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俺と妹が悪の組織に入りました  作者: モコみく
1章:悪の組織に入りました
2/63

第2話:悪の組織に入りました

「ふんふふ~ん♪」



隣で歩く詩織は上機嫌だ。


俺は少し憂鬱気味にその姿を眺めていた。




次の日の朝、俺たちは男子寮の前で待ち合わせをし、学園までの道を歩いていた。




会った時からテンションがマックスの詩織は、いつにも増してウザいくらいになっていた。


その理由は簡単で、昨日の出来事のことだろう。




「はぁぁぁ……」



俺は昨日の出来事を思い出し、詩織に聞こえるようにため息をついた。




「兄貴、そんな深刻に思わないで大丈夫だって!

きっと楽しいから!」



俺の意図を読み取った詩織は、そんな無責任なことを言った。




その言葉に、俺は何度となく思考している、昨日のことをまた思い出してしまう。



昨日の黒ずくめの男は、広場で会ったウザダーだった。




俺の膝蹴りでボロボロになったウザダーは、絞るように声を上げて、何故か俺たちに、ブラック・マグマに加入するよう求めたのだった。




「頼むよー。お願いしますよー!」



ウザダーのウザい言葉が記憶から蘇る。


詩織のウザさは可愛いから許せるが、男のウザさは可愛くないので、再度蹴り飛ばしてしまった。



だが、ウザダーはしつこく起き上り、何度も俺に頼み込んできた。




どうやら、戦闘時の俺の一言と、総理大臣の云々が聞こえており、その悪役センスを見込んでらしい。




だが、そんなのは誰でも気付くだろうし、そもそも加入する意味が分からないので、俺は断り続けていた。




だが、何故か詩織が急にやる気になり、俺は詩織に説得され、渋々了承するしかなかった。




「まぁ、バイト代が出るから良いようなものの……」



俺は一人呟いた後、再度、詩織を眺めた。




「ん? なーに? 兄貴?」



俺の視線に気づいた詩織は、笑顔で疑問の声を出す。




何故、急に詩織がやる気になったのかが、いくら考えても分からなかった。しつこいだろうが、昨日と同じ質問をしてみる。




「なぁ、何でブラック・マグマに加入しようと思ったんだ?」



「もう、だから、楽しそうだからだってば!」



詩織は目を吊り上げる。




昨日から幾度となく繰り広げられた同じ質問と回答。


確かに楽しいことが好きな詩織らしいと言えばそうなのだが、俺は腑に落ちない。




「うーん……まぁ、いいさ。今日の放課後だろ?」



「そう言ってたね! 楽しみ~♪」



詩織はそう言って、勝手に道の先へと浮かれ歩いて行った。



「はぁ……ブラック・マグマの面子と顔合わせか……どうなることか」



転校初日だというのに、俺は学園生活のことよりもそちらの方が気になってしまっていた。




寮から少し下り、丘の中腹を十五分くらい歩き続けた所に五行学園がある。




転校初日ということで、俺たちは通常の登校時間よりも早めに出ているためか、周りには登校する生徒は見当たらなかった。




丘の中腹の道は、所々に眼下を見下ろせるスペースがあり、昨日の商店街から海まで眺めることができた。


朝が早いためか、工場地帯のスモッグが無い、綺麗な湾が遠方に見えた。




「兄貴ぃー! 早くぅー!」



ぼんやりとその光景を見ていると、前方を行く妹に急かされた。




「ああ、分かってる」



俺は少しの落ち着きを回復し、妹の後を追った。



夏も終わり、少しずつ寒くなってきた九月末。


歩く道は木々の葉が落ち、秋の様子を醸し出していた。




この丘は基本的に住宅街になるので、道も狭く入り組んでいる。




俺たちは学園まで基本的なルートを進んでいるが、慣れてきたら、入り組んでいる道を探索しながら歩くのも面白いだろう。




詩織と下品な話をしながら歩いていると、前方に大きな建物が見えてくる。


歴史は古く、この辺りでは名門な学園である、五行学園だ。




「兄貴、職員室の場所って覚えてる?」



「一応な。お前、方向音痴だからどうせ覚えてないんだろう?」



「てへぺろ♪」



詩織はウィンクしながら舌を出し、可愛い顔をする。




「……あんまり初回でハメ外すなよ」



俺は詩織の行動が心配になってしまう。


クラスで浮かないと良いのだが。




「しんぱーいないさー! あははー!」



茶化す詩織に、いい加減ウザくなってきたので、俺は校門を抜けて二階にある職員室へと急いだ。




「あーん、待ってよー! 兄貴ってばー!」



校内へと入り、二階へと上がる。




校内には生徒の数がちらほらいる程度。


職員室は丁度、建物の中心くらいに位置する。




校舎内はかなり広く、バリアフリーで近代的な建物だった。


歴史は古いものの、改築などを施しているようで、綺麗な校舎だ。




「改めて見ると、良い雰囲気の学園だな」



自然と笑みが出る。俺は新しい学園生活に、少し高揚しているのが自分でも分かった。



そして、俺たちは、職員室で挨拶の後、担任と一緒に教室へと向かうため、廊下へと出た。




俺は三年一組。詩織は一年五組。


なので、詩織とは一旦お別れとなる。




「兄貴、私がいないと寂しがると思うから、鞄に私の人形入れて置いたからね! お手製だよ!

