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「あいつが人を殺すのを楽しんでいて、死んだ奴の肉を喰うからだろ」
「それは"目的"ですよね。僕は、なぜ彼が殺人を犯して楽しんでいるのか、なぜ人間の肉を喰べるのかが知りたいんです」
「そっか。そう、だよな……」
ミコトの言うことはもっともだ。殺人鬼の正体ばかりを追い求めてきた自分には無い発想に感心させられる。
もっと事件の詳細を調べようとして再び携帯の画面に目を落としたとき、客間の戸をノックする音が聞こえた。
コン、コンと控えめに鳴らすのが誰なのか、ノゾミは知っていた。
「…………」
「出なくて良いんですか?」
「ん……別にいい」
戸の向こうに立っているであろう人物を思い浮かべながら、あえて無視を決め込むことにする。理由はもちろん、あいつとは出来るだけ顔を合わせたくないから。
それなのに、急かすようにまた戸がノックされる。
――コン、コン。
やはり慎ましい音だが自分の存在を主張するようなそれに、ミコトの方が耐えきれなくなったようだ。
「あの、やっぱりノゾ君に用事があるからここに来たのですよね? 出た方が良いと思いますけど」
「だから、大丈夫なんだって――」
「ノゾ兄、ちょっといいかな……?」
ノゾミの言葉が言い終わらない内に、客間の戸が開かれてしまう。半ば落胆しながらそちらを振り向くと、やはり立っていたのはキオだった。
「あれ、今一人だよね?」
「な、当たり前だろ。俺以外に誰が居るって言うんだ」
一瞬ひやりとしたが、どうにか平然を装って何でもない振りをした。向こうまで聞こえるほどの声を出していた自覚が無かったので、次からは気をつけようと肝に銘ずる。
「それで、何しに来たんだ?」
「あのね、ジョニーの散歩に一緒に行かないかなぁ、って……」
「ジョニー?」
「穣二おじさんの犬だよ。昔よく遊んだの、覚えてない?」
そう言われてようやく、子供の頃に親戚が飼っていた子犬とここに来る度に戯れていた記憶が蘇ってくる。
だがそんなことで弟と外に出たくなるようなことは無かった。
「覚えてるけど、お前だけで行ってこいよ」
「そう……分かった、ごめんね」
残念そうに言い残すと、キオは踵を返して客間を後にする。するとそこは閉ざされた空間に逆戻りしてしまった。
「ノゾ君、せっかくの機会なんですから、弟さんとちゃんと話してみたらどうですか?」
兄弟の不和を感じ取ったのだろう。ミコトはキオが出て行った方に目をやりながら言った。
「いいよ。あいつとは、あまり喋りたくないんだ」
「だったら、余計に行った方が良いじゃないいですか」
「――はっ? 何でそうなるんだ……って、おい」
立ち上がったミコトはノゾミの手から携帯電話を取り去ると、自身の背後に隠してしまう。
奪い返そうとしてもひらりと身を躱されて、それは叶わない。
「何してるんだ。俺の携帯返せよ」
「ノゾ君は何のためにここに来たのですか? お父様がノゾ君を本当はどう思ってたのかを確かめるためですよね? お父様と過ごした時間が長い弟さんなら、何か知っているかもしれないじゃないですか。話すなら今だと思いますよ」
「ッ……」
ノゾミは言葉に詰まってしまった。
ここに居る時間は短い。彼女の言うとおり、キオとゆっくり話せる時間はもう訪れないだろう。
「でも……」
「往生際が悪いですよっ」
「ちょ、ミコト!?」
気乗りしないノゾミに、とうとう我慢できなくなったようだ。背中をぐいと押され、部屋の出口まで追いやられてしまう。
「それじゃあ、行ってらっしゃい!」
そして無慈悲にも戸は閉められ、ノゾミは完全に行き場を失ってしまった。
(――ったく、仕方ないな)
重い足を引きずるようにして、渋々玄関へと向かう。戻る部屋が無くなってしまったのだから、これは不可抗力だ。
玄関に出ると、そこには犬にリードをつけようとするキオがいた。
彼は、最初は驚いたようにでノゾミを見つめていたが、次第にその表情は笑みを湛えたものに変わっていく。
「……まあ、しばらくジョニーとも遊んでなかったし……今日だけは行ってやるよ」




