第46話:日常の一コマ ~ 戦いの前に
「先週は大変だったわね」
アジトへと向かう商店街への道。隣の白瀬さんがそう言った。
あの戦いから週末を迎え、今日が次の稼働日となる。
なので、今日から負けるように促さないといけない。
が、これは白瀬さんには言っていない。
あくまで俺たちに問題だから、ここは黙って自然にやろうと、俺と詩織で話し合っていた。
「あのクズがもっと使える奴だったら、詩織さんのカバーできたはずなのに」
「あははー! だよねー! あのクズマジうけるー!」
白瀬さんの忠之ディスに、詩織は煽り気味に同意する。
先週のは忠之がどうとかじゃなく、単純にミドリの件で場が荒れてただけだが。
「あ、そうそう。
ボスから言伝だけど、見習い期間は終了で言いそうよ。
これで図書委員がもっと捗るわね」
白瀬さんはそう言って、アンダーリムの眼鏡をクイっと持ち上げる。
「ローテーションは後で考えましょう」
白瀬さんはそう言いながら、鞄の中から冊子を取り出す。
「あと、これ」
それを俺に手渡した。
「ん? これは?」
「言ったでしょ? 私の二次創作を見て解決策を考えるのも良いんじゃないかって」
「あ、そういえば……」
「ん? 何の話?」
隣から詩織が顔を突き出してきた。
「私の二次創作の感想を貰うことになってるの。
良ければ、詩織さんも見る?」
と、白瀬さんはそんなことを言ってきた。
大丈夫なのか? 兄離れの解決策っぽいのが作品のテーマなのに、こいつに見せたらネタバレになるんじゃないか。
そう思いつつ、詩織は俺に渡された冊子の表紙を覗き込んできた。
それに合わせて、俺もどんな本なのか手元へ目線を向ける。
「凄い! それは面白そうだね……!
えと、タイトルは……『姉萌え』? え? 姉?」
「……」
「……」
「……」
「ううん、いいや、見ない。
……っていうか、兄貴も感想レベルでしか見ちゃだめだよ」
そう言って、微妙な表情をした詩織は俺たちから離れて先頭で歩き出す。
「をい!
何故あのテーマで、このテーマなんだ?
これが解決策ってことは、俺に姉を寄こせ!」
「落ち着け。
そうじゃない。まぁ、そうとも言えるが、まぁ、軽く見てくれ」
そう言われたので、俺はページをめくることにした。
あ、これは少女漫画……
そっか、今、初めて分かったけど、白瀬さんの二次創作って、ジャンルは少女漫画系か。
……そのジャンルって結構、レアなんじゃないのかな。
そう思いつつ、俺は軽い気持ちで、歩きながら目を通す。
ん?
姉なんか出てこないんだけど。
……
……あぁ、妹ものっぽいけど、これ……は。
元ネタは知らないけど、この展開って。
「どう?」
「ん。そうだね、いろいろ……参考になるかな」
「ふふ、そう?」
「元ネタって何の漫画なの?」
「いや、これはオリジナルだよ。
最初は元ネタがあったんだが、想像というか創作が膨れすぎちゃってね。
全部オリジナルに変更したんだ」
「すごいな……そうなんだ」
「ダブルデートのおかげだね」
白瀬さんは満足そうにそう言い放った。
あぁ、あの時のシチュエーションで、いろいろ捗ったんだな。
そして、俺はもう一度、その本に目を通す。
内容としては、全然『姉萌え』じゃない、妹もの。
ブラコンだった妹は、最終的に兄のもとから巣立ち、新しい信頼を築いていた。
そのきっかけとなったのが、兄の病気。
一命は取り留めるが、もし兄がこの世を去ることがあれば、今の妹一人では生きていけない。
なので、兄は妹を厳しく突放しながらも、支えて見守って行く。
巣立ちね。そして、新しい信頼……か。
「ところで、何で、『姉萌え』なんだ?」
俺はいろいろな感情を抱きながら、ふと疑問に思ったことを聞いた。
「これは第一部だからな。
第二部に入って、主人公に出来た恋人が百合なんだよ。それで妹に対して――」
「いや、もういい、もういいです」
「そうか? この続きは18禁だから、出来上がったら依光先輩にだけ見せようと思ったのに」
「……その年で18禁書いてるって、すげぇ矛盾してるんだけど……
ってか、これ、詩織に見せるのか?」
「まぁ、そのつもりだったんだけど、『姉萌え』ってタイトルで拒否られたし、
依光先輩が見せる必要が無いと思えば、それでも良いよ」
うーん……
何となく漠然とは把握したけど、実際に行動するには、まだいろいろ考えないといけないし、それに、あまり見せたくないな……
「うん、まぁ、俺がいろいろ考えるから、見せなくても良いよ」
俺がそう答えると、白瀬さんは含み笑いして、
「そう言うと思ったよ。何故か分かる?」
と、俺に問いかけてきた。
え? 何なんだ?
見せたくないって事が分かってたし、それは何故かって?
……
俺はそこで、白瀬さんが書いた本を思い出す。
……
あぁ、なるほど……ね。
「そっか、俺がシスコンだからか」
「そう言う事」
満足げに白瀬さんは頷いた。
その主人公の最初の行動は、妹離れからしていた。
……まさにそうだな。




