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「はい。早く行きましょう」
薄暗い玄関に映える白い姿を追って、ノゾミは駆け足でそちらに向かおうとする。だが数歩目を踏み出した瞬間、ノゾミの胸が急に疼痛を訴えた。
「――ッ!」
咄嗟に上体を丸めて、服を握り込むようにして胸を押さえる。しゃがみ込むことは無かったが、明らかに不自然な動作を見せたノゾミをミコトは訝しげに見つめた。
「ノゾ君、どこか痛むんですか?」
「……いや、何でもない」
「何でもない様には見えませんよ。大丈夫ですか?」
ミコトが心配してくれているのは痛いほどに伝わってきた。なのに、そんな気持ちを受け取って湧いてきたのは、ミコトの気遣いに対する感謝ではなく、余計な迷惑をかけてはならない、という戒めにすら近い念だった。
それは幼い頃から習慣付いてしまったせいで、まるで本能の様に働いていた。
「本当に何ともないから。気にしなくていい」
「そう、ですか……?」
「ああ」
ノゾミは体勢を直すと、今度こそ玄関に辿り着いてスニーカーに足を突っ込んだ。
「ほらミコト、早く行くんだろ」
半ば強引にミコトの関心を外へ向けようとして、言葉よりも先に玄関のドアを開けていた。
「……はい」
ノゾミに続いてミコトが部屋を出てから玄関の鍵を閉める。きっとミコトは、まだ納得がいってないだろう。そんな顔つきだった。
「俺は大丈夫だから、ミコトは何も心配しなくていい」
ミコトを安心させるための言葉は、もはや嘘と呼んでも差し支えなかった。
実はここ最近、胸に骨が軋むような痛みが走ることが増えたのだ。殺人鬼とノゾミが接近した際にミコトがその気配を感じ取っていたことと関係があるのかもしれない。そう思ったものの、確証が持てない時点で伝えるべきではないと判断したから、言わないでおいたまでだ。
(でも、もしそのことと関係していたらどうしよう……)
微かな不安が脳裏をよぎるが、それに気付かない振りをしてミコトと共に病院へと急いだ。