そして!! 中身には、兄貴が興奮して粉まで出るくらいの、私の」



「先生、行きましょうか」



「――え、ええ、そうしましょうか」



詩織の偏った愛情をスルーして、俺は担任と一緒に教室へと向かった。




担任の田中先生は、英語の教師。


若く……は無いが、綺麗な女性の先生だった。




そして、俺は田中先生と一緒に教室へと入る。




すると、一斉にクラス全員の視線を射止め、微妙な緊張感が湧いてきた。




「では、ホームルームを始めます――」



田中先生がそう言って、まずは俺のことを簡単に説明し始めた。



そして、俺に、簡単な自己紹介を促す。




「――依光よりみつ 大和やまとです。

隣の佐々倉町ささくらまちから来ました。

今は寮に住んでいます。この街は初めてなので、慣れない所もありますが、よろしくお願いします」




俺は緊張しながら、簡単な自己紹介を終えると、興味とも受け取れる視線と共に拍手が沸いた。



とりあえず、普通に終わったことに安堵する。


その後、田中先生に指定された席へと向かった。




変なことを言ったりして、目立つのだけは御免だったので、成功と言えるだろう。そういう意味で、詩織は心配なのだが。




指定された席は、一番後ろの窓際に近い所だった。


俺は席に座ろうとすると、席の隣の女の子が、俺に笑顔を見せた。



「よろしくね。依光くん」



そう言った女の子は、ショートカットで、少し赤毛が混じっている可愛い子だった。




「うん、よろしく」



俺も釣られて笑顔で答え、席へと座った。


内心、可愛い子が隣であることに嬉しさがこみ上げ、ついつい笑みがこぼれてしまう。




「……あれ?」



その顔に思い当たる節があって、俺は再度女の子を見た。




間違いない、昨日のファイアと呼ばれた女の子だ。


甲冑も着ておらず、赤毛も昨日ほど赤くはないが間違いない。




なるほど、彼女も俺と同じように頼まれたりしてるのかな、とか思っていると、




「あ、私は赤城あかぎ 小鳥ことりっていうんだ!」



俺の視線に気づいたのか、ファイア――赤城さんはそう元気よく答えてくれた。




「赤城さんか! よろしく!」



可愛い女の子が隣ということで、俺はすっかり舞い上がってしまった。


しかも、例のファイアだ。これは興奮してしまうが仕方がない。




後で、マジカルとかブラックとか神様とか、いろいろ聞いてみるのも良いかな。


俺は内心、そう思うのだった。




放課後のチャイムが鳴る。




初日ということもあり、気遣い疲れた俺は、さっさと帰り支度をする。




何だかんだで、赤城さんには聞けずじまい。


と言うのは、彼女はかなり人気者のようで、休み時間になる度に、男女問わず引っ張りだこだったからだ。



あれだけ可愛くて、ファイアもやっているから当然なのだろう。




今も赤城さんは、他の女子生徒と楽しく話をしている。


彼女はあの時のファイアのイメージそのままで、元気よく活発だった。




「あにきぃーー!」



廊下から騒がしい声が聞こえてくると同時に、教室のドアが勢いよく開かれた。




「あぁぁぁにきぃぃーーー! ひゃっほーー!」



詩織は俺を見つけると、一気に俺に抱き付いてきた。




「ちょっ!? おまっ!」



人目がある教室で何やってんだ、こいつは!




「ヒソヒソ」

「ヒソヒソ」

「ざわ……ざわ」




