第10話:原因と収束
アジトに戻った俺たちは、結構な額の日給を貰うことができた。
では、解散、となるのだが、俺はボスに聞きたいことがあったため、ボスの部屋を再度訪れていた。
詩織は一緒に帰ると言って聞かない為、ソファーで待ってもらっている。
「ふぉふぉふぉ。それで話とはなんぞえ?」
可愛い柴犬は、下で愛嬌のある顔をしていた。
「……いや、思い出したんですよ。
あなたは、この街の神社で祀られている、犬神様ですね?」
俺たちが幼いころ、よく遊んでいた神社。
その神社の名前は忘れてしまったが、そこに、犬と猿。
二柱の神様が祀られていた。
「……そうじゃ。
しかし、このことを知る人間がおるとは」
犬神は、少し驚き、そして少し嬉しそうな表情を作る。
「そして、マジカル・キュアの猿……猿神様も同じですね」
「そうじゃよ……」
俺の問いに、ボスは深く頷いた。
やはり、そうなのか。
「……」
俺は、ここまでは何も問題の無い質問だと思っていた。
だが、次の質問は、このマジカル・キュアと、ブラック・マグマ、そのものの話になるので、少し躊躇してしまう。
「……猿神様と犬神様は、元々夫婦として祀られていたと思ってました。
……で、それが喧嘩……になったんですよね?」
「……随分と詳しいようじゃの。
その通りじゃて」
ふむ。ここまで聞いて間違いない。
俺は確信を得る。
「もしかして、犬神様の浮気というのが原因……ですかね?」
「――ふぁっ!?」
ボスは驚きの声を上げ、下から俺を見上げた。
やはり……そうか。
幼いころ、三人でよく遊んでいた神社。
そこに、猿神と犬神の形を呈した、石像があった。
「この神様はね、仲が良いんだよー。
夫婦なんだって!」
幼いころの葵がそう言った。
「将来、私たちも、夫婦になれるといいねー」
続けざまに、葵がそんなことを言ったものだから、俺は照れもあり、ついつい、
「こんな猿と犬、仲が良いわけないじゃん!
この犬、浮気ばっかりしてんだぜ!」
俺の言葉に、幼い詩織と葵が驚く。
「だって、この犬、雌犬の後ろ、追っかけまわしてんの見たぜ!
間違いない!」
発情期の犬が他の雌犬を追い駆けまわしているのを見たものだから、俺はつい、それを当てはめて言ってしまった。
そう、その時だった。
例の変身の光――その光が、一面を照らしたのは。
と、俺が思い出していた時、突然、ボスが叫ぶ。
「おまえが原因かぁぁぁぁぁ!」
「俺の回想を勝手に見るなよ!
上手く説明しようと思ってた所だろ!?」
「うるさいわい! お前がそうじゃったのか!
このクソ人間がぁぁぁ!」
「しょうがないだろ! 子供の時なんだから!
だいたい、そんなことで喧嘩して、今まで引きずってるってどういうことだよ!」
――そう。その光を浴びた俺は、犬と猿の神様が、光の中で喧嘩をし始めたのを目撃した。
そして、互いに言い分を理解できぬまま、物別れになった。
その出来事は、幼い自分ということもあり、白昼夢の何かだと思っていた。
「しょうがないじゃろ!
実際、メリーちゃんが好きじゃったのじゃから!」
「マジで浮気してんじゃねーよ!? このクソ犬!」
「……と、冗談は置いといてじゃ……」
急にボスはテンションを落とす。
っていうか、本当に冗談なのかよ……
その浮気というのが原因で、悪神と評判になったんじゃ……
俺がそんなことを考えていると、ボスが続きを語りだす。
「いや、喧嘩はすぐ収まったのじゃがな……」
そう言ったボスは、ため息と共に、急に感慨深い表情となる。
……犬の表情だが。
「贈り物として用意しておいた青の勾玉が無くなっての。
それで、もうどうにもならなくなっての。
お互いに引けぬようになったのじゃ」
「勾玉……?」
「そうじゃ。我らも若かったからの。
互いに引けぬ。じゃから、後は今の通り、代理戦争じゃて……」
「勾玉……? 青……?」
「この街の人々や、マジカル・キュアをドキドキさせると、ドキドキメーターが上がるのじゃ。
期間内に一定値以上になれば、我の勝ち。
つまり、ドキドキという感情は、我に惚れているという証じゃからの」
その言葉に、俺は唸る。
いや、夫婦喧嘩のことじゃない。
ぶっちゃけ、どうでも良い。
まさか、勾玉とは……以前、詩織が見つけて、婚約指輪とか言っていた……
「……やっぱり、あの勾玉……!」
「そのドキドキは猿神の神通力を弱らすからの。
結局、まだ自分が惚れている――って、勾玉のことばっかりじゃの!
