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結局ここにもミコトはおらず、ノゾミは上の階へと向かうことにした。二階には広い閲覧席が設けてあるほか、歴史書や医学書などの専門性の高いものから、雑誌や新聞まで取り揃えてある。
筋肉痛の足で階段を登るのはかなり身にこたえたが、この痛みを乗り越えないことには始まらない。右手で手すりを掴み、手繰り寄せるようにして階段を登っていく。
(ッ、結構響くな)
痛みを噛み殺して到着した二階には、一階よりも人がたくさんいた。平日とはいえ夏休みの時期のせいか、学生の姿が多く見える。
窓側の席は学生優先で勉強ができるようになっているのだが、そこにいたであろう人達はみな奥の方で怯えていた。それもそのはず、窓は道路の方を向いていたのだ。あのおぞましい光景を見て、平然としていられる筈もない。ノゾミを除いては。
啜り泣いている女の子もいたが、無理もないだろう。
ひそひそと話ながら高みの見物をしている大人達に紛れて、ノゾミも窓の下を覗いてみた。その様子を俯瞰してみると事態の重大さが明らかになる。外や一階にいた時は気が付かなかったが、被害者の数はかなり多い。
交差点の曲がり角から図書館までの約30メートルの道路には、十人程の遺体が転がっていて、それぞれにブルーシートがかかっていた。病院に運ばれた者も何人かいるようだったから、被害者はこれより多いはずだ。
こうして見ると、もの凄い現場に居合わせたのだなと実感する。
(そういや、なんであの人は俺を刺さなかったんだ?)
あそこまで犯人と接近したにも関わらず、ノゾミを殺さなかった犯人のことがふと心に引っ掛かった。
目的は分からないが、より多くの人を殺したかったのならノゾミもその場で切り裂いてしまえばよかったのに。それだけではなく、男は不可解な呟きをノゾミの耳に残していった。まるで何かに得心したかのような――――
「ぁ、まさか……」
――――自分が死なない体質だと気付かれた……?
(って、そんな訳あるかよ。俺だってこの体の事まだよく分からないんだし、あんな奴とミコトに接点があるはずないし)
ノゾミは考えすぎだと自分に言い聞かせることで、この胸の違和感をどうにか封じ込めたのだった。




