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第14話

アレクシス様を避け、ルーク様を振り、心が沈みこんでいる。もし私が孤児院出の針仕事をしつつ細々と生活する一般市民で、隣に騎士を目指すアレクがいてくれたら。それだけで良かったのに。たった一つ私の手の中からこぼれてしまった幸福を今も未練がましく求めている。もう無くしてしまったものだから、諦めなくてはならないのに。


「フェリシア嬢。少し話したいことがあるんだ。次の休みに家まで来てくれ。」


アレクシス様に声を掛けられた。


「あの、私…」


お断りしようとしたら「是非来てほしい。」と重ねて言われた。いつになく強引だ。私は仕方なく頷いた。とても気まずい。



***

休みの日、クラッツ家へ行った。桃の間へ通された。そこには無表情のアレクシス様が立っていた。アレクシス様はお茶も入れずにすぐに使用人さんを下げてしまった。アレクシス様を見る。なんだか随分憔悴されているように思う。私のせいだったりするんだろうか…胸が痛んだ。


「フェリシア嬢はここ最近ずっと僕の事を避けているね。」


いきなり本題に入った。そりゃああそこまで露骨に避けられたら気付くよね。


「観劇の日の事…フェリシア嬢が忘れろというなら忘れたふりはするよ。でも……そんなに嫌だった…?忘れたいほど?」


アレクシス様は無表情に聞いてきた。正直酷い醜態だから忘れたい気持ちはある。でも嫌だったかと言われれば……嫌ではなかった。アレクシス様とのキスはふわふわ幸せで、何度もキスされたけど、気持ち良かったとは思っても嫌だったとは思わない。


「いえ…」

「ならどうして避けるの?」


キスを忘れてくれと言った時アレクシス様が傷ついた顔をされたから。アレクシス様が傷つくと思わなかったから…あそこで傷つくって言うことは、私に避けられてこんなに憔悴するって言うことは、やっぱり私のこと好きなのかな……


「……。」

「僕の事が嫌になった?嫌いになった?言葉を交わしたくないほど?顔も見たくないほど?僕が怖い?気持ち悪い?」


アレクシス様は依然無表情だったがその言葉の端々から隠しきれない激情が漏れている。


「その…」


私は口を開いた。


「…キスを忘れてほしいとお願いした時、アレクシス様が傷ついた顔をされたから……もしかして、もしかしてなんですけど…アレクシス様が…私を慕っているのかもしれないと思ってしまって…」

「……それが答えなの?僕がフェリシア嬢を慕っていたら『僕を避ける』のがフェリシア嬢の答えなの?」


アレクシス様は酷く傷ついた顔をした。


「僕がもし、フェリシア嬢を好きだと言ったら、ずっと好意を寄せていたと言ったら、心も体も欲してやまないと言ったら、…君は怯えて逃げるんだね。」


アレクシス様の顔は絶望に縁どられていた。


「怯えていたわけではないです…ただ、どうしていいかわからなくて、自分の気持ちに整理がつけられなくて、顔を合わせ辛くなってしまっただけです。アレクシス様に怯えたわけでも、ましてや嫌いになったわけでもありません。」


ただ、その想いには応えられないと、でもその実応えたくて仕方なくて、自分の心に整理がつけられなかっただけだ。私が好きなのはアレク。でもアレクシス様に惹かれてる自分もいて…でもそのアレクシス様に惹かれてる根本にあるのはやっぱりアレクシス様がアレクに似ているせいなのだと堂々巡りで。


「……。」


アレクシス様はじっと私を見つめる。そして一歩私に近づいた。


「僕が君を好きだと言ったらどうする?」


じりじりと私を壁際に追い詰めていった。アレクと同じ琥珀色の瞳の中にどろどろと熱が底光りしている。


「…好きだとしたら?気が狂いそうなくらい。焦がれて焦がれて死んじゃいそうなくらい好きだと言ったら。」


ドンと壁際に私を追い詰めて手をついた。無表情なアレクシス様の目は雄弁で、情熱的で、一途に私の愛を乞うている。火傷しそうなくらいの熱を秘めている。


「どうする?」


顔がくっつきそうな距離にある。逃げることが出来ない。私はその質問に対する答えを出せなくてずっと避け続けていたのだ。

私はアレクシス様に惹かれている。でも私がアレクシス様に惹かれているのは、アレクシス様がアレクに似ているから。

……本当にそう?

