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残酷描写(?)あります。
「ぅぐ…あ、あが…、あ、あぁぁあぁあああ゛、ッ」
サユキが離れていくと同時にノゾミは力なく倒れ込み、ようやく解放された唇からは痛哭が混じった唾液と血液を垂れ流す。
彼はその口に残ったものを飲み込むと、おもむろに口を開いた。
「ノゾミ君、なかなか良い味してるね。やっぱり兄弟なだけあってキオ君と似た味だけど、君の方が甘くて美味しいよ」
「――――」
なぜ。
なぜ、そんなにっこりとしている。
痛くて痛くてたまらないのに、なぜ、子犬を見つめるような視線を送ってくる。
お前はなぜ、人を喰べる?
「あ、今もしかして、どうして僕が人を喰べるのか気になったでしょ」
ノゾミは頷かず、返事もせず、光を失いかけた眼でサユキを見つめ、だらしなく口を開けていた。
「五歳の時、初めて人を喰べたんだ。誰だと思う?」
ノゾミは何も応えない。傷口が痛んで、それどころではないからだ。
「父親だよ。僕の母親は僕が生まれてすぐに亡くなったから、父親に育てられたんだ。でもあの人は僕が嫌いだった。こんな見た目だからね」
そんな言葉を聞いて、不覚にも自分と似ていると思ってしまった。彼もまた、父親から愛されていなかったのだ。
「僕が周りと違うことをあの人は嫌った。だからあの人は僕を家の中に閉じ込めたんだ」
サユキの青い瞳がノゾミを見下ろす。
「あの人は決まった職に就いていなくてね、日雇いの仕事で食いつないでたんだ。しかもあの人はむかつくとすぐ僕に当たる。ノゾミ君は耐えられる? 寒い家の中に匿われて、父親のサンドバッグとして生きる生活は」
「……」
耐えられるかだって? ノゾミも父の暴力を何年も受け続け、蔑まれ、それでもここまで生きてきた。その為に世間では大切だと言われるものを手放した。余計な感情、生きる気力、期待がそうだ。
だが彼とは一線を画しているという自意識だけは欲しかった。
「僕はね、耐えられなかったよ。だから殺してもらったんだ、もう一人の僕に」
サユキの手が彼の胸を押える。
「コユキは僕を助けてくれたんだ、あの人から」
ーー殺すことが助けることなのか。
そう言おうとしたノゾミの口からは呻き声しか出てこなかった。
「でもね、コユキったら急に殺っちゃうんだよ。その頃の僕たちは、片方が起きてる時、もう片方は寝ている状態でしか体を共有できなかったから」
ということは、彼はもうサユキとコユキの人格を自由に交代できるということだ。
今もコユキが彼の中で目覚めているのだと思うと、絶望に似た感覚に支配された。