明らかに、教室内の空気が変わった。


周りを意識してみると、「何なの、あれ?」「やだ、変態」「転校していきなり彼女か?」「リア充かよ」




……俺は既に居場所を失いつつある。



おいおい! これ以上の噂は勘弁だぞ!




「――ええぃ! やめい!」



俺は詩織を引き離す。




「一体、どうしたんだよ、詩織?」



俺は努めて冷静な声を出す。


ここで変に慌てたりすると、更に事態は悪化すると思ったからだ。




「今日、一緒に行くでしょ? だから迎えに来たんだよ!」



詩織は元気いっぱいだった。周りの視線などお構いなし。


後で注意しないと、これから先が思いやられる――と思った時。




「あれ? 依光くんの妹さん?」



声がする方に声を向けると、赤城さんが立っていた。




「あ、あぁ、そうなんだよ。

いつまでも兄離れが出来なくて、困ってるんだ」



弁明するチャンスをもらった俺は、周りにも聞こえて欲しいくらいの声で、そう答えた。




「あはっ! そうなんだね! 可愛い妹さんで良いじゃない!」



赤城さんはそう言って、納得の柏手を打った。



すると、周りの声やざわめきが変化し、


「なんだ、妹か」「そりゃそうか、転校したてで彼女なんて……」

「妹、可愛いんじゃないか?」「やだ、変態かと思っちゃった」



と、少し、認識が正しい方向へと行って、俺は安堵する。

と思ったのだが……




「む! むむむむ!

こう見えても、ただの妹じゃな――ぁぁぁべ!」



赤城さんに反論する前に、詩織の制服のリボンを締める。




「――ギブ! ギブ! 兄貴! ギブだってば!」



首が締まってあまり声が出ないはずなのだが、詩織は、降参の意志を必死で伝える。




「よ、依光くん、だ、大丈夫?」



「あ、平気。こんなの日常茶飯事だから」



心配する赤城さんにそう答え、そのまま詩織を引きずって、廊下へ出ることにする。




「じゃあ、赤城さん。また明日!」



「う、うん! ほどほどにね!」



赤城さんは戸惑いつつ、詩織の心配をしていた。



まぁ、無理もない。


詩織は変な声を出して、引きずられているのだから。




「ほら、行くぞ!」



教室を出て、詩織から手を放す。


すると、詩織はむくれっ面をして、




「何なの! 兄貴!

これから壮大なストーリーが始まる所だったのにぃ!

それにあの人! 何で兄貴と仲良く――」




俺は無視を決め込んで、さっさと歩き始める。



「ちょっとー!! 待ってよー!!」




詩織は急いで俺の隣に来て、一緒に歩き始めた。



それから、俺たちはいろいろ文句を言いながら商店街へと向かった。



道中、赤城さんのことが気になっていたが、明日にでもより詳しく弁明できればと思っていた。



良い人だったので、変な誤解はされずに済んだが、印象をより良い方向に持って行きたいと思ってしまった。いや、可愛いし。




それから、商店街に着く頃には、詩織の機嫌も治まり、既にいつもの俺たちに戻っていた。




ブラック・マグマの拠点は、この桃源町商店街の一角にある。


昨日のウザダーに指定された場所は、俺は良く分らなかったが、詩織は熟知していた。




「なぁ、よく、その場所分かったな?」



「うん? あ、だって、この商店街には昔、よく来てたから」



「そうなのか?」



「え? 覚えてないの!? 兄貴とだよ!

