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(もしかしたら、こういう仕草でもう嘘だってバレてんのかな)
相手は人を疑うのが仕事だと言われるような職業だ。こういったところでは堂々とした方が嘘がっぽく見えないのかもしれない。それでもやはり、ノゾミは嘘をつくのが苦手なようだった。
ほんの数秒間の沈黙がいやに長く感じるようになった頃、その警官は意外なほどあっさりと言い放った。
「そうか、それなら良いんだ」
さっきまで痛いくらいにうるさく鳴り響いていた心臓は、その言葉を受け取った途端に、すーっと落ち着きを取り戻していく。
(あれ、思ったより諦めが良いな)
どうやらノゾミの取り越し苦労だったようだ。警察官は、また何かあったらよろしく、と言って持ち場へ戻っていった。
「……俺も行こ」
とにかくここは騒がしすぎる。もっと静かな所へ移りたかった。行き先は、この足が勝手に決めてくれる。
規制線の向こうに横たわる亡骸に別れを告げると、ノゾミは痛む足を引きずるようにしてその場を立ち去った。
「いないなぁ」
図書館から10分程ふらふらと歩くと、川べりに出てきた。そこは空が開けていて、真っ青なそれがノゾミに覆い被さるように見えた。
不意に風に頬を撫でられ、見えもしないそれを追うように上を見上げる。
空ばかり見つめてしまうのは、ミコトの行動範囲が広いからだ。人でごった返した地上よりも、きっと快適なのではという思いだけであの渾天に微かな期待を抱いている。
もしかしたら、あの広い空に逃れたいという願望の方が強いのかもしれないが。
「ったく、いい加減出てきてくれよな」
誰にともなく愚痴を零すが、圧倒的な大きさを誇る空の前に、それはあっけなく消えていった。
橋を渡った先に、河川敷へと降りる階段が見えたので、取りあえずそこまで行ってみることにした。ただ足がそちらの方へ向かいたがっていたような気がしたから、そうしてみたのだ。
階段は短い草が生い茂った土手の真ん中に横たわっていて、ノゾミは引き寄せられるかのように真っすぐにそこへと向かう。
近くまで来ると川の水深は思ったよりも浅いことが分かり、階段の途中で足を止めてしまった。
仕方なく階段から逸れて土手へと足を踏み入れる。すると、ノゾミの靴に押し潰された柔らかい草がくしゃっと萎れた。それに構わず、ずかずかと歩みを進めてから、ノゾミは土手に寝転んだ。
眼を瞑ってみるが、真っ青な空が瞼の裏に焼き付いてきて鬱陶しい。それを振り切るかのように頭と心を空っぽにしたまま、ノゾミは日が暮れるまで動くことが出来なかった。




