第4話:戦いの幕開け
「――ここにいた」
突然、後ろで声が聞こえた。
「おぉう!?」
俺は驚きざま振り返ると、そこには、白瀬さんが立っていた。
「来るのが遅いから、迎えに来たわ。もうすぐ時間だから」
「あ、あぁ。分かった」
急に現れたことに驚いたものの、俺はその言葉に頷き、白瀬さんの後を追う。
「あれ? 時間というと、バイトの開始か……」
「ああ、そうだ」
俺が尋ねると、白瀬さんは短絡的に答えた。
「こっち」
白瀬さんはそう言うと、とある廃ビルへと入っていく。
物々しい雰囲気だが、俺たちは後についてビルの中へと入る。
「ここって、何なんだ?」
「ここはいつも変身する場所……
誰も来ないから、ここで変身すれば大丈夫だ」
「あ、変身か……んで、どうやるんだ?」
俺は鞄にしまっておいた、例の十字架を出しながら聞いた。
「まずは、その十字架を掲げる」
「ふむふむ」
「それから、頭上を見る」
「ふむ」
俺が頷くと同時、白瀬さんは狂った表情をしながら、叫びだした。
「ヒャハハハ!
我らがブラック・マグマは全てを滅ぼし、そのカルマごと、業火で焼き尽くしてくれるわぁぁ!!
……って叫べ」
「なんだぁそりゃぁ!!」
俺は、あまりの中二――いや、白瀬さんの完璧な演技に、突っ込まずにはいられなかった。
「う……私だって、恥ずかしいのよ……だって、仕方ないじゃない……」
「え!? いや、その……悪い」
クールな白瀬さんが、真っ赤になって、俯いてしまった。
この姿には意表をつかれた。
「さぁ、やれ。私を辱めておいて、やらないと言ったら、殺るぞ」
「はい。すいません」
そう言って、俺は詩織と顔を見合わせた。
「面白いじゃん、さっさとやろ! 兄貴!」
そう言った詩織は、細見の十字架を掲げ、目一杯のキチガイ顔をして、
「ヒャハハハ! 我がブラック・マグマは兄者に忠誠を誓い、兄者の為、兄者の奴隷となるべく、全ての愛を受け止め――」
詩織が変態の言葉を紡いだ時、持っていた十字架が眩しいくらいに光り始める。
「――な、なんだ!?」
一瞬だが、目が開けてられないほど輝いたかと思うと、すぐに収束し始め、そこに立っていたのは、
「し、詩織……?」
「すごぉぉい! カッコイイ! どう? 兄貴!?」
詩織は自分の姿に興奮し、クルクルと回っている。
全身黒ずくめで、頭には小さい魔女型の帽子、黒いマント。
それに合わせたかのような、機械仕掛けっぽい杖。
そして、無い胸には悪いが、少しでも強調しようと、胸元が少し空いてセクシーな黒いワンピース。
だが、顔の形、髪の色はそのまま変わらず。
知り合いに合ったら、ばれるような気もするが、今は考えないようにするか。
確かに、可愛いからな。
「おー! 可愛いな、詩織!」
俺の言葉に、詩織の動きは止まり、真っ赤な顔でこちらを伺い始めた。
「お、お兄ちゃん……」
あ、また始まってしまった。
「――な、なあ、白瀬さん。
ところで、あんな変身の呪文で問題なかったのか?
白瀬さんのとは違ってたけど?」
詩織が面倒なことになる前に、出来るだけ話を逸らしたく、見守っていた白瀬さんに声をかける。
「ん? ああ。ヒャッハハハ、だけ合ってれば問題ない」
「――なんだそれ!?」
「知らん。そんなものだ。それより、次だ」
俺の突っ込みを華麗にスルーして、白瀬さんは俺に促した。
「分かった。んじゃ、同じように――」
「兄貴、分かってるよね! わくわく! てかてか!」
いつもの調子に戻った詩織は、俺を期待の眼差しで見つめる。
それを受け流して、俺は十字架を掲げた。
「ヒ……ヒャハハハ!」
特に言うことが無い俺は、合図の単語だけを叫ぶ。
すると、詩織と同じように十字架から光りはじめる。
「あ、兄貴、ずるい! 私ばっかり――」
詩織が非難をしたと思った時、静寂が訪れた。
とは言っても、一瞬であったのだが、その静寂は俺を無性に冷静にさせた。
なんで、こんなことが起きるんだ?
