第6話:学園での日常
「今日は、私の愛情たぁーーっぷりの、愛妻弁当だよぉっ!」
詩織は昼休みになると、二つの弁当を持ってやって来た。
「お、おう。さんきゅ」
俺は照れくささもあり、少し目を逸らし気味に答えた。
「ね、兄貴。屋上で食べよ!
なんか、屋上は解放されていて、ベンチとかもあるんだって!」
「へぇ、そうなのか……んじゃ、行ってみるか」
「うん!」
そういうわけで、俺たちは屋上へと向かって、歩き出す。
「あ、今日は緑川さんは良いのか?」
「叶ちゃんも誘ったんだけど、今日は遠慮するってさー。
ちょっと元気無かったから気になるんだけどね」
元気無いのか……
例のブラック・マグマとの戦いが原因なのかな、やっぱり。
「あ、お茶買ってくるの忘れた!
兄貴、悪いけど、先に行ってて!」
「いいよ、俺が買いに行く――」
「良いから、早く行って席を取ってて!
その方が兄貴っぽいから!」
まぁ、確かに、女の子がベンチで待っていて、俺がお茶買ってくるのは……絵的に無いかな。詩織的には。
「分かった、んじゃ、先に行ってる」
俺は先に行って、席を取ってやることにした。
屋上の扉を抜けると、涼しい風が頬を撫でる。
少し肌寒く感じるが、日向はまだ暖かく、ランチには丁度いいかも知れない。
その日向の部分に、ベンチとテーブルが何組か置いてあった。
「さて、とりあえず席を取るか」
空いていた椅子に座り、屋上からの景色を眺め見る。
――と、まだ誰もいないと思った屋上に、一人の女の子の姿があった。
金網の所に、景色を眺める様に佇んでいる。
「あれは……」
見覚えのある姿。髪が少し赤みがかかっている。
声をかけるのを躊躇させる雰囲気だったが、変によそよそしくしても、屋上には俺たちだけ。
変に気を使っても、今後のためにならないと判断する。
「赤城さん?」
俺は金網の所まで移動し、その後ろ姿に声をかけた。
「あ! ……依光くん?」
ゆっくりと赤城さんは振り返り、暖かい笑みを浮かべてくれる。
赤城さんは、見るからに元気がいっぱいで、それでいて優しく感じる女の子だ。
それでいて、非常に可愛い。
クラスで人気者になる理由も頷ける。
だが、振り向いた赤城さんの目元には、涙の後があり、俺は一瞬、失敗したと思ってしまう。
「も、もしよければ、一緒にご飯でもどう?」
その姿に焦り、俺は知らない振りを決める。
そして、別の方向へと話を仕向けることにした。
「え? あ、ありがとう。
大丈夫だよ。……そんな気を遣わなくてもね」
赤城さんは、俺の考えなど分かっているようだ。
俺は無性に恥ずかしくなってしまう。
「その、何かあった? 俺でよければ相談に乗るけど……」
「あ、う、うん。大丈夫……なんだけどね」
見るからに、元気がなかった。
詩織が言ってた、緑川さんの様子。
きっと赤城さんの状況と同じだろう。
――昨日の、シオティンの攻撃で、あと一歩で敗北するところだった。
俺は、その事実が、二人の様子を変化させてるのではないかと思った。
「……」
少し躊躇したものの、正体を知らないように元気付ければ、問題はないはず。
俺は、そのまま放置することもできず、
「その……上手くいかない日だってあるよ。
それに、そこから学べるものがあったとしたら、次にだって繋がるし」
「……え?」
赤城さんは不思議そうに、俺を見る。
「赤城さんは抱え込まないように見せてるけど、それって凄いことだよ。
リーダーの素質なのかな。
……でも、何かに支えられたくなったら、遠慮なく言っていいから。
愚痴くらい、何でも聞くよ」
実際にリーダーかどうかは分からないが、いろいろ抱え込んでいたら少しでも解放してやりたいと思った。
「……あ」
赤城さんは、一瞬、驚いた表情をするが、
「うん。ありがとう!
……依光くんって、優しいね!」
飛びっきりの笑顔をプレゼントしてくれた。
ヤバイな。可愛いすぎる。
「じゃあ、ちょっとだけ良いかな?」
赤城さんは、そう言って、俺の目を見つめる。
「あ、う、うん!」
……可愛い笑顔にドキドキしてきた。
なんだ、この雰囲気。
俺、とんでもなく自爆してるんじゃないのか?
