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第11話

「ルーク様!私、ハンカチにルーク様のイニシャルを刺繍いたしました!貰ってください!」


リリアンがルーク様に刺繍の入ったハンカチを渡した。そう言えばルーク様は刺繍のハンカチを欲しがってたっけね。因みに刺繍はリリアンが施したものでなく家にいる刺繍の上手な使用人の施したものである。リリアンは刺繍などしないので。リリアンの趣味はズバリ浪費だ。宝飾品を作らせてみたり、ドレスを作らせてみたり、そういうのが趣味だ。もう「フェリシアに苛められている妹」の演技は無理だと悟ったらしく堂々と着飾っている。おかげで我が家の財政は火の車である。


「お。リリアン嬢、刺繍が上手だな。ありがとう。」

「えへへ。いえいえ。大したことなくて恥ずかしいです。」


ルーク様は普通に喜んでいる。そんなに嬉しいか。


「ルーク様は刺繍のハンカチに何か憧れが?」

「ああ。アレクが綺麗な刺繍のハンカチを大切そうに持ってるのを見て、俺もあんなのが欲しいなあって…」

「アレクシス様が?」


アレクシス様に視線を向けると肩をすくめて「今日は持ってない。」と答えた。残念。見てみたかった。


「フェリシア嬢は最近は刺繍をしていないのか?」

「ええ。今はレースを編んでる所なんです。」

「へえ。」


クラリッサ様にお渡しするレースのストールを編んでるところだ。中々繊細で豪奢な図案になっている自信作だ。


「リリアン嬢はレースも編めるか?」


リリアンは逡巡した。レース編みの上手な使用人はカロン家にはいない。


「いえ…。」


悔しそうに首を振った。


「そっか。」


ルーク様は特に興味なさそうに返事した。


「ふふっ。実は僕もこの間、カチュア嬢にハンカチに刺繍してもらったんだよ。」


パトリック様がハンカチを広げて見せる。思わずリリアンが歯軋りした。リリアンがルーク様に渡したものより数段洗練された針使いで刺繍が施されていたからだ。流石カチュア様。完璧である。

相変わらずリリアンのイベント発生率は低い。偶然発生するイベントばかりをこなしている。特に攻略対象をデートに誘い、デート先で起こるイベント、と言うのが全くこなせていない。なぜならみんなリリアンからのデートの申し込みを断るからだ。


「ねえ、ヴィクター様。今度のおやすみ、一緒に宝石展覧会に行きませんか?」


ヴィクター様との宝石展覧会のイベントは、宝石展覧会で宝石に見入るリリアン。リリアンは家でフェリシアから虐待されて自分の宝飾品など持っていない。貴婦人が身につける美しい宝石に憧れをもっている。ヴィクター様がそんなリリアンを哀れに思って宝石展覧会の帰り、宝石店に寄って、リリアンに宝石をプレゼントする。というものだ。リリアンが「ありがとう!」と「こんなの貰えません。」と言う選択肢があり、「こんなの貰えません。」と遠慮すると「貰ってくれ。代わりにお前がこの先その二つの見事なサファイアを俺に向けてくれているならそれで構わない。」と瞼にキスするいちゃいちゃなイベントである。


「悪いが、宝石展覧会はマリエル嬢と行くことになっているんだ。」


ほら、また断られた。

リリアンは最近非常に苛々している。私はよく当たり散らされるのでとても辛い。


「フェリシア嬢。俺と宝石展覧会に行かないか?」


ルーク様に誘われた。ルーク様とデートか…再考。やっぱないな。


「遠慮いたします。」


私が告げるとルーク様ががっかりした。


「ならルーク様、私と!」


リリアンが立候補した。


「そんな気分じゃねえ…」


ルーク様が断った。リリアンの額に青筋が浮かぶ。



***

「どうして!誰もかれも私とのデートを断るのよ!?ヒロインよ!ヒロインとのデートだというのに!あんたなんかが誘われるくせにどうして!」


リリアンが私をひっぱたいた。

やっぱりそういう苛烈な性格が滲みでてるからいけないんじゃないかなあ。リリアンは他のご令嬢にお茶会に誘われているらしく、ぎりぎり怒りながらもドレスを新調していた。



***

私は休みの日、クラッツ公爵家に来ていた。今日はタンシチューを作ろうと思って。ケチャップとコンソメスープを厨房のコックさんに用意しておいて貰えるように頼んでおいてある。皮つきでないタンも用意済みなはず。皮つきの方が美味しく作れるのだが、その後の作業が大変なので勘弁してもらおう。


