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ノゾミは項垂れるキオの肩をぽんと叩き、彼の気を紛らせようとする。
だが弟は、管理人が去った後もしばらくその場に立ち尽くし、信じがたい現実を受け入れられずに戸惑っていた。
それもそうだ。ずっと仲良くしてきた隣の住人が、急に居なくなってしまったのだから。
しかも昨日は彼の部屋に上がって、薬を盛られたとは言え、キオは寝落ちしてしまう始末だ。自分に非があると考えてしまうのも道理だろう。
「お前が悪い訳じゃない。あの人にも急な用事ができたんだろ」
「でもやっぱり、おれ何かしちゃったんじゃないかな」
「お前は何もしてないよ。気まぐれそうな人だし、そんなに悩む必要は無いんじゃないか」
「う、うん……」
「ほら、お前も早く中入って準備しろよ」
急かされたキオは部屋の鍵を開け、そそくさと中へ入っていった。しかしノゾミは玄関に立ったまま、そこから先へ足を踏み入れようとはしなかった。
「あれ、今日は上がっていかないの?」
「俺の役目は“見送り”だ。ここまで来れば十分だろ」
ノゾミが懸念していたのはサユキがまた現れた時にキオが狙われないかどうかで、サユキがいなくなったのであれば少なくとも今日一日は弟の安全が確保されたという訳だ。これ以上ここに居たって、得られるものがある訳でもない。
「ねえノゾ兄、何か心配事でもある?」
「――は?」
それは唐突に、しかし確実にノゾミの胸を貫いた。数年間会っていなかったとはいえ、やはり弟は弟だ。
「家に居た時からそわそわして……もしかしてサユキさんのこと、何か知ってる?」
目が泳がないように、キオの瞳を見つめないようにしようと、部屋の奥へと視線を向ける。
「さあ……、俺は何も知らない。それじゃ、叔父さんが来るまで戸締まりしとけよ」
「えっ、ノゾ兄行っちゃうの?」
「言ったろ、もう用事は済んだ」
踵を返すノゾミを追いかけて、キオは裸足のままで外に出てくる。
「ノゾ兄! ――あの、……またね」
「ああ、またな」
キオの声と真夏の陽射しに見送られながら、ノゾミはマンションを後にしたのだった。