遊びに来てたじゃん!

一緒に駄菓子屋とかに行ったり!」



「あれ……」



そう言われて、俺は考え込む。


確かに、子供のころ、詩織と一緒に駄菓子屋とかに行ったりしたけど、こんな隣町まで来ただろうか?




「そうだっけ? それって佐々倉町じゃないのか?」



「違うよ!

佐々倉町の駄菓子屋にも行ったけど、ここにも来てたじゃん。

帰りに丘の上の神社まで遊びに行ったりして」



「……っ!? あ、そうだ! すっかり忘れてたよ」



駄菓子屋のことはすっかり忘れてたが、神社のことで思い出した。




この街の、ちょっとした小高い山。


その頂に寂れた神社があった。


俺たちはそこでお菓子を食べたり、一緒に遊んだりしていた。




「そうか。てっきり佐々倉町だと思っていた。

子供の頃、地理感覚無かったからなぁ……」



「仕方ないよ、兄貴。

良く来ていたと言っても、そんなに頻繁でもなかったし」



「しかし、詩織の記憶力は凄いな」



「だって……ってもう! あの思い出は忘れられないもん!」



そう言って、詩織は顔を赤らめて、モジモジし始めた。



何か、嫌な予感。


子供のころ、詩織に何かやらかしてしまったのだろうか……




「ま、まぁいいさ。それよりさっさと行く――」



「よくぞ、ここまでたどり着いたなぁぁぁぁぁぁ!」




俺の言いかけた声が、大音量の声にかき消された。




俺と詩織は沈黙する。




その声を発した変態――もとい、ウザダーは、あれ? と訝しげな表情となる。




「こ、こほん……よくぞ、ここまでたどり着いたなぁぁぁぁぁぁ!」



「……」



どうしよう……




俺は詩織と顔を見合わせる。



「あ、兄貴、待ち合わせ場所は違うから、こいつ、ただの変態だと思う」




「あ、そ、そうか。とりあえず石でも投げるか」



「――!? ま、まててて!

俺だ! ウザダーだ!

それにそれは石じゃなくて、レンガ!」



「なんだぁ、ウザダーか。紛らわしいよ!」



詩織は膨れっ面でウザダーに文句を言う。




「そ、そんなことを言われても、こんな恰好しているのは、俺ぐらいだろう!? あ、すまん、とりあえず、レンガを置いてくれぬか……?」



そう言われ、俺は仕方なく、そして渋々レンガを下に置いた。




「何で渋々!? それに何でレンガが普通にあるの!?」



「あー! もう、煩い! さっさと話を進めてよね!」



怒った詩織は、ウザダーの前に一歩踏み出す。




「わ、分かった!

俺は、君たちが遅いから迎えに来ただけだ!

さぁ、行こうぞ! 未来の悪者よ!」




詩織に恐怖を感じたウザダーは、そう答え、俺たちを路地裏の方へ導こうとした。



「悪い奴なのか、良い奴なのか、分からないな」



詩織にそう話しながら、ウザダーの後に従って歩き出す。




「あ、良い人なんじゃない?

だって、ブラック・マグマに入れば、モテモテになるって教えてくれたし」



「えっ!?」



俺は思わず詩織をガン見する。




すると、ヤバっという表情をした詩織は俺から視線を逸らした。




そういえば、昨日、あまりにも勧誘にしつこかったウザダーを、詩織は何回か投げ飛ばしていた。




「兄貴に何してるのよ!」「ヒェェェ!!」


……二人の声を思い出して、げんなりする。




詩織は小さいころから柔道をやっており、華奢で清楚な見た目とは異なり、かなり力がある。


中学では部活に入り、一年生で全国大会まで進んだ強者だった。




その詩織にボロボロにされて、ウザダーは地面に這いつくばっていたのだが、詩織が近づいた時に、何かを耳打ちしていた。



その後だ、詩織は目を輝かせて、ブラック・マグマに加入しようと言い出したのは。




「……あの時か」



「い、いや、何もないよ!