……あれ?
この光……懐かしい気が……
一瞬の思考の後、視界は元に戻り、目の前に詩織と白瀬さんが立っていた。
すると、
「キャァァァ! 兄貴ぃ! カッチョイイ!!」
まるで、アイドルを追っかけまわすように、目がハートになった詩織は、ぴょんぴょん飛んでいた。
「いいんじゃないか?
魔法使いというよりは、戦闘員とウィザードを足したような感じだな」
白瀬さんがそんな感想を言った。
改めて、自分の姿を見てみる。
とは言っても、鏡は無いので、あくまでも服装だけなのだが。
確かに、戦闘員とウィザードを足したような感じだ。
手には同じように機械仕掛けの杖。
黒ずくめのスィットスーツに戦闘用ブーツ、嫌みのない黒いマント。
頭には小さ目の三角帽子なのだが、これがゴーグル完備となっている。
「いかにもっぽいな……」
俺は感想を漏らす。
「そういえば、白瀬さんはどんな格好になるか、分からなかったんだ?」
「ああ。それを決めるのは、ボスだ。私は知らない。
でも、かなりの代物だと思う」
俺の問いに、白瀬さんは満足そうに答える。
以前の会話からも、白瀬さんはボスを敬愛しているのが分かる。
まだ会ってないが、どんなボスなのだろう……
「さて、私も変身するか」
そう言って、白瀬さんは懐からスマホを取り出した。
「え? 何でスマホ?」
「ああ。私の変身はこれなんだ。変身アプリを入れてある。
人によって違うみたいだな」
「――はぁぁ!? 変身アプリ!? なんでっ!?」
「知らない。これもボスの思うままに」
あまり世界観崩壊に、俺は驚いてしまったが、白瀬さんは淡々とスマホをいじり始める。
「あ、ちょっと待って。呟くから……なう、っと」
なうって……ちょっと古い気もするが、変身前に何をやってんだ……
「あ、リプきた。ちょっと待ち」
そう言った白瀬さんは、スマホを片手で華麗に操作する。
「……」
俺と詩織は顔を見合わせながら、暫し待つ。
……まだかな
「なんか、白瀬さんって、会うたびに印象が変わるね……」
詩織が俺にそう言ってきたのも、無理はない。
俺もそう思っていたからだ。
しかも、その印象もコロコロ変わり、掴み所が無い。
「まぁ、面白い……んじゃないか? 多様性ってやつだよ」
「それ、違うと思うけど、そういうことにしておくね……」
詩織がそう答えた瞬間、白瀬さんが光に包まれ始めた。
「え!? 何で急に――」
俺がそう叫ぶと、その光はさらに輝きはじめ、部屋が真っ白になる。
自分の時とは比較できないが、詩織の変身の時よりも、激しい光だった。
そして、時間にして数秒くらいだとは思うが、長く感じる。
「お待たせ」
声が聞こえた瞬間、光は急に収まる。
白瀬さんはにこやかに立っていた。
白瀬さんの格好も、詩織のそれに近い。
だが、胸元は空いておらず、代わりに赤いリボンが施されてあり、衣装の色も純白であった。
「あーびっくりした。
永礼ちゃん、ヒャハハハ! ってしないんだもん!」
詩織はそう言って、白瀬さんを非難する。
確かにそうだ。あまりにも急だったので、びっくりしてしまった。
「私の変身方法は、呪文による起動ではない」
白瀬さんはそう言って、説明を始める。
「変身専用のアプリから呟いて、そのリプに答えることが、起動キーとなっている」
……むちゃくちゃだった。
大体、呟きに対して、リプが来なかったらどうするんだよ……
「ちなみに、ウザダーの変身方法は、手鏡で自分を映して決めポーズだ」
「うわ……」
「うわ……」
俺と詩織は、その言葉にドン引きした。
「とまぁ、皆バラバラな変身法だ。
解除するときも同様にな」
白瀬さんはそう言うと、俺たちの前に出て、改め直す。
「さて、次はメンバーの固有名だ」
俺たちの反応を全く解せず、白瀬さんは次の説明へと移った。
「私の変身後の名は……オタ・クールだ!」
……えーっと
ドヤ顔で宣言されたものの、俺はどうして良いか分からず、立ち尽くす。
「――そして!!」
白瀬さんは詩織を指さす。
「詩織さん、あなたは、シオティンよ!!」
……シ、シオティン?
