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「ノゾミ、着いたわよ」
「ん、ありがと」
病院を出てから十五分ほどでマンションに到着した。車を降りて、入院道具や着替えが入った鞄を肩にかけるが、予想以上に重くて少しふらついてしまった。
「ちゃんと洗濯物洗うのよ。あと、通院もサボらないでね」
「分かってるよ」
退院できたとはいえ、腕の骨折はまだ治っていないため定期的な通院が必要だった。まだしばらくは不便な生活が続きそうだ。
「それから、毎日メールしてよね。何を食べたかもきちんと報告すること」
「はいはい」
まずはコンビニ弁当でも良いから、カップ麺で済ませるのは止めろと言われた。買い置きができる上に作るのが簡単だから重宝していたのだが、これからはいちいちコンビニに行かなければならない。面倒だと思いながらも、自分でご飯を作るという選択肢は無かった。
「俺は大丈夫だから、そんなに心配しなくても良いよ」
「本当に?」
どうやらかなり疑われているようだ。深夜に出歩いて事故に遭い、それがきっかけで怠惰な生活を送っていたことがバレてしまったのだから、無理もない。
だがノゾミにはここで油を売っている暇は無い。
「ちゃんと写メ付きで報告するから。約束する」
「……それなら、いいわ。じゃあ、母さんもう行くわね」
「うん」
気をつけて、と手を振る母にノゾミもひらひらと手を振り返し、車が角を曲がるまでノゾミはその場を離れなかった。
母の車が見えなくなった瞬間、ノゾミは弾かれたように走りだす。
まずはこの重い鞄を部屋に置いていこうと、マンションに駆け込んだ。エントランスでオートロックの自動ドアを開け、ちょうど一階に止まっていたエレベーターに乗り込む。ノゾミの部屋は三階だが、階段を使ったことは無い。
エレベーターが目的の階に着くまでに、我慢できなくなって何回も"3F"のボタンを押した。ドアが開くと一目散に自分の部屋に向かう。焦りすぎてなかなか鍵穴に刺さらない鍵に、舌打ちをしながら何とか解錠すると、玄関の戸を勢いよく開けた。
鞄をそこに放り投げると、ノゾミは来た道を再び戻っていく。
ミコトの居場所に当てがあるわけでは無い。それでも、居ても立ってもいられなかったのだ。
まさに暗中模索の状況の中、ノゾミは夏の太陽に焼かれる街へと足を踏み入れた。