別に、モテるとか別にそんなことないよ!?

モテモテになって、しかも兄貴と一緒にいれば、兄貴は私の事、視姦するだけでは物足りず、きっと押さえつけて――」



「お・ち・つ・け!」



俺は詩織にデコピンする。




「イタイ……ぐす」



デコピンを食らって涙目になった詩織は、俺を見つめてウルウルし始めた。




「まぁ、よく分からないが、動機が不純とだけは分かったよ」



俺は詩織に、しょうがないな、という感じで声を掛けたのだが、



「きっと、ブラック・マグマのコスチュームは、女の子は可愛くなるはず!


なんなら、自分で少し改造してもいいし


……むふ♪


……た、助けて、兄貴! 私の縄を解いてぇ!


くそぉ、私が兄貴を助けてやるんだぁ!


兄貴は私のだぁ!


むふふ、むふふ、そんな感じでいろいろやってたら、ぜぇっぇったい、兄貴は私の事――」




詩織は妄想を口に出して、トリップの真っ最中だった。



「さぁ、着いたぞ」



その時、ウザダーはそう言って振り返った。




「ん? 雑居ビルか。いかにも悪者らしい……けど」



そのビルは様々な同人ショップやアイドルショップ、揚句にアダルトショップまで入居している、ちょっと入り辛いビルだった。



「あ、兄貴! 裸ばっかりの絵がいっぱい――」



「それ以上、見ちゃいけません!」



狭い階段に張り付けられたポスターを見て、詩織は声を上げるが、俺は制止する。




「全く……しかも、かなり濃いショップばかりじゃないか……」



階段を延々と歩き続け、最上階の五階を超え、屋上へとやってきた。




「おい、ここ屋上じゃないのか」



「いや、ここで大丈夫だ」



俺の問いに、ウザダーは至って普通に返す。




ウザダーは屋上への扉を開け、屋上へと行ってしまった。


俺たちもそれに倣って、屋上へと足を踏み出した。




屋上はそれなりに広く、この雑居ビルがそれなりの規模であることが分かった。


そして、ウザダーの方へ目をやると、




「あ、あれ……か?」



ウザダーは、屋上の一角にある、継ぎ接ぎだらけのトタンで出来た、昭和テイストのボロ長屋の前に立っていた。



「吹き飛ぶんじゃないのかな……」



詩織がそんな感想を漏らすほどの出来栄えだった。




「ここだ。さぁ、来るが良い」



ギィィと五月蝿いドアを開け、ウザダーはトタンの建物に入っていった。




「い、行くか」



「う、うん……」



俺たちは微妙に緊張しながら、同じように五月蝿いドアを開け、中へと入った。




思ったより、中は広く、暖かそうなカーペットが敷かれており、居心地は悪そうには思えなかった。


中には机があるが、誰も座っている様子は無い。




ガチャーーン!



