4-7-1 葬儀社の青年
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「ノゾミー? 早く来なさい。もうすぐ始まるわよ」
「んー、分かった」
客間の向こうから聞こえる母の声に、ノゾミはやる気のなさそうな返事を返した。
これから始まるのは他でもない、父の納棺だ。
初めて立ち会う儀式に緊張しているのか、鼓動が速まった気がする。
「あの、僕はここで待っていた方が良いですよね」
「あ、いや……近くに、居てくれないか……?」
父の親族ばかりの空間に独りで居るのが、心許ないから。
そこまで言わなくてもミコトは分かってくれたようで、小さく頷いてからノゾミの横に並んだ。
「……行くぞ」
そう短く告げて、客間の戸を開ける。
廊下を抜けて広い居間に出ると、そこには何人もの大人達がいて。ノゾミは怯んだように襖の後ろに立って様子を伺うことにしたが、中には親戚かどうかも分からない初対面の人もいる。
そこに足を踏み入れるのが何となく憚られて、客間へと引き返そうとするが、誰かに腕を掴まれてしまった。
振り向いて自分の腕を見下ろすと、そこには白くて小さい手が。
「ミコト……」
「ノゾ君、僕がそばに居ますから、大丈夫です。お父様の納棺なのですから、ここに居た方が良いと思いますよ」
「……そうだな」
居間に向き直ると、ミコトの手はノゾミのそれをぎゅっと握り締める。ミコトの手の温かさを感じることで、少し落ち着くことができた。
そして今度こそ大人達の空間へと入っていく。
(あいつは……キオは、どうしてんだろ)
親戚達への挨拶を避けようとして、この場に居るはずの弟の姿を探した。
居間をぐるりと見渡しても見つけられなかったが、縁側まで出ると彼はすぐそこに居た。こちらに背を向けて、足を抱えて座り込んでいる。
さすがにこんな時まで笑顔でいられるような者は誰もいない。敢えてキオには話しかけずに戻ろうとしたら、家の外の方から車の音が聞こえてきた。
縁側から外を見ると、黒い車が車庫に入っていく様子がうかがえた。きっと葬儀社のものだ。
いよいよ始まるのか、とノゾミの体に力が入る。
車から黒いスーツを着た人が、三人降りてくる。
――そこで、ノゾミは自分の目を疑った。
(嘘だろ……なんで、あの人が……!)
車から降りた内の一人に見覚えがあったからだ。それも、昨日見たばかりの人。
漆黒のスーツを纏った、常磐色の髪を後頭部で結わえている青年。ノゾミが父の守り刀を手にしていたところを見ていた、正にその人。
額に、冷や汗が流れた。
昨日のことについて何か言われるのだろうか。いやその前に、なぜ昨日彼がこの家にいたのか。どうして今自分の目の前にいるのだ。
新たな疑問が生まれては消えて、ノゾミはもはや混乱することしか出来なかった。
すると、不意に青年がこちらを振り向く。
視線がかち合い、ノゾミは顔をこわばらせた。だがそんなノゾミとは対照に、彼はふっと口元を緩める。
そして他の二人と一緒に、玄関の方へと向かっていった。