なんじゃ! 勾玉を知っておるのかえ!?」
「いえいえいえいえいえ、めっそうも、知りませぬよ!?」
「……あからさまに怪しいのぉ。
全ての原因はお主じゃから、もしかして……」
と、ボスは俺に対して唸り始める。
いや、唸られても、あれだけは詩織に返して貰うことはできないだろう。
あれだけ思い入れがあり、一人でニヤついていられるものだ。
返してと言ったら、間違いなく、それこそヤンデレられる!
「し、知らないです! はい!」
俺は、神より妹の方がより畏怖の対象であるため、もう徹底的に隠すことにした。
「……ふう。まあええ。
それでか。お主が、皆の正体を知っておるのは」
「……?」
すると、ボスはそんなことを言いだした。
「全ての始まりは、お主の言動。
そして、それ以来、この街には結界がはられ、代理戦争に疑問を抱かない環境と風土となっておる。
じゃが、原因そのものである、お主には、その結界は効かないようじゃ」
「……なるほど……良く分からないけど……」
原因である俺に効かない理由は分からないが、そういうことらしい。
俺がマジカル・キュアの正体を感付くことができたのは、そのせいだろう。
「というわけじゃ」
すると、ボスは変な笑みを浮かべて、俺を下から見つめた。
「お主の力は、ある意味、我にとっても最強!
全てを知る者じゃからの!
これで、我が軍の進行は止められぬぅ! 最強ぅ! 最強ぅ!」
と、壊れた高笑いを始めたボスだった。
「な、まだやるのかよ!
さっさと謝って、結界を解いた方が――」
「ならぬ!! 我がどれだけの苦労を集めて、あの勾玉を手に入れたと思っとるのじゃ!!
それを、あやつめ!
浮気相手にあげたとか、メリーちゃんにあげたとか言いよって、我を磔の獄門にしよったのじゃぞ!」
「い、いや、知らんがな……
もう、過去の事なんだから、お互いに――」
「無理じゃ!
やつの軍をドキドキで汚染させ、我にメロメロじゃという事実の証明は、お主たちが行うのじゃァ!
そして、一般人にも行い、全ての愚民を我に味方させよォォ!」
子犬は、興奮気味に吠えると、ぜぇぜぇ息を枯らす。
そ、そこまでかよ……
どうやら、根深い問題のようだ。
まぁ、原因のほとんどは俺に……あるな。
しかも勾玉……
「わ、分かったよ。
ボスの納得がいくまで、手伝うよ」
俺はそう答えるしかなかった。
だけど――
「ちょっと、質問なんだけど……」
「ん? なんじゃ?」
「その……もし、その勾玉が見つかったら、どうなるんだ?」
「おお! 良い所に気付いたの!
決まっておるわい! 全て解決じゃ!」
「――え?」
俺は驚いて、ボスを凝視する。
「そりゃ、そうじゃろう。
あの勾玉が紛失した原因が大きいからの。
あれが見つかれば、円満じゃ」
「で、でも、互いに引けない所も――」
「引けない原因がそこじゃからの」
俺の問いに、ボスは笑いながら答える。
「じゃあ、それを見つける方を先決すれば良いんじゃ?」
それが原因の根本だとすれば、こんな面倒な戦いをしなくても良いのではないか。
それは当たり前の答えだった。
「は? 我は悪くないのに、何故に探す必要があるのじゃ!
