちはすごく整っていて、目元はくっきりと、真っ直ぐな鼻筋に形の良い唇が絶妙に配置されている。14歳という年齢もあってか少し幼さが残る甘い顔立ちだ。体つきは細いながらも豹のようにしなやかである。


「よお、アレク、何やってるんだ?」


声を掛けてきたのは燃えるような赤毛に青灰色の瞳の美青年である。18歳。ルーク・レイヴェル様。騎士団長子息である。因みに騎士団長の爵位は伯爵。ルーク様はかなり凛々しい方で、顔立ちはまだ若さがあるものの物凄く逞しい体つきをされていらっしゃる。腹筋とかすごいんだろうな。ちょっと見てみたい…なんておはしたない!!


「フェリシア嬢の手に軟膏塗ってる。」


アレクシス様が端的に答えた。アレクシス様は指先に軟膏を塗るどころかハンドマッサージまで始めている。何してるし。


「フェリシア嬢?」


ルーク様と目が合う。困ったように愛想笑いするとルーク様が頬を赤らめた。


「可憐だ…」


え?

空耳かと思った。


「フェリシア嬢はどこの家の?」


ルーク様が熱っぽい目で聞いてくる。


「カロン家の血の繋がってない養子で、生まれは庶民の孤児院です。」


こういうことは初めのうちにきちんと言っておかないと。私と婚約とかしてみて後々になって「男爵家の血を引いてないなんて詐欺だ!」とか言われても困るのである。


「そうなのですか。血がつながってなくて良かったですね。」

「え?」

「カロン男爵は良い噂を聞かないし。」

「ルーク。血は繋がってなくとも公的には男爵の子なんだぞ。口を慎め。」


アレクシス様に言われてルーク様は口を噤んだ。代わりに別の事を聞いてきた。


「ご趣味は?」


小説を書くことです!とは言えない。


「レース編みや、刺繍です。」


趣味と言うより特技だけど。


「素敵ですね!俺も刺繍を入れてもらったハンカチなんて持ってみたいです。」

「はあ…」

「一つ作ってみてくれませんか?」


にこやかに問いかけてきた。


「ルーク、厚かましいぞ。」

「ははーん。アレク、嫉妬だな?」


アレクシス様はむっとした顔でルーク様を睨んでいる。


「フェリシア嬢。軟膏は塗り終わりました。明日も塗りますのでお会いできますでしょうか?」

「多分…」


明日の予定を考えているとチャリっとアレクがくれたペンダントがずり落ちた。アレクシス様が拾ってくれようとしたが、触れられたくなくて私は慌ててそれを拾う。


「…それ、何か大切な物?」

「…はい。私の一番大切なものなんです。」


アレクの事を語るのはちょっと恥ずかしくてはにかんだ。


「ふうん…」


私は明日の昼休みアレクシス様と中庭で待ち合わせした。



***

「な・ん・で・あんたが私を差し置いてアレクシス様に手に軟膏なんて塗られてるのよ!?」


鬼女現る。リリアンです。般若のような顔で問い詰められた。なんでと言われても私にもわからない。


「しかも毎日塗るですってええええ!!!明日、私も待ち合わせ場所に連れて行きなさい。」

「ええ!?」

「私もアレクシス様にお会いするのよ!」


アレクシス様に迷惑がかかりそうで気が引けるなあ…でもリリアンは絶対についてくるだろうなあ…同じクラスだから逃げられないし。



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