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         ***


「ふぅー、だいぶ片付いたね」

「そうだね、ノゾ兄もサユキさんも、助かったよ」

 掃除を始めてから、どのくらいの時間が経ったのか。あんなに散らかっていた部屋は、今や大量のゴミ袋と、引っ越しのための段ボール箱で一杯になっている。これらを運び出せば、いつでも部屋を明け渡せるだろう。


「え、もうこんな時間……?」

 やけに腹が減っているので時計を確認してみたら、もう午後の三時にさしかかっていた。三人とも作業に没頭していたせいで、昼食もまだ取っていない。


「ほんとだ。お昼というより、おやつの時間だね」

 何というか、サユキと居ると彼の妙に鋭いところでギクリとしたり、こういう呑気なところで気が抜けたりして疲れる。今日はさっさと帰って、また明日キオの見送りに来ればいいと考えていると、サユキが何かを(ひらめ)いたように手を打った。


「そうだ! 僕ね、キオ君のお別れ会やろうと思ってケーキ買ってあるんだよ。お昼も()ねて、これから食べない?」

「いいの!? おれケーキ大好きなんだ」

「それは良かった。ノゾミ君もどうかな。僕の部屋で、食べない?」

「……いや、俺は……」


 早く帰りたい。

 相手の気持ちを考えずにものが言えたなら、即答していた。

 しかしサユキはキオの友人だ。せっかく弟のためにケーキを買ってもらったのに、断るのは失礼な気がして。適当な答えを探していると、横からキオが口を挟む。


「何言ってるの、ノゾ兄も行くよね!」

「へっ?」

(なんだ、最初っから拒否権なんて無かったのか)

「じゃあ、お邪魔します」

「そうこなくっちゃ。早速行こうか」


 二人に背中を押されて部屋を出ると、サユキがすぐ隣の部屋の鍵を開けた。彼は兄弟を招き入れると、先にリビングのローテーブルに着くよう告げる。この部屋もキオの所と同じ間取りのようだが、大学生が一人で暮らすには広すぎるような。

 ノゾミも人のことは言えないが。


「紅茶と珈琲(コーヒー)があるけど、どうする?」

「おれは紅茶! 砂糖入れてもらって良いかな」

「……珈琲で」

「おっけー、ちょっと待っててね」


 台所からカチャカチャと食器をいじる音が聞こえてくる間、ノゾミは(せわ)しなく部屋を見回した。

(確かにちゃんと整理されてるけど……)

 リビングの奥の二部屋は扉が閉まっていて中の様子が分からないが、少なくともここは片付きすぎていて落ち着かない。あまり物を置きたくない人なのだろうか。


 しばらくして、ケーキと飲み物を乗せたお盆を持ったサユキがリビングに顔を出した。

「お待たせ、二人とも」

 ノゾミとキオの反対側に腰を下ろしたサユキは、手早く皿とカップを二人の前に置いていく。


「お腹空いてるでしょ、早く食べよう」

「うんっ、いただきまーす!」

「い、いただきます……」

 まずは軽く珈琲を(すす)った。朝から何も口にしていなかったので、喉が渇いていたのだ。 


 ちびちびとケーキを食べながら、キオとサユキの会話に耳を傾ける。やけに楽しそうだが、もともとはキオのお別れ会なのだから仕方ない。たまに相槌(あいづち)を打ちながら話に参加する振りをしていると、出し抜けにキオが大きな欠伸(あくび)をした。


「ははっ、ずっと片付けしてたから、疲れちゃったかな?」

「んー…。何か、急に眠くなってきて……」

 キオはローテーブルに顔を伏せて、寝る体勢に入ろうとしていた。

「おい、お前の部屋じゃないんだぞ。もう少し我慢しろよ」


 肩を揺すって無理やりにでも起こそうとするが、びくともしない。強めにしても揺り(かご)の振動だと思われているのか、無反応だ。

 だが呆れて溜息を溢すノゾミの元にも、やがて異変が訪れる。

「――ッ!」

(何だ、急に目眩が……)


 視界が大きく揺らいで、上も下も分からなくなる。床に倒れ込みそうになるのを手をついて防ぐが、だんだん腕からも力が抜けてしまう。

「あれ、ノゾミ君も眠くなっちゃった?」

 瞼を下ろす直前、サユキの艶めかしい笑顔が見えた。なぜ、一人だけ(わら)っている?


「おやすみ。ゆっくり寝てて良いからね……」

 意識を手放すとほぼ同時に、そんな声が聞こえたような。

 ノゾミは激しい睡魔に引き()られるがまま、迫り来る黒闇に身を委ねたのだった。

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