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だんだんこの少女が何者なのか見えてたが、まだ疑問は尽きない。
「あと、そのワンピースだけど――」
「ノゾミー? 着替え持ってきたわよ」
「!?」
ノゾミの話を遮って、母がノックもせずに部屋に入ってきてしまった。見ず知らずの少女がここにいては不審がるに違いない。
「おい、どっかに隠れろ」
ノゾミは彼女を自分の影に隠し、声を潜めて告げた。
「大丈夫です。僕のことは、普通は人に見えませんから――あっ」
「は? それってどういう……」
「ノゾミ? 何一人で喋ってるの。それに変な格好しちゃって」
少女は何やら気になる一言を残して黙ってしまった。しかも語尾に、しまった、とでも言いたげな呟きを残して。
だが取り敢えず彼女が言ったことを信じて、傾けていた体を元に戻す。
「はい、これ明日と明後日の着替え。明日は母さん来れないけど、大丈夫よね」
「うん……」
どうやら本当に母には見えていないようだ。それでも内心ハラハラしていて、隣に座っている少女が気になってしまう。
「まったく、ノゾミの部屋は本当に何もないんだから。最初に入った時はびっくりしたわよ」
(また始まった……)
この一週間、いつも同じ小言を言われている。いい加減聞き飽きてしまった。
「冷蔵庫は飲み物しか入ってないし、戸棚はカップ麺ばっかり。ちゃんとした食事が摂れる分、入院して良かったんじゃない?」
「はいはい」
これも毎回言われる事だ。お陰で、退院したら毎日母にメールで近況報告することが義務付けられてしまった。
「それから、はいこれ」
「何?」
「夏休みの宿題よ。どうせ暇してるんでしょうから、あと一週間やっておけばいいじゃない。利き手は怪我してないんだしね」
ノゾミは辟易の溜息をつくのをぐっと堪えた。
実は事故に遭った日は夏休み初日だったのだ。
周りは授業を休むことがなくて良かったね、などと言うが、ノゾミからしたら元から休みの日ではなく、学校がある日に休みたかった。
学校に行くのも嫌だったから。
「それじゃ、今日は忙しいからもう行くわね」
「ん……」
まるで嵐のように、いきなり来てあっという間に帰ってしまった。
母がいなくなった病室には静けさが訪れ、ベッドテーブルにはプリントや問題集がひっそりと積まれていた。