第48話:ライバルの気持ち
「今日は全くドキドキなかったのぉ。ゼロじゃ」
「ふえぇぇぇぇ!」
ボスの言葉に、オタ・クールは絶叫を上げ、へたり込む。
「……ヤマティンとシオティン、このままだと金が無くなるぞ?」
ボスは目を細めてそう告げる。
「そこは微妙な加減で、貰うところは貰うわよ。
ふん! 全部持って行かれたら、さすがに我慢出来ないし!」
と、詩織がそんな事を言うと、白瀬さんが、何の話? と聞いてきたので、さあ、としらばっくれた。
「ふぅ……まあええわ。
お主が最後まで我慢できるとも思わんしな。
まぁ、メーターはある程度下がったが、まだまだこちらが勝っていることには変わらんし」
そこまで言って、ボスはちょこちょこと俺の方へ寄ってくる。
「お主も、まぁ、絆は少しだけ増えたようじゃな……
あっちは、お主を眺めてただけに過ぎぬが、よっぽど好きなのじゃろうて」
その言葉に俺は嬉しくなり、顔が赤くなるのを感じる。
「ぐぬぬぬぬぬ!
見てなさい……最後に笑うのは私だから……
こうなったら、無理やり私を孕ませ――うぎゃぁぁぁ!」
とんでもない事を口走ったので、さすがにおれはチョップを噛ます。
「お前はブラコンなのか変態なのか禁忌なのか、分からんな……」
「ふふ」
――!?
俺のチョップを受けて、詩織は壊れたような笑みを浮かべた。
「良い事考えちゃった……
そうよ。私は一人じゃない。
敵は複数いるけど、ラスボスだけ倒せば……あとはどうにか!!」
そう言って、詩織は踵を返すと、アジトから駆け出してしまった。
あいつの邪悪な笑み……嫌な予感がするな……
追いかけようか迷っていると、
「――くっ! 今日はたまたま!! こうなったら明日も出よう……!
このままだと金が無くなる……!」
白瀬さんは切羽詰まった声で、机を叩いている。
今の白瀬さんの言葉からすると、明日もバイトに出るようだ。
「見習い期間は終わりじゃからな。好きにするとええ」
白瀬さんの声に合わせたかのように、ボスが俺の足元で付け加える。
俺たちが見習い期間だったので、交互に指揮に付いてた白瀬さんと忠之だが、完全自由化になったようだ。
「土日以外は休まぬように、好きにせい……」
「はいよ……」
俺は一応、その言葉に応え、アジトを後にする。
詩織を追いかけようと思ったが、もうどこに行ったか分からないし、今日は素直に帰ろう。
……
……
「兄貴に好きな人が出来たみたい」
「――は!?」
桃源町商店街の一角にあるファミレス。
その窓際で、角から二番目にある四人掛けの席。
座っているのは、少し青みがかかった髪の女の子と、黒髪のお淑やかそうな女の子の二人。
二人の制服は異なるので、違う学校同士の友人だろうか。
黒髪の女の子の言葉に、青みがかかる髪の女の子は、驚愕の表情を浮かべた。
「え? 大和に……好きな……人?」
「……うん」
賑やかで温かいファミレスだが、この席周辺だけ、音が消え、温度が下がるような気配に包まれる。
「葵ちゃん! このままじゃまずいよ!
一旦、同盟でも組んで、兄貴を振り向かせるように何とかしないと!」
「え? あ、ああ、そ、そうね……でも……え? 好きな……人……か……」
葵と呼ばれた青髪の子は、テーブルの一点を凝視し、そこから顔が動かない。
テーブルを見ているだけなのか、頭で何かを考えているのか、呆然としているのか。
「ん? 葵ちゃん……
なんか冷静っていうか……落ち着いてるっていうか?
今までだったら、『そいつ誰? 殺す!』とか言ってそうなのに」
「え? そ、そう? そんなことはないけどね……
でも、まぁ詩織ちゃん程ではないかな」
その答えに、黒髪の女の子――詩織は訝しげに葵を見つめる。
「何か、様子が変だよ?
……あの時は、かなり切羽詰まって、必死だったのに」
詩織は唐突に言う。
葵は少し体を硬直させたが、直ぐにアイスコーヒーのストローを回しつつ、
「まぁ、私はずっと待ってたし、好きな人もいるかもってのはあったからね……
って、はぁ……しかし、本当に全部覗いてたんだね」
「あったりまえじゃん!」
葵の言葉に、詩織は力強く答える。
でも、やはり葵の態度が腑に落ちない。
告白した時の必死さというのが希薄になっているような気がする。
「うーん……なんかおかしいけど、分かった!
とにかく! 私たちでこちらに振り向かせるのよ!」
「はぁ……とか何とか言って、どうせ、私を利用する気マンマンなんでしょ!」
そこまで言って、葵は考える。
……でもあえて使われるのもありかな。
隙をみて、詩織ちゃんのブラコンとあいつのシスコンも直せば。
その後、どう転ぶかは自分でも分からないけど。
「そうね! 私も未だ……負けらんないか!」
葵はそう言って、詩織の言葉に頷いた。




