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4-4-3

 思わず左の腕で顔を覆い、風上を仰ぎ見た。人影など無いはずの外から誰かに見られている気がして、刀を鞘に収める。

 風が止むとそこは閑散とした空間に戻っていたが、ノゾミは縁側の向こうに見慣れぬ姿を発見した。

(誰だ。こっちの家の奴か?)


 それは漆黒のスーツを纏い、後頭部で結わえた常盤(ときわ)色の髪を風に揺蕩(たゆた)わせている。

 ここからでは顔色までは伺えないが、ノゾミが感じた視線の正体に違いなかった。遠くに立っているため、目を凝らしてみても、その姿が男性だということくらいしか分からない。

(何してんだ、あの人)

 彼はただこちらを見つめていて、その場から動こうしない。もしやと思い守り刀を父の胸元に戻すと、彼の足は別の方向へと向いた。


(やっぱり……俺が手首切ったの、見られてた?)

 背筋が冷えるような瞬間だった。彼がこの家の人間だった場合、何と言われるのだろう。

 彼はもうどこかに行ってしまって、その足跡が残る地面には、どこからか飛んで来た木の葉が(わび)しく踊っているだけだ。白昼夢を見ていたかのような光景にノゾミはしばし唖然とするが、一拍後には再び傷付いた手首に視線を落としていた。

 すると、そこを切りつけて溜飲(りゅういん)を下げていたはずの自分が、綺麗に姿を消していたのだ。

「……な、何だ……これ」


 痛い。


 手首ではない。別のところが、張り裂けそうに痛む。

 耐えきれなくてノゾミは胸を押さえ込んだ。

 胸が痛み、体の奥から熱が奪われていくような不快感が襲ってくる。苦しくて、切ない。よもや、後悔でもしているというのだろうか。

 捉え所の無い悲愴(ひそう)感に、ノゾミはただ(もだ)えることしか出来なかった。


 これから逃れるためにはどうすれば良い?


 答えはもう知っていた。あの一瞬で体を傷付ける快感を覚えてしまったノゾミは、またしても守り刀に手を伸ばす。

(いや駄目だ。これ以上やったら、抜け出せなくなる)

 自傷で一時的にすっきりしても、それによって痛んだ心を修復すべくまた(やいば)を入れれば、きっと腕がぼろぼろになっても止められなくなってしまう。


 いつだって欲求を我慢するのは辛いことだ。だが今はそうしなければならない。

 ノゾミは手を引っ込めると、ゆっくりと立ち上がった。

「こんな事してちゃいけないよな。ごめん」

 そう独りごちると、部屋を出ようとして襖に手をかける。


 その時、自分で付けた傷が目に入った。手首に走る(あか)い線が、色白の肌に良く映えている。それを不覚にも、綺麗だと思ってしまった。

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