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声の主を見出そうとするが、その姿はどこにもない。だが空耳と判断するにはふさわしくないほど、それははっきりと聞こえた。きょろきょろと忙しなく周囲を見回していると、何かに気付いたらしいショウに声をかけられる。
「ねえ、あそこ……」
ショウの視線を追うと、 十数メートル先の木の下に誰かが立っているのが見えた。
目を凝らして見ると、彼は黒いジーンズに黒いパーカーを着ていて、夜とはいえ蒸し暑いのに肌の露出はほとんど無い。フードを深く被った顔も、口元しか出していなかった。
月も街灯の光も届かない木の陰で闇と同化していたため、すぐには気付けなかったのだ。
「誰だ?」
ノゾミはその人に問いかけるでもなく、独り言のように呟くが、相手の耳には入っていた。
「僕はただの通りすがりだよー。でも、君にお願いがあるみたいなんだ」
その言い方だと、ノゾミに頼みがある第三者の存在が疑われるが、彼の周りに他の人の気配はない。
それだけではなく、ノゾミは彼に違和感を覚えていた。
(なんかあいつの声、聞いたことあるような、ないような……)
首を傾げていると、その時は一瞬で訪れた。
次に気が付いた時には彼がもう目の前に迫ってきていて、ノゾミの耳に囁いてくる。
「僕に殺されてくれねェか」
「!」
トーンを落とした声は、昼間に遭遇した通り魔のそれだった。
「ちょっと、アンタ何してるの!?」
「ァあ? 部外者は引っ込んでろよ」
彼は先程までの喋り方とは打って変わって、棘のある言葉でショウを制した。まるで人格が入れ変わったかのような変貌ぶりにノゾミもたじろいでしまったが、あの殺人鬼は彼に違いない。
「な、んで…お前が……」
ノゾミは震える声を絞り出す。頭の中は疑問符で一杯だったが、辛うじてその一言だけを彼にぶつけた。
「何でッて、殺したいからに決まってるだろ。そんなのも分かんねェの?」
「分かんね…よ。何で、俺を狙うんだ」
「はァ? お前死にたいって言ってたじゃねェか。お前は死にたい。僕はお前を殺したい。条件は揃ってるだろ」
彼は先程のノゾミの話を聞いていたのだろう。
確かに利害は一致しているが、ノゾミは刺されたくらいでは死ねない。いや、ぐちゃぐちゃにされても死なないと言われた。つまり、あと一つだけ必要条件が揃ってないので、二人の願望は叶えられない。
だが彼はそれを知らないはずだ。本当にこのまま刺されてしまうのだろうか。
「何突っ立てんだ。僕は本気だぞ」
彼はパーカーのポケットから折りたたみナイフを取り出すと、手首のスナップを使ってその鋭い刃を光らせた。




