第9話:真実と戦いとヤンデレと
「さて、最初は俺たちだけだな」
商店街の一角にある、アジト。
白瀬さんも忠之もボスもいない、閑散としていた。
鍵は予め貰っていたので、入ることは出来ている。
だが、こんなボロボロで、鍵をかけている意味があるのだろうか……
俺たちはタイムカードを押して、奥の部屋のソファーに座っていた。
ちなみに、俺たちの席はまだない。
見習い期間中は、自席など不要とのことだ。
「永礼ちゃんじゃないけど、やっぱりドキドキさせるのって、恐怖以外思いつかないよね」
詩織はそんなことを言い始めた。
でも、確かにそうだ。
手っ取り早く、街の人をドキドキさせるには、神通力もあるし、恐怖がいちばんだ。
善い行いを伴うドキドキは、悪意も生まれやすい。
「じゃあ、恐怖でいっか♪
神通力で、脅しまくろう、兄貴♪」
詩織は怖いことを笑顔で言い出した。
今日は二人がいないので、街の人をターゲットにするのも、俺たちがやることになりそうだ。
「そうそう! 私、神通力の使い方、勉強してきたよ!」
「は? 使い方!?」
「うん!
ある程度練習すると、使いこなせるようになるよ!
今度、兄貴にも教えてあげるね!」
「お、おう」
どうやら、詩織は神通力をコントロールできる様に、いろいろ勉強しているらしかった。
どこまで使いこなせてるのか、興味はあるが、若干心配にもなる。
「さて、変身しよ♪」
そう言った詩織は可愛くウィンクする。
たまにこんな表情するから、俺は妹の言うことを素直に聞いてしまうんだろうな、と思ってしまう。
「よし! とりあえずは、いつも通り、恐怖だな」
だが、実際俺はまだ誰にも恐怖を与えてはいないだろう。
躊躇していることもある。
しかし、例の猿のこともあるので、そうは言ってられない。
本気でやらないとな。詩織や白瀬さんにも迷惑かけるし。
「ヒャハハハハ!」
「ヒャハハハ! 兄貴の下半身を――下さい」
変身の掛け声は例の如くだが、直球気味になってきた詩織のは聞かないようにする。
そして、俺たちは光に包まれる。
やはり、この光に包まれる度に思うのだが、昔、どこかで同じ経験があるような気がしてならない。
「やっぱり、兄貴、かっちょいー!」
俺は詩織の声に、現実に戻された。
俺たちはいかにも怪しい、黒い姿となっていた。
「さて、んじゃ行くか?」
「そうだね。
でも二人で行くの初めてだから、どうすればいいんだろ?」
確かにそうだ。今までは白瀬さんか忠之のどちらかが居てくれたので、なんとかなったが、今回は二人だ。
「……考えても仕方ないから、とりあえず、このまま行くか」
「うん!」
そこで、俺はさっきの神通力の話から、変なことを思いついた。
「なぁ。この姿の神通力で、トウッ! ってジャンプしたら、良い場所についたりするんじゃね?」
「あ! 別の場所に一瞬で移動する、良く見るやつだよね!
やってみようよ、兄貴!」
「だな!」
ということで、いっちょ試してみることにした。
「まぁ、敵を思い浮かべて、適当にトウッ! ってジャンプしてみるか」
「イエッサー! マイ・ブロス!」
詩織が敬礼して答えた。
「んじゃ――トウッ!!」
俺は屈伸した体勢から、思い切り垂直にジャンプした。
まぁ、何も起きるはずはないだろう。
そう思ったのだが――
着地。
景色は一変していた。
……まじか。
俺は辺りを見まわして驚愕する。
広い公園の敷地。
緑の絨毯の上で、優しい陽が踊っている。
いや、それはどうでも良い。
問題は――
「て、てめえ!
どこから出てきやがった、この野郎!」
「――え!?」
「ブ、ブラック・マグマ!? 何で、この場所が!」
例の猿と、マジカル・キュアの面々が勢揃いしていたのだった。
「くっ、まさか、私たちが揃うこの時を狙っていたの!?」
白い甲冑と赤い髪が、良いコントラスを生み出しているファイアが驚いて言った。
「まさか!
