第10話
学校で歩いていたら突然上から水が降ってきた。当然ずぶ濡れ。驚いて上を見上げると空のバケツをひっこめる手と「キャハハッ」という女の子たちの笑い声が聞こえた。これって苛めってやつではないでしょうか。考えられるのは「月光祭でアレクシス様のパートナーになった」と言うことへの嫉妬だと思うけど。昼休み、あのメンバーで食事取ってるって言うのも大きいのか?どうしよう…当然のことながら学校に着替えなど持ってきていない。早退するか。仕方ないし。
次の日、剃刀入りレターを貰った。前日に水をぶっかけられていたこともあって私も注意していたので指を切るようなことはなかった。
次の日、ちょっと目を離したすきに教科書を隠された。探しに探したらごみ箱から出てきた。埃を払って使った。今度からどんなちょっとの間でもロッカーに鍵を掛けて入れようと心に決めた。
次の日、馬術具倉庫に閉じ込められた。昼休みになってもやってこないことに不審を抱いたパトリック様らに探されて救出された。
ルーク様が怒り狂う。
「なんだって、フェリシア嬢がこんな目に合わなくちゃならねーんだよ!」
やっぱり私が身の程知らずだからだと思うけど。でも昼休み、みんなと食事できなかったら…寂しいな。アレクシス様のパートナーを辞退するのも癪に触るし。
アレクシス様はじっと私を見ていた。
「フェリシア嬢。僕は君に謝ることはしないよ。パートナーの辞退も受け付けない。」
アレクシス様がゆっくりと言った。
「その代わり、責任は僕がとる。」
その後も苛めは散発して起こったが大事に至るようなものはなかった。そして4人の貴族子女が突然自主退学していった。噂によるとアレクシス様の逆鱗に触れたんだとか。没落こそしなかったが4人の子女はもう二度と社交界に顔が出せないそうだ。
それっきり苛めはやんだ。
「フェリシア嬢、ちょっと良いかな?」
アレクシス様に呼び止められた。隣にはエルザ・マーティ嬢を連れている。
「フェリシア嬢への苛めの件を解決できたらフェリシア嬢に紹介するって約束しちゃったんだ。だから紹介するね。彼女はエルザ・マーティ嬢。マーティ伯爵家次女で、僕のお母様のお母様、お婆様かな?の従兄が彼女のお爺様。血縁上は僕とは無関係だけど、家柄的には遠縁にあたるんだ。因みにセオドアの婚約者だよ。」
「初めまして。エルザ・マーティです。よろしく!ずっと声掛けたいと思ってたんだけど機会がなくて。良ければ、仲良くしてくれないかな?あ、あなたの妹とは仲良くする気はないけど。」
エルザ様が人好きのする笑みを向けてきた。
「初めまして、フェリシア・カロンと申します。よろしくお願いいたします。『苛めの件を解決できたら』と言うことはご尽力いただいたということでしょうか?どうもありがとうございます。」
「あー、いい、いい。ちょっと派閥を使って間諜ごっこをしただけだから。そんな固くならないで。身分とか気にしないで良いから、気軽に行きましょ?出来れば口調ももっと砕けてほしいわ。」
「ど、努力します。」
「アハハ。固いって!今度カチュア様とマリエル様と私でお茶会するんだ。あなたも来ない?」
「行きたいです!」
私女子の友達とかいないし!是非とも行きたい!あわよくば仲良くしたい!