「依光先輩、あなたは、ヤマティン!!」
ヤ、ヤマ……ティン?
続けざまにそう言い放ち、白瀬さんは腕組みして満足そうだった。
「質問は?」
「あ、い、いや、それって、白瀬さんが付けたのか?」
「――愚問。先ほどの同じ。全てはボスの趣くままに」
「そ、そうか。なら、いいよ……」
俺はあまり納得できなかったが、面倒なので受け入れることにした。
「あと、その十字架の後ろ。
そこに戦線を離脱できる、エスケープボタンがある」
「エスケープ?」
「そう。危なくなったりしたら、それを押して。逃げられるから」
白瀬さんはそう付け加えた。
「逃げる時ね……やっぱり戦うのか」
俺がそう呟くと、詩織は手持ちの杖をくるくる回しながら、白瀬さんに質問した。
「ねぇねぇ、永礼ちゃん。
敵――というか、マジカル・キュアが出てくれば、怖い目に合わせればいいんだよね?
戦うの?」
「ああ。戦って構わない。
そのための武器だ。
神通力が仕込んであるから、かなり強力だ」
「おいおい、そんなの大丈夫なのか?
怪我なんてさせるは嫌だぞ」
俺は驚いて、白瀬さんに詰め寄った。
「変身後の衣装にも全て、神通力が仕込んである。
その姿が既に、神通力そのものの姿だ。だから大丈夫。
それに、お互いプロだ。
生半可な手加減は、神への冒涜にも繋がるから、注意だ。
全力で対峙しろ。
給料がかかっていることも忘れるな」
白瀬さんに捲し立てられ、俺は黙るしかない。
まぁ、最初は様子見しながら、周りに合わせるか。
「あれ? 白瀬さんの武器は無いんだな?」
ふと、白瀬さんは俺たちと同じような杖を持っているのかと思ったが、手には何も持っていない。
「あぁ。私は大丈夫。
ちゃんと持っているから心配しなくても平気だ。
――では、行くぞ」
そう言った白瀬さんは踵を返した。
別の武器でも持っているのだろうか……
俺たちは白瀬さんの後を追い、建物から外へ出て、一気に商店街の中心までやってきた。
通行人は、俺たちの格好を見て、やたらと怖がっていた。
悪の組織として、この街では有名になっているのだろう。
とある一角に来て、白瀬さんは叫ぶ。
「子供たちよ、出て来い!
メンタルがダウンする、素晴らしいお菓子をあげるぞ!」
メ、メンタルがダウン……確かに、恐ろしい……のか?
「な、なぁ、何でメンタルがダウンなんだ……?
しかも子供って――」
「子供は国の宝だ。
その宝のメンタルがダウンしたらどうなる?」
「ど、どうなるって……」
「ふふふ。国は亡びるのさ」
白瀬さんは嫌らしい、悪魔のような目つきでそう呟くのだが、
「……は、はぁ」
俺は、その計画の意義が分からず、微妙な返事をしてしまう。
確かに言ってることは分かるが、永遠にメンタルがダウン――落ち込むわけでもないだろうし、気が長いし、効率が悪い。
それに、ウザダーの時もそうだが、子供をダシに使うのが多いのだろうか。
「た、助けてぇぇ!」
「いやァ!」
そんなやりとりをしていると、周りにいた人々は、我先にと逃げ出し始めた。
「あ、悪魔め!」
「子供をダシに使うとは!」
人々は呪いの言葉を吐きながら、我先に逃げ出して行く。
「ふ、ふふふふ!」
その姿を見た白瀬さんは恍惚の表情を浮かべ、大いに満足していた。
「そこまでよ!」
すると突然、格好良いセリフが響き渡る。
俺たちは、声のする方へ顔を向けると、そこには煌びやかな白い甲冑を付けた女の子が立っていた。
全部で三人。
赤と緑と青のリボンを付けた、マジカル・キュア。良い神様の代理であり契約者である彼女たち。
「来たな、マジカル・キュア」
白瀬さんはニヤリと口を曲げる。
「くっ。今日は、貴方なのね、オタ・クール!」
ファイアは、白瀬さんを見ると、余裕なく答える。
「ふふふ。今日はウザダーは非番でな。今日は私が相手だ」
白瀬さん――いや、オタ・クールと呼ぶべきか――が答える。
「ウザダーならまだしも、貴方が相手とは……」
ミドリは小さな声で、そんなことを言う。
アクアは後ろで、二人の様子を見ていた。
この前のこと、まだ気にしてるのかな……
俺は、何となくそんなことを考えていた。
しかし、こうやって対峙してみると、本当に、赤城さんと、緑川さんと……葵。
まさに、その人たちだ。俺は微笑ましい気分になり、頬を緩める。
「――っ!?」
「ん?」
俺の姿を捉えたマジカル・キュアの三人が、こちらを見て怖がっていた。
「あ、あの人たち――」
「ミドリ、気を付けて!