「いらっしゃい。フェリシアちゃん。」


クラリッサ様に機嫌良く出迎えられた。


「ごきげんよう、クラリッサ様。クラリッサ様にこちら、プレゼントです。」

「まあ何かしら?」


クラリッサ様にレースのストールを渡す。力作の繊細かつ豪華なレースのストールである。孤児院にいた頃はこのレベルのレースのストールだとかなりのお値段で売れていた記憶がある。


「まあ!なんて素敵なストール!クラシックで繊細なレースがこんなに…素敵だわ。もしかしてフェリシアちゃんが編んだの?」

「はい。気に入っていただけましたか?」

「とても!すごいわ!フェリシアちゃん。今度のお茶会につけて行きましょう。きっとみんなびっくりするわ。」


すごく喜んでもらえたようで満足。エプロンをつけて厨房に行く。


「フェリシア様。言われた材料はすべて用意しておきましたよ。」


コックさんに声を掛けられた。


「ありがとう。」

「今日はどんなものを作るんです?」


興味津々である。


「タンシチューを作ろうと思って。」

「タンシチュー?タンのシチューなんですか?」

「そうよ。」


まずは大鍋にたっぷりの水とざく切りしたセロリを入れ、煮立たせる。牛タンを入れ、一時間ほど弱火で煮込む。煮込んでいる間シチュールーの下ごしらえ。野菜を切ったりすりおろしたりをする。一時間後、大鍋は火から降ろし冷ます。冷ましている間に底の深いフライパンでシチューのルーを作る。これがまた手が込んでいる。炒める、煮こむは当然の事、ミキサーなんてないからすり鉢とすりこぎで手作業だしね。料理人さんたちもメモを取りながら真剣に作業を見つめる。シチュールーが出来たら、牛タンを鍋から引き上げ厚さ3cmほどにカットする。煮汁の方には砂糖を加えておく。シチュールーの上にカットした牛タンを並べ弱火でひたすら煮込む。時々煮汁を継ぎ足し、ひたすら煮込む。日本なら放置していても火加減が変わらないから良いが、こっちの世界だと放置しておくとすぐに火加減が変わってしまうため、竈にかかりっきりになる。煮汁を継ぎ足しつつ少なくとも5時間以上はたっぷり煮込む。牛タンがとろっとろになった頃、完成。

気がつくと料理人さんに加わってアレクシス様が作業を見ていた。


「それが今日のメニュー?」

「ええ。タンシチューです。」


付け合わせはニンジンとジャガイモ。あと生野菜のサラダをつける。


「おいしそう。」

「美味しいですよ。」

「これもまたフェリシア嬢の夢に出てきた料理?」

「そうです。」


日本最大のレシピサイト様で検索して、苦心しながら作った思い出の料理である。あの頃はさほど器用ではなかったから今(ミキサーやフードプロセッサーが無い)とは違った意味で苦労した。

私アレクシス様とコンラッド様とクラリッサ様が食卓につく。


「これはまたおいしそうだね。良い香りがする…」

「えっと、最初に言っておくとお代わりの分はないです。」


コンラッド様が目に見えてがっかりした。

感謝の祈りを捧げていただいた。んー!とろっとろ!おいしい!


「これは何と味わい深い……肉も驚くほど柔らかい。」

「美味しいわ…美味しすぎて何にも言えない。」

「おいしすぎるよ!フェリシア嬢の夢の世界に行ってみたい。」


大好評。うっとり感動しながら味わって食べているアレクシス様が可愛い。食べ終わるとみんな名残惜しげに黙って自分の皿を見つめた。


「これでお代わりがあれば最高だった…」


コンラッド様が言った。

それはみんなの共通意見だったようだ。私はこのフライパンを使う以外のタンシチューのレシピだと圧力鍋を使う物しか知らないのでちょっとそっちは作れない。大鍋でたっぷり作れたらきっと嬉しいんだろうけど。私以外の料理人さんは本職の人たちだし、研究を任せればそのうち大鍋で作ってくれると思うよ。

食後のお茶を飲んでいるとアレクシス様が尋ねてきた。


「フェリシア嬢は明日は予定がある?」

「特にありません。」

「観劇に行かない?チケットがあるんだ。」


今日の明日で観劇とか急だな。


「お断りした場合そのチケットはどうなさるおつもりですか?」

「お父様とお母様に使ってもらうよ。」


ならそれでもいいのだけれど。


「でも、出来ればフェリシア嬢と、デートがしたい。」


で、デートか。あ、甘酸っぱいですね。


「それにフェリシア嬢。ドレスを買ったのに着ていないでしょう?型落ちする前に袖を通しておいた方がいいと思うけど。」


うむう…御尤も。わざわざクラッツ家にお金を出してもらって買ったドレスだしなあ。着てあげないと可哀想だよね…


「では、参ります。」


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