と、音のなる方を見ると、ウザダーがタイムカードを押していた。




「さ、こっちだ。靴はそこで脱いでくれ」



ウザダーはそう言い、俺たちに奥の部屋に来るように促した。




「……ん?」



中へと入ると、誰もいないと思った机の一つに、誰かが座っていた。


白い薄手のトレーナーと、赤のチェック柄のスカートを着た女の子だった。


髪型は今流行りのツインテールで、ドクロマークの髪留めで結んでいる。




アンダーリムのメガネをかけており、真面目そうな印象も受ける。




「……」



彼女はイヤホンで音楽を聴きながら、読書に夢中のようで、こちらには気付いていないようだった。




「兄貴、早く行こう」



「お、おう。そうだな」



俺は気になって立ち止まってしまったが、詩織に言われて、奥の部屋へと歩いて行った。




奥の部屋は、ソファーとテーブルだけが置いてある、小さな部屋だった。




辺りを見回すと、その部屋の奥に、「ボスの部屋」と書かれた、オドロオドロした扉がある。




「……ボ、ボスって……なんなんだ」



俺はそのダサい扉を見て、ため息をついた。



そして、ウザダーは俺たちをソファーに座るように促した。




「まずは、仕事の内容について詳しく話そう。

それが終わったら、メンバーを紹介する」



ウザダーはそう言って、ポケットから、黒色の小さな二つ折り手鏡を取り出した。



「はぁぁぁ!」




いきなり叫んだウザダーは、その手鏡で自分を見つめ、気取った表情を取る。




うわ……うぜぇ……




――と、光が溢れる。


その一瞬、怪盗マスクと黒ずくめだった姿は、制服を着た高校生の姿となった。



――神通力、契約者



詩織が教えてくれた言葉が、頭の中に蘇る。




あれは、本当なのか……?




俺はつい、詩織の顔を見ると、視線に気付いた詩織は、笑って頷いた。



「まずは自己紹介だな。

俺は黒滝くろたき 忠之ただゆき

興乱学園きょうらんがくえんの三年だ。

変身してない時は普通に忠之と呼んでくれれば良い。

正体がばれるからな」



そう言ったウザダー――忠之の顔は……怪盗マスクで覆われてただけで、大した変化は無い。



いや、普通にばれると思うぞ!? 目元隠してただけだし。




まぁ、表情は分かるようになったけど。




髪を短くし、特にイケメンでも無い、ちょっと無骨な顔立ちのウザダーは、誇らしげに語る。




「お、おう。でも、変身前と変身後で、そんなに変わらないぞ。

町で会っても、絶対分かる。髪型までは変えてないし」



俺は感想を言うが、




「ふっ……強がりを言うな。

変身後のパワフル感と機密性と匿名性は完全体だ」



……意味分からないし、ウザいな。



「興乱学園って、あのヤンキー学園ね! へぇ……」



と、詩織は興味津々で、忠之の姿を眺めていた。




「そ、それで! 活動内容についてだ!」



見られることに恥ずかしくなったのか、忠之は強引に話を元に戻す。




「ブラック・マグマの活動内容は、この街の人々を恐怖で怯えさせることだ!」



忠之は手に持った手鏡を天に掲げて、吠えるように叫んだ。




「だが、それに邪魔をするのがマジカル・キュア。

やつらを倒すか恐怖で怯えさせないと、我々は先へと進めない!」



忠之は熱の入った説明口調になる。




「――そして、この街の人々や、マジカル・キュアに与えた恐怖度合によって、バイト代が決まる。

そして、それはメンバー数の折半によって支払われる」



要は、山分けってことか、でも、




「その度合というのは、誰が決めるんだ? それも、何を基準に?」



俺はその内容について、忠之に問う。


その答えを忠之が言おうとした時、別の方向から女性の声が聞こえた。




「――度合を決めるのは、ボスによる判定。全てはボスの思うがままに」



俺は声がした入口の方に振り替えると、そこには、先ほどの机にいた、ツインテールの女の子が立っていた。




「黒滝先輩?

新人が来たら呼んでって言ったわよね。

その耳腐ってる?」



その女の子は、忠之に向って辛辣な言葉をかけた。




忠之は、その子の言葉にうな垂れ、意気消沈してしまった。




「私は、白瀬永礼しらせ ながれ

ここの最長者になる。

簡単に言うと、怖がらせた度合で給与が支払われる」



その女の子――白瀬さんは、忠之に代わって説明し始めた。



「――ちなみに、そこの使えないウザダーのせいで、ここ最近は給与が支払われていない」



そう言って、白瀬さんは、忠之を一瞥する。




「ヒィィィ」



その眼力によって、忠之はしゃがみこんで、ブルブル震えはじめた。




しかし、恐怖の度合いで給与か……しかも、支払われていないって、どんだけだよ!?




