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「俺の感覚を、ムクロに?」
「ええ、一度殺してしまったものは生き返りません。私が感覚を取り戻す為には、生きている方から譲っていただく他ないのです」
「そんな……上手くいくとは思えません」
「な、今までやったことないのか?」
ミコトの言葉にぎょっとして、慌てて聞き返す。
死んだ後なら自分の体を好きにしてくれと言えるが、生きている内にムクロに感覚を与える必要があるならそうもいかない。失敗する可能性が残る以上、二つ返事で引き受けることもできない。痛かったり、苦しいのはごめんだ。
「サトリ様にも経験は無いはずですが、彼にはその能力があります。なにも、今すぐにとは申しておりません。ノゾミ様が逝かれる直前に貴方から感覚を切り離せば、害はほぼ無いかと思われます」
「でも、もしノゾ君の体に何かあったらどうするんですか?」
「その時は私が対処いたしましょう」
「対処って、どうするんだよ」
詳しい内容が聞けるまで承諾するつもりは無かった。
何やら物騒な話だし、成功するとも限らない。ムクロにどんな力があって、緊急事態に対応できるのかはここで確かめておくべきだ。
懸念の色を強めてムクロを見つめると、彼にそっと左手を取られた。
「私の力は、簡単に言えば治癒能力です。このように――」
ムクロは手首の傷跡を親指でなぞっていく。すると、守り刀によってできた紅い筋が、跡形もなく消えていた。
その光景に、二人して目を見張る。
「すご……!」
てっきりミコトも彼の力に驚いているのかと思ったが、この時のノゾミはまだ彼女の気持ちを微塵も理解していなかった。
「ノゾ君、その傷どうしたんですか!?」
「えっ、いや……昨日、ちょっと……」
よく考えれば、ミコトがムクロの能力を知らないはずがない。ついさっきまで忘れていた胸の痛みが、蘇る。
「もう……ノゾ君のこと、すっごく心配してるんですからね……! 何があったんですか」
「……ごめん」
だけど自分で傷を付けたなんて言えるわけもなくて。謝るだけで精一杯だった。
それなのに。
「ノゾミ様は、昨日ご自分で手首を切られたのではありませんか」
「! お、お前……ッ」
ノゾミを困らせるような事はしない。彼がそう言ったのを、はっきりと覚えている。
相も変わらず微笑を絶やさないムクロに向けた視線には、これ以上無いほどの憎悪が滾っていた。