あの不気味な笑い!
きっと仲間で、凶悪なやつよ!」
俺の微笑ましい笑顔が、凶悪な笑いに変わっていた。
「おいおい、それはいくら何でも失礼じゃないか?
マジカル・キュアの姿が微笑ましくて笑っていただけだ」
「――っ!」
三人は更に俺を警戒し、いつでも反撃ができる体制を取る。
あれ? 何でそんなに怖がってるんだ?
――と思ったが、改めて俺のセリフを見直すと、確かに悪役のボス級のそれだった。
「そうだよ。私たちは、貴方たちの滑稽な姿に、笑っていただけだからね!」
すると、後ろから詩織――シオティンがそう言いながら前に出る。
それを見たオタ・クールは満足そうに、
「そうそう。彼らはお初にお目にかかるわね。
今までが茶番に感じるほど、恐怖を与えるわ。彼らの力によって」
そう言ったオタ・クールは、間合いを詰めていく。
「兄貴、どうする?
何か勝手に盛り上がってるけど、私たちは私たちでやる?」
そんな時、緊張感の無いシオティンの声が聞こえた。
「あぁ、そうだな。
要するに恐怖を与えれば良いんだから、非暴力的な事でやろうぜ」
そうは言ったものの、なかなか思いつかないでいると、オタ・クールとファイアが戦いを始める。
「えい!」
ファイアは炎を纏った拳を、オタ・クールに浴びせようとするが、なかなか当たらずにいる。
オタ・クールの敏捷性は高く、余裕の笑顔で躱している。
そして、手の甲から出現する光の刃が、ファイアを襲っていた。
「なかなかやるじゃん」
俺は感心して、その様子を眺めていた。
オタ・クールは、俺たちのような杖ではなく、彼女自身が武器を作って攻撃してるようだ。
その戦いを見ていると、その強さは異常で、忠之が怖がっているのが分かる気がした。
「本当だ! 凄いね! 異種格闘技みたい!」
そう言って、詩織は手持ちの杖をくるくる回している。
「――貴方たち!」
すると、突然声が聞こえた。
俺たちは声の方へ振り向くと、そこには、ミドリとアクアが立っていた。
「どういうつもり?
子供を盾にするなんて、卑怯だわ!」
アクアは正義感を伴って、そんなことを言うのだが、俺には久しぶりに見た葵に、懐かしい気持ちでいっぱいだった。
「ふふふ」
俺はつい、口元を緩めてしまう。
「ひっ!」
だが、俺の笑顔に、アクアとミドリは恐怖で後ずさりをする。
「――ちょっ!? 酷いなぁ」
俺は軽口を叩いて、距離を詰めた。
――葵、と変身前の名前で言おうとして、俺はハッとして止めた。
流石に、お互いに変身しているのが前提のバイトだ。
そんな無粋なマネはしたくない。
それに、何故だか知らないが、正体に関しては俺だけが知っていて、他の全員が知らないというのも気になっていた。
確かに変身はしているが、バレバレの格好だ。
だが、詩織も緑川さんも全員が知らない様子なのだ。
そんなこともあり、正体について話すことは、俺の中ではいつの間にか禁句になっていた。
「ミドリにアクア……だよな?」
俺は改めて、二人に声を掛ける。
すると、二人は警戒しながら、その言葉に頷く。
「初めまして。俺は……ヤマティン」
自己紹介するものの、ヤマティンと言うのは、流石に恥ずかしく感じてしまう。
「私は、シオティンだよ!