確かに琥珀色の目はそっくりで、顔立ちも似ている。可愛い顔でちょっとドキッとするようなことをしてくる行動パターンもそっくりだ。

でもアレクはこんな熱い目で私を見ただろうか。熱が燻って焦げ付いているのに温度だけは全然下がらない。私に焦がれて焦がれて死んじゃいそうな瞳。アレクは私が好きだった。でもその気持ちはまだ淡くてこんなにどろどろしていなかったように思う。

ぞくっと肌が粟立つ。

なんて目で私を見るんだろう。私にだけ飢えて、私の愛を渇望する瞳。そんな目で見られたら……悦んでしまう。そう、私はアレクシス様に惹かれているのはアレクに似ているせい、と心をセーブしているくせに、求められると悦んでしまうのだ。私はアレクシス様の事を…

チャリッ…

私の首からホワイトシェルのペンダントが滑り落ちた。

アレク…視線がペンダントを追う。私は逡巡した。アレクシス様に何か言葉を返すべきか、ペンダントを拾うべきか。


「…拾わないの?」


アレクシス様が問うてきた。はっとした。ここが岐路だ。

私は選ばなくてはならない。アレクか、アレクシス様かを。記憶の中の優しい男の子。幸せな思い出。アレクを忘れる?…ズキッと胸が痛む。忘れたくない。やっぱりまだ好きだ。アレクシス様を捨てる?…ズキッと胸が痛む。この人がくれたぬくもりが、幸せが、いかに大きなものだったか自覚してしまう。やっぱり好きだ。アレクは「もう、僕の事は忘れて」と言った。私は、アレクシス様を選んでいいの?

でも、と心にセーブがかかる。クラッツ家は公爵家だ。アレクシス様なんて身分違いも良いところじゃない。好きになったとしても結ばれることなんて…

…でも、「身分とか爵位だとか、そんなどうしようもないことで避けられたら僕が悲しいよ。」とアレクシス様は言っていた。

いいの?本当に言っていいの…?

激しい緊張に体が強張る。

私が迷って何も言わないでいるうちにアレクシス様の瞳に灯った熱は萎んでいった。深くため息をついて離れていった。


「ごめん、怖がらせるつもりは…」

「わた、私はっ…」


突き動かされるように言った。


「私は、アレクシス様が、好き、です…!」


言った途端へなへなと腰が抜けた。


「おっと。」


へたり込みそうになる私をアレクシス様が支えた。


「その言葉、取り消せないけど、いい?」


至近距離にアレクシス様の顔がある。こくりと頷くとキスされた。


「好きだよ。昔も今もずっとずっと。」


キスの合間に謎の呪文が聞こえてくる。私の意識はとろりと溶けた。



***

次に起きた時、私は桃の間のベッドで眠っていた。…と書くとなんかいかがわしいことがあったような描写だが、別にそんなことはなかった。激しい緊張から弛緩した私は気持ちよーく気絶していたのだ。もう日はとっぷり暮れていて夜だ。アレクのペンダントは目を覚ましたとき手の中にあった。アレクシス様が拾っておいてくれたのだろう。

どうしよう。遂にアレクシス様に告白してしまった。もうリリアンに責められても「無実ですから」なんて白々しい顔は出来ない。でも好きなんだもん。クラッツ公爵家かあ…将来は妾だろうか。これから先、正妻が出来たとしても、ちゃんと私の事も愛してほしい。


「起きた?」


アレクシス様が入ってきた。


「あ、はい…」


アレクシス様は私の隣に腰掛けた。


「まさか、告白後の良い雰囲気でキスしてる最中に気絶されるとは思わなかった…」

「す、すいません!」


ムードもへったくれもないよね!


「悪いと思ってる?」

「勿論です!!」

「じゃあ、続き…シテ良い…?」


妖艶に微笑むアレクシス様にベッドに押し倒された。キスの続きということはキス以上の事でしょうかっ!


