第37話:そして明日へ
「やぁ」
遊園地へ戻ろうと道を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あ、白瀬さん……」
「詩織ちゃんは……先に戻ったようだね」
「戻ったっていうか、葵を追いかけて行ったって言うのが正しいかな」
詩織と一緒に遊園地へ戻ろうとしたものの、どうやら葵に何かを言いたいらしく、そそくさと行ってしまった。
まぁ、どうせ再度の宣戦布告だと思うけど……
どうして白瀬さんが現れたのか、そして、どうして俺と一緒に遊園地へ戻って行くのか。
何となく察しているけど、俺たちは無言で歩き出した。
ホテルの横を通り抜け、信号へと差し掛かる。
タイミング悪く、信号は青の点滅となり、俺たちは横断歩道の前で立ち止まる。
「……うちはさ、親が研究者で、最近はずっと海外赴任なんだよ」
俺は赤になった信号を見つめながら、独り言のように話した。
「だからなのか、忙しい親に代わって、俺が妹の面倒を見るのが多くなっちゃってさ。
まぁ、あそこまで俺に依存するとは思わなかったけど」
白瀬さんは目線だけこちらを向いているようで、黙って聞いている。
「俺もシスコンだから別に嬉しいんだけど、さすがにそろそろ……そうすべきなのかね」
すると、白瀬さんは俺の隣に近寄ると、
「依光先輩は……先程の水島さんの事……」
「んー、どうなんだろうな、今は未だ分かんないや」
「そうか……」
そう言った白瀬さんは、一生懸命手元の手帳に何やら書き込んでいた。
「な、なぁ、何を書いてるんだ……?」
「ん? あぁ、依光先輩には世話になった。
今日の取材は最後で完璧になったよ。
やはり、キャラ属性と言うものに頼らず、王道なストーリー展開が熱いことが分かったぞ」
「い、いや、詩織を連れてきて覗いてたのは何となく察してたけど……え? この展開、創作に使うん?」
「……売れたら少しおごるから、良いでしょ?
監修代としてさ」
白瀬さんは悪びれず、そんな事を言った。
「はぁ……ま、いっか。
そうそう売れるわけないだろうしな」
「依光先輩、そんな失礼なこと言って、後で痛い目見ることになるわよ?
……でも、まぁ……」
「ん?」
「悩んでるなら……この私の創作……が出来たら、それでも見て参考にしたら?
何なら、そのレビュワーたちの意見も見たりね?」
「言うねぇ……自分の創作を悩みの相談の応えにしようとは。
じゃあ、楽しみに待ってるよ」
俺は誰かにその事を告げただけで、結構、気が楽になっていた。
なので、その悩み相談の結果が実際に起こらなくても満足だった。
……
……
俺たちは昼食を食べていた遊園地の広場へ向かった。
そこには、赤城さん、そして葵と詩織。
それに何故か忠之が苦しそうに俯いていた。
「ん? 何があったの?」
「えと……それが」
俺の問いに答えてくれたのが、赤城さん。
というのは、俺が葵に拉致されてから、遊園地には赤城さんと忠之だけが残されたらしい。
忠之は、気を使ってか、赤城さんに初対面ながら間を繋ごうと話しかけるも、突然意識が混濁したらしく、転がってしまったとのこと。
「あ、詩織の……弁当だな」
俺はその症状に直ぐ気付いた。
「え? 詩織ちゃんの? 弁当?」
「うん……まぁ、そんな感じだから、大丈夫だよ。そのうち意識もはっきりしてくるだろうから」
肝心の詩織は、葵と仲良さ気に、何か話している。
どうやら忠之のことは全く目に入ってないらしい。
「そっか……葵も詩織ちゃんも、何か忙しそうに話してたし、
この、黒滝さん? も大丈夫って、ずっと言ってたから、とりあえず様子だけ見てたんだけど……」
「あ、大丈夫だよ。
こいつは放っておいても、そのうち復活するし。
……それより、みんなを放っておいて悪かったよ」
「あはは! 大丈夫だってば。葵が勝手にやったことだし」
俺たちは、この前の屋上での一件で距離が縮まった感もあり、他愛も無く気軽に話すことが出来ていた。
「……何かあったの?」
「あぁ、そうだな
……今度いろいろ聞いてもらえると……俺も助かるかな」
「あ、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだけど……
言いたくなかったら聞かないし」
そんな遠慮した言い回しを聞いて、俺は咄嗟に、
「またまたー! 本当は聞きたいくせに!
だから、そんなに畏まるなって」
俺は屋上で言ったように、”ファイア”に向けた態度で反論をした。
すると、赤城さんは目を丸くして驚いたかと思うと、”いつもの赤城さん”ではありえないような大笑いをした。
「あはははははは!! さっすが、依光くん! 分かってるね」
「だろ? 赤城さんも、葵みたいな所あるしな」
「あはははーーーー!! ウケる……! うん! じゃあ、今度聞かせてよ。
ってか、葵に……聞いてからにするよ」
「そりゃそうか、うん、分かった」
ふと、詩織の方を見ると、葵と共にこちらを窺って、笑みを浮かべていた。
ちょっと、葵と向かい合うには照れというか、変な気持ちになったが、葵の目は俺をしっかり捉えてるので、俺が避けるわけにもいかない。
俺は二人に対して、同じような笑みを返すことにした。
「依光先輩、そろそろ帰ろうか」
「そうだな……図書委員のロールプレイも、取材も終わったしな
……って、みんなはどうする? 何かやり残したこととか?」
と、俺が尋ねるも、全員が頷いて問題ないことを示す一方、
「て、敵対……勢力……監視しないと……」
朦朧としている忠之が起き上がり、赤城さんと葵を見つけると、睨むように視線を投げる。
「黒滝先輩、敵対勢力なんていないし、彼女らは依光先輩の友人で何の問題も無いから、変なことしないように」
「――は、はぁぁぁぁぁぁ!? えぇぇぇぇぇぇぇ!?
し、白瀬殿、さっき、あの女は武力で他校を制圧して、そして大和にハニートラップを仕掛け――うべぇぇぇぇぇぇぇ!!」
忠之は、白瀬さんの背負い投げを綺麗に貰い、そのまま鳩尾にエルボーを食らって、意識が完全に無くなったようだ。
「じゃあ、帰りましょうか。依光先輩、詩織さん。
赤城先輩も、そして水島さん……ですよね」
白瀬さんはそう言って、最後に葵に顔を向ける。
「そ、そうね……
まぁ、前にちょっとだけ会ったことあるけど、すれ違った程度だったし、それに大和の委員会の人だもんね?」
あ、そう言えば、アジトに向かう直前、葵とかに絡まれてる時に後ろから白瀬さんが来たんだった。
「そうだね、同じ図書委員のメンバーだ。今後ともよろしく」
白瀬さんは軽く挨拶を済ませると、俺に向き直り、意味ありげに笑みを浮かべた。
今後ともね、はいはい、分かってますよ。
好きに創作に使って下さいな。
ただし、本人バレだけは決して起こらないように促さないと。
そんなことになれば、葵に殺されるのは俺だからな。




