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「多分、そのはずで――」
「きゃああぁあぁあああ!」
ミコトの言葉を、けたたましい叫び声が遮った。すぐ近くから聞こえてくる。
「な、何だ!?」
刹那、曲がり角の向こうは騒然としたどよめきで溢れかえった。その中には、警察と救急車を呼べ、早く逃げろ、という落ち着きを失った声が混ざっていて。あるいは、怒号に近いものも飛び交っている。
(あいつだ……また、あいつが人を殺してる)
それは動揺とも焦燥とも取れない、不思議な感情だった。思わず落としてしまった買い物袋など気にも留めず、ノゾミは駆け出そうとして地面を強く踏み込む。
「ノゾ君、走ったら駄目です!」
「っ、今はそんなこと――」
右腕に抱きつくようにしてノゾミの動きを封じたミコトは、懇願の眼差しで訴える。
「せっかく大人しくしてきたのに、また怪我が酷くなったらどうするんですか」
「それよりも、あいつの正体をつきとめなきゃいけないだろ!」
「向こうは凶器を持ってるんですよ、これ以上ノゾ君の体を傷つけたくありません!」
「でも…………チッ」
ノゾミは初めてミコトの前で舌打ちをした。初めて、怒りの感情を露わにしたのだ。
この間にも、何人もの人が二人の横を走り抜けていく。一人で大声を上げるノゾミのことなど、視界の隅にも入っていないだろう。
(だからって、どうすれば良いんだよ)
叫び声は未だ止まないが、ノゾミは耳を塞ぐことも出来ずに立ち尽くしていた。だが、鼓膜を振るわすだけの音に、何か不穏なものを感じ取る。
――それは、嗤い声だった。
「あっはははははは、超ーーーォォオ楽しィィィイイ!! ハハッ」
悲痛と恐怖の絶叫を切り裂いて、彼の声はノゾミの耳を劈いた。




