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「体が、繋がって……?」
「はい。例えば、ノゾミ様がご自身の腕を抓れば、貴方だけでなく私にも痛みが伝わってきます」
「え、でもそれって……」
それだと、世界中の人が受けている刺激を、ムクロがただ一人で受け止めることになる。ノゾミが経験したことの無いような、壮絶な痛みが今も彼の体を襲っているはずだ。
だがムクロの穏やかな様子を見る限り、とてもそうとは考えられない。
「貴方のご高察通り、甚だ耐えられるものではありません。ですから――――」
ムクロはそこで一旦言葉を切って、呼吸を整えるように息を吐き出した。そして。
「ですから、私は早々にサトリ様に痛覚や温覚、冷覚などの感覚を殺していただきました」
彼の言葉に、ノゾミはただ瞠目した。
「……ムクロの事情ってのは、そのことか?」
「いいえ、まだ前置きに過ぎません」
「俺は、お前に何をすれば良い?」
先を急ぐノゾミに対して、ムクロはその落ち着きを崩さない。
「――痛みから解放された私は、楽になった体を満喫していました。ですが、徐々に物理的な痛みだけでなく、心理的な痛みまで感じなくなってしまったのです」
「それが、悪いことには思えないけど」
心が傷付かないのなら、それ以上に喜ばしいことなど無いのではなかろうか。身も心も安楽なまま生きてゆける。羨ましい限りだ。
ところが、ムクロにとってはそうでもなかったらしい。
「私も初めのうちは気に留めていませんでしたが、以前、ある人に言われたのです」
一体、何を思いだしているのか。ムクロは軽く目を伏せて、ノゾミから視線を逸らした。
「自らの痛みを感じることもなければ、人の痛みも感じられない。私は一見優しく見えても、その実誰よりも残酷だ、と」
「残酷? どうして?」
「私もそう尋ねたのですが、彼女はにこやかに言いました。それは自分で考えなければならないと」
そう言うムクロもまた完爾として微笑むが、どこか哀愁を漂わせる表情だった。彼に与えられた難解な課題が、未だ果たされていない証拠だろう。
「その時から、私は"痛み"を取り戻してみたい、と思うようになったのです」
「待って下さいムクロ! まさか……」
何かを察したのか、ミコトが顔色を変えて二人の間に割って入った。一方のノゾミは、何が起こっているのか分からなくて混乱するばかりだ。
「身勝手だということは承知しております。しかしノゾミ様がその命を手放すのなら、ここは一つ――貴方様の"感覚"を、私に譲っていただけないでしょうか?」