兄貴に傷つけたら許さないんだから!」
俺の背中から、顔だけ出した妹が二人に威嚇する。
「しお……ティン。お前の方が強いんだから、そんな陰に隠れるなよ」
危なく詩織と言いそうになって、言い換える。
「そうそう、俺たちは暴力的なことは止めようと思う。
でも、任務はあるから、君たちには……怖い思いをさせてしまうが、それで良いか?」
と、俺は正直に話すことにした。
いきなり恐怖とか言われても、やはり女の子相手は気が引けてしまう。
「――え?」
俺の言葉に、ミドリとアクアは驚いた表情となる。
まぁ、当たり前だろう。
悪い神様の使いがそんなことを言ってるのだから。
「そうそう! じゃんけんでもしようか? 何がいいかなー」
詩織は杖を回しながら、そんなことを言う。
……何か、嫌な予感。
あの杖って、武器だったよな……
と俺が思うのと同時、くるくる回した杖から、炎の矢が無数出現し、一気にミドリとアクアに向う。
「え! な、なんで!?」
シオティンは驚いて、尻餅を突いてしまった。
神通力のコントロールもまだ分からないので、偶然出てしまったのだろう。
「――なっ!?」
警戒していたとは言え、完全に虚を付かれた形だったため、モロに二人に当たり、二人は反対側の壁へと激突した。
「お、おい!」
俺は無事を確かめるため、二人へと駆け寄る。
「い、いたたた……」
「ううう……」
ミドリとアクアは無事だったものの、動けないでいた。
普通の人間なら死んでいたかもしれない衝撃だったが、やはり変身することで、ある程度のダメージは防げるのだろう。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい……」
顔を地面に向けたままのミドリは素直に頷いた。
「悪い。こんなつもりじゃなかったんだ」
「あ、ありが――っ!」
俺の声に我に帰ったのか、ミドリは急いで立ち上がり、俺と距離を取る。
「ア、アクア! 大丈夫ですか!?」
ミドリはまだ蹲っているアクアに声をかけた。
「う、うん! 大丈夫!」
そう言ったアクアも、立ち上がり、ジャンプすると一気にミドリの隣へと並んだ。
「お。凄いな……」
「兄貴、感心してる場合じゃないよ。
もう、こうなったらやるしかないんじゃない?」
「そうは言ってもだな……」
「あっちは攻撃の準備始めてるけど?」
「え?」
シオティンの声に、ミドリとアクアの方を見ると、
「くらえ! グロス・ミックス・サー!!」
ミドリがそう叫ぶと、ミドリの突き出した両手からものすごい量の葉がこちらへと向かってくる。
「お! 草の攻撃か!」
俺はその攻撃種類に、ミドリという名前の意味が分かった気がした。
だが、そう思ったのも束の間、その大量の葉が勢いよく向かってきており、避ける暇は無くなってしまった。
「うぉ!」
俺は攻撃を受けることを覚悟した。
のだが、その一瞬、
「兄貴に、何するのよぉ!」
そう言ったシオティンは、俺の前に出てきたと思うと、持っていた杖で、向かってくる葉を叩き落とし始めた。
「うりゃぁぁぁぁ!」
シオティンの怒号と共に、ミドリから放たれた何千枚と思われる葉は、全て杖で弾かれる。
「う、うそ!?」
ミドリが驚愕の声を上げる。
「させるか!」
突然、横の方角からアクアの声が聞こえた。
俺はその方角を見ると、アクアが勢いよくこちらへ突っ込んでくる。
「――くっ!」
こうなれば、シオティンも危ないので、俺がフォローに入る。
やるところまでやるしかない状態になっていた。
アクアは両手をこちらへ突き出して、同じように何らかの技へと入る。
だが、俺は間合いを詰め、その両手に向かって――
「……」
「……」
俺とアクアは、両手を握っていた。
いや、止める方法が分からなかったので、とりあえず、両手を握ったんだが……
こうなると、目の前にアクア――葵の顔も見えるわけで。
うん。相変わらず整った顔で、昔の面影がある。
でも、昔と比べても、
「うん。美人だ」
「――っ!」
一瞬でも昔を思い出して感傷的になったのか、つい、俺は口に出してしまっていた。
しかも、両手を握ったまま。
アクアは、真っ赤になって、顔を背けながら、手を外そうとする。
俺も口に出たことを焦ってしまって、その手を外しそうになるが、それを避けようと手を握り締める。
「い、いや、これは、そういう意味じゃなくて――」
俺は言い訳しながら、両手を離すまいとするものの、アクアは声にならない叫び声を上げ、体を捻じ曲げて離れようとする。
「い、いや! 離して!」
アクアは俺の顔を見るまいと下を見ながら、必死で抵抗する。
すると――
「うりゃぁぁ!」
その時、シオティンの大絶叫が聞こえた。
見ると、ミドリはシオティンの足の下で動かない。
……恐ろしい迫力で踏み潰されていた。
「あーーーーにーーーーきぃぃ!