探して欲しくば、浮気相手の文言を取り消して貰わぬとな!」
ボスはまた興奮し始める。
な、なるほどな。
自分では探せないということか……ある意味、変な意地に近い。
「じゃ、じゃあ、俺も出来る範囲で探してみるよ……」
「おう、そうか。そうしてくれると助かるわい!」
ボスはそう言って、犬の前足を舐める。
全く、世話が焼ける。
だが、実際問題、その勾玉の在処を俺は知っている。
まぁ、バイト代も出るし、放っておくのもありだろう。
が、原因のほとんどが俺のせいだと思うと、ちょっとだけ、勾玉を返したくなる。
そこに立ちはだかるのは、ラスボス級の妹だが……
「そうそう、あの勾玉には不思議な力を込めてあっての」
思いふけってると、ボスがそんなことを言いだした。
「……力?」
「そうじゃ。
あれを持つものの望みを叶えてくれるのじゃ。何でもの」
「望みを叶える?」
「ふぉふぉふぉ。
そうじゃのぉ。
肌身離さず持って、そして願って――十年くらい持ってれば、確実に叶うじゃろうな」
「それは……すごいな」
「――まぁ、ええ。
もう半分は諦め取るからの。
それに、そんな長い間持つ奴などおらんからの」
確かにそうだ。小さな石を十年近くも肌身離さず持ってるやつなんて……
……
……あれ?
――これって、あの妹じゃないかぁぁぁ!!!!!!!!!!
ヤバイ。これはヤバイ!!
あいつの願い……望みって……一体なんだ!
いや、そんなの分かってるじゃないか!
あいつは、指輪じゃないのに、婚約指輪と言って、ずっと持って――!!
額から、冷や汗が流れ落ちる。
くっ! 取り戻さなければ……
いや、しかし、どうやって……
俺は混乱して、頭がパンクしそうになる。
と、その時――
「あ、そうじゃ」
と、ボスが声をかけてきた。
「お主が全てを――全員の正体を知っていることだけは、誰にも話すことはしないように」
「……あ、分かりました」
最後だけ敬語になった俺は、その言葉に対して頷いた。
そこで、少し我に返る。
……それはそうだ。
あんな人間関係の状況、何も言えるわけがない……
俺は、妹や、マジカル・キュアの面々を思い出し、そう考える。
うん。そこまでは問題ない。
だが、例の石はどうするか――!
俺は再度、混乱し始めるのだった。
……
……
「あ、葵ちゃん!
最近は良く会うようになったね!」
――それから数日後。
俺と詩織が商店街を歩いていると、ばったり葵と出会った。
学園の帰りのようで、制服姿だ。
俺たちの方に気付いた葵は、笑顔を見せる。
「詩織ちゃん! ――と、大和……!」
「何で、俺の方を見て、嫌そうな顔するんだよ?」
「い、嫌そう!? そ、そうよ! 嫌だわ!」
いつものように、俺に厳しい葵は、俺から顔を背ける。
だが、急に俺の方を振り向き、
「っていうか、大和!」
「な、何だよ……」
「あんた、何で何も連絡をよこさないわけ?
携帯でアドレス交換したじゃない」
「あ、あぁ。そうだな……でも、特に用事は無かったし――」
俺がそこまで言うと、葵は怒りの表情となり、
「用事が無いからって、連絡をしないわけ!?
あんなに久しぶりに会ったのに、私と話したい! とかはないの!?」
「あ、そ、そうだな。
連絡したいとは思ってたんだけど、用事が無いと、し辛いというか」
俺は葵の剣幕に苦しい言い訳をする。
まぁ、連絡したいとは思っていたのだが、何せ、最近の事情が忙しすぎる。
それに、葵――アクアとは戦いで頻繁に会っていたので、改めて連絡を取ろうとも思わなかった。
「あ、あら。そう……そうだよね。
用事がないと、し辛いのは確かね……」
俺の四苦八苦の説明に、何故か納得した葵は、黙って腕を組んで、頷いていた。
「っていうか、そっちから連絡しても良いだろう?
俺と話がしたかったんだろ?」
「――はぁぁ?
な、何言ってんの!?
べ、別に、あんたと話したいとか思ってないしー!
