第43話:記憶の深淵に
「この、クソ猿!
存在が終わるとか言うから、ミドリがタイムリープしてるとか、別次元の人かと思ったじゃねぇか!」
「そんなSFな力あるわけねーだろ! クソ人間が!
だが、記憶は全部無くなるからな!? そうだろう? マジカル・キュアの存在が無くなるんだ!
だから、お前らの記憶も、お前とのドキドキの記憶も無くなるんだぞ!」
「べ、別に俺の記憶が――」
「ミドリが大切にしてる気持ちも……無くなるぞ?
涙を流して嬉しがってた記憶は穴となって、なんらかの喪失感と虚無感が、これからの人生に影響を与えるかもなぁ!?」
「――くっ!」
そんな事を言われては、こっちもキツイ。
「なぁ、お主よ。どうする? 勝負がついても良いのか?
このままミドリとイチャイチャしたくないのか?」
「ヤ、ヤマティン! 騙されるでないぞ!
どっちにしろ勝負はつくものじゃ!
確かにその時、マジカル・キュアとブラック・マグマは存在意義が無くなるが――」
「ドキドキさせず、空回りしろ! そうすれば溜まったメーターも解放されていくだろう!」
ボスの言葉を遮るように、エテ公はしたり顔でそう告げる。
そんな事……言われてもな。
ボスの言うとおり、いつか必ず勝負は決まる。
そして、俺たちの役割は解放され、場も元通り。そして、記憶も消えるだろう。
だから、ここで、そんなことをせずとも、どっちにしろ記憶は消えて――
「そして、記憶の深淵に何か楔があれば……知らぬお前に会っても、何らかの反応――いや、想いは受け継がれるかもな……」
「え?」
「だが、まだその時間は少ないだろう? 全然何もやっちゃいない。そしてお前らの活動もな。
良いのか? もう決着が付いて良いのか?
楔を打ち込んでいない、そして何も記憶に残らない。
良いのか? お前らの行動がただの幻に消えて良いのか?」
「ぐぬぬぬぬぬ! ヤマティン、騙されるな!」
エテ公の言葉に、ボスは悔しそうに歯噛みし、叫ぶ。
その時――
「話は分かったわ。兄貴、決まりね。まだ決着しちゃダメよ」
シオティンが俺の後方から突如現れた。
逃げたはずなのに……ってか、こいつは神出鬼没すぎんだろ……都合よく現れ消えて行くとか……どんなゾンビだよ。
「こんな悔しい事……忘れるなんて無理。
必ず決着を付けてから終えてやるわ! そしてその記憶は残るのよぉぉ!
ずっと、悔しい思いが残るのよぉぉぉぉ! 絶対に、そうさせてやるのぉぉ!」
シオティンは……壊れたのかな、いや、まだ大丈夫か。
結構、ギリギリっぽいけど、それに近い憤りを見せている。
「……私の婚約指輪に誓って……必ず兄貴と結婚する……」
おぉ……! ここで例の勾玉に更に願いを込めるか……!
――ん? って、もし勝負がついたとしても、その勾玉だけは残るな。
そうなると、厄介だ。勾玉に関する記憶も消えるだろうから、きっとそのまま放置され、結婚に……!?
げ! それは駄目だ! でも勾玉を奪うにも詩織が相手じゃ難しいし、時間的に厳しい気がする。
このままだと決着の方が早く訪れて、そのまま記憶が消える方が早いな……
……
……うむ。
……まだだ!
まだ決着するべきではない!
ミドリの気持ちも、シオティンも……そして葵への新しい気持ちも、どうせなら、ちゃんとケリを付けたいし。
「ボス!」
俺は叫ぶ。
「な、なんじゃ……?」
「俺はまだ……暴れ足りないみたいだ」
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「――くっ!
そ、そうじゃ、シ、シオティン! お主、そんな事を言ってるが、無駄じゃぞ!
我らが勝てば、結局はあちらがドキドキすることになるのじゃからな!
お主は、ミドリに勝つのが目的じゃろう!?」
ボスがそう言う。
確かにそうだ。
シオティンが”やりたい行動”は、全てミドリをドキドキさせる行為に繋がる。
そうすれば、シオティンの目的とは異なる結果になるのでは?
「あっちをドキドキさせないで、記憶に残れば良いのよ。
その後で、ドキドキさせて私たちが勝てば、その悔しい記憶はずっと残る……」
シオティンは呟くように言う。
確かにそうだが、そんなこと出来るわけが――
「ふふふ……
暫くは、負けを演じる必要がありそうね……
肥えらせて食うのは……楽しそうね。
それに、大丈夫。私には婚約指輪があるんだから」
シオティンは将来の敵の絶望のために、今を我慢する……だと?
その分、勾玉の願いの比重が重くなりそうだ……クソ……!
……でも、まぁ、それで良いか、とりあえず。
このままじゃ、ミドリのことを忘れ、そして勾玉のことも忘れてしまうからな。
よし、まとめてみよう。
とりあえず、ドキドキメーターを解放させ、この関係を継続。
俺は……俺の気持ちがどうなるかは分からないけど、でも、ミドリに惹かれてる……から、将来のために……ミドリとの思い出を、記憶の深淵に打つ。
そして……シオティンはそこで絶望させて圧勝する気でいるけど、俺は違う!
そう! そこで勾玉を奪い、そして、シオティンにも兄離れをさせる!
それが……俺の目的だ!
……葵とも……決着を付けないとな……
……
……
その後、ボスには悪いが、嘘を言いまくって何とかその場は納得させた。
ボスは怪訝な表情をしていたが、まぁ、半分は諦めていたようにも思う。
「まぁ、この勢いはどうせ止められんじゃろうて。対策のしようがないじゃろうからな……
それに、シオティンは強いからの。決着は必ず訪れる」
そう言って、去って行った。
エテ公は俺たちを言い包めたと思ってか、機嫌よく帰って行った。
そして、今、クレーターには俺とシオティンの二人だけ。
「なぁ、シ、シオティン、その、良いのか?」
「……」
ん? シオティンの様子が?
え? なんかちょっと泣きそう?
「……仕方ないじゃない……
兄貴は……ミドリに……てるし……
葵……ちゃんには……言ってくれたけど、それでも、やっぱり不安……だったし
だから……」
シオティンは、半分泣きながら、下を向いて呟くように話を続ける。
「もし、記憶に……残ってたら……絶対に引き継がれる……
そうなったら、私も忘れてるだろうから……後手に回ってしまう……そう……今じゃなきゃ……
今、諦めさせて……私が絶対王者に……私が兄貴の正妻と周囲に認知させなければ……!
そのためには、ある程度我慢しなきゃね……」
途中まで可愛く泣いてた? シオティンだったが、後半は目からハイライトが消え、まるで闇堕ちしたかのような、危ない表情になってしまった。
「兄貴!
私は、私で戦うから。だから大丈夫。
私は……! 兄離れなんかしないから!」
ぐ、ぐぬぬ……!
そんなことを宣言されると、シスコンの俺としても嬉しく思ってしまう。
だけど、やっぱり……
兄離れは必要……だと思う。
俺も思うところはあるから、急には難しい。
だから、徐々にやって行こう。そのためにも、この気持ちと環境を続けるためにも、やはりドキドキを少し解放させないとな。