だって、会合はいつも場所を変えて、暗号化と時空フィールドだってかけているのに!」
アクアがそれに驚いている。
……なるほど。
確かに、俺を含めた、この一帯。空の色が少し青紫の色彩を帯びている。
空間を歪めている……?
「なるほどな。ここは少し違う空間なのか」
俺は納得してそう呟いた。
「――くっ!」
ファイア、アクア、ミドリの順で、俺の言葉に反応して、一気に距離を空けた。
戦闘態勢だ。
「お、おいおい。ちょっと待ってくれよ」
俺は慌てて警戒を解こうとする。
実際、おれは攻撃のやり方とか、神通力の詳細まで学んでいない。
詩織のように練習すらしていないし、練習で伸びるなんて、詩織に言われるまで知らなかった。
先ほどのワープ? だって、適当にテレビの真似をしただけだ。
第一、周りに俺の味方は――って
「あれ……あいつがいない」
そこで、妹がいないことに俺は気付いた。
「あいつ、ワープできなかったのかな……」
俺は更に焦ってしまう。
この状況で一人は流石にキツイ。
「ハハハハ!
こうやって乗り込んで来るとは、ホレボレしちゃうわねぇ。
この野郎!」
すると、猿が叫ぶ。
「今から、あんたたちを艦砲射撃を餌に上空から急襲して、一個師団を送り込む予定だったのによぉ!」
とんでもないことを言いだす、猿。
「そんな打ち合わせ、必要なくなったな、この野郎!」
好戦的な猿は、目を輝かせ、他のマジカル・キュアと同じように距離を置く。
「ヒャハハ!
急襲しかけたようだが、一人で何が出来るってんだ!」
酷い面をした猿が、唾を垂らしながらそんなことを言いだした。
……これが、本当に良い神様の化身なのか?
うちの犬と逆にしろよ。
俺は内心、そんなことを思った。
「よし! てめえら!
あたいのフルパワーをあんたたちに送ってやる!
それで、こいつを倒して、平和にしちゃうぜ、この野郎!」
猿はそんなことを言って、前足をマジカル・キュアに向ける。
「マスター! そんなことしたら、貴女の生命力が!」
ファイアが猿に向かって、止めるよう懇願する。
どうやら、パワーを使い果たしてしまうらしい。
「いいってことよ! ファイア!
あたいの力はそう簡単に無くならないよ!
見てな! これが、フルパワーだぁぁぁ!」
猿の周りに白い光が集まり、一気に輝きだす。
その輝きが、前足のほうに集まり、球体となる。
「いっくぜぇぇぇ! マジカル・キュア!
あたいのパワーを受け取って、あいつを地獄に――」
と、皆まで言う前に、
「――!?」
上空から、黒い塊が降ってきたと思うと、
「ぐぁぁぁぁぁくぁwせdrftgyふじこlp!!」
猿の頭に直撃した。
ぴくりともしない、猿。
「……」
俺とマジカル・キュアは、その様子を暫く眺めていた。
「ど、どうする……?」
「い、いや、どうするって言われても……」
何故か、俺とファイアがそんな会話をしてしまう。
「ん? 何か動いてる……」
ミドリが、猿にぶつかった黒い塊を見て、そう呟いた。
確かに、見ると塊がもぞもぞ動き出す。
「な、何だ?」
俺はその塊に向かって近寄る。
「ちょ、ちょっと何する気?」
「危ないですよ……」
アクアとミドリが交互に俺にそう言った。
ミドリの言葉にちょっと気になって、振り返る。と、
「――!」
ミドリは真っ赤になって、ファイアの影に隠れてしまった。
「ヤバイ。可愛い……」
明らかに、この前のことを引きずっている。
けど、俺を心配してくれたのだろうか。
これは――
まんざらでもない!?
俺は少しテンションが上がる――が、
「ギロッ」
ファイアが俺を睨みつけた。
う。
変身後のファイアは、ミドリの件で、俺を快く思ってないんだった。
いや、敵同士だから当たり前か――
「――って、ねえ! ちょっと!
いい加減、黒い塊を確かめろよ!
