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可能性は大いにある。文字を学ぶには十分すぎるほどの本があり、その姿が見えないとなれば怪しむ人もいないはずだ。
「だとしたら、この辺りで一番大きな図書館は……」
それはすぐに浮かんできた。ここから少し距離はあるが、都立の図書館なのでその蔵書はかなりの数がある。
「じゃあ、もたもたしてられないな」
夜になってから動いていたのでは、図書館が開いている時間に間に合わない。移動時間も考慮に入れて、遅くてもあと一時間程度で家を出たい。
「昨日みたいにバテなきゃいいけど、無理かもな」
一時間後といえば、一番気温が高くなる頃だ。それに筋肉痛の足や、硬い床で寝ていて痛めた背中と、むしろ昨日より不利な条件がそろっている。それを考えると、今から気が重くなってしまう。
「そんなこと言っても仕方ないな。ミコトのためだし」
そう、少しでも早く死ねるように――――
(ミコトのため?)
そんなことはない、今のは言葉の綾だ。
自分が死ぬためにミコトを探す。これはあくまでもノゾミ自身のためだ。
「つ、疲れてんのかな……そうだ、湿布貼るんだった」
気を紛らわすように独りごちて、救急箱を取りに行った。そうでもしないと自分の中で何かが変わっていくような気がして、怖かったから。
太腿に湿布を貼ると、ひんやりと湿った感触が肌をぞわぞわと駆け上がっていく。
丁度その時、洗濯機のメロディに呼ばれたのでノゾミは脱衣所へと急いだ。
昨日はあまり意識していなかったが、左腕を庇うようにしているとどうしても動作がぎこちなくなってしまう。さすがにあれは動きすぎたと反省し、今日はもう少し折れている腕をいたわろうと決めた。
洗濯かごを持って再びベランダに出ると、刺さるような陽射しがノゾミを襲う。これならば干したまま部屋を開けていても問題ないだろう。
出来るだけ左腕を使わないようにしてみたのだが、如何せん右腕だけでは限界がある。
結局ある程度ギプスが巻かれた腕で作業をしたが、もう痛みがあまり無いため、実はもう直っているのではないかと思ってしまう。
「って、全治二ヶ月はかかるって言われてたんだったな」
気まぐれのように吹く風に髪を乱されながら、ノゾミは呟いた。




