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「ミコト……」
やはり彼女にとって、前例のないことをノゾミの体で試すような真似は憚られるようだ。
ノゾミはというと、先程のムクロの能力を目の当たりにして、不安感はかなり拭われていた。
「ノゾミ様は、ミコト様にこんなにも気にかけて頂けて、さぞお幸せでしょうね」
「えっ……」
口が勝手に否定の言葉を紡ごうとしていたので、急いでそれを押し込んだ。自分でも意識していなかったことを言われて、びっくりすると同時に照れ臭くなり、全身がむずむずする。
ミコトも居心地が悪くなっているのではないかと思ったのだが、当の本人は語気を強めてムクロにぶつかっていく。
「もう、こんな時にからかわないで下さい。僕はノゾ君が死ぬために、できる限りのことをしたいんです。ノゾ君の本当の幸せは、死ぬことのはずですから」
「いや、そんなことは……」
「? 違うんですか?」
無垢な瞳に見つめられ、思わず息が詰まってしまう。
ノゾミの幸せは死ぬことで間違いない。だが、さっきのムクロの言葉で少しだけ気持ちが変化した。今まで家族からも受け取ったことのないものを、実はミコトに貰っていたのではないか、と思えてくる。
しかしミコトがそう思っていないなら、ここは彼女に合わせるべきなのだろう。
「……違わないよ。俺は、死ぬために生きてるんだから」
そう答えた瞬間、頭上からくすりと笑う声が聞こえた。
「何だよ、なにか可笑しいか?」
「いえ、そのようなことはありません。……ただ、お二人の初々しい姿を見ていると、微笑ましくて」
「初々しいって、どういうことですか?」
ミコトの問は、彼の笑顔によってスルーされてしまう。
「その話はともかく、ミコト様。――私がノゾミ様に危険が及ばないよう善処致しますので、どうかお許しいただけませんか」
「…………」
難しい顔をしたまま黙ってしまったミコトを見て、こちらの方が冷や冷やしてきた。
きっと今彼女の頭の中では、膨大な量の仮定や推察が渦巻いているのだろう。
あと一押しで説得させられる。そう思ったのは、自惚れだったかもしれない。
だけど、驕ることを知らないノゾミにとっては潮時だった。
「なあ、ムクロの治癒の能力があれば平気だと思うんだ。……だから、その……ムクロと、俺を信じてくれないか……?」
その時、伏せていたミコトの眼が大きく開かれた。それは彼女に何かが閃いたようにも見えた。
「……そうですね。僕、少し焦っていたみたいです」
そして二人を見上げ、軽く息を吸い込んで。
「ノゾ君とムクロを信じます。きっと、大丈夫ですよね」
 




