第58話:最終戦争 ~ 友情
「ごるぁぁぁぁ! もう終わりだ!
もう終わりなんだよクソッタレゴルァ!」
乱入した猿が吠える。
「なんだこの猿」
「めっちゃ空気読んでない」
「良い所だったのに」
「私がお膳立てしてこれかよ……」
「いや、それより、大和、説明――」
俺たちだけじゃなく、マジカル・キュアの仲間たちにも白い目を向けられる猿。
「おめぇらぁぁ! うっさいわぼけが!!
そこのイチャラブなんか見てるからドキドキするんだろうがぁぁ!
アクアも見事に振られやが――くぁwせdrftgyふじこlp!」
あーあ、言葉の途中で、アクアにぶっ飛ばされた……
今、それ言っちゃいけないね、うん。
葵、真っ赤になってるし……ってか、今ので更にドキドキしたんじゃないの?
「ふぉふぉふぉふぉ!! もうすぐよのぉ!」
と、いつの間に現れたのか、俺の足元にボスが佇んでいた。
「ドキドキメーターの一定値を、もうすぐ超えるぞえ!!」
ボスは恍惚とした表情を浮かべ(犬だからそんな雰囲気で)、俺を見上げる。
「あやつが邪魔しに来たから……いよいよ全面戦争じゃのぉぉぉ!!」
ドキドキしないようにする必要があるから、エテ公が叩き込んで来た訳か……
それなら、味方を気絶させた方が手っ取り早いだろうに。
「この前聞いたけど、いよいよ……結末か」
白瀬さんがそう言いながら、俺の隣に来る。もちろん、オタ・クールとして。
「ファイアと少し話したけど……どうやら、皆、知ったらしいな。
それに……さっきの事で、まぁ、私の手伝いは不要になったみたいだし……
第三者である私をスケープゴートに使って貰おうと思ってたのだが、残念だ」
白瀬さんはそう言って、蹲る詩織を見下ろす。
「詩織さんは……辛いが頑張ってもらうしかないか」
白瀬さんは、蹲る詩織の肩に手をかける。
猿と犬が邪魔してきたが、俺も詩織に声をかけなくては。
「詩織……その……」
だが、俯き泣いている姿を見ると……それにさっきの勢い削がれてしまって、言葉が続かない。
「……私、ずっと……お兄ちゃんと一緒だったから」
詩織が俯き、目を瞑ったまま呟く。
「だから、ずっと――」
「うひょひょぉぉ! 隙だらけだぜぇぇぇ!! ひゃはぁぁぁあ!!」
クソみたいなタイミングで、猿がこちらへと跳躍し、その剛腕を振るう。
「詩織! 避けろ!」
俺は猿の目前に立ちふさがり、手を伸ばして詩織を庇う。
「――お兄ちゃん!!」
詩織は絶叫する。お兄ちゃんと呼んでるが壊れたわけではない。
兄貴と呼ぶ詩織は、”兄離れの一歩”の姿なのだから。
元々、詩織はこうやって、俺の後ろで怯え、誰とも話をせず、友人も作らず、俺にだけ依存していた。
でも、俺が外の世界へ連れ出し、葵と一緒に遊ぶことで、徐々に俺から自立していった。
それが”兄貴”と呼ぶ詩織の姿だった。
あぁ、そうか……俺はまだ、お兄ちゃんと呼んで欲しかったのかもな……
迫りくる猿の右手を、スローモーションのように感じながら、詩織を庇う。
一発を貰う覚悟をした時、俺の前に、薄緑色した髪の女の子が後ろ姿で庇う様に入って来ると――
「マスター! 邪魔しないでください!」
「んだとゴルアぁ――ってミドリてめぇ何やってぇぇ――ぇぇぇひでぶっっっっっっ!!」
ミドリの右ストレートが、カウンターで猿の顔面に突き刺さった。
”ひでぶ”と言ってるが、”あべし”の様に顔面が埋没している。
うん……ミドリ凄いな……怒らせないようにしよう……
「……詩織ちゃん、ごめんね……
でも……私は……」
緑川さんは、俺とその後ろで蹲る詩織に、後ろ目で視線を投げると、直ぐに逸らす。
「……叶……ちゃん」
「な、お、おい……どうして全員、本名? っぽいので呼び合ってるんだ?
これって、どういう……? それにカウンターで上司を……?」
空気を読まないウザダーが、横から俺に話しかけてくる。
「いや、もう分かり辛いし? だから本名で良い的な?」
「え? そ、そうなの……か?」
「……」
ウザダーは、俺の隣にいるボスに目配せをすると、ボスはため息後に頷く。
「まぁ、そうよの。これはこれで面白いから有りじゃの。
戦いも終わるじゃろうし」
ボスはそんな事を言い終わると、「もうすぐじゃぁ」とニヤニヤして俺たちの戦いを眺める。
俺は詩織の方に視線を戻すと、詩織は一瞬、顔を上げようとしたが、直ぐに俯き、
「……私、ずっと……誰かに守られてばかりだね……
お兄ちゃんと……そして、叶ちゃんにも……
これじゃ……ずっと、私は……」
詩織は、そう吐露する。
「詩織……」
「詩織ちゃん……」
悲痛な様子に、俺と緑川さんが詩織に近づこうとすると、
「そんなの、分かってたことでしょ!?
自分で分かってて、それでも、自分が納得しないだけだったんだから」
葵が後ろから詩織を抱きしめた。
傍らには、赤城さんと白瀬さんもいる。
「兄貴に好きな人が出来たんだから! 応援してあげようじゃない!」
葵はそう言うと、詩織を抱きしめる腕に力を込めた。
すると、詩織は顔を静かに上げると、緑川さんに問いかける。
「……叶ちゃん
……お兄ちゃんのこと……好きなんだよね……?」
「……っ!
だ、大好きです……!
すごくすごく、大好きなんです!」
緑川さんは、真っ赤になりつつも、間髪入れず力強くそう宣言する。
詩織はそのまま俺へと視線を移し、何かを話す前に、俺の方から、
「俺は、緑川さんが好きだ」
告げる。
新しい溜息と共に、詩織は俯くと、後ろから支えている葵が力を込めて頷いているのが見て取れた。
「ヤ、ヤマティンさん……!
あ、いえ、お兄さん……!
あ、あの……! すごく……嬉しい……です!!」
「……叶ちゃん……
そっか……葵ちゃんの言う事、分かった気がする……
私も……同じなのかな」
そう言うと、詩織は今までに見たことのない笑み……いや、それは諦観……、いや達観したような深い笑みを浮かべた。
「……詩織ちゃん……ごめんね……でも、私……」
「いいの、叶ちゃん……私、ずっと気付いてた……」
二人が目を合わせ、微かに微笑んだ時、俺は先ほど言えなかった言葉を言うべく口を開く。
「詩織……さっき言おうとしたけど、俺たちは兄妹だから、何があってもずっと――」
「ごるぁぁぁぁぁぁああああああ!! やべぇぇぇぇぞごるあぁぁぁ!!」
そして、猿が復活した。




