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「な、何が…起こって……?」
状況が理解できないノゾミは、仰向けになった体を起こそうとしたが、思ったように動かないことに気が付いた。
「なんか、重い……」
なんとか上半身を起こしてみると、白くてさらさらとした長いものが、地面に幾つもの線を描いた。
「?」
髪の毛だと認識するには、そう時間はかからなかった。量が多くて、とても長い。この髪の持ち主は、一人しか思い当たらなかった。
「……ミコト?」
覆い被さっている少女は、ノゾミの胸に顔を埋めていているせいでその素顔が伺えない。ノゾミが身じろぎをする度に、体にかかった白い髪が月の光を浴びてきらきらと輝く。
それに気を取られていると、頭上から男の舌打ちが聞こえてきた。
「お前、今日は見逃してやるよ」
そう言うと、再び夜の闇に紛れてどこかに走り去ってしまう。
「……たす、かった…のか?」
しばらく呆然としていると、ショウが下駄の音を鳴らしながらこちらに駆け寄ってきた。
「ちょっと、二人とも大丈夫?」
「ふたり……?」
もう、どこから話を進めていいのやら。絡まっていく思考に抗うことを諦めようとした時、ノゾミの上の少女が勢いよく顔を上げた。
「ノゾ君のバカッ! どうして逃げなかったんですか。もっと自分の体を大切にして下さい!」
青い瞳を潤ませて叫ぶ姿は、紛れもなくミコトだった。
その眼でノゾミの相貌を見据えられ、何を考えるよりも先に手が動いていた。
「ごめん!」
ミコトの背中に腕を回し、ぎゅっとその体を引き寄せる。
「ノ、ノゾく……」
ショウに言われてからあれこれ考えていた。道を歩いている時、バスに乗っている時、土手に寝転んでいた時。何が正解で、何と言って謝ればよいのか。必死に頭を絞っても出てこなかったのに、いざミコトを目の前にすると、それはどんどん溢れていった。
「追い出すつもりはなかったんだ。ミコトが気に病んでるみたいだったから、俺のことなんかそんなに気にするなって思って。でも、俺には励まし方とか分かんないんだ。だから……ミコトから、逃げてたんだ。ごめん」
「そ、そんな……僕の方だって勝手にいなくなって、ノゾ君にたくさん迷惑かけました。ごめんなさい」
「お前がいなくなったのは俺のせいだろ」
「……確かに、あの時は少しショックでしたけど、元はといえば僕がノゾ君を助けてしまったせいで――」
「ッ、だから!」
なかなか進展しない会話に苛立ちを抑えきれなくなって、思わず声を荒らげてしまった。完全に自分が悪いと思っていたノゾミにとって、それを否定されると調子が狂うのだ。
だがすぐに思い直して、冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。
「ごめん、大声出して……ミコトは悪くないし、それに、俺を殺すの手伝ってくれるんだろ?」
「もちろんです」
「ならそれで良い。ミコトにもらった命だ。ミコトの手で終わらせてくれ」
すると少女は泣き笑いの表情で、力強く頷いた。
「――――はいっ」
ノゾミが腕に力を込めると、ミコトもその背中に細い腕を回して、そっと撫でるように触れてくる。
首元に温かい雫が落ちるのを感じながら、ノゾミはミコトの方から離れていくまで、彼女の背中を抱きしめていた。