兄貴! 何でそこでいちゃつくの!」
と、黒い塊は立ち上がって、そんなことを言った。
「お、おう。シオ……ティンだったのか」
まさか、黒い塊が人だったとは。
いや、妹だったとは思わなかった。
「あ。シオティン、もしかして、来るの遅いと思ったら、隙を見て、猿を殺ってくれた――」
「違うわぁぁぁ!」
俺の言葉に、シオティンは絶叫する。
「兄貴のばかぁぁぁ!
”トォゥ!”を何回やったと思ってんのよぉ!
勝手に行っちゃって!
わーーーん!」
そう言ったシオティンは号泣する。
どうやら、置いてきぼりを食らって、今まで何回も例のポーズをしていたらしい。
「そ、それでやっと来れたと思ったら、空中に出たと?」
「そうだよ! バカ兄貴! 怖かったんだぞ!!」
シオティンは凄い剣幕で、俺に抱き付いてきた。
もしかすると、神通力にも向きとか不向きがあるのかも知れない。
俺がそんなことを思っていると、
「……な、なんなんだろう。
まるで私たちが悪者の雰囲気……」
俺たちの姿を見たアクアがボソッと呟いた。
それと同時に、
「うぐぁぁ! やりやがったな!
ゆるさん、ゆるさんぞぉぉ! 虫けらどもがぁぁ!!」
猿がボロボロで立ち上がって、絶叫する。
「マ、マスター!? その、少し冷静に……」
ファイアが猿に向かって、窘めるが、
「あぁぁん!?」
ファイアに向かって、超絶冷血な眼差しを向ける。
こいつ、本当に良い神様なのか……?
なんか、うちのボスと立場が逆なような気がしてきた。
「もう許さない。
って、前にも言ったが、本当だ、ごるぁ!
てぇい! こらぁぁ!」
猿はそう叫ぶと、猿の前足から光が収束し、それがファイアに向かって、炸裂した。
「――な!?」
ファイアは驚愕する。
さっきのエネルギーを分けると言っていたやつか?
その光を受け取った、ファイアは、
「ふ、ふふふふふふふ」
なんか、ヤバイ状態になっていた。
「マ、マスター! それはヤバイですって!」
「そ、そうです!
いくら悪だからと言って、それはいくらなんでも――」
アクアとミドリが非難を上げる。
だが、
「てぇぇい!」
猿は同じように、光を二人に放った。
「――!」
二人は声にならない悲鳴を上げたかと思うと、
「ふふふふふふ」
「あ、あははははは」
ファイアと同じように、何か、ヤバイ状態となっていた。
「な、なんなんだ?」
「分からないけど、ヤバそうだね」
俺とシオティンが、何らかの危険を察知して、面々から距離を取る。
「はははは!
これが、マジカル・キュア、本当の力よ! この野郎!」
猿がそう叫ぶと当時、周辺の青紫の色彩が晴れる。
「空間の歪みが!?」
「そうよ。取っ払ってやったわ。
これで、名実のもとに、ブラック・マグマ狩りを周知させてやるわ!
この野郎!」
猿と、目がうつろな三人が、こちらへの距離を詰めてくる。
「ふむ。やつめ、聖者の光を使いおったな」
その声に足元を見ると、子犬が警戒心の牙を出しながら、猿を見つめていた。
「ボ、ボス!?」
「本気でやると言ってたから心配になっての。
じゃが、結界でどこにいるのか見当つかなかったのじゃが……」
なるほど。ボスも見張っていたようだが、どうやら先ほどの時空の歪みのせいで、見つからなかったようだ。
「いけぇ! 悪の化身をやっつけろ! この野郎!」
猿が吠える――
と、一気に、ファイア、アクア、ミドリの三人がこちらに向かってくる。
「うひょーー!」
「あはははははは!」
「うふふふふふふ!」
三人は気が狂った声を出しながら、こちらへ突っ込んでくる。
「ストレート・ファイアー・ダンディズム!!」
ファイアがそう叫ぶ。
すると、ファイアの拳に炎が現れ、一気に、間合いを詰める。
「あ、あぶね!」
俺は、ファイアの炎の拳を寸前で避ける。
「グロス・ミックス・サー!!」
「ジャイアント・スィング!!」
ミドリとアクアも、それぞれ必殺技らしき名前を叫ぶ。
ミドリのあれは、以前に見ているやつだ。
草による攻撃。あれもヤバイ。
それと、アクアの――
ん? ジャイアント・スィング?