「――お兄様?」
不穏な声が聞こえた。
そして、後ろを振り返ると……
「お兄様、とてもラブラブな姿、拝見させてたもらさせましたわ」
詩織は日本語になってない言葉を発する。
うーん、これは壊れかけてるな。
「あ、詩織ちゃんと約束してたんだね? ごめんね!」
「ううん。こちらこそ話、途中になって。
また今度、詳しく聞かせてもらうよ」
「うん! ありがとう!」
そう言って、赤城さんは、屋上から降りて行った。
マジカル・キュアの話だとは思うが、どのように説明するのだろうか気になった。
いや、まさか、その話以外には無いだろうし……
「お兄様? 何を考え込んでいらっしゃいますデリカ?」
後ろから、闇のオーラが俺を蝕んでいく。
「い、いや、何でもないよ?」
俺は急いで振り向く。
――のだが、そこには誰もいなかった。
「あれ?」
「……何を……探しているのですか? お兄たま?」
後ろの近い所から淀んだ声が聞こえる。
ってか、マジで怖いんだが……
壊れ方が増してきているので、早めに優しくしないとな……
「あ、し、詩織?
今日、バイトに行く前に、一緒に付き合って欲しいところがあるんだ」
「……」
返事がない。これだけじゃ足りない……か。
「いや、その、初めてバイト代もらったことだし、お前に何かプレゼント――」
「いやっふー!!
兄貴、だいすきぃぃぃ!! ウリィィィ!!」
気付くと、俺は詩織に抱きしめられていた。
いったい、どこから現れて、俺に抱き付いて来たのか、全く分からなかった。
それに、まだ壊れているように感じるのは、気のせいだろうか……
……
……
それから、放課後になり、
「大和」
丁度、校門を出ようとしたところで、呼び止められた。
その独特の重い声。昔のヤンキーが入った風貌。
まさに、ウザいであろう、ウザダーこと忠之だった。
「お、どうしたんだ? こんなところに?」
「迎えに来た。今日は一緒だからな」
「へ? わざわざ?」
「……あぁ、前回の汚名を晴らしたくてな……ギリッ!」
ヤンキー的な風貌に加え、興乱学園というヤンキー校の学ランを着ているので、異様に目立つ。
なので、俺と詩織も、周りの生徒たちから変な目で見られ始めていた。
「ちょっと!」
詩織が、忠之の前に立ちはだかる。
「これから、私たちはデートなの。分かる? アンダーストッド?」
詩織は何故か過去形で話す。
「む。そうか……それは邪魔だったか」
忠之は素直に納得した。
どうも、忠之は詩織に弱いみたいだ。
「邪魔よ」
その時、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、白瀬さん」
「あなたには、もう少し考えてからの行動をお願いしたい」
俺の声をスルーして、白瀬さんは忠之の前に出る。
「いいわ。私がちょっと、いろいろ指導してあげる」
「い、いや、白瀬殿は多忙だと――」
「――は?」
白瀬さんはまた鋭い眼力を飛ばす。
「ヒィィ!」
ヤンキー校の名が折れる悲鳴を上げ、忠之は怯えた表情になる。
何なんだろう。
白瀬さんにも詩織にも弱い。
もしかしたら、女性全般に弱いのだろうか?
「し、しかしながら、今日は大和とのシフトなので、白瀬殿には――」
――シュッ
――どんっっ!
忠之の言葉が終わる前に、風切音と、鈍い音がする。
鈍い音は、まるで誰かが登場したかのような音に近い。
すると、忠之が居た場所には誰もおらず、代わりに、校門の門に激突している忠之の姿があった。
「……え?」
俺は何が起こったか分からず、代わりに白瀬さんの方を見る。
「あいつには辛酸を舐めさせられてばかりだったからな。
少しはお灸が必要だ」
そう言って、白瀬さんは、忠之の足を持って、引きずって行こうとする。
「あ、依光先輩。期待してるから」
白瀬さんは笑みを浮かべ、去って行った。
「……なんだったんだ……」
「凄いね! 永礼ちゃん強いから、びっくりしちゃった!」
隣で、詩織は興奮気味に話していた。
「あ、ああ。
俺には何が起きたか見えなかったけど、詩織は分かったのか?」
「うん!
懐に入って、ボディに三発でしょ?
それから体の向きを変えて、ローリング・ソバットからの踵落とし、最後に地獄車をかけてたよ?」
「……そ、そうか」
俺は頷くことしかできず、脱力する。
詩織は柔道の達人。
白瀬さんも格闘技の経験があるようだった。
これは、確かに忠之はビビるな……
まぁ、詩織が柔道やっていたことは知らないだろうけど。
もしかして、俺と仲良くなりたいから、迎えにきたってのもあるのだろうか。
「兄貴、人集まって来てるから、さっさと行こう!」
見ると、今の騒ぎでかなりの人が集まっていた。
「ヤバイな。先生が来る前に、さっさと行こうぜ」
「おおよ!」
詩織はそういうと、一気に駆け出して、校門を潜って行った。
「ちょっ!? はえぇよ!」
俺は詩織の機関車並みのダッシュを急いで追って行った。