「ちょ、ちょっとまだ心の準備が…!」


抵抗しようとした手を片手で頭上に縫い留められる。ぬるっとぬめる舌で耳殻をなぞられた。


「ぁ…ゃ…!」


ぞくぞくっと快楽が背筋を這い上る。ちゅっちゅっと耳朶、耳の後ろ。首筋にキスされる。アレクシス様の方手がシャツのボタンをはずし、前を広げていく。


「ちょっと…これは堪らないなあ…」


まるっと下着姿を露出させられてしまった。アレクシス様はその姿をじっくり眺めている。ぺろりと胸の肉を舐められた。


「あれくしすさま…やだ…」


羞恥に震える。胸の上をきつく吸い上げて痕をつけられた。


「ん…!」


恥ずかしいし、怖い。目に涙をためてぷるぷるしてると瞼にキスされた。


「まだこれ以上はしないよ。」


手も放してくれた。ほっとした。


「準備できてないし。」


準備って何の?急に不安になった。ソフトに胸に触られつつちゅっちゅっとキスをされた。うう…恥ずかしいけどちょっと嬉しかったりするところが嫌だ。

離れてもらってちょっと衣服を整えた。


「夕食食べてくよね?」

「はい…。」


アレクシス様に連れられて食卓につくとクラリッサ様が驚いた顔をした。


「まあ、フェリシアちゃん!アレクに抱かれなかったの?」


私は今すごく珍妙な顔をしていると思う。


「てっきり念願叶ったアレクが野獣のように襲いかかって、フェリシアちゃんはベッドに監禁されてると思ったのに。」

「心は手に入ったしね。身体の方は焦らないよ。男爵令嬢が妊娠で途中退学なんて外聞が悪いし。」

「そうねえ。しばらくはするときは豚の腸を使うのよ?妊娠させるのは結婚の後になさい。」


衝撃的な単語が相次いで軽く意識が遠のきかける。


「勿論。マタニティじゃない方のウェディングドレス姿が見たいしね。」


え?ウェディングドレス姿?


「…なんで意外そうな顔するのかな?」


アレクシス様に問い詰められた。


「その…私は、妾になるのでは…?男爵家だし…」


クラリッサ様が微妙な顔をしている。


「…アレク、少し押しが足りなかったんじゃない?」

「暖簾に腕押しって言うか、手応えがなさすぎる…フェリシア嬢。僕はフェリシア嬢以外の女性とは結婚するつもりはないし、それは両親も了承の上だよ。…僕と結婚するのは嫌?」


ぶんぶん首を横に振った。結婚できるの?私がアレクシス様のお嫁さんになれるの?そんなことがあっていいの?降ってわいた幸運に私の心が浮き立つ。ぱあっと花が咲いたような気持ちになる。


「…やっぱかわいい…」


アレクシス様が私の頬に口づけた。


「もう一生放してやんないから。」


望むところだ!

コンラッド様もやってきて4人で夕食。


「フェリシアちゃん、フェリシアちゃんがくれたレースのストールすごく評判がいいのよ?して行ったら他のご夫人方に羨ましがられちゃって。『私もそんなのが編める娘が欲しかった!』って。フェリシアちゃんが未来の娘で、私は鼻が高いわ。」

「ああ、あれは見事な物だったな。本職の職人にはるかに勝る出来だった。」


クラリッサ様とコンラッド様が褒めてくれる。


「あ、ありがとうございます…」


恐縮です。でも喜んでもらえて嬉しい。今度は違う構図で編んでみようかな?



***

休み明けはもういちゃいちゃの熱々。隙あらば接触してくるアレクシス様といちゃいちゃ。それをリリアンが怒りに染まった顔で、ルーク様が死んだような目で見てくる。だけども私ももう自重するつもりはない。らぶらぶですとも。

リリアンは激怒。家に帰るのすら待てなかったのか5限が終わった後の休み時間、廊下の隅に追いやられた。廊下の壁際に私を突き飛ばす。


「この○○○○○!」


おお、ついに学校でも自主規制用語が…。


「どういうつもりよ!あれほどアレクシス様に近づかないでって言ったでしょう!?ルーク様のみならずアレクシス様までなんて!このあばずれ!尻軽!どうせそのいやらしい体で籠絡したんでしょう!恥知らずの泥棒猫!」


どうも今までの傾向を振り返るとリリアン内ランキングではパトリック様>ヴィクター様>アレクシス様>セオドア様>ルーク様なようなのだ。自分内ランキング三位の超優良物件が悪役令嬢ごときにまんまと奪われて怒髪天を衝いているようだ。


「アレクシス様に触らないで頂戴!あれは私の物なのよ!あんたが手を触れて良いものじゃないの!」

「って言ってますが?」


リリアンの背後に問いかける。


「僕はいつリリアン嬢の物になったのかな?」


リリアンがばっと振り返る。そこにはアレクシス様がいる。アレクシス様は廊下の隅に私が追いやられるのを見てものすごい速さで音も立てずに移動してきたのだ。正直尋常じゃないスピードに吃驚した。


「あ、あの、これは違うんです…お姉様が身の程知らずなことしてるから注意していただけで…」

「僕の事を『あれは私の物なのよ!』と言っていたように思うけれど?」


アレクシス様は良い笑顔である。


「えっと…それは…その…私の物だったらいいなあ…って…」

「残念だけど…」


アレクシス様がリリアンをどけて私の手を取る。


「僕はフェリシア嬢の物なんだ。」


呆気にとられたリリアンの顔は見ものだった。

家に帰ってぶたれたけど。


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