何で、敵とイチャイチャしてるんだぁぁぁ!」
シオティンは悪魔の形相で、一気に俺たちの方へ駆け出す。
「――!!」
その形相とミドリを葬った事実は、アクアの体を恐怖で動けなくしたようだ。
しかも、シオティンの怒りは頂点まで達していた。
「おい! 違うぞ!
俺はお前を助けようとしてだな!」
俺は必死にそう言い訳するものの、シオティンの足は更に加速する。
「させるか! レッツ・ファイア!」
すると、シオティンの背後からファイアが起こした炎の渦が一気に迫る。
ファイアか! あれ、そうなるとオタ・クールは……
彼女らが戦っていた場所で、オタ・クールは膝をついて、こちらを悔しそうに眺めていた。
そうか、ファイアにやられたか……
――って、そんな場合じゃない!
「おい! 避け――」
避けろと全てを言う前に、シオティンは上空へジャンプして、その炎の渦を回避していた。
ジャンプして一回転したかと思うと、シオティンは、空を蹴る。
その瞬間、シオティンは弾丸のように加速し、一気にファイアへ向かって――
「キャァァァァァァァァァ!!」
ファイアの絶叫と共に、地響きと揺れが発生して、土埃で視界が見えなくなる。
「ファ、ファイア……!?」
アクアの声が聞こえた。
土埃の中、アクアはファイアが居た方向を、心配と驚きの表情で必死に見ようとしている。
もちろん、手は握ったままだが……
「――!?」
その時、アクアは声にならない悲鳴を上げる。
俺は、アクアが見ていた方向を見てみると、そこには影。
土埃がまだ酷く、完全には見えないが、巨大な影が揺れている。
土埃に光が反射して、本体の姿より虚像が大きく映っているようだが、それは正に世紀末の覇者の影のように、揺れている。
そして、その影は、次第に本体の輪郭を正常に映し出し――
「兄貴。ちょっと、良いかな?」
にこやかに笑ったシオティンが、手を出しながらこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「くっ! は、離して!」
アクアは俺に向かってそう叫んだ。
「うーん。そうは言っても、ここで離すと反撃喰らうし……」
俺は逡巡するも、やはり離せない結論に至った。
のだが、納得できないのはもう一人。
「兄貴……? ピキピキ!? 挽肉にしちゃうよ!?」
いかん。元ネタが分かり難いくらいに壊れかけてきた。
「シオ……ティン!
その、なぁ、今日、一緒に飯でも……どうだ?」
俺は落ち着いてそう言った。
壊れかけの妹には優しくする。
そして、しおらしくなる妹は逃げる、という手を俺は学んでいる。
その成果もあって――
「え!? 本当! いやぁったぁぁ!」
シオティンは歓喜の雄叫びを上げて、バンザイする。
だが、その瞬間――
「やったぁぁぁ――! ――ぁぁあべぇぇぇ!!」
シオティンは炎の渦に突き飛ばされた。
俺は驚いて元居た場所を見ると、なんとか立ち上がったファイアの姿があった。
その一瞬の隙をついて、アクアの両手が抜ける――
あ、これはヤバイ、
と思ったのも束の間、俺は一瞬で、ボロ雑巾のシオティンの隣まで吹っ飛ばされた。