それって……
草の攻撃と炎の攻撃を躱しながら、アクアの方を見る。
すると、両手を広げて、じりじり俺の方へ向かって、俺の隙を伺っている。
そんな大技、決まるわけないだろう……
俺は憐みの視線をアクアに送った。
「うりゃぁぁぁ!」
と、シオテインの声が聞こえた。
ファイアの攻撃を躱し、シオティンはファイアに杖で一閃を咬ます。
「うひゃぁぁ」
……ファイアは変な叫び声を上げて、その場に倒れた。
うう。赤城さんのイメージが壊れる……
しかし、妹は本当に強いな……
「兄貴、危ない!」
と、シオティンが叫ぶと、目の前にアクアの姿があった。
「ふふふふ」
アクアは笑みを浮かべると、俺の足をめがけて、タックルしてきた。
「ま、マジであんな大技する気かよ!?」
俺はタックルを躱そうとするが、既に懐に入られているため、逃げられない。
「――くっ!」
俺は抵抗するものの空しく、地面に転がってしまった。
「うひょひょひょ」
アクアも壊れている笑い声をあげる。
……葵のこんな姿を見るのは、流石に精神的にクルものがあるな……
俺は精神的攻撃にもやられ、既に大技を食らう覚悟を決めた。
すると、
「たぁぁぁぁ!」
「ぐぅ――うぎゃぁぁ!!」
掛け声が聞こえたかと思うと、叫び声を上げたアクアが吹っ飛んでいた。
「な、なんだ?」
「大丈夫?
あの神様、聖者の光を使ったわね。
どうやら、本当にハルマゲドンが来たか!」
地面に這いつくばったまま、上を見ると、そこにはオタ・クールが立っていた。
どうやら、彼女に助けてもらったらしい。
「おぉ! ありがとう」
「いや、気にするな」
俺は礼を言ううものの、オタ・クールは気にせず、最後に残っているミドリの方を注意深く観察している。
「な、なぁ、聖者の光って何なんだ?」
俺はミドリを気にしつつ、オタ・クールに質問した。
ミドリは攻撃を止め、こちらをチラチラ伺っている。
もちろん、変な笑みを浮かべているので、壊れたままだ。
「あの光は、精神を破壊して、悪と感じるものを中毒症状で攻撃する」
「――は?
ちゅ、中毒?」
俺はその言葉に、畏怖を感じた。
まさか、マジカル・キュアは、本当に壊れてしまった――
「恐ろしい光だ。
つまり、ヤンデレになったまま、相手を攻撃する」
「ヤ、ヤンデレ?」
オタ・クールの続きの説明に俺は絶句する。
「……死んで死んで死んで私のために死んでアイシテルアイシテル」
ミドリの言葉がここまで聞こえてきた。
「しかも、ちょっとでも相手に好意があると、そのヤンデレ度と攻撃力は増す。
――と、まぁ、敵だから、好感度など無いから、そこは安心しても良いがな」
……俺は、その言葉に恐怖を覚えた。
ミドリって、俺にちょっとドキドキしていたよな。
……いや、きっと俺の勘違いだ。うん。
思春期の特徴で、相手が俺に興味を持っていると、勝手に思い込んでいただけ――
「――! ぐぐぐぅ!?」
すると、声と共に、オタ・クールは膝を折って、その場に倒れてしまった。
「……え?」
俺は驚愕の視線をオタ・クールに向ける。
何が、起きたんだ……?
オタ・クールは倒れて動かない。
すると、その視線の先で――
「ニヤリ」
ミドリの禍々しい笑みが、俺に向けれらた。
「マジかよぅぅぅっーーーーー!!」
俺は急いで起き上がり、その場から逃げだす。
「アハハハハハハハ!」
ミドリが追い駆けてくる。手には包丁を持っている。
「――ちょ!?
なんなんだ、それ!
マジカルの攻撃じゃないのかよ!
