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「ノゾ兄、どうかしたの?」
「別に…何でもない……」
ミコトも無意識で言ってしまったのか、慌てた様子で場を取り繕うとしている。そんな姿を見ていると、なぜかこちらの方が落ち着きを取り戻していくもので。ノゾミは大丈夫だ、と伝える代わりに、ミコトに涙混じりに微笑みかけた。
「ノゾ兄は出来損ないじゃないよ。おれの自慢のお兄ちゃんだもん」
「自慢……? どこがだ」
「おれ知ってるよ、ノゾ兄が実はすごく優しくて、強いんだってこと」
「そうね。ノゾミはとっても良い子よ。もちろんキオもね。ちょっと複雑だけど、私達は家族だからね」
「……何、恥ずかしいこと言ってんだよ」
そんな憎まれ口を叩きながら、ノゾミも母やキオと同じく顔を綻ばせていた。一度にこんなに泣いたり笑ったりしたのは初めてだ。表情筋が壊れてしまうのでは、とさえ思えてくる。
本当は家族四人でこの日を迎えたかった、なんて考えてしまうのは、高望みだろうか。
「ねぇ、明日になったら、ノゾミとキオは帰っても良いのよ。後のことは母さん達がやっておくから」
ひとしきり笑ってから、出し抜けに母が言った。
「それでね、キオは私の妹に任せることにしたから、ノゾミにその引っ越しの準備を手伝ってほしいの」
「分かった」
父とキオが住んでいたマンションまでは、ノゾミのマンションから電車で三十分ほど。ここに持ってきた荷物も少ないので、帰る途中に寄っていけるだろう。
二人で一緒に住むという選択肢はなかったのか訊こうとしたが、今はミコトが居るのでやめた。
葬儀も終えて帰る日も決まって、またいつも通りの日常が始まるのだという期待が、頭の中を一杯にしている。
だがそれはあくまでも期待に過ぎない。これからも日常の中で、非日常とも言える者たちと“死”への道を歩んでいくのだ。
(母さん、キオ、ごめん。でも俺は、やっぱり生きている意味が見つけられそうにないんだ)
父に『要らない子』だと言われ、その言葉を信じて今まで生きてきた。お陰で何事にも興味がなくなって、あらゆることを諦めてきてしまった。そもそも両親が離婚してからもノゾミの考えは変わらなかったのだから、父が死んからといって生きる理由にはならない。