「やったーあ。決定ね!日にちは追って伝えるから。」
***
後日、正式な招待状が届いた。お茶会は良いんだけど、場所が王宮だった。な、何着て行ったらいいんだろ!?エルザ様に相談した。
「エルザ様、お茶会の場所が王宮になってるんですけど、何を着て行ったらよいのでしょう!?わ、私王宮になんて行ったことなくって…」
「ほんの4人の小規模なお茶会だし、訪問着用のドレスか質の良いワンピースってところね。」
ワンピースならなんとか。私はほっと胸をなでおろした。
「それより王宮まで歩いていくつもりじゃないでしょうね?」
「うちの馬車は、多分私のためには使えないと思います…」
「まー呆れた。カロン男爵って随分ケツの穴が小さいのね。こんな可愛い娘を排斥するだなんて。しかも自分から引き取っておいて。」
私は思わず身を小さくする。
「あなたに怒ってるわけじゃないのよ?そんなに小さくならないで。それならアレクの家の馬車を出してもらいましょう?アレクに聞いたわ。アレクの家にはあなたの衣装部屋があるって。丁度良いからそこで着替えてそのまま送ってもらいなさいよ。私がアレクに話を通しておくわ。あなたは泥船に乗ったつもりでデンと構えてなさい。」
泥船じゃ沈むんだけど…
翌日の昼食の時には話が通っていて、アレクシス様が私の手をマッサージしながら「遠慮しないでおいで?」と囁いた。リリアンに聞こえないように。最近のリリアンはパトリック様に媚を売るのに夢中だ。パトリック様は人当たりが良いからリリアンがどんな頓珍漢なことをやらかしても笑顔で対応してくれる。おかげで一部の女子から反感を買ってるのに気付いているのだろうか?私はカチュア様やマリエル様になんてご挨拶したら良いだろう。リリアンがあんなに迷惑かけて。段々合わせる顔がないんじゃないだろうかと心配になってきた…。
前日、ラングドシャを焼いた。この世界のクッキーを色々見てきたが、卵白だけで作るラングドシャはなかったように思う。あったら美味しく食べていただけるのではないだろうか。絞り袋がないのでスプーンで広げるかなり液体に近い感じのレシピで作った。焦げやすいのでかなり注意した。こっちの世界のオーブンは火加減が難しいよう。
当日、クラッツ公爵邸に行くと笑顔のアレクシス様とクラリッサ様に出迎えられた。
「フェリシアちゃん王宮でお茶会なんですってね?丁度フェリシアちゃん用にと思って用意させておいたメイクセットが届いたところなのよ。メイクもしちゃいましょ?」
私は萌葱色のワンピースに袖を通した。クリーム色の襟が首まである立襟タイプのワンピースだ。それに真珠のイヤリングをし、髪は真珠のバレッタでまとめた。メイドさんにメイクを施され鏡を見る。
おおおおおおおおお!元から肌理細かい肌だったけど完全に毛穴が消えとる!!しかもぺったり白粉塗りたくった感じじゃなく私の肌に合った色のファンデーションで、さっと粉を刷いたようにふんわりとした仕上がり。薄い桃色のチークを乗せられて、パールの入ったベージュベースのアイシャドーが目元を飾る。睫毛にはマスカラが塗られている。唇は元から血色が良すぎるくらいなのでうっすらと光るリップバームを塗ったくらいだけど。元から顔だけは良かったけど更に綺麗になっとる。ナルシストになっちゃうよ!
「流石フェリシアちゃん。ますます綺麗になっちゃって…」
「綺麗だよ。フェリシア嬢。でも…」
アレクシス様が接近して私の髪をそっと撫でる。
「あんまりドキドキさせないで?」
唇がくっつきそうな至近距離で言われたら私の方がドキドキして死んじゃいそうなんですが…アレクシス様、クラリッサ様の前でも遠慮しないんだね。
「メイクが崩れるから顔面にキスしちゃだめよ?」
クラリッサ様も平然としている。アレクシス様は私の毛束を一筋持ち上げてキスした。
「かわいいよ。」
うあああああああああああ!中坊のくせに!中坊のくせに!!中坊のくせにいいいいい!!!(心を落ち着ける呪文詠唱中)
「あ、あの、これ…クッキーです。よろしければ、召し上がってください…」
かちんこちんに固まりつつクッキーの入った箱を手渡した。王宮に持っていくクッキーは別に焼いてあるので大丈夫だ。
「ありがとう。もしかしてフェリシア嬢のお手製?」
「はい。」
「じゃあ、楽しみにしてる。うちの馬車で送って、馬車はそのまま王宮待機だから、それに乗って戻ってくればいいよ。お茶会楽しんでおいで?」
「はい。ありがとうございます。」
物凄く乗り心地の良いクラッツ公爵家の馬車に乗って王宮へ行った。馬車を降りて、出迎えた使用人さんに一拍遅れて「…クラッツ公爵家ゆかりの方ですか?」と聞かれたので「いえ…フェリシア・カロンです…」と答えて招待状を見せたら。「失礼しました。マリエル殿下のお茶会ですね。ご案内いたします。」と言ってすぐに案内してくれた。