だが、昨日のウザダーの活躍? を思い出すと、妙に納得してしまった。




「まぁ、そういうこと。

だから、君たちには期待している。一刻も早く、私に金を……!」



白瀬さんは、もう限界だと言わんばかりの必死の形相だ。




「――あ、それと、時間は特に決まっていない。

暇な時に来たら、タイムカード押して、適当にやって」



白瀬さんがそんなことを言った。



「え、適当って言っても、そんなんでいいのか?」



「ええ。でも、君たちは新人だから、私と黒滝先輩が交互に、メンバーに入るわ。

だからあなたたちは、常に三人で行動するように。要は見習い期間ね」



「わ、分かった……」



「それで曜日だけど、土日以外は毎日来て」



「ま、毎日!?」



「そう。私たちはブラック・マグマ。

人の平和を脅かす存在。そんな我らに土日以外に休息はないのよ」



誇らしげに白瀬さんは語った。




……でも、土日は休むんだな




俺は渋々、それに了承したが、勉強のこともあるし、意外に大変なことになってしまい、頭を抱える。




「あ、ああ、しかし、ボスってのは……?」



俺は奥にある扉を見ながら、ボスの存在について聞いてみた。




「今日は不在。そのうち来ると思うから、会ったら挨拶忘れないように」



白瀬さんは淡々とそう説明する。



彼女はサバサバとしていて、厳しい言い方も多く、クールな印象が強い。


だが、背は低く、髪型もツインテールなので、どちらかというと幼く見えてしまう。




それでいて、アンダーリムのメガネと相まって、可愛い姿にも映るのが特徴的だった。




「これで説明は終わり。

実際の活動は明日から始める……その、よろしくね」



最後に白瀬さんは、初めて笑顔を見せた。




その笑顔は今までの印象と大きく異なり、俺はドキマギして、つい口元が緩んでしまう。




「――ふんぬ!!」

「――っごぉ!?」



詩織のやつ、俺の足を踏みやがった。




こいつ、俺の顔を盗み見してたに違いない。


嫉妬深いというか、兄離れが出来ていないというか……




「じゃあ、これを渡すわ」


そう言って、白瀬さんは俺たち二人に、十字架を渡した。



「ボスから預かってるものだから、失くさないように。

変身も出来なくなるから」



俺が受け取った十字架は金色に光るものだった。


詩織が受け取ったのも、同じように金色で輝いているが、俺のよりも細身だ。




「これって……?」



「それで、神通力を宿った姿に変身できる」



俺の問いに、白瀬さんが答えた。




「……ふふふ」



隣の詩織が何やら呟き始めた。




「そう……これがまずは第一のステップ!

これで変身すると、それはもう、兄貴の心を――」



「ど、どうしたの? あれは?」



白瀬さんはそう言って、詩織を訝しげに見つめる。




「あ、気にしなくていいよ。いつものことだから」



「そ、そう……

あ、この使い方は明日にでも説明するから、今日はここまでね」



白瀬さんはそう言って、しゃがみこんでるウザダーの方へ近付いて行った。



「ほら、いい加減、立て。

順番が最後になったけど、新人たちに自己紹介をしてもらうから」



「あ、あぁ……」



言われた忠之は、ヨロヨロと立ち上がった。




そして、白瀬さんに促され、俺たちは自己紹介を始めた。




「俺は、依光大和。五行学園の三年――って言っても、転校してきたばっかりだけど」



「私は、妹の詩織だよ! 同じく五行学園の一年!」



そう言うと、白瀬さんは、



「あ、私も同じ学園だから。

私は二年だけど……その、面倒だから敬語は付けないわよ。そういう性格なの」



と、少し申し訳なさそうに言ったが、詩織は、




「うん! じゃあ私も敬語無しね!

その方がつっこみやすいし!」



と、同調して、白瀬さんも頷いた。




そして、俺は手の中にある十字架を改めて見直した。




――神通力



この世のものとは思えない力が、実際あるのだろうか。


そう思った時、




「ほらね! 兄貴、私の言ったこと本当なんだよ!」



詩織は極上の笑顔で、俺にそう告げた。




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