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図書館を出ると、そこは物凄い喧騒で溢れかえっていた。思わず耳を塞ぎたくなったのを寸前で抑え、 足早に通り過ぎようと試みる。
だがそれは、背後からの呼びかけによって遮られてしまった。
「すみませーん、ちょっといいかな」
「?」
首を回して後ろを向くと、この現場を調べているらしい警察官が立っていた。
なぜ呼び止められたのか分からず一瞬身構えてしまったが、警察の男は淡々と切り出した。
「君、この通り魔事件の犯人とすごく近づいてたけど、面識は無いんだよね?」
「え……」
その時、ノゾミの頭は真っ白になった。
まさか自分が疑われているのでは、という懸念で満たされ、他のことを一切考えられなくなってしまった。
それを察したのか、警察官は慌てて訂正を入れる。
「ああ、君のことを疑っている訳じゃないんだ。あの黒いローブの男は今日以外にも、何回も事件を起こしているからね」
「そう、ですか」
ノゾミはほっとして息をついた。こちらも被害者のようなものなのに、疑われるのは不本意だ。
「なら、何で俺に声をかけたんですか」
「いやね、さっき図書館の入り口の防犯カメラを見せてもらったんだけど、犯人に間近に迫られているのに刺されていない子がいたから。それって君だよね?」
成る程、事件当時の状況を聞きたかっただけのようだ。犯人ではなくても、関係者として疑われている可能性は捨てきれないが。
防犯カメラに映ってしまったのなら、言い逃れは出来ない。ノゾミは素直に認めることにした。
「はい、そうですけど」
「犯人は知ってる人だったかな?」
「いえ。顔は見えなかったけど、知ってる人じゃないです。俺はあまり知り合いとかいないけど、そのくらいは分かります」
「そうか。犯人に何か言われたかい?」
はい、と言おうとしてノゾミは口をつぐんだ。
そう答えたら、何と言われたか問われるに決まっている。そうなればあの不可解な呟きを残されたことを説明しなくてはならない。
(そんなこと言ったら、俺が怪しまれるじゃないか)
――そうか、お前は――――
こう言われたということは、犯人がノゾミの何かに気付いたということだ。ミコトに関係がないと信じてはいるが、万が一そうだった場合は、人間を超越した存在であるミコトが鍵となる。誰にも見えない彼女のことを理解してもらおうなど、到底無理な話だ。
(仕方ないか。警察とはいっても、こればかりは譲れない)
「犯人には……何も言われてない、です」
「本当に?」
「はい……」
ノゾミの心臓は破れそうなくらい激しく脈打っていて、それを悟られまいと思わず地面へと視線を落としてしまった。