お茶会は城の薔薇園で行われているようだ。もうすぐ初夏。花を落とすぎりぎりの季節だろう。様々な薔薇が咲いていて実に綺麗だ。私が着いた時には既にマリエル王女とエルザ様が来ていてお茶を楽しんでいた。そして私を見て歓声を上げる。
「まあ!よく来てくれました!なんてきれいな人なの!」
マリエル王女が良く動く瞳でうっとりと私を見つめた。
「フェリシア様!そのワンピース、とても素敵じゃない!お化粧も良く似合ってるわよ!女ぶりが上がったんじゃない?」
褒められておろおろする。
「あ、あの、本日はお招きいただきありがとうございます…フェリシア・カロンと申します。」
「…もしかして緊張していらっしゃる?わたくし噛みつかなくってよ?もっと楽にしてください。外では身分を蔑にすることはできませんが、身内で集まってのお茶会くらい気楽に過ごしたいのです。」
「はい。努力してみます。」
マリエル様は満足そうにうなずくと椅子を勧めてきた。
「さあ御掛けになって。」
「あ、あの。これつまらないものですが…」
クッキーの入った箱を手渡す。
「まあ、何かしら…クッキー?」
「はい。」
「もしかしてフェリシア様のお手製?」
「はい。お恥ずかしい出来ですが、皆様に召し上がっていただければと思って…」
「素敵!でもこれは後に致しましょう。カチュア様がまだ来ていないわ。3人でこれを食べつくしたらきっとカチュア様に恨まれるわ。」
大した出来じゃないからちと恥ずかしい。3人で趣味の事なんかを話した。
エルザ様の趣味はズバリ食べること。とにかく美味しいものが大好きで王都のお菓子屋さんの情報はほとんど網羅している。ただし食べればやっぱり太るので、もっぱらダンス三昧。ダンスの腕はかなりの物だという。羨ましい。
マリエル様の趣味は読書。今王都で流行している恋愛小説の話を聞いた。メインヒーローは王宮近衛騎士。王女様と身分違いの恋を燃やすんだそうだ。その近衛騎士がまた素敵で、豊かに波打つ黒い髪と奥底に燃えるものを秘めた神秘的な藍色の瞳。ぞくりとするほど妖艶で、そのくせ女性らしいところは欠片もない凛々しいお姿をしてるんだそうだ。剣の腕は天下無敵、やや寡黙ではあるが静かに、激しく王女様を愛する情熱的な方らしい。マリエル様はその物語に傾倒するあまり、こっそり近衛騎士の練習風景の見学を申し込んだそうだ。しかし現実は厳しい。近衛騎士にそんな妖艶で寡黙で情熱的な美青年はまぎれておらず、かなり男臭い現場だったとか。夢破れたり。
あんまり面白かったので私はつい、自分が小説を書いていることを漏らしてしまった。勿論「読ませて!」の合唱。私はそこで自分の隠された性癖、「自作二次元ショタコン」であることを打ち明けざるを得なかった。
「まあ、ではヒーローは12歳くらいの少年なんですの?」
マリエル様が戸惑ったように聞く。
「今回はぐっと年齢をあげて14になりました!」
「あんまり変わってないわよ。でもちょっと面白いわね。格好良さと可愛さを両立させたヒーローか。しかもちょっと色っぽいとか…やっぱり読んでみたいわ。」
「わたくしも読んでみたいですわ。でも…やっぱり騎士の時と同じで12歳くらいの少年にはそんな素敵な方いらっしゃいませんよね。わたくしの周りには少なくともいらっしゃいませんわ。フェリシア様はお会いになったことはありまして?」
私は今度はユリアとしての初恋を打ち明けた。アレクがどんな子供だったか、どれくらい素敵だったか、ときめかされたかを詳らかに語った。
「まあ。素敵。」
恋の話に目がないマリエル様はうっとりとため息をついた。
エルザ様はなんだかニヤニヤしている。
「この世にはそんな素敵な方がいるのに、どうしてわたくしの身の周りにはいてくださらないのかしら。残念だわ。」
「フェリシア様は今もその少年がフェリシア様を想って身を焦がしていたら嬉しい?」
エルザ様が聞いてきた。
「嬉しいか嬉しくないかで言われたらやっぱり嬉しいです。でも…私はもう忘れなくてはいけないんです『僕の事は忘れて。』と言われたのですから。」
「悲恋ですわ!そんなのってないですわ。ここは大人になった二人が再会して再び恋を燃やす場面ですのに!」
マリエル様はすっかり物語と混同していらっしゃるようだ。
「盛り上がっているようね。」
心地良く響くアルトの声。
「カチュア様!」
マリエル様が嬉しそうな声をあげた。そこには18歳くらいの豊かな漆黒の髪にエキゾチックな茶褐色の瞳をした美女がいた。まごうことなくカチュア・ヴェローズ様だ。麗しいいいいいい!!!ご令嬢たちの憧れの的!貴族の中の貴族!
