第62話:戦いが終わって
戦いが終わった。
緑川さんも微笑み、俺の言葉に満足した様子にも見える。詩織も脱力こそしていないが、葛藤が少し残っているみたいだ。それでも、俺と緑川さんを見て、微笑みは崩さない。
「お兄さん……ありがとう……ございます……! 私も……お兄さんの事が……!
詩織ちゃんも……私……ずっとこの想い大切にしたいです……!」
泣きながら笑う緑川さん。
俺もそれを見て、愛おしくなる。
でも、いや、そうだ……でも、まだだ……違うんだ。
……記憶が無くなるかも知れないんだ。
緑川さんの記憶だけは残るのか……もしくは、全部忘れるのか……他の全員はどうなるのか……それも分からない。
「じゃぁ……戦いも終わりじゃな」
「……そうだなゴルぁ……でも、まぁ……勾玉……本当にあったんだな」
ボスとエテ公はそんな事を話していた。
勾玉はまだ詩織が身に着けてるものの、それは二人に返そうと思う。
どちらにしろ、ドキドキメーターは閾値を超えたのだから、戦いは終わりだし、詩織も先程の俺の言葉で、もう願いは言わないだろう。
「……依光くん……あの」
すると、赤城さんが言い辛そうに、視線を逸らせながら俺に話しかけてきた。
「……私……忘れない……からね」
そう言うと、赤城さんは踵を返す。
そっか……赤城さんと白瀬さんは、俺が教えたから……知ってるもんな。
「依光先輩……」
白瀬さんが隣に来るが、その表情は暗い。今の一連の流れを見て、多分、記憶が無くなることを怖がってるのかもしれない。
「……忘れないよ、きっと」
俺はそう言って、白瀬さんの頭を撫でる。
「ねぇ、さっきから何の話なの?」
「あぁ……戦いが終わっても遊ぼうって話だ」
葵が怪訝な表情で俺に問うが、俺は誤魔化してそのまま詩織に視線を移す。
「叶ちゃん! お兄ちゃんに飽きたらいつでも返してくれて良いからね!」
「大丈夫だよ、詩織ちゃん! そんなことは起きないから……!」
少し、ぎこちなさも残るが、それは仕方がない事だろう。
この二人も……覚えていてくれた方が、お互いのためだろうな。そんな事を想いながら、
「詩織……その勾玉……お前が結婚指輪と言ってるそれ、俺に預けて貰っても大丈夫か?」
「……お兄ちゃん……」
「……お前は、大切な妹だから……もうそんなのに惑わされるな」
その言葉に、詩織は一瞬硬くなるものの、顔を上げ、笑顔になって、
「うん! 私ね、お兄ちゃんと妹で、ずっと妹することにする!
そうすれば、恋人よりも強い絆になるもん!」
詩織は、俺の妹離れの言葉を聞いて、詩織も兄離れを決意したのかな。
その言葉は、ある意味で俺を驚かせ、そして成長の証を感じさせるものだった。
「……詩織ちゃん……」
「まぁ、叶ちゃんなら……お兄ちゃんを任せても良いし……
それに私のお姉ちゃんになるもの……良いかもね」
「お、お姉――!?」
そんなことを二人で笑顔で語っている。
そして、詩織は落ち着くと、片手に勾玉を出して、俺に手渡そうとする。
「あーあ、残念。
血が繋がって無かったら、本当に結婚できたかも知れないのにね。
義妹だったら良かったのになぁ」
「まぁ……そうなのか……な?」
「そうだよ! 血の繋がらない義妹になりたいよ!
……でも、まぁ、お兄ちゃんを――」
そう言うと、詩織の手に乗っていた勾玉が青く光り始め――
「い、いかんぞぉぉ!」
「ぬぁぁぁぁ! まだあんなに力がのこってやがったのか!?」
ボスとエテ公が騒ぎ出す。
何だ!? 今度は何が起きるんだ!?
その青い光は俺たちを包み、目が開けられない程の輝きを放ち――
光が消える――
そして――
「お兄ちゃん……?」
詩織は……何も変わってない……が、いや、これは……
「私、義妹になっちゃった」
だよな……俺も何となく、空気感でそれが把握出来てるぞ……?
だけど、その言葉に、俺以外の全員が驚愕の表情となる。
「そうだ……! 私、お母さんの連れ子だったの!
両親は再婚したんだった……!」
ふむ、勾玉は俺たち親子の絆を一瞬で崩壊させて、母さんをバツイチにして、しかも知らない男が過去にいた設定しやがった。
「ふぉぉぉぉぉ! 勾玉の力を使いこなしたようじゃ! これで願いの力は完全に失われたようじゃ……!
まぁ、そんなささいな願いなら、副作用も無くて大丈夫じゃの!」
「はぁぁぁ!? 何を寝ぼけた事言ってんだ!? クソ犬!!
血の繋がらない妹になったんだぞ!? 母親をクソビッチ化しやがって!?」
俺はボスの首を絞めながら、怒鳴り散らす。
「ぐぼぉぉぉ!? 首が締まっておる!! 落ちる落ちる……!
ぶぉぉぉふぉぉぉぉ……危ない所じゃった……!
全く……気にするな、大丈夫じゃ! それはあくまで世界の設定だけじゃ!
実際にはクソビッチになっておらんし、実際の父親も変わっておらぬ!
勾玉が世界の設定を変えたのと、DNAを少し弄っただけじゃ!」
「遺伝子をかよ……すげぇな……って、世界の設定って、どうせこの結界のある町でしか有効じゃないのか?」
「ふほほほ! あれは勾玉じゃぞ? あの世界はこの世界全てを表しておる」
「あ、そう……」
「恐らくじゃが……願いの根底は、結婚じゃなくてそこだったんじゃろうな……そうじゃなければ叶わんよ」
良く分からないが、勾玉は詩織の願いを叶え、義妹になったようだ……
「それじゃ、勾玉は返してもらうぞ? これは元々わしのじゃからな」
そう言って、ボスは詩織から勾玉を受け取り、黙って見ていたエテ公の所へ歩み寄る。
ボスは何か言いながら、エテ公へ勾玉を渡したようだ。
うむ。
これで戦いが終わった。だが、肝心なことが振り出しに戻ったような気もする。
「詩織……お前が義妹になっても、大切な妹というのはずっと――」
「お兄ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!」
「――ぐぼぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
俺の胸元に突進してきた詩織は、そのままの勢いで胸に頭を埋め……っていうレベルじゃない頭突きで、俺に抱き付いてきた。
「義妹になった! これで結婚――って、なんてね……
もう、お兄ちゃんに迷惑はかけないから……」
詩織はそう言って、顔を上げ、俺から離れる。
そして、様子を見守っていた緑川さんの方へ近づいて、
「叶ちゃん! これからもお兄ちゃんをよろしくね!」
そして、俺はそこで気付いた。詩織は、兄貴とお兄ちゃんを使い分けなくなったことを。
「詩織ちゃん……」
緑川さんは、そう言って微笑する。
何だかんだあったが、二人は仲が良いからきっとお互いに傷ついていたのだろう。まぁ、俺が言う事じゃないけどさ……
それを見た、葵も赤城さんも目を細めて笑みを浮かべている。白瀬さんはスマホにこの状況をメモっていて、忠之は理解して無さそうだが満足気にしていた。
「終わったの……」
「終わりだぞ、クソども!!」
そして、二匹がやってきて、全てが終わったことを告げた。




