第18話
リリアンがやらかした。
夜会でカチュア様がマリエル様とお話ししていたら突撃して、カチュア様の持っていたグラスの中身をわざわざ被り、「カチュア様に飲み物をかけられた!」と泣き喚いてみたり、わざわざ授業を病欠してるな…と思ったら「カチュア様に持ち物を破損された!!」とびりびりに引き裂かれた教科書やノートを持って教師に直訴したりしていた。
前者の件ではマリエル様が「カチュア様とわたくしがお話ししていたらそちらの令嬢が突然ぶつかってきたのですわ。」と抗議され、後者の件では移動教室中たまたま忘れ物をした別クラスの生徒が忘れ物を取りに戻る際目撃していて「そちらの令嬢が教科書やノートをびりびりに破いてる姿を見ましたわ。まさかご自分のものとは思いませんでしたけど。」と証言されてしまった。その上カチュア様はばっちりマナーの授業を受けていて、「これぞ真の令嬢。皆も良く見習うように。」と教師に評されていたのだから鉄壁のアリバイがある。
カチュア様は「世の中には困った令嬢がいるのね。」と眉を顰めていたが、それで収まらないのがパトリック様だ。愛するカチュア様が非常識な手段で貶められてると知って、大激怒した。カロン家に猛抗議した。「王子妃を貶めるとか、君たちの教育どうなってんの?」と。ジョナサン様は顔面蒼白。「む、娘にも何か事情が…あれは、根は優しい良い子で…」としきりにリリアンを庇っているが、パトリック様がそんなのに耳を傾けるはずがない。パトリック様はジョナサン様の行っていた経理の不正をどさっとひっぱり出してきて王に献上した。王は楽しげにジョナサン様を貴族籍から削った。当然リリアンが学校にいられるはずもなく退学。
「あんたのせいよ!」とカチュア様に掴みかかろうとしてパトリック様にぶん殴られてた。貴族だったとしてもたかが男爵家の令嬢が公爵家の令嬢に掴みかかるなんて問題があるのに、もう貴族でも何でもない平民のリリアンが公爵家のご令嬢に掴みかかろうとするなんて命知らずすぎる。即座に衛兵に引きずられて行った。その間ずっと自主規制用語で罵り声をあげていたが。キミバラではバッドエンドでも「男爵子息と結婚し平和に暮らしました。」みたいな記述だったのに…さすがリリアン(悪い意味で)スケールが違う。
パトリック様は人間を殴るのは初めてらしく手が腫れてしまい、カチュア様に物凄く心配されていた。
***
そして本日、私とアレクの婚約披露宴である。
マダム・アデレイドが用意してくれたのは滑らかなシャンパンゴールドのマーメイドラインで、でも布が広がり始めるのが通常のマーメイドラインより早く、腿の付け根のあたりから布がくしゅくしゅっと広がってゆく優美なドレスだ。ワインレッドの髪は鏝で巻かれ右側に寄せられ上手い具合にくくられている。その髪の括ったところに白い滑らかで光沢のある布で作られた薔薇の造花が飾られている。飾りは蜘蛛の巣のように広がるダイヤのネックレス。でも巣の先端にはコロンとティア型の琥珀が飾られている。イヤリングも揺れるダイヤだ。先端には琥珀。アレクの色。
ふわっと粉をはたいてベージュのシャドーで瞼に陰影をつけ、リップバームをつけた私は我ながら愛らしかった。容姿6なだけはあるな。女神様、ありがとう。
「綺麗よ、ユリアちゃん!」
お母様が褒めてくださる。
「素敵よ、ユリアちゃん!これでアレクもまたメロメロだわ!」
クラリッサ様も褒めてくださる。
「ありがとうございます。でも実際アレクを見たら私の方がメロメロになっちゃうかも…。」
畏まった衣装のアレクはそれはもう素敵なのだもの。中坊だけど…中坊なのに…ああ、やっぱり私ってショタなのかな?でもアレク以外にはときめかないし…年取っても好きだと思うし…ううん…女神様に意見をうかがってみたい気はするけど、お迎えはもっとずっと後で良い。私はこれからアレクと幸せに暮らすのだもの。
こんこんとノックをされた。
「はい?」
「アレクだよ。ユリア、準備は出来た?」
「ええ。」
「入ってもいい?」
「どうぞ。」
アレクが入ってきた。ぼうっとアレクに見惚れる。アレクはシャンパンゴールドのタキシード姿だった。茶色のシャツに銀のネクタイを締めている。タイピンはエメラルドだった。私の瞳の色。シャンパンゴールドのタキシードは甘めのアレクの顔立ちにすごくよく似合った。アレクもぼんやりと私を見つめている。
「アレク、ユリアちゃん、互いに見惚れ合うのも良いけど、私の事も思い出して。」
クラリッサ様に注意を促された。お互いはっと我に返る。
「……お母様、なんで学生結婚ってできないんだろう?」
「あら、陛下がお認めになればできるわよ?学生結婚。」
「ユリア、今すぐ結婚しよう。陛下来てたはずだし。」
アレクがぎゅっと私の手を握った。そのまま連れだそうとするところをクラリッサ様にはたかれた。
「落ち着きなさい。あと4年の我慢でしょ。」
「今すぐ孕ませたい。」
ちょ…!何言ってんの!!私は真っ赤になってアレクから離れた。
「アレク~…そんながっついてるとユリアちゃんに嫌われるわよ?」
アレクは俯く私をそっと覗きこんだ。
「愛してるよ、ユリア。」
きゅ、急にそんな直球で…!耳朶まで熱くなってる気がする。
「あ…愛してます、アレク…」
アレクが私の左手をとって薬指に指輪を嵌めてくれた。ダイヤの婚約指輪。
「キスしていい?」
「化粧が崩れるから駄目。」
「じゃあ、後で。」
こくりと頷く。
「ほんと嫌になるくらい熱々ね。」
「仲が良くて良かったわ。」
クラリッサ様とお母様が笑っている。どうしよう、幸せだ。
「では、可愛い未来のお嫁さんをみんなに紹介しに行くか……ユリア、公爵家ってやっぱり覚えて行かなきゃいけない事もそれなりにあるけど、どうか僕についてきて欲しい。」
アレクが笑顔で手を差し出す。
私も笑ってその手を取った。誰もリリアンを選ばず、キミバラ的には不正解かもしれないけれど、私たち幸せです。
***
後世にてユリア・アスターの書いた『私が薔薇になれたなら』は、物語とも、本人の手記とも言われている。