必殺技はどこ行ったんだ!」
俺の叫び声も空しく、彼女は包丁を持って追いかけてくる。
「あ、兄貴!」
シオティンが助けに来ようとするものの、距離が空いている。
それに、この状況じゃ、シオティンも無事に済まない。
俺がやるしかないか。
と、覚悟を決めて振り返った時、
「俺の出番だな」
声と共に、横から黒ずくめの男――ウザダーが現れた。
「う、ウザダー!」
俺は、助っ人に現れたいつもは残念な男に感激する。
ヤバイ! カッコイイぞ! ウザダー!
「ここは俺に任せ――うべぇぇぇぇぇぇ!!」
ウザダーは、酷い声と共に、空の彼方へ飛んで行った。
「あ、あれ?」
「……ニヤリ」
目の前にはミドリがいた。
「――く!」
俺は覚悟を決める。戦うしかない!
と、その時、
「ドキドキさせるんじゃ!
それでかの光は解ける!」
足元から、ボスの声が聞こえた。
「本当か?
意識ないんじゃないのか?」
「案じろ。意識は内部にちゃんとある!
支配されてるだけじゃ!
それより、早くせい!」
「あ、兄貴ぃ!」
ボスの声の後に、シオティンの声が重なる。
シオティンは、俺を助けにこちらへ突っ込んでくるが、距離は遠い。
だが、このままでは、どちらも危険だ。
正体を知っている、マジカル・キュアにも怪我をさせたくない。
そういえば、ドキドキは猿を弱らすんだったな。
ならば、それに期待して、ドキドキさせるしかないか!
「とびっきりのじゃぞ!
ええか! とびっきりのじゃぞ! ふふ」
「おい! ボス!
何で最後笑った! って、そのフリはなんだ!」
と、ボスに突っ込んでると――
「ハハハハハハハ!!」
絶叫と共に、ミドリは包丁を振り上げる。
「――み、ミドリ!
……その、お前って……可愛いな」
ピタ
ミドリの動きが止まった。
「まだじゃ!
まだ足りぬわぁぁ! もっとじゃあ!
思春期を出すのじゃぁ!」
下で子犬が騒ぐ。
くっ、この、犬畜生が。
遊んでるようにしか見えねぇ。
だが、ミドリはまだ包丁をこちらへ向けようとしていた。
俺は苛立ちながらも、確かに、続けるしかないようだった。
「……今度、デートしたい。
お前と二人っきりで。頼む」
俺は決めポーズでそう叫ぶ。
すると――
「ぬぉぉお! なんだと!」
今まで黙って余裕ぶっていた猿が、驚愕の声を上げた。
「ひ、光が……」
シオティンが呟く。
そう。
ミドリ――だけじゃなく、アクアとファイアから光が溢れていた。
その光が――弾ける!
すると、その光が一面を包み込む。
――と共に、俺は思い出した。
変身するときの光にも似た、この光。
いや、それよりも強力な光。
――これは、幼い時、例の神社で体験した出来事。
あの光と一緒だ!
――って、ことはだ。
俺は全てが納得した。
「あ……戻った……」
ミドリはそう呟いた。
すると、先ほどのヤンデレの面影は無く、いつものチャーミングなミドリになっていた。
――いや、チャーミングって俺が言うのはおかしいか。
「はぁ。助かったぁぁ」
「本当だよ。もう、マスターってば……」
見ると、倒れていたファイアとアクアも、元に戻っていた。
「ぐ、ぐぬぬぬ!」
一方、猿は悔しそうにこちらを見ていた。
さて、これからどうしようか。
もう、これ以上戦いたくなどないし。
先ほど思い出した……例の件をボスに話そう。
と、足元にいる子犬に話しかけようとしたとき――
「……あ、あの。
その……男の人と出かけるのは、初めてなので、その……デートっていうのは、まだ早いというか……なんですが、一緒に、行くのが嫌ってわけじゃないんですよ……」
ミドリが赤面で、モジモジ話しかけてきた。
うお! さっきの、返答か!
や、やばい。
いや、この状況下でこういうのは、ちょっと気が引けるというのもあるが、ミドリの姿が、その、可愛いというのもあり、俺は照れて何も言えなくなってしまう。
「そ、そう……か」
俺は気の利いたセリフも思い浮かばず、そんなことしか言えなかった。
「ちょっとぉぉ!
この、ヤマティンとやら!
