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「それは聞き捨てならねェな」
そこに居たのはコユキだった。赤い眼をして、人を見下すような視線を送ってくる。彼は一度立ち上がって、ベッドの下からサバイバルナイフを取り出した。
「死にたいのに死ねないなんて可哀想な奴だな。ま、そんだけの強敵なら僕も燃えるぜ」
くるくるとナイフを回し、ノゾミの体をじろじろと見つめる。まるで品定めされているみたいだ。
「どうする? 気道か頸動脈か……あ、心臓をひと刺ししても良いな」
刺す場所を決めたのか、彼はノゾミの肩を蹴って仰向けに寝かせ、胸にナイフを突き立てた。寸前でぴたりと止まったそれは、ぶれることなく心臓を射抜こうとしている。
「安心しな。テメエが死ぬまでぶっ刺してやるから」
死ねるのならいくらでも刺してくれ。ノゾミは首を何度も縦に振るが、実際には顎をわずかに引くだけに終わった。
「ハハッ、何回でも殺せるなんて最ッ高じゃねェか!」
握り締められたナイフが、心臓の真上で鋭い刃を光らせる。
これで本当に死ねるのだろうか。今だって、足を切り落とされたにも関わらず出血はほとんど止まっている。心臓を刺されてもどうせ――
いや、死ぬんだ。死んでやる。
(早く……早く、それで終わらせてくれ)
「アッハハハハハハッ! 死んでサユキの餌にな」
――ガシャァアアン!
「「!?」」
何の前触れもなく、ガラスの割れる尖った音が部屋に響き渡った。かと思うと、突風が吹き込んできて白いカーテンがはためく。
「チッ……このクソアマ、まだ邪魔すんのか!」
とうとう幻覚かが見えるようになってしまったのか。コユキが張り上げた声の先に、一人の少女がいた。ベランダの手すりの上に浮かぶように立っている。もしかしたら本当に浮かんでいるのかもしれない。
ぼやける眼ではどちらなのか分からなかったが、夕焼けの空に佇む彼女の白い姿は眩しすぎて。ノゾミは眼を細めることでその少女を捉えようとした。
「嫌な予感がしたので来てみれば……! 貴方、ノゾ君に何してるんですか!」
凛とした声が、これが幻覚ではないのだと告げている。
(ミコト……? 何でここに居るんだ)
喉から外へ出て行けなかった声を、少女は聞き取ったのだろう。顔をくしゃくしゃに歪めてノゾミの元へ駆け寄ってきた。
 