私の方から連絡したら、がっついてると思われるしー!?」
「……が、がっつく?」
「あぁ! もう、いいわ。
そのうち、連絡して。あなたがしたかったらだけどね!」
もう、典型的なツンデレのテンプレに、俺は少しゲンナリする。
その時、路地から緑川さんが現れ、こちらに歩いてきた。
詩織も見つけたようで、声をかける。
「あ、叶ちゃん! 学園以来だね!」
「詩織ちゃん! と、お兄さん。こんにちわ」
俺たちの所まで歩いてくると、また丁寧に挨拶をしてくれる。
「葵ちゃんと待ち合わせ?」
詩織の問いに、緑川さんは笑って頷いた。
「あ、そうなると、赤城さんも?」
「うん。そうだよ」
「そうなんだー。
あれ? っていうか、三人って、どういう知り合いなの?
そういえば聞いてなかったね」
詩織は、そんなことを訪ねた。
俺は胸中で知っているものの、知らない振りをしなければならないので、俺も詩織に合わせて、「そういえば」と促してみた。
すると、葵と緑川さんは顔を合わせ、見るからに返答に戸惑っていた。
「校外の、ボランティア活動かな」
答えたのは、いつの間にか後ろにいた赤城さんだった。
「やあ、赤城さん」
「ふふ。学園でも会って、また会ったね!」
赤城さんはにこやかに、俺に答えた。
「ボ、ボランティア?」
詩織は首を傾げて、尋ね返した。
「そ、そうね。
私たち三人は、郊外のボランティアサークルのメンバーなの。
だから、よく頻繁に会って、その活動とか、打ち合わせとかしてるの」
「へぇ! 凄いね! 大変なんじゃないの?」
「ううん。平気。みんな、楽しんでやってるから」
赤城さんは上手く答えていた。
予め、聞かれた時のシミュレーションでもしてたかのようだ。
「そっか!
……叶ちゃんも元気になって良かったね!
私、心配してたんだから」
「――え? し、詩織ちゃん、そうなんですか?」
「そうだよー!」
緑川さんは、真っ赤になって、詩織の言葉に反応していた。
例の、というか、俺の件に違いない。
ヤバイな。
この話題は、俺はどんな反応をすれば自然なんだ……?
俺はそんな心配をしたが、どうやら詩織もそれ以上は突っ込まず、別の話題で緑川さんと盛り上がっていた。
元気になった緑川さんに気を使ったのだろう。
いろいろと残念な妹ではあるが、素は優しく、できた妹だ。
「依光先輩……?」
すると、また背後から現れたのは、白瀬さんだった。
今日は、白瀬さんとパートナーを組む日。
どうやら、アジトに行く途中のようだ。
「やあ、白瀬さん」
「――ぴく」
ん?
俺の言葉に、何故か葵と赤城さんが反応したような気がした。
「先輩、早く行きましょう」
白瀬さんは、いつも通り、クールな表情で短絡的に促してきた。
「や、大和? 知り合い?」
すると、葵が訪ねてきた。
赤城さんも何故か、興味深々のようだ。
しかし、何と答えれば良いかな。
ボランティア……と俺も答えるのは、流石にマズイ。
「あ、ああ。ちょっとな。
今日は詩織と三人で予定が――」
俺はありきたりで誤魔化そうとしたのだが、
「ん? 私はパートナーだ。
とある事情のな。詳しくは言えない。
――さぁ、先輩、私と一緒に行こう」
と、誤解を招く発言をしたまま、俺の腕を取って、アジトに向けて歩き出した。
「――ちょっと! 大和!」
「よ、依光くん!?」
葵と赤城さんは、驚きの声を上げるが、白瀬さんは気にせず、どんどん歩き出す。
「あ、待ってよ! 兄貴! 永礼ちゃん!」
俺たちの後を追って、詩織が合流した。
そして、腕を掴んだまま、白瀬さんは歩くのを止めない。
ので、あの二人にはきっと、誤解されたままに違いない……
あ、下手すれば緑川さんにも、誤解されただろうな。詩織と話してて気づいてないと良いけど……
俺は白瀬さんに掴まれたまま、アジトへと向かった。




