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ノゾミとキオを交互に見て頰を緩ませていた母だが、次の瞬間伏し目になって、文書に語りかけるかのように言った。
「ノゾミが五歳になるときかな。あの人が、自分とノゾミが似てないことを気にしだしたの」
普通ならば大して気に留めないだろうが、直前まで妻が別の人と付き合っていたとなれば話は別だ。父の気持ちも何となく分かる気がする。
「そしてあの人は、私達に内緒でこの化学研究所にノゾミのDNA検査を依頼したの」
でもノゾミには、そんな検査を受けた記憶はない。
話を聞くと検査方法は、研究所側から送られてきた検査キットで口の中の粘膜を取って郵送するだけだそうだ。まだ幼かったノゾミは、綿棒で口の中を探られても、父が適当な理由を付ければ簡単に信じていただろう。
「その結果がこれよ。あの人がノゾミに強く当たるようになったのは、この件以降でしょう」
「うん……小学校に上がる前からだった」
「あの人も、私のことを信じていたのよ。それでもノゾミが自分の子供じゃないって知って、裏切られたと思ったみたい」
それが原因で、ノゾミは父にとって恨みの対象になってしまったのだ。きっと父からすれば、他人の子が家に転がり込んでいるような心地だったのかもしれない。
キオは二人が結婚して一年以上経ってから生まれたし、父親似だったから実の息子であることを疑う余地もない。だからキオには暴力が及ばなかったのだ。
これで、全て明らかになった。
ノゾミがこんなにも死にたいと思うようになったきっかけは父親だが、彼もまた少なからず心に傷を負っていたのかと思うと、一方的に攻められないような気もしてくる。
あの人がした仕打ちを思い出してみれば、ノゾミの方こそ父を恨む権利があるはずなのに、なぜかそんな風には思えなかった。
むしろ、全身が安堵感に包まれている。
「なんだ…俺、悪くなかったんだ……」
収まっていた涙がまた溢れてしまいそうで、ぐっと口元を引き締めた。
「何言ってんだよ。ノゾ兄が悪いなんてことないよ」
「でも俺、父さんに嫌われる理由分かんなくて……俺が…俺が、出来損ないだから……」
「ノゾ君は出来損ないなんかじゃないです!」
「え……?」
誰よりも先にミコトの声が響いてきて、思わずそちらを向いてしまう。