この変態! 何やってんの!」
すると、ファイアが近寄って、ミドリと俺の間に入ってくる。
「まぁ、いいじゃない? ミドリも乙女なんだからさぁ」
すると、ニヤニヤして入ってきたのは、アクアだ。
どうやら、この状況を面白がってるらしい。
全く、どうしようもない幼馴染だ。
「ちょっと、アクア!
この前もそんなこと言って、何考えてるの!
相手は敵なんだよ!」
「そんなこと言ったって、仮に敵とは言っても、そんなこと言われたらね~。
ファイアは言われたことないだろうけどっ♪」
「――なっ! 何ですって!?」
何やら、アクアとファイアが言い争いを初めてしまう。
どうやら、アクアの発言を聞くに、アクアはミドリの件を怒っておらず、むしろ面白がっていたようだ。
「あんただって、言われたことないじゃない!
あの幼馴染の彼に言われたことあるの?」
「――なっ!
あいつは関係ないじゃない!」
何やら、雲行きが怪しい……
しかし、ファイア――赤城さんの印象が、どんどん変わっていく。
落ち着いて、元気いっぱいの優等生。
その印象が……壊れていく。
だが、こちらの姿の方が、真の赤城さんっぽくて、好感がもてるのも確かだ。
飾りっ気のない、今の赤城さんの方が。
それにしても、その幼馴染って、俺の事か……
何で、ここで俺の話が出てくるのかが謎だった。
――と、急に、俺の袖を引く感触があった。
見てみると、そこにはミドリがいて、
「あ、あの。ごめんなさい。騒がしくて。
で、でも、あ、あの……さっきの……嫌じゃないんですからね?」
……
うぉぉぉ! この破壊力!
男だったら、きっと落ちてしまうだろう、この破壊力!
「じゃ、じゃあ、今度、一緒に――」
俺は思わずそう言いかけた時、背後からボス級の殺気が俺を貫く。
「――!?」
振り返ると、そこには笑顔のシオティンがいた。
「お兄ちゃん?」
これは、ヤバイ。
妹の笑顔が、動かない。
そう、顔の筋肉がまるで動いていないのだ。
俺は後ずさりを始める。
「い、いや、何でもないぞ?
その、俺たちは敵同士だからな」
俺がそこまで言うと、今まで黙っていた猿が、突然叫びだした。
「この虫けらがぁ! よくもやってくれたぬぁぁ!」
怒り心頭に、吠えだした。
「正義の名の元にぃぃぃ!」
そこまで猿が吠えると、マジカル・キュアは顔を強張らせる。
「――そうね、そんな場合じゃないわ」
「ええ。さっきの光については、やり過ぎたと思うけど、相手は悪の組織」
「……そう……ですね……」
三人は顔を引き締め、こちらに対峙する。
だが、ミドリはちょっとだけ辛そうだ。
いや、俺のせいだけあって、俺も罪悪感でいっぱいになる。
「いいか、てめぇら!
日頃言ってるように、心を乱されるなぁぁ!?
それが我らの敗北に繋がるぞ、この野郎!」
猿がマジカル・キュアに檄を飛ばす。
どうやら、ドキドキされるなということを、示しているようだ。
「こいつらの目的は恐怖と不安の拡散。
それらを我らが対峙して、市民を平和にするんだゴルぁぁぁ!!」
な、なるほど……俺たちの目的のドキドキを恐怖や不安と言い表して、阻止しているのか。
まぁ、確かに俺たちはそれらをメインで行っているので、何とも言えないが。
猿が叫んだあと、マジカル・キュアの三人の目に力が戻る。
「兄貴! 来るよ!」
シオティンが警告する。
「――!?」
俺は三人の成行きを見守る。
すると、隣から、
「い、いよいよ決戦ね」
「俺も立ち向かおう。悪の名の元にな」
オタ・クールとウザダーの二人が立っていた。
「お、おい? 大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。大したことないわ」
「ふ。あれごとき、俺の苦痛にはならぬ」
無駄にカッコイイセリフを言ったウザダーは置いといて、確かにオタ・クールも大丈夫のようだ。
しかし、あの光の攻撃は、確かにヤバいものだった。
足下にいたボスも、いつの間にか距離を置き、遠くから成行きを見守っていた。
ボスに尋ねるのは、後にするか。
俺は思い出したことを、一旦、胸の奥にしまう。
「――来るよ!?」
オタ・クールが叫ぶ。
マジカル・キュアの三人はこちらへ詰め寄り、ファイアが一歩、こちらへ近寄ると――
「悪の蕾は焼いちゃうぞ♪
マジ・ファイア!」
そして、アクアが向かって右手に立ち、手を掲げる――
「母なる海は、私の友達!