カチュア様は私に目を止めると少し目を見張った。
「美しい…」
「え?」
「あ、いえ、なんでもないのよ。初めまして。カチュア・ヴェローズよ。よろしくね。」
カチュア様がにっこり微笑んだ。慌てて頭を下げる。
「フェリシア・カロンです。よろしくお願いいたします。」
「カチュア様。フェリシア様から自作のクッキーをいただきましたの。みんなで食べましょう!」
マリエル様がうきうきとクッキーの箱を見せる。
「あら、良いわね。私が来るまで待っててくれたの?ありがとう。」
にこっと微笑む。カチュア様本当に美女だ。くらくらしそう。私はうっとりとカチュア様を眺めた。カチュア様は一枚クッキーを取り出し口に入れた。そして吃驚したように言う。
「まあ!なんておいしいの!」
「え!ほんと!?私も食べたい!!」
食べることが大好きなエルザ様はすぐさま飛びついてクッキーを頬張った。そして笑顔になる。
「美味しい…ほんのり香るバターとバニラ。シャリシャリと溶けてしまいそうな歯触りのクッキー…」
マリエル様もクッキーを召し上がる。
「本当。とても美味しいわ。どうやったらこんな歯触りになるのかしら?」
「これは卵の白身の方だけを使ったクッキーなんですよ。独特の歯触りは多分そのせいですね。」
「へえ。フェリシア様は料理がお上手ね。」
「ありがとうございます。」
カチュア様の分のお茶も入れてみんなでお茶をする。
学校の事や、趣味の事。話題は多岐にわたる。マリエル様はカチュア様に私が小説を書いていることと「自作二次元ショタコン」であることをばらしてしまった。因みにこちらに二次元なんて言葉はないし、ショタコンなんて言葉もない。「自作の小説の中でのみ少年偏愛者になってしまう性癖」みたいな感じで説明されている。
「自作の小説の中以外では特に少年が好きと言うことはないの?」
「ええ。他作の小説ではちゃんと青年が好きですし。現実では自分の年齢に見合った男性に好意を持ちますわ。」
カチュア様の質問に苦笑しながら答える。
「アレクは14歳だけど、16歳のフェリシア様からして、『自分の年齢に見合った男性』に入る?」
エルザ様の質問には少々答えにくいが是と答える。
「アレクとは誰ですの?」
マリエル様の質問が飛んだ。
「アレクシス・クラッツ様の事ですわ。私とは親戚関係なのですけど、それはもうフェリシア様に夢中ですの。」
夢中なんていうことはない…よね?ちょっと正気とは思えないレベルで貢がれてるけど。
「クラッツ様と言うと、あのクラッツ公爵家の方ね?パトリック様とよく一緒にいらっしゃる。そう言えばフェリシア様は毎日パトリック様やアレクシス様と昼食を召し上がっているのよね?」
「ええ。」
カチュア様が言う。
「確かフェリシア様の手をアレクシス様が熱心にマッサージしていると伺いましたわ。『僕はまだフェリシア嬢に触れていたい。』とか言って…」
「キャー!!」
マリエル様が喜びの歓声をあげた。
「フェリシア様はアレクシス様とお付き合いされてるの?毎日手に触れさせるだなんて!」
「いえ…。」
「アレクはフェリシア様を攻略中なのですわ。フェリシア様はそれはもう手強いようですから。」
「アレクシス様はそんなことなさっていません。そんなことを仰ってはアレクシス様に失礼ですわ!」
エルザ様をたしなめた。
「ね?こうですもの。」
エルザ様は笑って肩をすくめた。違うのに。アレクシス様はただお優しいだけなのに。そう。アレクシス様はもし私のような境遇の少女がいたらきっと手を差し伸べる。その少女が私でなくても。
ズキッと胸が痛んだ。…こんな痛みを覚えてはならない。私はそっと胸の奥に痛みごと想いを封じ込めた。
「そう言えば、私、この前マダム・アデレイドのお店ですごいものを目に致しましたの。」
カチュア様が仰る。
「まあ。どんなものですの?」
マリエル様が興味津々の顔で尋ねる。
「下着ですわ。レースや刺繍を沢山施した、夢のような可愛らしい下着ですの。物が下着ですから公に自慢するご令嬢はいないでしょうけど、あれはこれから流行ると思いますわ。」
「下着にレースや刺繍が施されてるんですの?斬新ですわね。」
「でも男性は脱がせるのが楽しくなるのかもしれませんわね。」
エルザ様が大胆な意見を述べる。マリエル様が顔を赤くされた。
「エルザ様。おはしたないですわ。」
「ふふ。本当の事だもの。」