マジ・アクア!」
最後に、ミドリは左手に立ち、祈るようなポーズで――
「いけない子たちよ、私が植え替えてあげる!
マジ・ミドリ!」
そして、三人は、声を合わせて――
「マジカル・キュア!!」
三人はキメポーズでドヤ顔をする。
……
あれ?
自己……紹介?
い、今更?
「――ふふ!
現れたわね!」
「今日こそは倒させてもらうぞ」
オタ・クールとウザダーの二人は、テンプレ通りの答え方をする。
というか、さっきまでの流れは……!!
例の聖者の光の流れは何だったの!?
俺の残念な溜息を余所に、シオティンは俺の方を見て、何やら急かす。
「……兄貴」
え!? 俺も……何か言えと?
「コクコク」
俺の目の合図に、シオティンは頷く。
この状況で、どんな反応しろというんだよ……
シオティンは何の期待をしているのか分からないが、俺を期待の眼差しで見上げていた。
ふう。仕方ない。妹の期待に応えるか。
そして、俺は仕方なく、彼女たちを目で捕える。
「その……ヤンデレ治って良かった……な?
ああいう一面も悪くなかったかな?」
「「「――うっ」」」
俺の言葉に、マジカル・キュアの三人は真っ赤になって硬直した。
「な、何言ってんのよ!? あんた!」
「悪くなかったって、どういうことよ! この変態!」
「その、あれは違うんです! 私は普通です!」
三人は必死に弁解する。
「ええぃ! 今日は引くぞ! この野郎!」
「――マスター!?」
猿の声に、マジカル・キュアは慌てる。
「……今日は、仕方ない。
聖者の光も躱されたんだ……
それに、今のも含めて、お前たちの心の乱れも半端ない……この野郎!」
猿は悔しそうにそう述べる。
「次こそは容赦しない!
聖なる光は、悪には届かないぞこの野郎!
これは戦略的撤退じゃぁボケェ!」
猿は捨て台詞を吐く。
が、文法がおかしい……
届かないとヤバイだろう。
もう、何と言うか、滅茶苦茶だった。
俺はいろいろと残念な気持ちになり、頭を抱える。
すると、猿の言葉に反応したファイアは俺の方を睨む。
「……ミドリを……よくも。
次は容赦しないわ!」
ファイアはそう言うと、空気に溶け込んで消える。
アクアも同じように、
「私は別に構わないと思ってるけどね。
でも、あなたとシオティン。
その関係がちょっと腹立たしいから、次は全力でいくから」
そう言って、空気に溶け込む。
その関係って……
俺たちの正体は知らないはずだが、俺とシオティンのやり取りを見て、被るのだろう。
アクアが俺たちの正体に気付くのも時間の問題のような気もする。
「……その……デート、嫌じゃないですから……」
ミドリはそう言って、同じように消えた。
――マジか。
俺、意外にモテるのか?
ミドリの言葉に、俺は妙に浮き足立ってしまう。
すると、
「え? 勝った……の?」
「おおおおおおお」
オタ・クールとウザダーは、感激の様子でそれを見守っていた。
「兄貴! やったね! 悪の勝利だよ!」
隣で、シオティンも歓喜する。
――すると、
「な、なん……あ……悪のブラック・マグマが……勝っただと!?」
「キャーーー!! もう終わりよ!
私たち、あの人たちに襲われちゃうわ!」
「やべぇぞ! 逃げろぉぉぉ!」
いつの間にか群衆に囲まれていたようだ。
周りの人々は、そう叫ぶと、俺たちに恐怖の眼差しを向けながら、散り散りに逃げ出した。
「な、何なんだ……この展開、良いのか?」
俺はひとり呟き、脱力した。