私は何気なく作った下着に思わぬ反響があって心なしか冷や汗をかいている。マダム・アデレイド…下着の出所が私だってバラさないでね?下着の先駆者として名を馳せるとかちょっとないから。
それから話題は月光祭の事になった。マリエル様は12歳。この国では社交界デビューは大抵12歳頃から行われる。初めての月光祭にうきうきしているらしい。
「突然運命の殿方に出会ってしまったらどうしましょう!」
「ヴィクター様は運命の殿方ではないの?」
カチュア様に言われてマリエル様は少し考え込んだ。
「保留ですわ。わたくしヴィクター様の殿方としての本気をまだ拝見していませんもの。」
「では、ヴィクター様に本気を出すよう伝言しておきますわ。」
にこっと笑って告げたらマリエル様がちょっと慌てた。
「やめてくださいまし!わたくしまだ心の準備が出来ていませんわ!」
「まあ!マリエル様。心の準備を万端に整えて恋に落ちる方なんていませんわ。」
エルザ様がニヤニヤした。
「そ、そういうエルザ様こそどうなんですの?セオドア様とは?」
「んー…婚約者としてはなんだか倦怠期?連帯感はあるけど刺激がないわ。」
セオドア様の月光祭のイベントを思い出す。ヒロインが「なんだか喉が乾いてしまったわ…」と言うのでセオドア様がヒロインの為にソフトドリンクを持ってくるのだ。セオドア様はそのままヒロインにソフトドリンクを渡すのではなく、「これに恋の媚薬を一滴入れました。あなたは飲みますか?」と無表情で尋ねてくるのだ。飲まないとかなり好感度が下がるので飲む一択なのだが、飲むと「あなたがこれを飲んだのは私を信頼してるから?それとも私と恋をしたいから?」と顎クイで迫られるというイベントだったはず。あれは相手がエルザ様でも起こるイベントなのだろうか?
「なんだか喉が乾いてしまったわ…」
「今紅茶を飲んでいるじゃない。」
思わず口に出してエルザ様に突っ込まれた。
「あ、あはっ。そうでした…」
「?フェリシア様はアレクと行くのでしょう?」
「はい。」
「しかも初めての月光祭なんでしょう?アレク楽しみにしてるだろうな~。」
エルザ様がニヤニヤ笑う。その顔はやめていただきたい。折角の美少女なのに台無しだ。
「カチュア様はパトリックお兄様とうまくいっていて?」
マリエル様の質問にカチュア様がむせた。
「そ、その…上手く…いってまう…」
噛んだ!カチュア様可愛すぎるよ。見た目は美女なのに、何このギャップ。萌えるわ~。
カチュア様がパトリック様とうまくいくようになった馴れ初めも聞いた。最初は完璧美女で通っていたカチュア様、しかしパトリック様の前に出ると緊張してしまう。好意ゆえの緊張なのだが初めはそれを悟られたくなくてずっと避けていたそうだ。ところがある日パトリック様の前でセリフを噛んでしまった。羞恥のあまり真っ赤になってしまったカチュア様を見てパトリック様が「かわいい…」と言って笑ったのだそうだ。それ以来緊張しても、恥ずかしくても一緒にいることにしてみたらしい。そしたらパトリック様は見事にカチュア萌えしてしまったらしい。因みにこの世界に「萌え」という概念はない。私も心の中だけで黙っておく。シッ。
おしゃべりは尽きなく、夕暮れ時まで話し込んでしまった。
「すっかり夕暮れになってしまいましたわね。今日はこれくらいでお開きに致しましょう。皆さんまたお誘いするので、その時は来てください。」
マリエル様のセリフでお開きになった。また誘ってくれたら嬉しいけど。マリエル様の侍女が待機していた馬車を呼んでくれた。
私は馬車に揺られてクラッツ公爵邸へ帰った。
「おかえり。フェリシア嬢。」
「おかえりなさい。フェリシアちゃん。」
アレクシス様とクラリッサ様が出迎えてくれる。「おかえりなさい。」か…なんだか久しぶりに聞く言葉だ。お母様が生きていらっしゃった頃はよく聞いていた言葉だったけど。今のカロン家では私はほぼいないものとして扱われているからな。
「クッキーとても美味しかったわ。」
「僕ももっと食べたかったのに、お母様が殆ど食べちゃったんだ。」
「女性は甘いものが好きなものなのよ。」
クラリッサ様はしれっとしている。
「また作ってきますから。」
「楽しみにしてる。」
「フェリシアちゃん。メイクをしっかり落としましょう?」
何やら乳化剤のようなものがあるらしい。私はしっかりとメイクを落とし、クラリッサ様のケア用品でしっかり顔面をケアした。それから衣装部屋でアクセサリーをはずし、着替えた。
「フェリシア嬢。送って行くよ。」
アレクシス様に家まで送られた。




